異形の儀式-カノナス-②

「自己紹介だ――?」


 思わず呟いた俺にマールフィとかいう白ローブが歩み寄る。


 目線だけ動かして窺うと、白ローブは緩く巻かれた銀髪を肩から払い、ローブの裾を摘まんで優雅に頭を下げた。


「私はマールフィ。医療部隊を率いる星よ! アルヴィアの親戚ね。より正確には勇者の娘の息子の息子の娘ってことになるかしら。あ、綺麗な男は好きよ!」


「……」


 俺は思わず顔を顰め、仏頂面でマールフィとやらを眺める。


 勢いよく言い切るような話し方は癖なんだろう。


 切れ長の蒼い瞳は美人というよりキツめの印象だが、どちらかというと物怖じしないだけで気さくな性格と思われる。


 ま、俺からすりゃ関わりたくない部類だけどな。


 それにしても医療部隊か……戦場での怪我人の治療は早いほどいい。専門部隊がいるってのはありがたいだろうさ。


 ――俺が応えないのを待っていると勘違いしたのか、次にずいずいと前に出てきたのは堅物のアントルテだ。


「俺は歩兵第二部隊を率いる星、アントルテ。貴公の不敬なもの言いは好かないが……魅惑に対抗するほどの精神力にはおみそれした。よろしくお願いしたい」


 言いながら俺の前に立った堅物は思ったとおり小さく、俺と頭ひとつぶんは差があった。


 胸を張って俺を見上げる動作に甲冑ががちゃりと音を立てたところで、アントルテはふふんと笑みを浮かべて続ける。


「ちなみに俺は歩兵第一部隊を率いる星ヴィルマンテの息子で、マールフィとははとこ・・・になる」


 あーはいはい……そういうのは必要ないんだっての。どうでもいい情報だな本当に。


 星ってのは本当におかしな奴ばっかりか?


 心の中で呟いて「はー」とため息を付くと、アントルテはむっと唇を尖らせたが――その後ろから出てきたのは俺と同じくらいの背格好をした甲冑だった。


 こっちは兜を被っているが、隙間から俺をじっと見る蒼い瞳には力強さがある。


 ふん、ようやくまともそうなのがきたじゃないか!


 思わず笑みを浮かべてじっと見返すとそいつは低い声で言った。


「俺は歩兵第一部隊を率いるヴィルマンテだ。アントルテの父親でもある」


「…………あ?」


 なんだよ……アントルテの父親だ?


