異形の儀式-カノナス-⑨

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 アルヴィアが革命軍の星であり、勇者の孫であるジュダールが総司令官であること、隷属たちを解放したいこと、力を貸してほしいことなどを話し終えると、狼々族ろうろうぞく白髪のおさは尾を一度だけ大きく揺らした。


「話はわかった。しかし残念ながら我々狼々族ろうろうぞくは力を貸せるほどの数がいない」


「数が……いない?」


 アルヴィアが聞き返すと、おさは自身のえぐれた左耳に触れる。


魔王ヘルドール率いる魔族との戦いはそれはそれは激しいものだった。勇者殿はそれでも諦めず剣を振るい続けたが――負傷し治療のためにと城に戻ったあとの話は聞くに堪えない。……それだけではなく、そのときすでに我々狼々族ろうろうぞくの殆どは命を落としていてね。当時まだ若かった私は片耳の傷だけで奇しくも生き残り――人族を見限ったのだ」


「……!」


 息を呑むアルヴィアの冷めた蒼い目が見開かれる。


 俺はふんと鼻を鳴らした。


「ってことはあんたまさか百歳越えてんのか? すげぇもんだな」


「――ああ、そうなる。人族の王が南に逃げていたと知ったとき、私は思った。なぜこのような不義理な種族のために戦う必要があるのか? とね。我々は戦場を去ってこの地に町を築き、魔族やそれに属するものたちとも距離を置いてこの百年を細々と生きていたのだ」


「ハッ。その言い方は気に入らないな。――手を切るのは勝手だろうさ。ただしそれと人族のためってのは別の話だ。あんたらは人族の暮らす地を魔族との緩衝材にしていたんだろ? それなのにまるで人族のためだけに戦っていたような口振りはどうなんだ?」


 俺が言い切るとおさは真っ白な眉毛を寄せ、髪だか髭だかわからない毛を右手で梳いた。


 俺はそれを眺めながら大袈裟に肩を竦める。


「あんたが生きるために逃げたことは否定しない。でもな、あんたの言い分には反吐が出るってもんさ。人族のせいにして緩衝地帯を諦めた――素直にそう言ったらどうだ? その結果隷属になった狼々族ろうろうぞくだっていたはずだろ。そいつらと違って自由とやらを享受してきたことを『細々と生きてきた』なんてよくも言えたもんだ」


 別にそいつらを救えとは言わない。俺だって逃げたさ――きっとな。


 それでも腹が立ったのはなんでなのか……自分でもわからなかった。


「……お主が隷属だったという人族か……なるほど、はっきりしているようだね」


「ふん――ま、これで話は済んだな。あんたらはもう戦うつもりはないってこった。誇り高き戦士とやらも町を守るので精一杯。七人のにえは諦めるんだな。――行くぞアルヴィア」


「ちょ、ちょっと待ってくださいアガートラー!」


 さっさと踵を返す俺をアルヴィアがぎょっとした顔で止める。


「なんだよ、力は貸せないってんなら用はないだろうさ」


「そうではありません。……あの、狼々族ろうろうぞくおさ、連れ去られた七人の特徴を教えてください。私たちでなんとかできるよう尽力します」


「…………はぁ」


 俺はため息をついて顎を擦った。


 こいつ本気で言ってやがるんだろうな――まぁ言うと思ったが。


 ちらと視線を這わせると、なぜかにやにやしているフィードと目が合う。


 ……ちっ。


「……痛ッ!」


 腹いせにデコピンを喰らわせて、俺は頭の横で右手を振って先に建物を出た。


 ……焼き立てだった肉はすっかり冷めてテーブルに残されていた。 



 ――それにしても、だ。


 たぶんガロンが出会った龍と女ってのは俺が会ったのと同じ奴だろう。


 魔族の女が皆そういう話し方をするってんなら別だが。


 ガロンは目を閉じていたらしいからな……魅惑の条件を満たせずに気まぐれで脅したのかもしれない。


 とはいえ狼々族ろうろうぞくの数が少ないんだとしたら同胞を七人も差し出されちゃ堪らないって話だろうさ。


 建物の前で立ったままの俺を遠巻きに眺める狼々族ろうろうぞくたちも……殆どは戦いの経験すらないのかもな。


 あれこれ考えているとマイルが建物から出てきて俺のほうにやってくる。


「アガートラー。七人のために……すまない。礼を言う」 


「あ?」


 森に溶け込むであろう濃い緑をした革鎧の内側には黒いシャツ。裾が絞られた黒いパンツで、背中には使い込まれた槍を背負っている。


 少なくとも武器を持ち振るった経験があるだろうマイルは、後ろで結んだ毛量の多い髪を揺らして深々と頭を下げた。


「……なんの話だ?」


「アルヴィア殿が教えてくれた。お前は最初からにえとされた俺たちの仲間を助けるつもりだったと」


「……ハッ馬鹿言うなよ。助けるのはあのお人好しの騎士様の仕事だ。俺は魔族どもを○×※△する……そのためにいるんだからな」


「やはり謙遜けんそんするのだな、聞いたとおりだ。アルヴィア殿はお前をよくわかっているんだろう。――とりあえず旅の準備をしなくては。付いてこいアガートラー」


「――はぁ?」


 俺が眉を寄せるとマイルはさっさと踏み出した。


 茶色がかった灰色の尾と結われた長い髪が大きく揺れるのを目で追って……俺も右足を踏み出す。


「おい。一応言っとくがアルヴィアの話なんて聞き流せ。……それにお前、その口振り……まさか一緒に来るつもりか?」


 聞くとマイルは肩越しに俺を振り返り頷く。


「当たり前だ。妹……ナノを助けにいく。断られたとて付いていくぞ」


「……」


 どいつもこいつも……よくやるな。


 俺は深々と息を吐き出して頷いた。


「はぁー……クソ。それなら魔王ヘルドールの城まで付き合えよ? 俺にとっちゃそれさえ承諾してくれるんなら勝手にしろって話さ」


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