信頼の証明-プロバティオディアボリカ-②
「――アガートラー? お前……なにを言っている?」
耳を立て、肩を跳ねさせたマイルが細い目をこれでもかってなくらいに見開く。
俺はそこで酒をごくりと呑んでマイルに視線を移した。
喉を撫でていく濃厚な甘みと柔らかな酸味は何度呑んでも美味いもんだな。
「その話をするためにお前を呼んだんだマイル。俺を
「……ま、待て。ひとり? どういう意味だ? 革命軍はまず逃げた魔族たちを追うのだろう? …………いや、まさかお前」
双眸を眇めたマイルはかぶりを振って酒を口にすると……ドンと派手な音を立てて水筒を置いた。
「……ふざけるな! たったひとり
俺はふんと鼻を鳴らした。
「お前、俺が言ったことを忘れたのか? 『
「違う! お前は
「……で?」
「――ぐ」
マイルは唸って項垂れる。
まったく……アルヴィアといいマイルといい、扱いやすいってもんさ。
俺は唇の端を吊り上げて駄目押しをするために言い放った。
「マイル。魔族と戦ったとき、俺はアルヴィアを助けられなかった。二度とあんな思いをするわけにはいかない――いいか。これは革命軍が魔族と戦っているあいだに
「アガートラー……お前という奴は……そこまでアルヴィア殿を」
「――ん、いやそうじゃないが……まあいい。頼んだぞ」
「く……わかった。俺が必ずお前を
俺は酒を口に含んで苦笑を隠し、爺さんに頷く。
「話は纏まったようだの」
「ああ」
「……して、アガートラーよ。儂からもひとつ。ひとりで行く理由はあるかの?」
「――ふん。ひとりのほうがいいってだけさ」
「アルヴィアに斬られたことが相当堪えたか」
「はぁ? ……そんなわけあるか。――ふん。一度しか言わないぞクソ
――瞬間。
爺さんがゾッとするほどの殺気を滲ませ、俺は飛び退いた。
押し潰されそうな空気のなかで爺さんの手から小さな『なにか』が放たれる。
俺が咄嗟に右手を跳ね上げてそれを掴んだのは――死ぬわけにはいかないという本能からだ。
……しかし。
「ふぉふぉ、相変わらずよい反応をする」
爺さんの言葉とともに――空気が一気に軽くなる。
首筋がちりちりするような感覚は消えず、心臓がばくばくと鳴り続け……思い切り体を捻ったせいで腹の傷が引き攣れて酷く痛む。
「……ちっ、このクソ
俺は盛大に舌打ちをして、同じように飛び退き毛を逆立てているマイルに顎で戻れと示した。
こんなところでお遊びに付き合ってやるつもりはないって話さ! ふざけんな!
そう思って手を開けば、咄嗟に掴んでいたのは薬のようなものだった。
赤と緑と黒を混ぜ合わせたようなそれは俺の指先ほどの大きさだ。
「――なんだよこれは」
「ふぉ。見てのとおり丸薬だの。……儂が戦うときに使う秘薬とでもいおうか」
「なに?」
「龍をも討つ力を授ける薬――かつて勇者が使っていたものだ」
爺さんはそう言うと懐から革袋を取り出し、ポンと投げ上げた。
高く放物線を描いて俺の手の中に収まったそいつには、その秘薬とやらがいくつか入っている。
俺はその臭いに思わず顔を顰めた。
――腐った水と、泥と、苔と。汗と、皮脂と、血と。
生臭く、吐き気すら覚える肥溜めのような臭いだ。
「儂ら人族が魔族やほかの種族と戦うためには力が必要だった。この薬は勇者の子に受け継がれ、その子である儂に渡ったが――すでに製造方法は失われておっての。ずっと調べていたわけだ」
爺さんはそう言うと酒を呑んで口元を拭い……続けた。
「――そこで気付いた。似ていると思わんか? アガートラー。あの釜の中で煮えたぎる赤黒い液体に」
「!」
俺ははっとして爺さんを見たが……爺さんは窓の向こう――どこか遠くを見詰めている。
窓の外に広がる夜闇が言い知れない不安を掻き立て、俺は知らず息を詰めた。
席に戻ったマイルは今も耳を忙しなく動かして警戒しているが、黙っているつもりらしい。
酒を煽って目を眇め、俺と視線を合わせて小さく頷く。
「儂は――調子に乗った大馬鹿者の子孫だ。その薬は使うほどに効力が弱くなってのう……おそらく儂ではもう
「――ハッ、よく言う。効力が弱い? 龍を落としてみせたじゃないか。十分だろうさ」
俺は爺さんを鼻先で笑い、持っていた薬を革袋に入れてぎゅっと口を縛った。
「……ま、とはいえ魅惑にも対抗できる奴が必要だったってことだろ? ふん、勇者なんてクソ喰らえってなもんだが――こいつはありがたくもらっておくぞ。
勇者が秘薬とやらを飲んで戦っていたのだとすれば、なにもせずに勝てる確率は限りなく低いだろう。
――使うのは
俺が右手で革袋を握ると、革命軍総司令官は振り返って
「それを託すのはアルヴィアになると思っておったが――アガートラーよ。魅惑に対抗できない星では駄目だと儂にはわかっていた。――
「ハッ。そりゃなんの嫌味だ? そんな肩書き願い下げだね。俺は俺の意志でやらせてもらう」
俺は苦笑する爺さんに向かって大袈裟に肩を竦めてやるのだった。
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