異形の儀式-カノナス-⑤

「誰だッ――」


 咄嗟に応えて飛び退いたでかいほう……マイルがこっちを見る。


 その眼が光を纏っているのに感心しながら俺はゆっくり立ち上がり、両手を肩の高さに上げた。


 枝葉のあいだから注ぐ月の光が狼々族ろうろうぞくの姿を静かに照らし出す。


 マイルは鍛えた体を革鎧に包み、槍のようなものを背負っている。


 毛量の多そうな長い髪は後ろで束ねているようだ。


 対してガロンのほうは横に広がった肩ほどの髪で、厚手の服と裾が絞られたパンツを履いていた。


「……その香り……まさか人族か?」


「ハッ、聞いてたとおりすげぇ鼻してやがんな。もう少し注意深く嗅いでりゃもっと早く俺に気づけたんじゃないのか?」


「……去れ。ここはお前たちが来るような場所ではない」


「な、なんで人族がこんなところに……」


 確固たる意志を示すマイルの後ろ、ガロンが身を縮めるのが見える。


 明らかな動揺に俺は腕を組んだ。


「へぇ。あんたら狼々族ろうろうぞくにもいろんな性格がいるってところか。まぁいい。去るのはちと具合が悪いんでね。その位置でいい、俺の話を聞かないか」


「……お前、何者だ」


 いつでも応戦できるよう構えたまま、マイルは慎重に言葉を紡ぐ。


 俺はふんと鼻を鳴らしてゆっくりと岩に座り直した。


「俺はオークのクソどもの隷属だった……これでどうだ?」


「隷属だと?」


「そう。命を賭けて戦わなけりゃならない血に塗れた娯楽……アガートの駒――アガートラーだ」


「その駒が、どうやってここまで来た」


「それは俺の説明するところじゃないな。……アルヴィア」


「はい。……こ、このような場所から失礼します、狼々族ろうろうぞくの方。初めまして、私はアルヴィアと申します」


 岩の下からごそごそと這い出してくるアルヴィアにマイルが一歩下がるのが見えた。


「お前、その髪は……」


「なんだ、だいぶ夜目が利くみたいだが髪の色は問題か? 人族には黒も金もいるらしいぞ! エルフ族なんて緑だったな」


 俺が笑うとマイルは眼を光らせたまま小さく首を振る。


「そんなことはわかっている。ただ――」


「勇者の髪色だから……そんなところか? とにかくマイル。話を聞くか聞かないか決めろよ。ナノって奴の手掛かりになるかはわからないが、万が一ってこともあるぞ」


「ま、マイル……相手にするのはやめよう。人族がこんなところにいるなんて……なんだかおかしい」


 ガロンがそう言うが、マイルは後ろ手でそれを制して俺と同じように腰を下ろした。


「――決めるまでもない。ガロン、嫌ならお前は帰っていいぞ」


「そ、そんな……あぁ、もう」


 マイルにきっぱり言い切られ、ガロンはその一歩後ろで項垂れる。


 どうやら帰るつもりはないらしい。


「よしきた。……っと、一応もうひとりいるんだ、隠してるわけじゃないから教えておく。フィード」


「はい兄さん。……へへ、こんばんは狼々族ろうろうぞくの方! 俺はフィード。兄さんと同じくオーク族の隷属でした」


「こんな小さな者まで……」


 這い出してきたクソガキに、明らかにマイルが反応するが……ガロンが無言で目を逸らしたのを俺は見逃さなかった。


 アルヴィアが俺を見上げて頷くのを確認して、俺は口を開く。


「隷属に子供も老人もない。生まれてから死ぬまでボロ切れみたいに働かされるか、途中でゴミみたいに廃棄されるか……あそこは肥溜めさ。酷い臭いの地獄だ。……ま、その説明はあとにしようぜ。先にお前の知りたい情報をくれてやる」


「……その前にこちらも名乗らせてくれ。会話で気付いているだろうが俺は戦士マイル。後ろのは薬師くすりしガロンだ。俺の妹のナノが昨日の夜に行方不明となった。ナノだけじゃない、ここのところ何人も消えている」


