灼熱の業火-エクスプロージョン-⑥

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「アガートラー様! よかった、お目覚めになられたのですね!」


 身嗜みを整えさせられて辟易したままおさの館に向かう俺と、当然のように付いてきたアルヴィア、フィードに駆け寄ったのは斥候部隊の女だった。


 たしか斥候部隊が魔族の町を見張っていたとき森で会った奴だ。


 こいつは魔族の町でバリスと一緒に龍の塔へと向かったはず――。


 考えて、俺は口を開いた。


「……塔に龍は何体いた?」


「全部で六体です。――あのときバリス様は『死ぬような真似はするな。逃げたければ逃げろ――これは命令だ』と指示を出し、私たちの士気は反対に高まりました。どうやらあの方はアガートラー様に感化されて……その、いろいろ変わられたのだと思います」


「はぁ? バリスの話はいいんだよ。興味はないってもんさ」


 そこで思わず顔を顰めた俺を押し退け、アルヴィアが頷いた。


「それはいい変化でしょう。……もしあなたが本当に彼を信頼してくれるのなら、彼を支えてあげてください。あれで本当は真面目なのです」


「――御意に。不敬かもしれませんが最近のバリス様は……素敵です」


「ちっ。至極どうでもいい話だな。それで、どうやって龍に団子を喰わせた?」


 俺が聞きたいのはそこだ。


 言うと、斥候は左腕を伸ばして右手で弦を弾く仕草をしてみせる。


「弓です。龍たちは塔の中で区画を分けられ、それぞれ鎖で繋がれていました。とはいえ近付ける状況にはなく、バリス様が即席の弓を作ってくださって」


「弓――なるほどな。離れた位置からぶち込んだわけか」


「はい。ただ、最後の一体は牙を剥いても一向に口を開きませんでした。あれにはかなりの知性があったように感じます――そこにやってきたのが総司令官で……」


 ジュダールの爺さんは暴れる龍の背に跳び乗り、繋いだ鎖を断ち切ってそのまま外に出ていったという。


 ハッ、無謀なことをするもんだな……!


 俺が聞いたあり得ない方向からの笛――クソじじいは俺に合図を送り、迷いなく龍を釜の中に叩き落としたのだ。


 そこで斥候の女はあたりをさっと見回すと、頭を寄せてひそりと続けた。


「実はバリス様は少数で逃げた魔族を追っていました。その偵察隊が今日の朝戻っていますよ」


「へぇ。そりゃいい情報だ。――行くぞアルヴィア、フィード」


「貴公、張り切りすぎては傷に障りますよ……」


 呆れた声で言いながらもアルヴィアは斥候に礼を言って踏み出す。


 白銀の甲冑がガシャリと音を立て、傾き始めた日の光を散らした。


 俺が髭を剃らされているあいだにアルヴィアはすっかり鎧を着込んでいやがったが、革命軍の動ける奴らはそんなアルヴィアを見ると足を止める。


 そいつらはどこか誇らしげにアルヴィアを見詰めていて――俺はこんな状況なのに革命軍の士気が高いことに舌を巻いた。


 魔族どもにもかなりの痛手を与えたからかもしれないが、これが『普通に生きてきた』人族の在り方なのか?


「……どうしましたアガートラー?」


「――いや」


 振り返るアルヴィアに応えて……俺は自嘲した。


 多くの人族が傷付き死の淵を彷徨う地獄……そこで高い士気を保てるってのは星が――勇者の子孫がいるからだろうさ。


 だとすれば俺はここには向いていない。勇者や星なんてのに期待を寄せるほど馬鹿じゃない。 


 ……こいつら革命軍のそばにいれば魔族のクソどもを△○×※できるのは確かだ。


 だが――俺は魔族のクソ女にアルヴィアが魅惑されたときに判断できなかった。


 アルヴィアを……革命軍を助けるために隷属に戻ることを躊躇った。


 魔族のクソ女が約束なんてものを守るかどうかはまた別の話だろう。


 俺自身がそれを選べなかった、それだけだ。


 ……いつだったかにジュダールの爺さんが言ってたっけな。『近しい者をも切り捨てる覚悟はいつか必要になるぞ』とかなんとか。


 ハッ、嫌な気分にさせてくれるもんだな。


 俺にはその覚悟もなけりゃ、自分を犠牲にすることもできなかったってわけさ。


 脳裏を過ぎる灼熱の業火に……俺はひとり唇を噛む。


 こいつら革命軍が足止めされるにしてもこのまま進むにしても――ここらが引き時かもしれない。


 歩き出した俺の後ろ、フィードが声を上げたのはそのときだ。


「兄さん、見てください。あれ、マイルさんとナノですよ」


 言われたとおりに見れば、おさの館のあたり……でかい獲物を数人で運んできたらしいマイルの姿が見て取れる。


「マイルさんたちがああやって俺たちの食料も確保してくれているんです。助けた七人も果物や薬草を集めたりしてくれてて」


「なるほどな。確かにこの人数だ――食い物は必要だろうさ。そういやマイルにはまだ会ってなかったか……」


 俺がフィードに応えると、フィードはへらっと笑って手を振った。


「マイルさん、ナノ!」


 ――ナノ。その呼び方には親しみが込められていて俺は横目でフィードを窺った。


 俺のことを兄さんなんて言っているより、よっぽど実りがありそうってもんさ。


 そこで三角耳を動かし、毛量の多い茶色がかった灰色髪を揺らしてマイルが振り返る。


 隣にいた狼々族ろうろうぞくも同じようにくるりと向きを変えた。


「アガートラー⁉ 目が覚めたのか!」


 尻尾を上下に大きく振ったマイルはすぐにこっちにやってきた。


 その後ろからはフィードと同じくらいの狼々族ろうろうぞくの少女がよく動く大きな目で俺を見ながら付いてくる。


 マイルはそいつの背中に左腕を回して押し出すと、牙を見せて笑った。


「紹介する。妹のナノだ。……ナノ、挨拶を」


「……うわあ、髭を剃ったら本当に美人なのね! フィードの言うとおりだわ」


「――あぁ?」


 臆さずに言い放つそいつに、俺は思い切り顔を顰めた。


 じろりとフィードを睨むと、首を竦めたフィードはペロリと舌を出す。


 アルヴィアがくすくすと笑いやがるが――ふん。人が寝ているあいだに勝手なことを抜かすなって話さ。


 マイルは苦笑するとそいつの背をぽんと叩く。


「ナノ。それは挨拶ではないだろう?」


「わかっているわ。えっと。私はナノです。あなたが助けにきてくれたのは兄から聞いています。その節はありがとうございました。…………ねぇアガートラー! あなたフィードのお兄さんなんでしょう?」


 マイルと同じく毛量の多い髪をふたつに分けて結ったナノは、さも適当な挨拶を口にしてすぐに質問へと続ける。


 マイルが頭を掻くのを横目に俺は右足を踏み出した。


「ちっ、俺は暇じゃないんだ。フィード! そいつの相手がしたかったんだろ? さっさと連れていけ。マイル、おさの館に用がある。勝手に入るぞ」


 俺の言葉に目を丸くするフィードの肩にアルヴィアがポンと手を置き、大きく頷いてこっちにやってくる。


 ……それを見たマイルはナノをフィードに任せることにしたらしい。


『危険な場所には行かないように』と何度も念を押してから俺に向き直った。


「お前には借りがあるからなアガートラー。誇り高き狼々族ろうろうぞくの戦士として同行しよう」

 

「ハッ。勝手にしろ」


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