異形の儀式-カノナス-

異形の儀式-カノナス-①

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 俺とアルヴィアが町へと戻ると男女のふたり組が目の前にやってきた。


 ひゅんと長い耳が横に伸びていて、俺は物珍しさにしげしげと眺める。


 はーん、こいつらがエルフ族ってやつか。すげー耳だな。


「アルヴィア様、お探ししておりました。少しお話がしたく」


 女のほうが一歩前に出て頭を下げると、アルヴィアは頷いて俺を振り返る。


 どうせもうじき日が昇るしな……夜通し動いたんだ、そろそろ疲れも溜まるってもんさ。


 俺はひらひらと右手を振って口を開く。


「俺は寝るぞ」


「その前に広場で打撲の手当てをしてもらってくださいね?」


 間髪入れず応えるアルヴィアだが……エルフの女は肩ほどまでの濃い緑髪を揺らしてかぶりを振った。


「いえ、そちらの方もご一緒に。魔族と龍についての情報をお伝えしたいので」


「――情報だ?」


 腕を組んで聞くとエルフの女はゆっくり意味深に頷いて踵を返す。


「ええ。ではこちらに。総司令官とバリス様もお待ちです」


 なんだ、爺さんもいるのか。バリスの奴は正直どうでもいいが。


 俺はアルヴィアと目配せして肩を竦め、右足を踏み出す。


 ――前を行くエルフの男女を後ろから眺めれば、茶色い革鎧で腰には短い杖のようなものを差していた。


 濃い緑髪が女。少し長い新芽色の髪が男。


 どちらも線は細く、剣を振り回すような体付きには見えない。


 となると魔法ってのを使うんだろう。


 龍に炸裂した光は相当なもんだったからな――あれで対抗したってんなら納得がいく。


 考えているうちにエルフたちは広場で手当てを受ける奴らのあいだを抜け、大きな建物に入った。


 石造りの建物内はひんやりと冷たく、獣とも魚とも違う独特の臭いがする。


 ――トカゲどもの臭いだ。


「……お入りください」


 通された部屋は建物の二階。


 正面に一際大きな窓があり、中央には地図が広げられた重厚な長机といくつかの木の椅子がある。


 右手の壁際にはソファがあるが……そこには痛めたらしい腕を吊って座っているバリスの姿。


 目が合うと即座に逸らされたが――あからさまな敵意は感じない。


 そして……左手の壁際。並んで立つ甲冑やローブ姿の男女に俺は思わず鼻を鳴らした。


 おそらく男ふたり女ひとりの三人だが、甲冑でわからない奴以外は銀髪に冷めた蒼い瞳とくりゃ勇者の子孫――星だってことは見当がつくってもんさ。


 しかも俺を値踏みするような不躾な視線には遠慮がない。


 鬱陶しいことこのうえないが……ま、相手にしてやることもないだろ。


 俺は早々に興味をなくし、さっさと前に向き直る。


 そこで窓際にいた革命軍総司令官の爺さんが振り返り、俺たちに右手を上げた。


「ふぉ、来たな。此度はご苦労であったの」


「……本隊の活躍、見事でした」


 アルヴィアが頭を下げるのを横目に、俺は欠伸をして頭の後ろで両手を組む。


「……世辞を言いにわわ来させたわけでもないだろうさ。さっさと始めろよ爺さん」


「貴公! ジュダール様に向かってなんと不敬な!」


 そこでズバリ文句を言ったのは銀髪のひとりだ。


 針金のような銀髪は短く刈り揃えてあり、太い眉にキリリとした目を持ついかにも堅物の男だった。


 甲冑を纏う小柄な体で俺やアルヴィアより背が低い。


 兜こそしてないが……ありゃいい的なんじゃないか?