「な、何人もですか……⁉」


 アルヴィアが驚愕の声を上げると、マイルは力なく頷いた。


 その後ろ、ガロンは唇を噛んで俯いたままだ。


「そんな――いえ、でも、まさか」


「そのまさか・・・だろうさアルヴィア。魔族のクソどもの儀式――そこに連れ去られた可能性はないか?」


「魔族の儀式――なんの話だ?」


 聞き返すマイルにアルヴィアは戸惑ったように首を振る。


「え、えぇとですね。約二週間後に行われる儀式の情報を私たちは持っています。そこにたくさんの隷属たちが連れていかれているという事実も――」


「連れていかれている?」


 目を見開くマイル。……アルヴィアは困ったように俺を見た。


 おい、説明するのはお前の役目だろうさ。


 俺が黙って指先を振ると、アルヴィアは唇を引き結んで再び口を開いた。


「はい、連れていかれています……おそらくは狼々族ろうろうぞくやエルフ族の隷属たちも一緒でしょう……私たちはその儀式を阻止したく、貴公らに協力を仰ぐためここに……」


「おっと。ついでに言っとくが、俺たちはつい最近『龍』に乗った魔族を見てる。あれなら空から連れ去ることは可能だろうってな話さ」


 俺が付け足すとマイルははっと肩を跳ねさせて身を乗り出した。


「龍だと⁉」


「そういうこった。本当に龍の仕業かはわからないが、儀式とやらのために連れ去られた可能性はゼロじゃないだろ。それでこっからは提案だが……俺たちをお前の住む場所へ連れていってくれないか。おさかなんかがいるなら、そいつと話がしたい」


「だ、駄目だよ! 人族を連れ帰るだなんて、そんな――。そ、それに人族は裏切りの種族だ! 龍なんていたら臭いでわかる、そうだろマイル!」


 そこで黙っていたガロンが噛み付くような勢いで吼える。


 そのガロンをしげしげと眺めていたフィードが突然すっと手を上げた。


「ねぇガロンさん――俺、怪我している人ってわかるんですけど。左肩、結構酷い怪我してますよね? すごく痛むんだと思うけど――手当てしたほうがいいよ。俺、応急処置用品持ってるから使います?」


「なに? ガロン、お前、怪我しているのか?」


「は……な、なに言ってるんだよマイル。怪我なんてしてない……血、血の臭いだってしてないだろ!」


 瞬間、驚いた顔で後退ったガロンはマイルに向けて首を振る。


 誰がどう見ても怪しいのは明らかだった。


 それに血の臭いを隠さなきゃならないほどの怪我ってのは相当だろうさ。


 マイルはすぐに立ち上がりガロンの左腕を掴む。


薬師くすりしのお前のことだ、臭いを消す薬草でも塗り込んでいるんだな? 見せろ!」


「い、いいって! その……心配かけたくなかっただけなんだ! 手当てくらい自分でできるよ!」


 慌てたように腕を振り払ったガロンは痛みがあるのか顔を顰めて呻く。


「ハッ、かなり痛むらしいな。おいマイル、前言撤回だ。案内する必要はない、俺たちが自力で辿り着きゃ文句ないだろ? さっさとそいつ連れて帰れ。怪我人と一緒に歩くんじゃ一苦労だってもんさ」


 俺が言うとアルヴィアが胸元に手を置いて言った。


「マイルさん、彼は口が悪いのですが、ガロンさんが心配だから自分たちよりもそちらを優先するよう促しているのです。どうぞ行ってください。そして願わくば、私たちの話をおさのようなお方にお伝えいただけると助かります」


「おい勝手な解釈するなアルヴィア」


「――すまない。恩に着る。ただ、人族を信じることは難しいとだけ伝えておく。……ガロン、無理をさせてすまなかった……帰ろう」


 くそっ、お前もさらっと流すなって話さ。


 俺は思わず鼻を鳴らして、俺たちを気にしながら慎重に踵を返す狼々族ろうろうぞくに声を掛けた。


「――おいマイル」


「……なんだ」


「信じろってのは相手を騙すときに使う言葉だ。それにお前に信じられても嬉しくもなんともないって話さ」


「……肝に銘じておく」


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