灼熱の業火-エクスプロージョン-②
最悪な展開だ。
肉弾戦で相手と目が合う可能性はどれほどだ? 低いはずがないだろうさ!
共闘なんて考える前にどうして気付かなかった!
「クソ女ッ!」
俺はアルヴィアを無視して赤髪の魔族へと向かおうとしたが――無駄だった。
瞬時に俺の前に回り込むアルヴィアの剣が空を斬る。
思わず舌打ちして飛び退いた俺を、迷いのない突きが追い掛けてくる。
「おいッ! ふざけんなよこのッ! 星が聞いて呆れる、しっかりしろってんだ!」
右の剣で攻撃をいなし踏み込もうとして……俺は再び飛び退いた。
いなしたはずのアルヴィアの剣が俺の剣を絡め取るようにして顔面を狙ってきたからだ。
さすが対人戦に特化している、とでも言うか?
笑えないって話さ!
「……!」
そのとき俺の耳に装着した石が震え、笛の音が響いた。
〈ティリリ――!〉
この音……バリスたちか!
咄嗟に顔を上げた俺の遥か上……塔を飛び立ち紅い月を背に羽ばたく一体の影。
「……龍……!」
思わずこぼした俺に、アルヴィアの向こうで魔族のクソ女がくすくすと笑う。
――塔に龍が何体いたかは知らないが、抑えきれなかったってことだ。
危険を報せる笛の音が何度も耳を打ち……俺は大声を上げた。
「マイル生きてるか! 生きてたら隷属連れて退け!」
「どうしたアガートラー! このままっ、殲滅もっ……可能だぞ!」
いつの間にか檻のすぐ傍まで来ていたマイルが槍で魔族どもを相手にしながら応えるが……俺は無表情で動かないアルヴィアに視線を戻して鼻を鳴らした。
「ただでさえ馬鹿が魅惑されてるってのに龍のお出ましときたもんさ。ほかの奴まで魅惑されたら最悪だからな」
「……! アルヴィア殿……⁉」
「こっち見るんじゃねぇぞ狼。……とりあえず下がれ」
「……わかった。隷属たちは任せてくれ! 死ぬなよ!」
龍はそのあいだもぐんぐんと迫ってくる。
俺は痛む左脇腹を庇うようにしながら右腕を構えた。
――隙を突いてクソ女の集中を解きアルヴィアを連れて退く……そんなことができるか?
龍に炎を吐かれたらそこで終わる。
エルフ族の魔法があればなんとかなるはずだってのに……本隊はまだか⁉
ゆっくりと両手剣を掲げるアルヴィア。
俺は唇を噛んでから言葉を発した。
「……おい、クソ女」
「あら、わたくしのものになることを決めまして? でしたらこの女を解放してここにいる人族を見逃してあげてもいいですわ」
「…………」
俺は――それ以上を紡ぎ出せなかった。
死なずに済むとして隷属に逆戻り。
命を賭けた駒ではなくとも、このクソ女のもとで飼われる生活が待っている。
けどそれを選ぶってことは――革命軍……アルヴィアを助けることに……なるのか? 本当に?
こいつら魔族のクソどもがそれを守るか? 必ず?
俺は――。
〈ティリリリ――ッ〉
そのとき、
「さあ、今度こそ選びなさい人族」
魔族の女が両腕を広げて舌舐めずりをする。
俺は目を見開き――
「……ッ、隷属も……死ぬのも、どっちも御免だ! 歯ぁ食い縛りやがれアルヴィアッ!」
俺は無表情のアルヴィアに駆け寄り、そのまま飛び付いて地面に押し倒す。
ゴアアァァァッ……!
瞬間……頭上すれすれを越えた影が祭壇の釜に凄まじい音を立てながら『呑み込まれた』。
少し遅れて風が吹き荒れ、俺とアルヴィアの髪をめちゃくちゃに打つ。
赤黒く濁った液体へと墜ちた龍――同時に釜は弾け飛び、破片がバラバラと降り注ぐ。
「な、なんですの⁉ くっ!」
大きな破片がクソ女と俺たちのあいだを跳ね、近くにいる魔族を巻き込んで吹っ飛ばす。
俺は腹を突き抜けた激痛に呻きながらも、右腕を突っ張ってアルヴィアを見下ろした。
「アルヴィア――」
「……う。アガートラー……?」
頭を打ったのか顔を顰めながら俺を見上げる冷めた蒼い目。
……思わず笑っちまうってもんさ。
「ハッ……目出度い顔、しやがっ……て」
――クソ。対人戦に特化ってのは……本当に厄介だな。
そう言った俺の腹からこぼれる熱い液体が『俺の腹に食い込んだ』アルヴィアの剣を伝い流れていく。
「……? ッ⁉ き、貴公、あ、あぁっ⁉」
あの一瞬で……アルヴィアの剣は確実に俺を『狩りに』きた。
身を逸らすので精一杯ってもんさ――。
致命傷は免れた……そう思いたいもんだ。
「ふぉふぉ……よくぞ持ち堪えた。感謝しようアガートラー」
そこに場違いな声がする。
そいつは口に咥えていた『エルフ族の魔法が籠もった笛』を
革命軍総司令官――ジュダールの爺さんは、爺さんと思えない凄まじい速さで剣を振り抜く。
「……ッ! な、なにごとです⁉ お前っ、ガッ……!」
クソ女が身を屈めて刃を避けたところを、膝を突き出した爺さんの蹴りが捉えた。
鮮やかな一撃はクソ女の鼻を直撃し鮮血が散る。
「ぬぅん!」
爺さんは仰け反るクソ女に上から剣を突き刺そうとするが、クソ女は素早く横っ跳びに回避して爺さんから距離を取り、絶叫した。
「わ、わたくしの顔に――! 顔に――ッ! ああぁっ! 焼いてやる、焼いてやる、焼いてやりますわ!」
ハッ、ざまぁみろ、クソ女……!
そのあいだにアルヴィアは纏っていたローブを脱ぎ捨て、ひっくり返った俺の腹に押し当てる。
「アガートラー! しっかりしてください、アガートラー!」
「うるせぇよ……」
本当にけたたましい鐘みたいな女だな……。
しかし砕けた釜の中から巨大な翼が持ち上がったのが見え、俺は舌打ちした。
「――ちっ……おい、アルヴィア」
右腕を伸ばし、その艶のある銀の髪を掴む。
「痛ッ……あ、アガートラー⁉」
俺はそのまま腹のあたりまでアルヴィアの頭を引き寄せ、痛む左腕で抱えた。
無駄死になんてもってのほかだ。
俺だって死んでやるつもりはないが……いまはもう、これ以上やれることもないってもんさ。
赤黒い液体をボタボタとこぼしながら巨大な顎が持ち上がる。
その奥に煌々と灯る光が仰向けの俺にはよく見えた。
「焼かれて身悶えろッ!」
クソ女が高らかに叫んだ瞬間――一帯は灼熱の業火と光に包まれ――爆ぜた。
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