強者の傲り‐ディザスター‐③

『シュルルッ!』


 さすがと言うべきか、青トカゲはすぐに俺たちに気付いた。


 発せられた警戒音にほかのトカゲどもが身構えるが――遅いってもんさ!


「ハッ!」


 俺は短剣の切っ先を斜めに構え、突っ立っていた奴の脇に突き込んですぐに引き抜くと次の奴へと走る。


「アルヴィア! そいつ任せた!」


「……仕方ないですね――ッ」


 考えてみりゃアルヴィアと共闘ってのは初めてだが問題ないだろう。


 両手剣が閃くのを横目に俺は重心を落とし、向かってくるリザード族の脚を横薙ぎに斬り払った。


「おおおっ!」


 視線の先、バリスが吼えながら紅トカゲに剣を突き通すのが見える。


 その後ろから刃を閃かせる一匹に、俺は地面を蹴って迷わず腕を斬り刎ねた。


「ハッ、背中が空いてるぞバリス!」


「ふん。お前が動かなければ俺が仕留めていた!」


「そうか? じゃあ任せた」


「! おい待て! ……このッ」


 俺は次の一匹の剣を躱し、身を捻ってバリスの横を抜ける。


 振り下ろされたリザードの剣が突きに転じ、バリスが受け止めたのを確認して――俺は青トカゲに向かった。


「相手してやる、×※△○ッ!」


『……シュウゥ』


 青トカゲは金の眼をギョロリと動かすとゆっくりと肩に掛けていた剣を構え、太い脚を曲げて重心を落とす。


「いくぞッ!」


 まずは小手調べだ。


 左の剣を突き出すと、青トカゲは無駄のない動作で無骨な大剣を振り下ろす。


「……ッ」


 俺の突きよりその一撃のほうが致命的だ。


 すぐさま回避行動を取って離れ、俺は爪先でトントンと地面を叩いた。


 避けずに攻撃ね――トカゲどもを纏める長だけあるか。


『シュルルッ! ……ジャッ』


「……雑魚は下がってろってんだ!」


 そこに突っ込んできた緑トカゲをバリスに向けて思いっ切り蹴り飛ばし、俺は笑った。


「バリス、そいつお前にやるよ」


「ッ! ふざけるな!」


 緑トカゲが踏鞴を踏んだところに文句を言ったバリスの剣が振り下ろされる。


 さらにアルヴィアが一撃を見舞って緑トカゲが沈黙したのを見終わる前に、俺は余裕たっぷりに構えたままの青トカゲと再度向き合った。


「『よぉ青トカゲ。あんた強いな』――さてどうだ? オーク語もわからないか?」


 どこかに隙はないかとじっくり観察しながら言葉を紡げば――青トカゲがちろりと舌を出す。


『……これは笑止。隷属が肉塊の言葉を話すか』


 俺はその例えに思わず鼻先で笑って応えた。


「『ふ、オークが肉塊ってか! いい例えじゃないか』」


 豚面のオークどもが聞いたらさぞや憤慨するだろうさ。


 青トカゲはそんな俺をしげしげと眺めて鼻先を震わせる。


『シュシュ……隷属にしては肝が据わっている』


「『そりゃ光栄だね』」


 さらりと応えてやったが――クソ。随分落ち着いた声音だな……こういう奴は怒って自分を見失うなんてことはない。


 俺は右の切っ先を青トカゲに向けて腰を落とした。


「『……ま、この町はいただくぞリザード族。命が惜しけりゃ逃げるこったな』」


 ほかの奴らよりも上等な艶消し銀の鎧はしっかりと調整され、隙間らしい隙間が見えないようになっている。


 こうなると鎧の隙間を見極めて突くよりも鱗で被われた硬そうな腕と脚を狙うほうが早い。


 つまり真っ向勝負ってわけさ。


 すると青トカゲが鼻先を震わせた。


『シュシュ……逃げるわけがなかろう? 我らリザード族は誇り高き戦士。隷属如きに負けるわけがない』


 なるほど。いまのは笑ったんだな? ――そう考えた次の瞬間、轟音が弾けた。


 革命軍総司令官の爺さんが言ったとおり、破綻鎚はじょうついが門を破ったみたいだな。


 青トカゲはそれでも動じずにじっと俺を睨め付けている。


 ふん。こいつは『強者』――自分が強いことを誇りにする奴だろう。


「アガートラー!」


 そこに周りのトカゲどもをほとんど片付けたアルヴィアが走ってくる。


 俺を呼ぶ単語を聞き取った青トカゲは『シュシュ』と音を立て、再び鼻先を震わせた。


『……アガートラーか。肝が据わっているのはそのせいか? お前こそ我に下ったらどうだ? アガートで勝ち続ける限り、それなりの待遇を約束してやろうぞ』


「『ハッ、御免だね。ありゃただの肥溜めだ――そうだろ? お前らを屠るなら革命軍は特等席ってもんさ』」


 俺が笑い返すと青トカゲはでかい顔をゆっくりと縦に振る。


『そうか。では滅ぶがいい――』


 しかし。


 青トカゲか言い終わるより先……俺の横を駆け抜けた影が鈍く光る両手剣を振り上げた。


 アルヴィアに似た銀の髪は夜の闇に浮かぶ月のようで、俺は目を瞠る。


「おぉぉ――ッ!」


『シュシュ――愚かな!』

 

「馬鹿か――! 下がれバリスッ!」


 咄嗟に呼び止めるが――間に合わない。


 ドンと踏み出された青トカゲの脚が地面を掴み、無骨な大剣がその質量と重量を持って振り下ろされる。


「はぁ――ッ!」


 そのとき、踏み出した俺より先に動いていたアルヴィアが、バリスの後ろから自分の剣を合わせて大剣を迎え撃った。


 ガイィィンッ!


