異形の儀式-カノナス-⑥
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夜はそのまま休み、明るくなってから出発した俺たちは……昼過ぎにそこに辿り着いた。
山と山のあいだに横たわる町は壮大で……切り立つ崖が町の向こうにそそり立ち、緑色の鳥――フィードが上空を悠々と飛んでいく。
家の形は独特で、どれも屋根が動物の角のように先細りしている造りだ。
町の手前は畑らしきものと黄色い花が咲き乱れる草原が緩やかな斜面を埋め、三角耳を持つ者の姿が散見される。
そこから枝別れして延びるいくつもの細道のひとつから出てきた俺たちは、しばしその光景に魅入っていたが――。
「綺麗な町ですね……」
アルヴィアがほうと感嘆の吐息をこぼしたところで、俺はその腕を肘で突いた。
「来たぞ」
「え? あ……」
槍のような武器を持った鎧姿の
よく見りゃその兜は狼とやらを模しているのか……口元が前に張り出していた。
耳のためなのか頭の上にもふたつの突起物があるが――あの場所は急所にもなるんじゃないか?
ぶん殴られたら音が響いて困るだろうに。
考えていると……アルヴィアは目を輝かせながら胸元で手を合わせた。
「素敵な鎧ですね!」
「いやそうじゃないだろ……お前馬鹿か?」
思わず吐き捨てるとアルヴィアは銀の髪を風に流したまま姿勢を正して笑う。
「そうでした、鎧のことはあとで聞きましょう。いまは交渉に力を入れなくてはなりませんものね」
「あとで聞くんですね……」
フィードが苦笑するが……相手にするのも面倒臭いんで俺は黙っていることを選ぶ。
そのまま待っていると、槍を構えながら近付いてきた奴らは開口一番に言った。
……口を開けたかどうかは見えちゃいないが。
「お前たちだな、マイルに会ったという人族は」
三人は同じ鎧姿だがそれぞれ首元に巻いた布の色が違い、くすんだ紅、濃紺、鮮やかな黄色だ。
話し掛けてきたのは先頭のくすんだ紅。
濃紺と鮮やかな黄色がその後ろに控えているところを見るに、こいつらのなかでくすんだ紅は纏め役かなにかかもしれない。
「はい。ガロンさんのお怪我は大丈夫でしたか?」
アルヴィアが胸元に右手を当てて小さく頭を下げると、くすんだ紅はゆっくりと槍を立てた。
「――問題はないと聞いている」
「それはよかったです。……申し遅れました、私はアルヴィア。
「それはできない」
「え……」
くすんだ紅の即答にアルヴィアの表情が固まる。
俺は後ろで肩を竦めて鼻先で笑った。
「はーん。何人も行方不明だってのにその原因かもしれない話も聞かないってか? ハッ、ずいぶん
「……ッ、ぶ、無礼な……!」
くすんだ紅が思わずといった様子で槍を構える。
俺はそれが面白くて口角を持ち上げた。
「なんだ? 武器を構えてもいない奴らに槍を向けるような行為は無礼とは言わないのか?」
「偉そうに! お前たちは裏切りの種族だろう!」
「おっと。裏切られたのは勇者様だったな? 見ろよこの騎士様の髪と目を。マイルは気付いていたからな……あんたが知らないはずがないだろ? 裏切られた側の血筋に無礼だろうさ?」
「……ふん、裏切られたのはそいつではないだろう」
くすんだ紅が忌々しげに言うと、アルヴィアがようやく我に返って俺の前に体をねじ込んだ。
「アガートラー、貴公は少しおとなしくしていてください……。すみません、彼は口が悪いのですが悪気は……たぶんありません」
「悪気しかないけどな」
「アガートラー!」
ぎゅっと眉を寄せたアルヴィアが銀の髪を振り乱して俺を
俺が黙って肩を竦めてみせると、アルヴィアは深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。……しかし私たちは話もせずにここを退くわけにはいきません。魔族の儀式が行われる……隷属たちが危険です。行方不明の者たちもそこにいるかもしれません! なぜ貴公らの
多少溜飲を下げたんだろうさ。
くすんだ紅が槍を引いて兜の下で鼻を鳴らした。
「人族を町に入れるわけにいかない。それだけだ」
「……ではここで待ちます」
「我らの
「それでも待ちます。話だけでもしておかなくては……これは人族だけの問題ではありません」
アルヴィアがきっぱりと言い切ると……くすんだ紅が気圧されて身動いだのがわかった。
どうもこいつは交渉には向いてなさそうだな。
俺がそう思ったとき、後ろでドサリと音がした。
咄嗟に剣の柄に手を置いて振り返るが……はたして。
「おいどうしたフィード……?」
フィードがうつ伏せで地面に倒れ伏していた。
「フィード!」
アルヴィアが慌てたようにクソガキの隣にしゃがみ込んで小さな体を抱き起こす。
大きな荷物を背負ったままのフィードは頬に泥をつけたまま、ぐったりとして動かない。
俺はそれを見て咄嗟に腕を大きく振り抜き、
「おいっ、ガロン呼べ! あいつ
くすんだ紅の
「フィード、しっかりしてくださいフィード! ああ、どうしたら……私が無理をさせたからでしょうか? アガートラー、わ、私は……」
「うるせぇよアルヴィア! 黙って寝かせとけ! おいっ、なにしてやがる早くしろ! それともこんな子供を助けるつもりもないってのか⁉」
「い、いや……それは……ま、待っていろ!」
くすんだ紅は俺の勢いに気圧され、慌てて走り出す。
濃紺と鮮やかな黄色も転げるように追随し、三人が畑と黄色い花の隙間を町へと駆けていくのを見送って……俺は鼻を鳴らした。
「…………ったく。下手くそな演技しやがって」
「あれ、兄さん気付いていましたか」
アルヴィアの腕のなか、ぱちりと目を開けるフィード。
アルヴィアはぎょっとした顔で俺とフィードのあいだに視線を往復させた。
「な、ど、どういうことです⁉」
「演技だよ演技。こいつが倒れるたまかって話さ。……とりあえずこれでマイルとガロンを引っ張り出せる。あいつらに伝言でもなんでも頼めばいいだろ」
「……兄さんがあんなに取り乱してくれるなんてと感動したんですけどねー残念……痛ッ」
「ふん。無駄口叩いてないで黙って寝たふりでもしとけ」
俺が身を屈めてデコピンを喰らわせてやると、フィードは額を押さえて笑った。
「へへ」
「……さ、先に言ってくださいよ……心臓が止まりそうでした……」
アルヴィアがほーっとため息をこぼすと、フィードはその腕から体を起こして地面にごろんと横になった。
「すみませんアルヴィア様。ねぇ兄さん。ガロンさんはどうして怪我をしたんでしょう? 平和そうな町に見えるんですけど……かなりの怪我だと思いますよ、あれ」
「――そうだな。あいつ、叩けばなにか出るかもしれない。話の最中も様子が変だったろ」
俺が口角を吊り上げると……フィードは笑って目を閉じた。
「やっぱり兄さんもそう思ったんだ……よかった。なら俺は黙って寝たふりでもしておきまーす」
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