 クソ。期待したのが馬鹿だったか……。


 俺があからさまに肩を落としたところでアルヴィアが慌てたように前に出た。


「アガートラー、ヴィルマンテおじ様は素晴らしい剣の使い手で――私の師匠でもあるのです」


「なに? へぇ……つまり強いってことか」


 対人戦に特化しているアルヴィアを鍛えた師匠――それなら多少興味が湧くな。


 俺が頷くとアルヴィアはぶんぶんと首を縦に振った。


「私とアントルテ、そしてバリスは兄弟弟子で……」


「……その情報はどうでもいい。――なぁヴィルマンテ、俺と一戦しないか」


「はは! 貴公、父と戦うなどと無謀なことを言う!」


 アントルテが腕を組んで笑うが……俺は鼻先で笑い飛ばした。


「ハッ、無謀かどうかはどうでもいいんだよ。俺は魔族どもを×○△※するためにここにいるんだからな」


 堅物のアントルテは口を開けたまま驚いたような憤慨したような微妙な顔をする。


 するとマールフィがくすくすと笑った。


「ねぇアントルテ。その人はバリスをボコボコにしたのよ? バリス相手にぎりぎり勝てる程度のあなたが言うのはおかしいわね!」


「それは……そうかもしれないが……」


 顔を真っ赤にして俯いたバリスを横目にアントルテは苦虫を噛み潰したような顔で言って首を竦めたが……なるほどな。


 逆らえないのを見るにマールフィが年長、続けてアントルテ、バリス、アルヴィアってところか。


 ――手合わせした感じからすればバリスはアルヴィアほど強くない。


 それにぎりぎり勝てる程度がアントルテだというなら、その三人のなかではアルヴィアが一番強い可能性がある。


 ――ハッ、単身でアガートに乗り込んできたのもそれが理由かもしれないな。


 作戦を命じられたとして、こいつの性格じゃ逃げることもできなかったろうさ。


 そう思ってちらと視線を向けると苦笑するアルヴィアと目が合った。


「……なんだよ」


「いえ、貴公はどこにいても変わらないなと。……ヴィルマンテおじ様さえよろしければ私からもお願いします。こうなってはアガートラーは実行するまでしつこいですから」


「……おい。お前俺をなんだと思ってやがる」


「ふふ」


「……」


 ふふじゃねぇよってなもんだが……まぁいい。


 ヴィルマンテはアルヴィアのひと言に腕を組むと頷いた。


「ふむ。アルヴィアがそう言うのなら……そうだアガートラー。貴公リザード族のおさを屠ったらしいな」


「あ? ……最後は龍に喰われちまったろうが。屠ったのはあのデカブツだ」


「いえ。その前に貴公が太腿の内側を突き刺していましたから……放っておいても決着はついたでしょう」


 アルヴィアが付け加えるとヴィルマンテは再び頷いて黙っている爺さんを見る。


「――ジュダール様、作戦の合間に稽古をしても?」


「ふぉふぉ、かまわぬ。――お前たちも見にいくがいいぞアントルテ、バリス」


「俺も……ですか?」


 太い眉を寄せてアントルテが訝しむ。


 バリスが鼻を鳴らしたところで爺さんは口髭をもそもそさせた。


「アガートラー。バリスがお主の活躍を事細かに報告してくれたのでな、ヴィルマンテも本当はお主の実力を試したくてたまらんのよ。……のうヴィルマンテ」


「……ばれておりましたか」


 兜の下、ふふと笑う低い声。


「ハッ、決まりだな」


 俺は応えてからバリスを見たが……奴は窓の方に顔を背け目を閉じている。


 ……バリスが報告ね。いったいどんなつもりだ?


 するとアルヴィアが俺の肩を右手で叩き、左手の手のひらを上にして次のふたりを示した。


「では私からは頼もしいエルフ族を紹介します」


 そういやまだいたんだったな。


 ソファの横に立って静かにしていたエルフ族たちはそれを聞いて俺に小さく頭を下げる。


 先に口を開いたのは肩ほどまでの濃い緑髪の女だった。


「……私はエルフのシュトーレンが一族、アイリスと申します。剣は不得手ですが攻撃魔法を武器としております」


 その一歩後ろにいる新芽色の髪をしたヒムオス同様、紅い瞳はわさわさとした睫毛に縁取られていて大きい。


 唇は厚めでそこは女性らしいといえばそうだろう。


 次にヒムオスが胸に手を当てて口を開いた。


「僕はエルフのシュトーレンが一族、ヒムオスです。――先ほどのご無礼、お許しください」


「エルフ族は一族の名を最初に名乗るのが慣習なのです。髪色は年齢とともに濃くなって最終的には真っ黒になるんですよ」


 アルヴィアが説明を追加するが……髪色が濃くなるってことは新芽色の髪をしたヒムオスはまだ若いってことか。


「そうするとあんたはヒムオスより強い魔法が使えるのか?」


 アイリスに問い掛けると彼女はゆっくり瞬きをして落ち着いた声で言った。


「魅惑の魔法については適性がなくヒムオスより精度の悪いものしか使えません。私は攻撃魔法を得意としておりますゆえ、そちらでしたら彼よりは熟練していますね」


 なるほどな。魔法には適性があるってことか。


 あの魔族のクソ女が使った魅惑とやらはもっと――頭が痺れるような最悪のものだった。


 そうするとあいつはヒムオスよりも適性が高いってことになる。


 俺が考えているとヒムオスが言った。


「魅惑の魔法は集中を要します。魔族がそれを使った場合、なにか集中を遮断するような攻撃ができれば解除されるでしょう。発動させるには目を合わせる必要があるので対抗できない方々はそれもお忘れなきよう。……といっても、対抗できる人のほうがまれですけどね」


「ハッ、ぶった斬ってやればいいってことだろ」


 俺は肩を竦めて応え、胸の前で右の拳を左の手のひらで受け止める。


 そこで爺さんが笑った。


「ふぉ、お主を革命軍に取り込めたのは幸先がよかったの。――さて、いまさらじゃが儂はジュダール。革命軍総司令官などと堅苦しい役職でな……勇者の孫にあたる。かつての城を取り戻すため――こうして担ぎ上げられたというわけよ」


「……本当にいまさらだな爺さん。担ぎ上げられたってのも本当のところどうだか――あんたはそんな奴に見えない」


「ふぉふぉ、買い被りすぎじゃ。では作戦の説明に入る。日が昇り始めたのでな、稽古は休んでからにするとよかろう。――まず我らはここで昼夜逆転の生活を戻す。この先は炎獄荒野えんごくこうやとは違って昼間でもそう暑くはならん」


 爺さんは重厚な長机に広げた地図を指すと……指先を川沿いに滑らせる。


「この町を潤す川は山脈から続いておる。アルヴィア、お主に任せたいのはこの山脈にいるはずのある一族との援軍交渉じゃ」


 そこでアルヴィアが眉を寄せる。


「山脈にいるはずの一族――もしや狼々族ろうろうぞくですか?」


 ……そういや爺さんが言ってたな。狼々族ろうろうぞくは百年前の戦いで人族を見限って山脈に独自の都を持ったとかなんとか。


「そのとおり。彼らの力はこの先必ず必要となる。……人族だけでなくエルフ族や狼々族ろうろうぞくも隷属として虐げられているはず――それを解放するのが我らの役目でもあるからの」


 爺さんはそう言いつつ俺を見た。


「命は軽い――お主はそう言ったなアガートラー。そのとおりじゃ。本来重くあらねばならぬはずのそれを軽視する魔王ヘルドール率いる魔族たちに目にもの見せてくれようではないか」


