信頼の証明-プロバティオディアボリカ-③

******


 爺さんと酒を交わし終えて二枚の地図を受け取る。


 中身は城までの道と、百年前の城の内部だ。


 そうして扉を開けると――白い壁に背中を預けたバリスの姿があった。


 鎧を着ていないところを見るに本来なら休んでいる時間なんだろうさ。


 不満を隠そうともせずに俺を睨み付けるその冷めた蒼い目に、俺は顎を上げて応える。


「なんだ、盗み聞きか? いい趣味だなバリス」


「おい。アガートラー……」


 後ろにいるマイルが俺を窘めるような口調で言ったが、俺はそれを制してくくっと喉を鳴らす。


 いつもなら青筋を浮かべて噛み付いてくるような奴が、ただ俺を見ているってのは新鮮だ。


 オークのクソどもみたいな顔をしていた奴とは別人のような雰囲気に俺は笑みを浮かべる。


「聞いてたんだろ。文句があるならいま言うんだな」 


 俺が腕を組むと、バリスはゆっくりと壁から体を離して呟いた。


「……俺はお前が嫌いだ」


「ハッ。別に好かれたいとも思っちゃいないさ。……ま、安心しろよ、お前の望みどおり星の隣から去るんだからな」


 きっぱり言い切るとバリスは唇を噛んだ。

 

 どうしていいかわからないのだろうマイルは俺の一歩後ろで黙っていることにしたらしい。


 バリスは大股で俺の前まで来ると俺を上から睨み付ける。


 元々バリスは俺より背丈があるからな――俺は胸を反らせ真っ向から睨み合うことにした。


「なにをしたって俺はお前が嫌いだアガートラー! だからお前がどうなろうと知ったことか! けどな、アルヴィアになにも話さないつもりだろう? ……そうはいかない。あれは必ずお前を追うぞ。星がみすみす命を捨てにいくのを見過ごすわけにはいかない……!」


 瞬間、バリスは俺の胸倉を左手で掴んでギリッと歯を鳴らす。


「『死にたくないなら退け』と言ったうるさいその口を……こんなときだけ閉ざすのか? クソ野郎……結局死ににいくんなら最初から嘘をつくな!」


 ……ん。なに言ってんだ、こいつ。


 俺はバリスの言葉の意味を計りかねて眉を寄せながら応えた。


「死ぬつもりなんざない。俺が魔王ヘルドールを討つんなら、お前ら星は安泰だろうさ。なにが不満だ?」


「そんなことができるものか。たったひとり魔王ヘルドールに挑んだところで四肢を分かたれて死ぬだけだと助言してやっている! ……アルヴィアが同じ目に遭うのは許されない、巻き込むくらいなら最初からやめればいいだろう!」


「ふむ。つまりバリス殿はアガートラーを心配しているのだな」


 そこで見かねたのかマイルがバリスの手に自分の手を沿え、俺を尻尾でバシリと打ち据える。


 マイルはそのままなんとかしろと目線で訴えてくるが――知るかよ。


 すると肩を怒らせてバリスが怒鳴った。


「心配なんてするものか! 俺はただ無駄死にするだけなのにアルヴィアを巻き込むのはやめろと言いたいだけだ!」


 バリスは突き飛ばすようにして俺を放す。


「アルヴィアね……おいバリス。それならお前があいつを見てりゃいいだろうさ」


「――なに?」


「ようはあいつが俺を追ってこなけりゃいい。というか追ってこられるのは困るんだよ、邪魔だからな。お前が言うとおり俺はあいつになにも言わずに出ていく。だから目を光らせておけよバリス。――お前、いい面構えになったから斥候たちも協力するだろうさ。ま、どっちにしても魔王ヘルドールは俺が○×△※してやるけどな」


 まったく……面倒臭いったらないな。


 俺は右手でバリスを追い払うような仕草を繰り返し、ふんと鼻を鳴らす。


 バリスは一瞬だけ驚いたように双眸を見開き、眉を寄せて言葉に詰まったあとで瞼を下ろした。


 意外なことに……その唇からは落胆したような抑揚のない声な紡ぎ出される。


「…………アルヴィアはお前が消えればどうせすぐに気付く。遺言を聞いてやる。なにか伝えたいことがあればさっさと言え」


 俺は思わず笑って口を開いた。


「ふ。そうだな――あいつがここに残るようにするならこれだ。『信じとけ』ってな!」


******


「バリス殿はお前を止めたかったんだと思うぞ」


 館の外でマイルはそう言うと俺の肩を叩いた。


 俺は冷えた夜の空気を思いっ切り吸い込んで伸びをしつつ応えてやる。


「俺が死ぬつもりだと思ってやがるのさ。馬鹿言うなってんだ。爺さんは魅惑を気にしてたろ、魔王ヘルドールもそれが使える可能性が高いってことなら尚のことひとりがいい」


「――お前は優しいのだな」


「あ? 喧嘩売ってんのかお前。どいつもこいつも……」


「事実だと受け止めろ。アルヴィア殿から聞いたが……お前、傷付きながらアルヴィア殿を庇ったのだろう? 誰かを守る覚悟はそうできるものじゃない。俺はナノを助けるために覚悟をしたが、正直震えが止まらなかったぞ」


「ハッ。あのときはほかにできることがなかったんだよ。なにもしないよりいいだろうさ。――マイル、すぐに出発だ。準備ができたら教えろ。俺は荷物を持って町から離れておく」


 俺が言うとマイルは小さくため息をついて尻尾を大きく上下に揺らした。


「アルヴィア殿のことを思うと心苦しいが……俺はお前の決断を支持する」




 ――その日のうちに俺とマイルは町をあとにして北へ――魔王ヘルドールの城へと向かった。


 食糧や水、応急処置のための道具、それから薬師くすりしの調合した薬はマイルがたんまり用意したようだ。


 冷めた月の下で荷物を背負って進む俺たちの後方……町の灯りはすぐに見えなくなるのだった。


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