異形の儀式-カノナス-⑪

******


「……ッ、なにしに来た」


 開口一番ものすごい形相で吐き捨てたバリスに、俺は大袈裟に肩を竦めてみせる。


 今日もバリスは黒い革鎧を纏い先陣を切っていたようだが……なんだってこいつは俺を目の敵にしやがるんだろうな。


 ま、わざわざかまってやる必要もないって話さ。


 ……笛のようなもので集まってきた斥候部隊は全部で二十人程度。


 斥候ってのは本隊に先行して敵の状況を調べたりするはずだ。


 儀式とやらの情報も持ち合わせているかもしれない。


「バリス。本隊はどちらに? 作戦は?」


 アルヴィアが俺とバリスのあいだに入って問い掛けると、バリスは長めの銀髪をさっと掻き上げて鼻を鳴らす。


「本隊はここから南東、湖から流れる川の近くだ。詳しい作戦はこれから決まる。俺たちは魔族におかしな動きがないか見張っているところだ」


「へぇ。それで? おかしな動きはないのか?」


「ふん、汚い髭は剃っているようだが勘違いするなよ。お前はただの歩兵だ。星でもないお前になんで話してやらなきゃならない?」


 ――髭、ねぇ。


 俺は呆れながら顎を擦った。


 たしかにこの数日、習慣を身につけろとアルヴィアから散々言われて髭を剃っているが……。


「髭なんざ関係ないだろうが。それだからお前ら星は大馬鹿者なんだよ」


 こぼすとバリスが顔を真っ赤にして唸る。


 そのあいだにいるアルヴィアは右手を俺、左手をバリスに向けて首を振った。


「アガートラー。バリスをからかうのはやめてください。……バリス、魔族に動きはあるのですか?」


 ふん。別にからかっちゃいないだろうが。


「……ここ数日あたりを調べた結果、街道に夜営の痕跡と大勢の足跡を確認した――隷属のものだろう。魔族自体に大きな動きはない」


「龍は! 龍に連れられたにえは見なかったか⁉」


 そこで控えていたマイルが身を乗り出す。


 その勢いにバリスは蒼い目を剥いて一歩引いたが……ゴホンと咳払いして姿勢を正した。


狼々族ろうろうぞくの方、俺は革命軍の星、斥候部隊を率いるバリスだ」


「名前などいまはッ……いや、いやすまない。焦っても仕方がないということだな……。俺は戦士マイル。儀式とやらを止め我が同胞たちを助けるべく、アルヴィア殿とともに来た誇り高き狼々族ろうろうぞくだ」


「戦士マイル、協力感謝する。……貴公の部隊は後方か?」


「……いや、俺ひとりだ」


「……なに?」


 バリスがどういうことだと言いたげな目をアルヴィアに向ける。


 それを真っ向から受け止めたアルヴィアは首を振った。


「その話はあとですバリス。龍は誰かを連れていましたか?」


「……連れていたかはわからない。ただ、町の入口に下り立つ龍を何匹か確認している。あれが運んでいたものがにえの可能性はあるかもしれない」


「……そうか。情報感謝するバリス殿。それで儀式とやらを行う場所はわかっているのか?」


「おそらくは町の北にある祭壇だ。過去の文献にはあんな建物の存在は記されていない――巨大な石造りの台に大きな釜があるように見えた」


「釜……」


 反芻するマイルに頷くと……バリスはちらと俺を見て鼻を鳴らした。


「ふん、もういいだろう。俺たちは暇じゃない。これから偵察もあるんだ。さっさと消えろ」


******


「なんだかバリス様、兄さんに似てきましたね……痛ッ」


 フィードが頭の後ろで手を組みながら言うので俺はデコピンを喰らわせた。


「あのクソが似てきたとして嬉しいと思うか? その口縫い付けるぞ」


「ああ、でもわかる気もしますね……あれでアガートラーを尊敬しているのではないでしょうか?」


「おいアルヴィア。お前はその目出度い頭をどうにかしろ」 


「ふむ。バリス殿とアガートラーは喧嘩するほどなんとやら、というやつか」


「…………」


 俺はマイルの言葉にはぁーっとため息をついて無視を決め込んだ。


 こんな奴らにかまっていられるかって話さ。



 ――そうして俺たちはできる限り木立や茂みを利用して移動し、マイルの鼻を使って夕方には川沿いに身を隠す革命軍の本隊に合流した。


「フィード、快適な旅でした。ありがとうございます」


「俺も楽しかったですアルヴィア様。またなんなりと! ……兄さんも、また!」


 フィードを補給兵たちのところに戻し、その足で革命軍総司令官――ジュダールの爺さんに会いにいくと、星である歩兵第一部隊のヴィルマンテ、その息子で歩兵第二部隊のアントルテも一緒だった。