 鈍い音。


 大剣を支えきれず膝を折るバリスとアルヴィアに向け、俺は大きな舌打ちをして怒鳴った。


「クソッ! 死ぬならほかでやれってんだこの○×※△!」


 そのまま突っ込んだ俺から思いのほか速い動きで離れた青トカゲは、硬そうな口角を持ち上げて牙を覗かせた。


『ふたり掛かりでこの程度! 人族のなんと脆いことよ!』


「『うるせぇよ!』」


 右足を踏み込み、右の剣を大外から回して腹を狙う。


 大剣が引き寄せられて青トカゲが防御姿勢を取ったところで右足を軸に回転し、大剣の腹を伝うように身を捻った俺は逆手に持った左の短剣で頭を狙った。


『シュシュ……!』


 青トカゲは腕を伸ばして俺を弾き飛ばすことで攻撃を躱す。


 俺は反動そのままに体を回し、着地と同時に膝を曲げ、地面すれすれまで低くした体を前――つまり青トカゲへと押し出した。


 蹴り抜いた地面は固い石のタイル。


 左の剣の切っ先がそこに擦れて火花を散らす。


「『余裕かましやがって……気に入らないってもんさ!』」


 狙うのは脚。


 その鱗がどんだけのものか試させてもらうぞ!


 低い位置から閃く刃が青トカゲの脚を確かに掠める――が、石のような感触がじんと腕に伝わって俺は思わず文句を吐いた。


「ちっ、石像かよ!」


 鱗が数枚剥がれたようだがその程度だ。


 青トカゲは『シュシュシュ』と服が擦れるような音で笑い、飛び離れる俺に向けて大剣を突き出す。


「『この――!』」


 両手の剣を使って軌道を逸らし、俺はすぐさま次の攻撃に備える。


 そこでようやく体勢を整えたアルヴィアが参戦。


 青トカゲが引いた大剣の腹に隠れるようにして肉薄すると猛攻を開始した。


「はあぁッ!」


 右、左、突き。


 踊る剣の速さは勿論のこと、卓越した体捌きによって繰り出される攻撃の威力は凄まじい。


 大剣を盾にアルヴィアの動きを牽制する青トカゲが『シューッ』と威嚇音を発したほどだ。


 ハッ、こいつはいいな!


 俺はアルヴィアの攻撃に便乗することにして隙を窺うが――。


「アガートラー! バリスを頼みます!」


 アルヴィアの怒声に顔を顰めた。


 さっと視線を走らせれば――バリスはさっきの攻撃でどこか痛めたのか動きが鈍い。


 そこを狙った緑トカゲ相手にそれでも善戦しているが――クソ。だから引けって言ってやったろうさ!


 文句でも言ってやろうと思ったが……俺は戦いの最中に見えたバリスの表情に、鼻を鳴らして言葉を呑み込んでやることにした。


 そりゃあもう酷ぇ顔だったからだ。


 滲む涙を堪えた目元は真っ赤で、噛み締めた唇の端には血の泡が滲んでいて。


「くそっ、くそ――くそぉッ!」


 悔しさと、恥辱と、恐怖と、生きようと足掻く意志。


 あんな顔して散っていった奴を……俺は何度見送ったことか。


「…………ったく。クソ、面倒臭いったらねぇな」


 俺は頭を掻いて息を吐き出し、地面を蹴った。


 緑トカゲがバリスに向けて剣を振りかぶった瞬間、俺は右の剣を揺れる尻尾に振り下ろし――口にする。


「――やれ!」


「……ッ、おぉっ!」


 尻尾がブツンと斬り放され緑トカゲが仰け反るのをバリスは見逃さなかった。


 両手剣が閃き、敵を一撃で斬り伏せる。

 

