灼熱の業火-エクスプロージョン-⑤
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とはいえ黙って従う奴が何処にいるんだって話さ。
俺は部屋の棚や引き出しを漁り、とりあえず羽織れるものを見つけてキツく巻かれた包帯の上から被る。
下はしっかり履いていたし俺の靴も置いてあったからな。これで外に出られるだろう。
――靴なんてのは殆ど変えたことはなかったが『アガート』のときは支給品の装備があったことを思い出し……俺は頭を振った。
どうも嫌な記憶が浮かぶな。傷で頭がいかれたか?
ほかの隷属からすりゃ『支給品があるだけ恵まれていた』とでも言うのかもしれない。
ま、知るかよって話だが。
「さて……」
俺はさっさと部屋の扉を開け放ち、降り注ぐ日の光に右手で庇を作った。
目が慣れると――こりゃ酷いもんだな。
そこら中に張られたテントのあいだを動ける奴らが忙しなく行ったり来たりしている。
補給兵だけじゃない。歩兵や斥候――エルフ族の姿もあった。
「大半はまだ動けないか、死を待つか。そんな状態よ!」
そこで後ろから腹の傷をぽんと叩かれた俺はぐっと呻いてなんとか振り返る。
「……マールフィか」
「ええ! 生きていてよかったわアガートラー!」
前回会ったときは染みひとつなかったが、いまは汚れた白いローブ姿――俺の前に立ったのは緩く巻かれた肩程までの銀髪をした医療部隊を率いる星だ。
細く切れ長の蒼い目で顔立ちはキツめに見えるが、その実は物怖じしない気さくな性格と思われる。
後ろにはマールフィを呼びにいったフィードが控えていた。
「
はきはきと言い切るような話し方で捲したてると、マールフィは俺の背中をバシリと叩く。
俺は顔を顰めて鼻を鳴らした。
「功績ね……喜ばしい状況には見えないけどな」
「……まあね。ひとりでも多くを救い再び戦場に送り出す――私たち医療部隊はそれが正しいと思ってやっているけど、できればそんなことしたくないとも思うわ!」
「……」
俺は応えずにぐるりとあたりを見回した。
すると少し先――横に広がる茶色がかった灰色髪が見えて……思わず口にする。
「――ガロン」
でかい声を出したつもりはないが灰色髪を割って上に突き出した三角耳がぴくりと動き――そいつは振り返った。
「起きたのか、人族」
「お前こそ牢にでも入れられてるかと思ったが元気そうじゃないか」
「……実際繋がれていたんだよ。でも……この状況だから手が必要で。…………あのさ」
ガロンは躊躇いがちに俺の前へやってくると、大きな灰色の目を一瞬だけ向けて頭を下げた。
「ありがとう――俺が
「ハッ。礼ならアルヴィアとマイルに言うんだな。あとは行動で示せ、俺の知ったことじゃない」
「――マイルは俺と口を聞いてはくれないさ。でも行動はするよ。マールフィさん、新しい薬を運んできたから使って」
ガロンは寂しそうに笑ってそう言うと、運んできたらしい麻袋を指す。
「助かるわ!」
マールフィが腕を組んで大きく頷くと、ガロンはもう一度頭を下げて人混みに消えていった。
「随分しおらしくなっちゃいましたね、ガロンさん」
フィードがそう言うのを一瞥して俺は鼻を鳴らす。
「死にたくないからそうしたってのはわかる。やり方はともかくとしてな」
「……そうですね。七人が無事だったから言えることですけど」
深く頷くフィード。
そこでマールフィが手を打った。
「さてと。それじゃあ診察よ! ところでアルヴィアはどこ?」
******
「まだ傷は塞がりきっていないから下手したら開くわね、無理な動きは禁物よ! ……左腕と左脇腹はよくなってきているけど……脇腹はたぶん骨にヒビがあってまだ治りきっていないわ。こっちもできるだけ庇って頂戴!」