「よお爺さん」


「総司令官、ただいま戻りました」


「ふぉ、戻ったか」


 俺とアルヴィアが声をかけると、簡易的な陣を敷く革命軍のテント――そこで地図を覗き込んでいた爺さんが顔を上げる。


 それに合わせて今日も兜を被っているヴィルマンテが小さく頭を下げ、アントルテが慌てたようにならった。


 そういや一度もヴィルマンテの顔を見ていないな。至極どうでもいいが。


狼々族ろうろうぞくのマイルさんをお連れしました」


 アルヴィアが言うと、マイルが尻尾を縦に揺らして左膝を突き、胸の前で右の拳を左手に当てる。


「……初めてお目にかかる。人族の革命軍のおさよ。俺は戦士マイル。――我ら狼々族ろうろうぞくは部隊を作れるほどの数がなく……俺だけの参加となってしまった」


「――そうかそうか。それでも来てくれたことに感謝しよう狼々族ろうろうぞくの若者よ」


 爺さんが白い口髭をもそもそさせて頷く。


 マイルは頭を上げて耳をピンと立てると、すぐに口を開いた。


「実は魔族の儀式とやらのために俺の妹や仲間がにえとして連れ去られた。すぐに助けたい……どんな作戦になっているのだろうか?」


「ふぉ。なかなかせっかちな質問だの。……町は見たか?」


 爺さんは右の指先でトントンと広げていた地図を叩く。


 俺たちは頭を突き合わせ、地図を覗き込んだ。


「これは町の古い地図だ。斥候部隊に調べさせ、北側にこの地図にはない祭壇らしきものを確認した。そして中央あたりの……ここ。聳える塔はその昔、危険を察知するための警戒塔として機能していたが……いまは」


「龍どもの巣だったな」


 応えてやると爺さんは「ふぉふぉ」と笑って頷く。


「見てきたのなら話は早い。アガートラー、お主ならどう攻める?」


「塔を潰せば龍の攻撃を緩和できる。……わざわざ聞くってことはエルフ族の魔法じゃ無理なのか?」


「うむ。さすがにあの規模の塔を建物ごと崩壊させることはできなかろうな。……そこでだ。『眠り草』を使う」


「『眠り草』? なんだそりゃ」


「言葉どおりの睡眠薬だの。龍にも効果があるようでな。ここいらには『眠り草』が群生していて都合がいいというわけだ」


 なるほどな。


 龍は眠らせて狩るってことか……うまくいけばかなりの効果が見込めるだろうさ。


 俺が小さく二度頷くと……アルヴィアが口元に手を当てて言った。


「その『眠り草』はどのように使用するのですか?」


「かなりの数を団子状に仕立てているところだ。龍の口に投げ込む必要があるが呑み込んだら即効果が出るようエルフ族の魔法が施されている」


 答えたのはヴィルマンテだ。


 俺は思わず眉を寄せた。


「口に投げ込むだって? 馬鹿言うなって話さ。先に喰われて終わりだぞ。それともなんだ? 自分ごとその団子を喰わせろってか? ハッ、作戦が聞いて呆れるな!」


「アガートラーに同意します! 総司令官、危険すぎます!」


 アルヴィアも双眸を見開いて意見するが……ヴィルマンテはゆっくりと首を振った。


「その役目は『星』が担う。このために鍛えてきたのだ――簡単に餌になってやるつもりもない。そうだな、アルヴィア?」


「……!」


 瞬間、アルヴィアが小さく口を開けてなにか言いかける。


 震えた薔薇色の唇はやがてゆるゆると閉じられ……瞼が伏せられていく。


 息を吐き出すように肩が落ち……革命軍の決断に意を唱えることもなく受け入れやがった・・・・・・・・のは明白だった。


 ――ちっ。気に入らないって話さ!


「おいアルヴィア」


「……」


「お前、俺の話も補給兵の話もなにひとつ聞いちゃいなかったのか?」


「……そんなことは。アガートラー……私は……」


「ふざけるなよクソが。死にたきゃ勝手にしろ。……爺さん、あんたも本気でそんな作戦を実行するつもりか? ――どいつもこいつも大馬鹿なんだよッ!」


 俺はバンッと派手な音を立てて地図の載った箱に拳を叩きつける。


 状況を呑み込めずにいるマイルが眉間にこれでもかと皺を寄せているが、どうでもよかった。



 ――そのときだ。


「……総司令官! 斥候部隊より至急の伝令です!」


 テントの外から切羽詰まった声が響き渡った。


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