異形の儀式-カノナス-⑦
******
くすんだ紅たちは戻ってこないらしい。
駆け足でやってきた戦士マイルと
「大丈夫か?」
どうやら夜中とそう変わらない服装のようだが、日の光に照らされたふたりの髪と耳は茶色がかった灰色だった。
なにより
さっきの奴らは兜をしていて髪色はわからなかったしな。尾は鎧の下に隠していたんだろうさ。
――ま、隠すってことは、尻尾はこいつらの弱点のひとつか。
俺が不躾に眺めていると、アルヴィアがごくりと喉を鳴らす。
「尻尾……素敵ですね」
「知るか」
即答した俺にアルヴィアは残念そうな視線を向けるが知ったことじゃない。
こいつこんな頭でよく部隊を率いていられたな。
「……ごめんなさい、ちょっと立ちくらみがしただけです」
アルヴィアから目を逸らし半目を開けて言うフィードに移すと、ガロンはクソガキに触れもせずに頷いた。
「そう。なら平気だろ。山道で疲れてたんじゃないか」
「……ガロン、お前もう少し診てやってもいいだろう」
「俺は別に人族を助けたいわけじゃない」
ガロンは
まだ幼さの残る……どちらかというと青白い顔には大きな目。対してマイルはよく日に焼けた顔でキリリと吊った細い目だが、どちらも同じ銀に近い灰色だ。
俺はそれをじっくり観察しながら口にした。
「なら
「……ッ」
途端にガロンが肩を跳ねさせて表情を歪める。
……さーて。なんでこいつは
どこから叩いたもんか。
「……まぁ聞けよガロン。俺が魔族のクソどもを×○△※するためにはまず儀式とやらをぶち壊さないとならないってな話だが、そこに
「た、躊躇ってなんか……」
ガロンはにやにやする俺の視線を受け止めもせずに俯く。
横に広がった髪が青白い頬にかかるが……その唇が白くなるほどに噛み締められているのは隠せない。
俺はいったん矛先を変えることにした。
「――おいマイル。お前はどうだ? ここの戦士や
「なに?」
「町には入れないと言われました。それならここで待ちますとお伝えしたところで、その、フィードが……倒れてしまって」
アルヴィアがそわそわと髪を弄りながら話をするが……こいつ隠すのまで下手くそだな。
呆れた視線を向けるとアルヴィアはそっと目を逸らす。
「そうか――
マイルが立ち上がって肩を落とすが……丁度いい。
こいつを利用すればガロンも口を開くだろうさ。
「おいマイル。アルヴィアの話はお前が聞いて
「……なに?」
「アガートラー……貴公! そ、そうですよね! マイルさん、助力は得られなかったとしても私たちで妹さんを見つけられるかもしれません!」
眉をひそめたマイルとは対照的にアルヴィアが目を輝かせて食い付くが……まったく扱いやすいってもんさ。
俺はしめたもんだと続けた。
「そのついでに助言がほしい。……おいガロン、俺たちは龍を相手しなきゃならなくてな。参考までに聞きたいんだが、龍ってのはどんな臭いだ?」
「ふん――肉食のトカゲだ、そのまんまそういう臭いだよ。血生臭くて最悪だ。鼻が曲がる」
「へぇ。ならあいつらの臭いを消すのにはどうしてる?」
「そんなのありったけの
吐き捨てるように口にしてから……ガロンが口を半開きにして俺を見る。
俺は顎を上げてにやりと笑ってやった。
「……ガロン、お前……龍を見たことがあるのか?」
吊り目をこれでもかと見開いたマイルがこぼす。
ガロンは耳を伏せ、青白い顔を真っ白にして後退り……横になったままのフィードの足に躓いてひっくり返った。
「ち、違う。見たことなんてない……本、そう、本に書いてあって!」
「ハッ、往生際が悪いぜ? お前、嘘が相当苦手なんだろ。それなのによくもまあ大胆なことしたもんだな?」
「違う! 俺はやってない!」
「へーえ。なにを『やってない』のか聞かせろよ。なぁガロン?」
俺は一歩、また一歩とゆっくり時間をかけながらガロンに歩みよる。
風が運ぶ草の香りはなかなか心地いい。
