信頼の証明-プロバティオディアボリカ-⑥

 …………。


 俺は不安そうに俺を見詰める魔族の大男にゆっくりと頷いた。


 この現実を少しでも早く受け入れさせるために、だ。


「とっくに『革命』ってのは始まってる。お前たち魔族のクソどもに虐げられてきた隷属たちを解放して……かつての城を取り戻すためにな」


「…………」


 オッサンは白くなるほどに唇を噛み締めて項垂れる。


 魔族どもはもっと非道でクソみたいな奴ばかりだと思っていたが――どうも想像とは違ったらしい。


 しかも統率が取れているわけじゃなさそうだな。


 ……オッサンのいた町でも隷属は酷い扱いを受けてきたはずで、そいつらからすればオッサンも許せない存在かもしれない。


 わかっちゃいるが……抵抗しない奴の命を奪うってのは隷属が受けてきた扱いと同じだ。


 そんなところに堕ちたいか? と聞かれたら、俺は嫌だと答えるってもんさ。


 ま、この先で食いもんがなくなったとしても面倒は見られない。そこは自分でなんとかしろとしか言いようがないけどな。


「……そういえばオッサン、もうひとつ聞きたい。魔族ってのはもともと人族だったのか?」


 そこで思い立って聞いた俺に、オッサンは驚いた顔をした。


「なんだって? そんな話は聞いたことがない。始祖様しそさまたちが最初の魔族で、その体は神よりたまわったものだ」


「……神ってのは?」


「儀式のときに液体を使っていただろう? あれは神の住まう世界へとにえを送る神聖なもので――神はそれを通して力をくださる存在だ」


 ……はーん。要するにこいつらはなにも知らないってわけか。


 神ってのがなんだかわからないが、あの液体が別の世界に繋がっているなんて頭がおかしいとしか思えないって話さ。


 儀式の詳細を知っているとすれば始祖様しそさまとかいう十三人――六人は勇者が倒したってんだから魔王ヘルドールを含めた七人だろう。


 人族が儀式を経て魔族になったなんて突拍子もない推測が当たっている可能性も十分にある。


 ――実際に俺は魔族の角が伸びる瞬間を見ているわけで、伸びるんだから『生える』ことだってありそうだからな。


 それだけじゃなく革命軍総司令官の爺さんが持っていた『秘薬』の作り方も関係しているかもしれない。


 俺はひとりで納得して顎に手を当てる。――剃れだなんだとどやされることがなくなったんで、いまは好き勝手に髭が伸びていた。


 ま、どっちだろうが構わない。


 俺がやることは魔族のクソどもと魔王ヘルドールを○×△※してやることだ。


 肥溜めみたいな酷い臭いの塊――この世界を俺の手でぶち壊してやるってもんさ。


 クソオークもゴブリンもリザードも少しは懲りて人族と戦おうなんて思わなくなるかもな!


 ――そこで俺はふと気が付いた。


「……そういやオッサン。儀式のためににえを運んできたゴブリンどもがいただろう? オークのクソどももいたかもな。そいつらはどこに行った?」


にえを運んできたゴブリン? ……ああ……」


 魔族のオッサンはそこで頭を――正確には反り返った角を擦り……こぼす。


「奴らもにえとなったはずだ。あの液体は血肉を使うそうだから……」


 そこで思い切り顔を顰めたマイルが牙を見せながら「うぅ」と唸った。


「なんとむごい――貴殿ら魔族の仲間ではないのか?」


 するとオッサンは心外だとでも言いたげな顔で眉をひそめる。


「仲間かどうかと聞かれたらそうじゃないと答える。俺たちは別に奴らと仲よくしたいわけじゃないんだ。奴らは俺たちの庇護下にあると思っているが、実際はひとつずつ町を治めさせているだけで俺たち魔族は特になにもしない」


 オッサンの言葉に俺は「あぁ」と頷いた。


「そういう認識だろうな。リザード族の町を攻め落としたとき魔族のクソ女が龍に乗ってきたんだが、あいつ、リザード族のおさを龍に喰わせたからな」


「な、なんだって……」


 マイルがぎょっとしたように目を見開き、想像してしまったのかぶるぶると頭を振った。


 オッサンは俺をまじまじと見たあとで躊躇いがちに口を開く。


「君は……その、隷属……というか……『アガートラー』だったんだろう? アガートもオークやゴブリン、リザードが作ったものなんだ。だから……俺たちの町にアガートラーは『いなかった』」


 俺はその瞬間、ぴくりと自分の頬が跳ねたのを感じた。


「……いなかった?」


「そうだ。そもそもアガートの闘技場がない。好んで見に行く魔族が多かったのも確かだが――少なくとも自分たちの手でそんな残虐な闘技を生んだわけじゃない」


「……自分たちで生んだわけじゃないから憎むなとでもいうか? ま、あんたからすればそうなるだろうさ。けどな、誰が生んだかなんて俺には関係ないね。それならそもそも魔王ヘルドールなんてのがいなけりゃよかった。そうだろ?」


「…………」


 オッサンは俺の言葉に酷く残念そうな顔をして押し黙る。


 重い沈黙に降り注ぐ雨の音がやけに耳についた。


 そこで一石を投じたのはマイルだ。


「よくはわからないが……和解することはできないのか」


「ハッ。それができりゃ勇者なんてのはいなかっただろうさ」


 俺が即答するとマイルはぎゅっと眉を寄せてむうと唸る。


 魔族のオッサンは疲れ切った顔ですやすやと寝息を立てる子供へと目を向けて小さく呟いた。


「――そうだな。それができていれば――親友も死なず、こんな寒い場所にこの子を寝かせることもなかった。そういうことだ……」


 俺はその言葉に鼻を鳴らし、焚き火に枝を放り込んだ。


「ふん。にえなんてのも必要なかっただろ。……とはいえ魔王ヘルドールさえ狩れば少しは変わるかもしれないぞ。人族の王とやらはクソだろうが、少なくとも俺が知っている『星』ってのは馬鹿だからな……まともにしようと足掻くだろうさ」


「ま、魔王様を狩る⁉ 本気で言っているのか? 魔王様は始祖様の筆頭だぞ⁉」


 俺は双眸をこぼれそうなほどに見開いたオッサンに向けて唇の端を持ち上げてみせた。


「さて、どうだかな」


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