「……ハッ。いいじゃねぇか。解放うんぬんは俺のやることじゃねぇが、魔族どもに目にもの見せるってのはそそられる」


「けれど総司令官。狼々族ろうろうぞくはそもそも私たち人族によい感情を抱いていないのでは? なにか策が?」


 そこでアルヴィアが落ち着いた声で尋ねる。


 すると黙っていたバリスが鼻を鳴らして口を開いた。


「……以前斥候部隊がゴブリンの巣から持ち帰った書簡の中に魔族が近々行う儀式のことが書かれていたんだ。俺の部隊の解読師かいどくしたちがそれを突き止めた。ゴブリンどもはその儀式のために隷属を何人も連れて北へ向かったらしい。儀式はかなり大掛かりなものと予想できる」


「――儀式? ……たしかに攻めたときにゴブリンたちの数は少なかった気がしますが……それが理由だったと?」


 アルヴィアがバリスに聞き返すが……ゴブリンの大半がどこかに出払ってたってんなら数が少ないのも納得がいく。


 それに『隷属を何人も連れて』だと? なにをさせるんだって話さ。


 バリスは吊った右腕とは反対で髪を掻き上げるとそのまま続けた。


「オーク族やゴブリン族、ここのリザード族は主に人族を隷属としていたが……魔族はエルフ族や狼々族ろうろうぞくも隷属にしているはずだ。……エルフ族や狼々族ろうろうぞくは同胞をとても大事にする――つまりその儀式を交渉の材料にすればいい」


「なるほど。私たち革命軍としてもその儀式は見過ごせませんしね」


 深々と頷くアルヴィアだが……俺は腕を組んで爺さんを見た。


「……おい。そもそもその儀式ってのはいつどこで行われる? 狼々族ろうろうぞくの都とやらの場所もはっきりしてないんだろ? 間に合わなきゃ意味がないだろうさ。……それに俺がアルヴィアと一緒に行く必要があんのか?」


「ふぉふぉ。元隷属を連れていくに越したことはなかろう。それに今回はアルヴィアの部隊全体を派遣するつもりはないのじゃ。いきなり一部隊がぞろぞろやってきても狼々族ろうろうぞくが警戒するだけだろうからの。道中で魔族に襲われる可能性もあろう……アガートラーよ、お主はそのときに対抗できる切り札でもあるというわけだ」


「――切り札ね……俺がそんな言葉にほいほい乗るとでも思ってんのか爺さん?」


「――お前は乗るぞアガートラー。魔王ヘルドールの城に攻め入るには狼々族ろうろうぞくの協力が不可欠だからの。……期限はおよそ一カ月。儀式は魔族の町でも最大規模を誇る湖畔の町で行われるようだ。山脈まで二週間……そこから一週間程度の距離じゃな」


「……ちょっと待て。……どういうことだ?」


魔王ヘルドールの城は魔法の霧で覆われていての。霧に入れば最期――抜け出せないと言われておる。ところが狼々族ろうろうぞくはその類い稀なる嗅覚で臭いをたどり、霧を抜けることができるのじゃよ」


「……ちっ、協力が得られなかったらそもそも攻めることすらできないってことか? 無謀にもほどがあるだろうさ!」


 俺が舌打ちして文句を紡ぐとマールフィが「まぁまぁ!」と笑った。


「元々は隷属を助けてそのなかの狼々族ろうろうぞくの誰かに協力してもらうつもりだったのよ! でも儀式の話がわかっちゃった以上、行かないわけにはいかないって話になって! そう考えたら数は多いほうがいいわ。当然、援軍要請も視野に入れたってところね!」


「俺たち星は民のために生きろと教え込まれてきたからな、当然の結論だ! あとは逃げずに正々堂々戦うだけさ」


 堅物のアントルテがガツンと金属音を響かせて胸を叩くが……そんな教えだからアルヴィアみたいなのができあがっちまうんだって話さ。


 こいつらは本当の戦慄を知らない。


 命を奪うか奪われるかの恐怖を知らない。


 あのおぞましい戦場を知らない。


 ――クソが。目出度い頭をしてやがる。


 文句のひとつでも言おうと思ったが……先に口を開いたのはどういうわけかバリスだった。


「アントルテ、あんたは黙っていたほうがいい。……民のためにあんな化け物を相手にすることがどれだけ愚かなのかよくわかった。俺は死にたいわけじゃない……退くときは退くぞ」


「なんだと? バリスお前、なんと臆病な!」


「なんとでも言え。俺は生きて抗う」


「ハッ、どうしたんだバリス? えらく殊勝なこと言うじゃないか! 俺は賛成してやるぞ。死ぬくらいなら逃げろってな!」


 そういやトカゲ相手に必死で生きようとして涙を堪えてやがったしな。なにかこいつのなかで思うところがあったんだろうさ。


 俺は思わず笑ってアントルテの堅そうな頭をザクザクと叩いた。


「正々堂々なんて言ってると死ぬぞ。あんたも気をつけるこったな!」


「ぶ、無礼な……!」


 アントルテは俺の愚行に盛大に顔を顰めるのだった。

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