信頼の証明-プロバティオディアボリカ-⑤
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「……それで彼らをここに呼んだ、と」
説明を終えた俺にマイルが呆れた声で言う。
俺は大袈裟に肩を竦めてみせたが、マイルはなにも反応せずに串に刺した肉をくるりと返す。
肉汁がふつふつと泡を立てて滴り、濃厚な香りが炭の匂いに混ざり胃を刺激した。
「……いい匂いだぁ」
魔族の子供が涎を垂らしそうな顔をしたところで大男は頭を下げた。
最初こそ警戒されていたが、いまは少しずつ緊張が解けてきているようだ。
ま、俺は警戒を緩めるつもりはないけどな。
「正直、俺は殺されると思った。恩に着る。……人族にもこんな者がいるとは……その、思わなかった」
「アガートラーは優しいからな。俺もほかの種族と関わったことがない。だから魔族すべてに牙を剥こうとも思わん。……貴殿は運がよかったんだろう」
「ふん、優しいとか優しくないって話じゃないだろうさ。俺は敵意があれば狩ってるぞ。……ところでオッサン、あんたに聞きたいことがある」
「……答えられるかはわからないが……」
大男が戸惑ったように返すと、マイルは焼けた肉を魔族たちに差し出した。
たまらなくいい香りの湯気を立てる肉に……子供がごくりと喉を鳴らす。
それを見たマイルは牙を見せて笑った。
「とりあえず食べるといい。熱いぞ、気を付けろ」
……マイルが狩ってきたのはラビトとかいう耳の長い魔物だ。
一匹は片手で持てるくらいの小さいやつだが、それが五体もいればそれなりの量になる。
さすが鼻が利くだけあって巣穴を見つけるのは容易かったらしい。
――魔族を連れ帰った俺は防水加工がなされた布を屋根として簡易的な食事場を作り、そのへんの木の下から小枝を集めて火を起こした。
雨が酷かったんでうまく火が着くかは運次第だと思ったが……なんとかなったらしい。
魔族たちは張り出した木の根に座って暖を取り、乾肉をかじって人心地ついたようだ。
そこでマイルが帰ってきたってわけさ。
……夜の帳はとうに下り、雨は少し弱くなっている。
俺は渡された肉に食い付いた魔族を眺めながら質問を口にした。
「百年前、人族と魔族が争っていたことは知っているか?」
「……ああ。伝聞や本で学ぶ」
「そうか。……あんたらは龍が落ちて壊滅した町の奴らか?」
「……! ……、……そうだ。まさか……君たち……いたのか? あそこに?」
「いたさ。当然だろ。……オッサンは儀式に参加していたか?」
「――――」
オッサンは息を呑み、隣で肉を頬張る子供を見ると――やがて小さな声で告げた。
「ああ。参加していた……。ただ、この子は参加していないんだ。だからこの話はもう少しあとでもかまわないか?」
「へぇ。待てばおとなしく話してくれるってのか?」
「……君が待ってくれるならわかる範囲でな。お互い多くの犠牲を出した……そうだろう? だが君たちはその復讐がしたいようには見えない。俺もそうだ」
「……ふん。賢明な判断だろうさ。おいクソガキ、お前は寝る時間だ。疲れてるんだろ」
俺が笑みを浮かべると子供は肉を頬張りながら眉間にしわを寄せた。
「――俺だってギシキのことわかるよ。シソサマが皆を強くしてくれるすごいギシキなんだぞ」
「シソサマ?」
俺が眉をひそめ聞き返すと、子供はびくりと首を竦ませてオッサンに身を寄せる。
「はは。恐がられているぞアガートラー」
「うるせぇぞマイル。……ふん。とりあえず早く肉食っちまえ。次にいつ食えるかわからないんだからな!」
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腹が満たされ、濡れた服も乾き始めた頃には魔族のクソガキはすやすやと寝息を立てていた。
オッサンはそいつを木にもたせかけ、ふぅと息をつく。
俺はオッサンが座り直すのを待って口を開いた。
「……そいつ『おじさん』って呼んでたな。オッサンの子供じゃないのか?」
「ああ。親友の子だ。龍の炎に巻き込まれて死んだそいつの代わりに――俺がこの子を連れ出したんだ」
「……そうか」
短く返した俺にオッサンは苦笑した。
「あのとき戦った者とは違って……俺は逃げることを選んだ。そのあとはこのざまだ、食べるものにさえ困っている。――人族や
「俺の妹も同胞も助けるのがもう少し遅ければ釜に落とされていた。それは断じて許せない部分だな」
マイルが腕を組んで頷き、尻尾を縦に大きく振るう。
オッサンは揺らめく炎を眺めながら俯いた。
「……知っていることはすべて話す。だから約束してくれないか。この子だけは助けてやってほしいんだ。頼む」
マイルはそれを聞くと耳をぴくぴくと動かして灰色の瞳を眇める。
――ハッ。気に入らないな。
俺はそこで膝を打った。
「おいオッサン。そんな約束なんざするもんじゃない。あんたが死んだとして、このクソガキが守られるかなんて確かめようがないだろうさ。お前が助けろ――それができないってんならいまこの場で俺がふたりまとめて○×△※してやるって話さ」
魔族のオッサンはぎょっとしたように金色の目を見開くと、やがて肩の力をゆるゆると抜いて眉間に皺を寄せる。
「――すまない。そうだな、俺が連れ出したんだからな……」
「そういうこった。それで? 儀式のことを話すつもりはあるのか?」
「あの儀式は百年に一度行われる。……俺も初めてだった……というより、あそこにいた魔族のほとんどは初めて参加した。百年も生きられるわけがないからな」
俺はそれを聞いて眉をひそめる。
俺より多少上くらいに見えるあのクソ女は、まるで百年前を知っているような口振りだった。
俺がそう感じただけで気のせいだったのか?
「……魔族のクソ女が『生きるために必要な誓約』とか言っていやがったぞ。お前らは百年以上生きるんじゃないのか? それとも参加できる魔族に制限でもあるのか?」
俺が口にするとオッサンは目を見開き、急に背中を丸めて声を潜めた。
「……それは赤髪で黒いドレスのお方か? ……彼女は
「ふん。
「ああ。……かつて魔王様を筆頭に十三人の始祖様がいた。彼らは数百年前に魔族を誕生させたといわれているんだ。その力たるや恐ろしいもので……百年前の勇者との戦いでも活躍されたそうだ。勇者に敗れたのはそのうち六人。残りは魔王様を含めて七人だ」
オッサンは口にするのを畏れるようにあたりに視線を走らせ、小声で話す。
まるでそいつらに聞こえないようにしているようだ。
「で、その
俺が焚き火に枝を放り込むと、火花が弾けて夜闇に踊る。
オッサンはその火の粉を瞳に映し、頷いた。
「そうだ。
「……それがあの赤黒い球を喰うことってわけか」
俺が頷くとオッサンは自分の反り返った角に触れる。
「そうだ。あの球体は肉体を強化し寿命を延ばすらしい。力の源であるこの角も太く大きくなるんだ。しかし……正直俺は恐ろしいと思った。そのとき君たち人族が突然乱入し、混乱が起きて……」
オッサンはぶるりと体を震わせると俺を見た。
「――人族はこのまま攻めるのか? 戦が始まるのか?」
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