部屋に戻るとマールフィはてきぱきと俺の包帯を解いて傷口を洗浄し、ねっとりとした濃い緑色の『なにか』を塗った。
草なのか花なのかよくわからない臭いの元はこいつだ。
そこに油を塗って乾かした紙を当て、上から再び包帯を巻くとマールフィは満足そうに笑う。
「ここまで回復すればもうあとは心配ないわ! 化膿したときは危険だったけどね」
「――兄さんはしぶといから。痛ッ」
一緒に笑うフィードの額にデコピンを叩き込み、俺は凝り固まった首を回してほぐす。
「散歩くらいは許されるんだろ? ジュダールの爺さんはどこにいる?」
革命軍がこんな状態である以上、魔族のクソどもを×○△※するってのには問題が山積みな可能性が高い。
俺としては特等席で見届けてやるつもりだったが――もし足踏み状態になるならここにいる必要もなくなるって話さ。
早いところあのクソ
マールフィは桶に入った水で手を洗うと、拭きながら応えた。
「
「…………」
話し掛けられたアルヴィアは無言で眉を寄せたが……この騎士様ときたら俺が勝手に外に出ていたことを知ると思い切り顔を顰め、持ってきた食料をおもむろに口に詰め込み始めていまに至る。
俺がマールフィに肩を竦めてみせるとフィードが苦笑した。
「兄さん、謝ったらどうです?」
「ハッ。なんで謝る必要がある? 俺がおとなしくすると思うか? 疑いもせず出ていったのはアルヴィアだろうさ」
「――疑うことを前提にするのが大間違いです」
フィードに返した俺にアルヴィアが低い声でぴしゃりと言い切って次の肉を口に詰め込む。
皿に盛られた肉はまだあるが……それでもかなりの量がアルヴィアの腹の中だ。
自分の分も取ってこいとは言ったが、それだけ腹が減っていたんだろうな。
アルヴィアが責任を感じて俺に付き添い、ろくに食事もしていなかったことがありありと想像できる。
――まったく。面倒臭いったらないって話さ。
考えながらまじまじと眺めていると……アルヴィアはちらと俺を見て、頬に肉を詰めたままツンと唇を尖らせた。
「……アガートラーがいけないんですよ? せっかく熱々を持ってきたのに待ってもいないなんて酷いです。だから欲しがっても貴公にはあげませんからね!」
俺はいじけたようなその顔に思わず笑い、右手を伸ばして大きな骨付き肉を掴んだ。
「ふ。こんなでかい肉なんざそうそう食えないから一切れくらいは寄越せよ。……あとは食っていいぞ、お前酷い顔していやがったからな」
『……⁉』
その瞬間、アルヴィアは勿論のこと、フィードとマールフィのふたりもぴたりと動きを止めた。
俺は肉にかぶり付いて眉をひそめる。
「あ? ……なんだよ?」
「んぐ――貴公、いま……いま笑いました?」
アルヴィアが肉を呑み込んで呆然と告げる。
「……お前が変な顔したからだろ。笑うくらいいつでもやってるだろうさ。なにを驚くことがある?」
「全然違います! いつものはもっと悪そうな笑みです!」
「そ、それに兄さん! いまアルヴィア様に気を遣いましたよね?」
ぶんぶんと首を振るアルヴィアにフィードがこぼれそうなほど双眸を見開いて追随する。
「あーっ、惜しいわ! その髭がなかったら最高の瞬間だったわね!」
マールフィが頭を抱えて地団駄を踏んだところで……俺は鼻を鳴らした。
「はぁ?」
「い、いえ、いいです。やっぱりなんでもありません! さあ、アガートラー! もっと食べてください! 貴公は血を作らなくてはなりません。それと……そう、水!」
アルヴィアはいそいそと手を拭いて水筒を差し出す。
俺は不満のため息をついてそれをふんだくり……冷たい水を喉に流し込む。
体は正直なもんで、乾いた四肢に沁みるその水はとてつもなく美味く感じるのだった。
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