 はぁ……また面倒な奴が出てきやがったな……。


「――ふぉふぉ。よいのだアントルテ。さてアガートラーよ、望みどおりさくさくいこうかの」


 爺さんは口髭をもそもそさせて笑うと、テーブルへと歩み寄り両手を突いた。


 どうやら堅物はアントルテ、爺さんはジュダールってな名前らしい。


 黙って待っていると爺さんはがらりと雰囲気を変え、蒼い瞳をギラギラと光らせて話し出した。


「リザード族の町を征圧し、我々革命軍はいよいよ魔王ヘルドール率いる魔族の本拠地へと進む。魔族は龍を従え、エルフ族ほどでないにせよ魔法も使う。……つまりここからが本番というわけだの。我々が勝利するためにはより慎重かつ大胆な作戦が必要となろう」


 腹の底に重く響く声……俺は思わず口角を吊り上げる。


 ハッ、魔族のクソどもを×○※△するってんだ、これからが本番ってのは悪くない。


「さて、そこでひとつ確認がある。ヒムオス」


「はい」


 呼ばれて前に出たのはエルフ族の男のほうだ。


 新芽色の髪は少し長めで、睫毛がわさわさした紅い瞳は中性的な顔立ちに一役買っている。


 そのヒムオスは俺に向けて口を開いた。


「……アルヴィア様にひざまずけ」


 瞬間、ぞくぞくと気持ちの悪い感覚が体中を駆け抜け、俺はぴくりと頬が痙攣するのを感じながら眉を寄せた。


 当のアルヴィアもぎょっとしたように俺を見上げるが……こりゃなんの見世物だ?


「――おい。なんで俺がそんなことしなきゃならない?」


 応えると壁際の星どもがピリリと緊張したのがわかった。


 ただひとりバリスだけは面白くなさそうな顔をする。


 俺の前に立っているヒムオスも苦虫を噛み潰したような顔をするが……ふん、面白くないってのはバリスに同感だ。


 俺は鼻を鳴らして爺さんに視線を合わせる。


「説明しろクソじじい


「ふぉふぉ……ヒムオス、どうだの?」


「信じられません……まだ未熟とはいえ、まさか人族に僕の魅惑が効かないとは」


「あぁ? 魅惑だ?」


 反芻した俺はそこでようやく合点がいって腕を組む。


 なるほどな……あの魔族の女も魅惑がどうとか言っていやがったが――つまり。


「……魅惑ってのは魔法なのか? ハッ、だとしても誰が魔族のクソ女やお前みたいなひょろっこい男に魅惑されるんだよ――馬鹿か?」


「お前、エルフ族にまでそのような口を!」


 再び俺に食ってかかったのは堅物そうな星……アントルテだった。


 憤慨した様子のわりに剣を取るつもりはないらしい。


 言いたいだけなら勝手に言わせておけばいいってなもんだが、こいつ戦場で使い物になるのか?