「はぁ、はあっ――このくそトカゲが!」


 揺れ動き倒れた体を見下ろして吐き捨てるバリスに、俺はため息をついて踵を返した。


 ……ハッ。威勢だけはいいってもんさ。


 本当ならてめぇのことはてめぇで守れよと文句を言うところだが……まぁいい。


 獲物がまだ残っているからな。


 見ればアルヴィアと青トカゲが丁度お互いに距離を取ったところで、門を破った革命軍たちは破竹の勢いて広場に迫ってきている。


 そこにあるのは争う音と怒号が飛び交う戦場――倒れた篝火から爆ぜる火の粉が夜闇を焦がす。


 爺さんは見当たらないが――リザード族は壊滅寸前に見えた。


 俺はゆっくりとアルヴィアの近くに歩み寄り、鼻を鳴らした。


「……人使いが荒いもんだな」


「――それは失礼しました」


 短く応えたアルヴィアだが……視線は青トカゲから少しも動かさない。


「『おい。二対一でもいいんだろ?』」


 そこで俺がくるくると剣を回して言うと、青トカゲが笑った。


『シュシュ……面白い。来るがよいアガートラーよ』


「『よしきた!』」


 俺はすぐに踏み出して速度を上げ、青トカゲへと攻撃を開始。


 ぶおんと振り抜かれる大剣を躱し懐に跳び込んで左の剣を鎧にぶち当てた。


『シュシュ……痛くも痒くもない』


 ハッ、いまはそれでいいんだよ。その傲りこそが隙になる――あんたは強者だからな!


 そう思った俺の視線の先、よく見ればその腕や脚にあったはずの鱗はところどころ剥がれ、柔らかそうな皮膚に傷が穿たれている。


 アルヴィアの奴、対人戦に特化しているとはよく言ったもんさ。


 俺は内心でほくそ笑み、予定どおり青トカゲの隙を待つことにする。


 狙うは脚の付け根付近。突き通せりゃ致命傷だろう。


「手伝えアルヴィア!」


「人使いが荒いですね――ッ」


 アルヴィアは俺がそう言うのをわかっていたような位置から突きを繰り出した。


 飛び離れる俺を追った大剣は軌道を変え、アルヴィアの剣を弾く。


 青トカゲの右半身が開かれ、俺の前に艶消し銀の鎧を纏った左の脇腹が晒された。


「『おら! 余所見すんなよ青トカゲ!』」


『笑止!』


 そこを狙った俺に向けて唸ったのは太い尻尾。


 その瞬間、俺は青トカゲの『傲り』を感じ取って踏み込んだ。


「……アガートラーッ」


 アルヴィアの焦った声が耳朶を打ったが――ハッ! 知るかよ!


 右側から迫るその尻尾を右腕と腹でがっしりと掴んで脚を踏ん張り、みしみしと骨が軋むのを感じながらも左の短剣を真横から突き込む。


 脚の付け根付近にズンと刃が沈み――鮮血がみるみる染み出してくる。


『シャアァッ』


 堪らず吼えた青トカゲだが――もう逃がさない。


『れ、隷属の分際で――ッ』


「『ハッ、あんたは強いさ青トカゲ! だがな、自分が強いことを誇示するのは愚かだって話さ!』」


 青トカゲは剣を握り締めたまま肘で俺の頭を押さえ付け、なんとかしようと身を捩る。


 だがそのあいだもアルヴィアの剣戟は止むことなく続いていて、決定打を打てる状況にはない。



 決着はついているはずだった・・・が――そのとき。



 ゾッとするような色濃い殺気が満ちる。


 ぶわぁっと鳥肌が立ち、俺は剣を引き抜いて跳び退く。


 青トカゲは俺の愚行に蹌踉めいて膝を突いたが――気にしちゃいられなかった。


「龍だあぁ――ッ!」


 声を上げたのは門を突破してきた革命軍の誰かだろう。


 頭上を駆け抜けた影に……俺はごくりと息を呑んだ。


 風を斬り裂き大きく弧を描いて飛来した紅蓮の巨躯。


 悠々と建物の上に下り立った龍はクカカ……と喉を鳴らす。


「……ッ、間に合わなかった……!」


 アルヴィアが双眸を眇めてそう呟いたのが聞こえたのとほぼ同時。



『グアアアァァァ――――ッ!』



 翼を広げた龍の咆吼が鼓膜を揺さぶり、四肢をビリビリと震わせた。


『シュシュ……ッ、龍だ……援軍だッ! 我らリザード族の同胞よ!』


 青トカゲが膝を突いたまま大剣を掲げて叫ぶ。


 俺は震える指先で何度も柄をなぞり、空気を吸おうと口を開いた。


 龍は青トカゲを窺うように見下ろし、その長い首をゆっくりと伸ばしてバサリと舞い上がる。


「…………ッ!」


 俺は――咄嗟に地面を蹴った。


「来いアルヴィアッ!」


 有無を言わさずアルヴィアの腕を取り、呆然と佇むバリスを蹴りつける。


「死にたいのかクソが! 走れッ!」


 あの龍が放つ眼光は獲物を狩るためのそれ。


 決して『同胞』とやらを守るためじゃない。


 生きろと掻き立てる俺の本能が――それを告げていた。


『同胞よ! シュルル……シャ――ッ⁉』


「あ、あぁ……っ!」


 アルヴィアッの悲鳴にも似た声に俺は走りながら振り返り――見た。


 紅蓮の龍が持つ巨大なあぎとが開かれ、黄ばんだ牙がてらりと光りを放ち――青トカゲを咥えるのを。


 俺とアルヴィアがいた場所を削り取るようにしてそのまま着地した龍の荒い鼻息が……夜闇のなかで白く煙る。


 貪られたリザード族の長――戦場は一気に静まり返った。


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