「や、やめろ。近付くな!」
腰が抜けたのか地面を掻くガロンはなんとか体を浮かせようと藻掻く。
俺は長剣を鞘ごと抜き放ってくるりと返し、ガロンの顔に切っ先を突き付けた。
「ハッ。裏切り者の種族とはよく言ったもんだな」
「――うぅ」
「話せ。そこの騎士様はどうしようもない馬鹿だからな。まだあんたの力になろうとするだろうさ」
俺からすれば早いところ魔族をこの手で×△○※してやりたいだけだしな。
もしこいつがあのクソどもと関わっているなら少しはそれが早まるかもしれない。
湧き上がる感情は憎しみか
「……ち、力になんてなれないよ。だって――龍だぞ? 町を守るためにああするしかなかった……なかったんだ!」
「ガロン! お前、いったいなにをした? ナノはどうした!」
「…………マイル」
ガロンはすぐ傍に膝を突いたマイルに向け、顔中くしゃくしゃにして呟き……項垂れる。
「――ごめん、マイル」
******
「
肩を怒らせて一際大きな建物へとズカズカ入っていくマイル。
町の
俺とアルヴィアは目配せして、ガロンを引き摺るようにしてあとに続く。
フィードはひとり頭の後ろで手を組んで黙って付いてきている。
――ガロンの話を聞いたマイルは顔を真っ赤にしてガロンを一発ぶん殴り、俺たちに付いてこいと告げて大股で町へと入った。
腫れた頬はそのままにガロンはどこかほっとした顔をしているが……そんな顔をするくらいなら
それになんだよ。町に入ったところで誰が止めるわけでもないときた。
これならとっとと乗り込むべきだったんじゃないか?
「戦士マイル! ぶ、無礼だぞ! それに――おい人族! 何故お前たちが……!」
建物の中にいたのは最初にやってきた三人。
兜は棚にきっちり並べられていて顔がはっきりわかるが、首元の布がそのままだった。
三人のうち、くすんだ紅が慌てたようにマイルの前に出たところで……マイルはそいつを突き飛ばして怒鳴りつける。
「それどころじゃない! 俺たちは彼らの話を聞く必要がある。
建物の中は白い壁で統一され、高い天井からランプがいくつも吊されている。
右手の壁からはレンガ造りの四角い箱のようなものがひとつ出っ張っていて、中に真っ黒に煤けた炭が積んであるが……部屋の中で火を焚くんだろう。
その前にはテーブルがあり食い物が並んでいるところを見るに、くすんだ紅たちは昼飯を食っていたらしい。
まだ湯気を立てているでかい肉の香りが部屋を満たしていた。
……そこで奥にあった木製の扉がギィと軋んだ。
「……なにごとかね、戦士マイル」
「
出てきたのは白色の髪だか髭だかわからない毛で顔中が覆われた爺さんだ。
頭の上には三角耳がふたつ。しかし左耳はその先が食い千切られたように抉れている。
揺れる尾はマイルやガロンより遥かに太く、なるほど、長生きすりゃあれだけでかくなるのかもしれない。
「ナノやほかの皆をさらった奴がわかったんだ。早く助けに行かないと間に合わないかもしれない。話を聞いてくれ
マイルはその場に左膝を突いて右膝は立て、顔の前で右の拳を左の手のひらに当てた。
「――ふむ」
「勇者を思い起こさせるその容姿……まったく嫌な記憶を掘り出してくれるものだね」
「……え」
アルヴィアが困ったように眉尻を下げたところで、俺は引き摺っていたガロンを床に向けて突き飛ばした。
バタンと派手な音で転がるガロンは呻くだけだ。
「ハッ。裏切りがどうとかって話ならそいつとしろよ。そりゃあクソみたいな記憶を思い出せるだろうさ」
「お前ッ……」
くすんだ紅が掴みかかってくるが、マイルが背中の槍を手に取り俺とそいつの間に立てて首を振る。
「……ガロン。どういうことかね」
ガロンは顔を上げずに……枯れた声を絞り出した。
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