 口先だけじゃ真っ先に斬られちまうって話さ。


 反論する気にもなれずに呆れていると、アルヴィアが俺の左脇腹を右肘で突いた。


「……なんだよ」


「貴公の口が悪いのはいまに始まったことではありませんが、謝ることも覚えなければなりませんよアガートラー」


「はぁ? いきなりお前にひざまずけとか言ってくるほうがおかしいだろうが。お前こそ頭を冷やすんじゃなかったかアルヴィア」


「んんっ……その話はここではしないでください……」


 アルヴィアが恥ずかしそうに顔を背けたところで身を乗り出したのは白ローブの女だった。


 堅物のアントルテとやらはその勢いに押し負けて首を竦める。


「どういうこと⁉ アルヴィア、いまの話は興味があるわ。聞かせなさいよ!」


「マールフィ姉さん……いえ、楽しい話ではありませんから」


「楽しいかどうかは私が決めるからいいわ! 頭を冷やす? なにか頬に血が上るようなことがあったの?」


「頬に血が上ったりはしていませんッ」


 はぁ……。なんだよこの茶番は。


 俺は心底面倒臭くなって右の指先で眉間をほぐす。


「……おい。そんなことはどうでもいいから早くしてくれ。その魅惑とやらがなんだってんだ?」


「ふぉふぉ。簡単なことよアガートラー。お主はどうやら魅惑の魔法への耐性があるらしい――本来ならば操られてしまうはずだからの」


 答えたのは爺さんだ。


 俺は少し考えてからエルフ族の男……新芽色の髪を持つヒムオスを見る。


「バリスに魅惑ってのは効くのか?」


「……はい?」


 瞼を二度上げ下ろしして首を傾げるヒムオス。


 俺は腰に手を当てて続けた。


「魅惑の魔法なんて言われても生まれてこのかた魔法なんざ見たことがないからな。本当にそれが効くならバリスは俺に頭を下げるだろうさ。手っ取り早い確認方法だろ」


「ふ、ふざけるなよお前……ッ!」


 そこでバリスが立ち上がり顔を真っ赤にして怒鳴ったが――そうそう。


 そんなだから丁度いいって話さ。


「ふうん、いいじゃない。まだ謝ってないんでしょうバリス? 確かに彼、とても綺麗だし? あんたが自分より綺麗な男を嫌うのは昔っからだし」


 援護射撃をしてきたのはアルヴィアが『マールフィ姉さん』と呼んだ白ローブの女。


 見た目からするに俺より年上だ。


 緩く巻かれた銀髪はアルヴィア同様豊かな艶を持ち、肩より少し長い。


 細く切れ長の目はアルヴィアとは似ても似つかないが……こいつら本当に姉妹か?

 

「マールフィ、それとこれとは……!」


 慌てたようにバリスが応えるが、マールフィは聞く耳を持たずにヒムオスに「やっていいわ」と頷いた。


 ヒムオスは困ったようにエルフ族の女を見たが……そいつも肩を竦めて頷いたんでバリスに向き直る。


「……バリス様、申し訳ありません。――アガートラーに頭を下げなさい」


「ぐ……うぅ……ッ、…………」


 バリスは顔中皺だらけにして表情を歪めたが……やがてそれが緩むと黙って俺に腰を折った。


 ――そこにあるのは無だ。


 やらせといてなんだが、感情をなくしたバリスには吐き気がする。


 ……俺の脳裏を過ぎったのは自分を失った隷属たちだった。


 オークのクソどもに罵倒されても殴られても虚空を見詰め頭を下げる人形のような――。


「……ちっ、もういいやめさせろ。胸糞悪い」


 俺が舌打ちすると、ヒムオスはふうと息をついて肩の力を抜いた。


 途端にバリスが頭を跳ね上げ、あたりを窺って唸る。


「このッ……お前……ッ!」


 いまにも殴りかかってきそうな怒りがあふれ出す様子に、俺はどこか安心感すら覚えた。


「――ハッ、お前にゃその顔のほうが似合いだなバリス」


「うるさい黙れ! その汚い無精髭を俺に見せるな!」


 ……こいつ髭以外に言うことないのか?


 半分呆れ半分感心しているとアルヴィアが笑って頷いた。


「バリス、いまのはあなたを褒めた言動かと」


「おいアルヴィア、ふざけたこと言うな。お前、耳に石でも詰まってるんじゃないか?」


 思わず返して俺は右の小指を耳に突っ込んだ。


 クソ。どいつもこいつも勝手なこと言いやがって。


「……とにかく爺さん。魅惑とやらが効かないなら魔族を相手にできんのか?」


「そうだの。少なくとも操られて手駒にされることはなかろう。これは最大の利点といえる。おそらく育ってきた環境が己を失わないほど強靱な精神力を培ったのだろうの――皮肉なものよ」


「あぁ……そういや魔族のクソ女も『どんな生き方をしてきた』とかなんとか言ってやがったな」


 爺さんに頷くとアルヴィアが眉尻を下げてなにか言いたそうな顔をした。


 俺はそれを完全に無視して続ける。


「龍はどうする。あの一匹だけとは限らないだろうさ」


「それなんだがの、援軍の交渉をアルヴィアの部隊に任せたい。お主もともに行ってくれんか?」


 ――援軍の交渉、だと?


 眉をひそめた俺に爺さんは口髭をもそもそさせながら笑った。


「まあまずは改めて自己紹介といこうかの」


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