灼熱の業火-エクスプロージョン-④

******


「……アルヴィア様、俺が代わります。いい加減休んでください。補給兵の皆も心配してるんですよ?」


「ああフィード。いえ、私は大丈夫です――」


「そんな酷い顔で言われても俺は信じませんからね。兄さんだったら舌打ちしますよ! ほら、せめて顔を洗ってきてください。あと着替えと食事も。ついでに仮眠なんてどうですか?」


「……やることが多いですね。それにアガートラーなら舌打ちするだけじゃ済みません。きっと文句も言いますよ」


 アルヴィアとフィードの会話で不意に意識が浮上した。


 ふん。舌打ちと文句どころか耳元で騒ぐんじゃねぇと追い出してやるさ。


 そう思いながら瞼を持ち上げると、どこかの白い天井と吊されたランプ……そして銀の髪が視界に入る。


「――兄さん?」


 そこで覗き込んできたクソガキの顔に思わず眼をすがめ、俺はゆっくり頭を振って上半身を起こそうとした。


「だ、駄目ですアガートラー! 貴公はまだ安静に!」


 瞬間、アルヴィアに肩を押さえられて俺は思わず呻く。


 力んだ腹に引き攣れるような痛みが走ったからだ。


「――なんだってんだ? 起きるくらいで……」


「……貴公、本当に起きていますか?」


「はぁ?」


「……起きています、ね……」


 こっちを覗き込むアルヴィアの冷めた蒼色の目が俺を映し、酷い色の唇が震える。


 俺はそこで弾ける灼熱の業火と光を思い出し――目頭を右手の親指と人さし指でぎゅっと摘まんだ。


「――あぁ、そうか。魔族のクソ女はどうなった? ここは?」


「説明の前に……フィード。すぐにマールフィ姉さんを呼んできてください」


「わかりました!」


 アルヴィアの指示で弾かれたように飛び出していくフィードを横目に、俺は額に手を当てた。


 どこかの部屋のベッドに寝かされているのだと理解するのに少し掛かって――深く息を吐き出す。


 ――とりあえず生きてるってことか。


 アルヴィアは寝かされている俺の横で椅子に座っていて、姿勢を正すとゆっくりと話し始める。


「ここはマイルの――狼々族ろうろうぞくの町です。貴公は長いあいだ意識がなかったので――とりあえず順番に説明しますね。マールフィ姉さんの診察も必要です」


「……ああ」


 マールフィ――たしか医療部隊を率いる星だったな。


 あいつが来るとうるさそうだが、それだけ俺の状態は酷かったってことか?


 マイルの町までは少なくとも一週間――そんなに眠りっぱなしだったとすりゃ当然か……。


 俺はため息をついて左腕をゆっくり動かし、左脇腹に触れる。


 痛みは多少あるようだが動けないほどじゃない。骨は問題なかったのかもしれない。


 あとは……腹の右下のほう。アルヴィアにやられた傷か。


 触れた箇所は包帯で硬く巻かれていて疼くような痛みを訴える。


 かなりの熱を感じるが……こりゃ化膿したな。


 アガートでもこうなった傷はいくつかあったんだ、嫌でもわかるってもんさ。


「クソ。お前、ずいぶん派手にやってくれたな……」 


「うっ……す、すみませんでした」


「すみませんじゃないだろうさ。簡単に魅惑なんかされやがって。馬鹿か? なにが任せろだよ」


 おとなしく頭を下げたアルヴィアは――なぜか口元に笑みを浮かべて「ふふ」と息をこぼしやがる。


「ちっ、なにヘラヘラしてんだよ」


「いえ。貴公の酷い言葉遣いが聞けてこうも嬉しくなる日がくるとは思わなくて」


「はぁ? 気持ち悪いこと言うんじゃねぇよ……。それで、どうなってる」


 上半身は殆どが包帯で覆われていて……草なのか花なのか嗅ぎ慣れない臭いがする。


 今度は俺が体を起こそうとするのを手伝って、アルヴィアはゆっくり頷いて続けた。


「龍の炎が吐かれたとき、エルフ族の魔法が放たれて龍のあぎとを打ちました。そのお陰で私たちは直撃を免れましたが――部隊がいくつか巻き込まれました。革命軍は甚大な被害を受けています」


「…………そうか」


「マイルの仲間……連れ去られた狼々族ろうろうぞくは七人とも無事でした。彼らの厚意によって革命軍は一時この町に避難してきたのです」


 元はリザード族の町だった防衛拠点まではおそらく三週間近くかかる。


 狼の町に避難して治療に当たることができるのは願ったり叶ったりだったはずだ。


 俺は質素な白い部屋を見回してからアルヴィアを見た。


「魔族どもはどうなった」


「はい……魔族たちも多くが炎に巻き込まれました。総司令官が相手にしていた女性は助かったはずですが、混乱に乗じていなくなっています。儀式に使われていたと思しき赤黒い液体は龍とともに激しく燃えてなくなり――魔族の町は壊滅に近い。残っていた魔族も逃げていきました」


 あのクソ女も生きていやがるのか。

 

 俺は小さく舌打ちをしてぎゅっと右手を握った。


 ――力は入るな。


 これ以上寝ていたら体がなまっちまうってもんさ。


「俺の上着はどこだ? それと――革鎧だ。どこかの騎士様に斬られたくないからな、もう少し丈の長いものか――ケツあたりまで守れる防具がいる」


「そ、それは……すみませんと言うしかないのですが……とにかくまだ駄目です! マールフィ姉さんの診察を受けて許可が出たら手配しますから」


「なら水と食いもんだ。早く持ってこいアルヴィア」


「え、えぇ? ……まったく。人使いが荒いですね……わかりました。……いいですか? 貴公は絶対安静ですからね!」


 アルヴィアは立ち上がるとフラフラした足取りで部屋を出ていこうとする。


 俺はその後ろ姿に思わずため息をついた。


「――はぁ。お前の分も持ってくるんだな。フィードの奴が文句言うのもわかるってもんさ」


 アルヴィアは首を竦めて俺を振り返ると、おずおずと頷いた。


「……そうします」


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