強者の傲り‐ディザスター‐
強者の傲り‐ディザスター‐①
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ゴブリンどもの町には後方で待機していた別の部隊が残り、アルヴィア率いる部隊は宣言どおりすぐに発った。
リザード族の町を攻める革命軍本隊と合流するためだ。
少し無理をさせてでも夜に行軍して朝方に休息を取るらしいが――その理由は二日後に判明する。
だんだんと草の背が低くなり、数が減り、地べたを這う形に変化していくのと同時に……動くのに支障を来すほどの
ひび割れて乾ききった大地は固く、見渡す限りただの荒野が広がっているだけ。
池や川なんてものも当然見当たらず、水のありがたさってのを学ぶにはもってこいだとアルヴィアは言ったが――そもそも俺は自由に水が飲めたためしがないからな。
そう答えてやったらいつもの調子で「私はなんて失礼なことを!」ときたもんだ。
面倒臭い奴だな本当に。
なにはともあれ、夜にはいくぶん涼しくなって動きやすいってわけさ。
……外の世界ってのにはこんな場所もあるんだな。
俺は広がる星空の下でひとり感心しながら、甲冑の騎士たちとともに三日目の夜をひたすら歩いていた。
すると隣を歩くアルヴィアが
「……ここは百年前、勇者と魔族がぶつかった戦場でした。現在の名は
「龍? ああ、語り部の爺さんが言ってたな――翼の生えたでかいトカゲだとかってやつか?」
俺が言うと、アルヴィアは少しだけ笑った。
「それはいい例えかもしれません。私も実際に見たわけではなく絵画のみなのですが――確かにそのような姿ですね。人など丸呑みにしてしまうほど大きいとか」
「そんなの相手にどうやって戦った?」
「エルフの魔法で対抗したそうです。――魔族は龍を使役しているようですから戦うことになるでしょう」
「エルフね――革命軍にエルフはいるのか?」
俺の知るかぎりじゃ見たことはないが。
聞くとアルヴィアは頷いた。
「ええ。私の部隊にはいませんが、本隊には。エルフ族は人族と友好関係ですが、そのなかでも人族と懇意にしている部族が協力してくれています」
「なるほどな。そういや甲冑にもエルフの魔法が施されているんだったか」
「! そうなんです! 聞きたいですか? いいえ、聞くべきでしょう!」
急にぱっと瞳を輝かせたアルヴィアは白銀の艶やかな髪を弾ませて俺を覗き込む。
はぁ……こいつ本当にどんだけ甲冑が好きなんだ? 馬鹿なのか?
「いや、いい。面倒臭い」
「面倒臭い⁉ 貴公、その言い方はやはり改善すべきです! いいですか、エルフたちの魔法は多彩でとても素晴らしいのです。それを活かしたこの甲冑の――」
……クソ。俺の話を聞けってんだ。
始まった甲冑自慢を右から左に聞き流していると――アルヴィアは突然言葉を止めた。
横目で見るとその眉がぎゅっと寄せられていて、なにか懸念材料があるってことはわかる。
「…………。アガートラー。リザード族の町までは五日程度の距離です。私たちの到着時には革命軍本隊が攻め始めて数日が経っている計算になります」
俺がそのまま黙っているとアルヴィアはすっと息を吸って唇を湿らせ、続きを口にする。
「急ぎ出発した理由はそこにあります。――リザード族の町を占領するのに時間が掛かれば援軍を呼ばれてしまう可能性がある。けれどこの町は私たちが
「はーん。つまり……だ。龍が来ちまう可能性があるんだな?」
「――はい。リザード族の町の北にあるのは正真正銘『魔族』の町――角や尾を持つ異形でありながら私たち『人族』とどこか似た容姿を持つ者たちが治める広大な領地なのです」
「どういうことだ? オークやゴブリンどもも『魔族』だろ?」
聞き返すとアルヴィアは首を振った。
「
「なるほどな……肥沃な土地を求めて進軍する魔族に追随したってところか」
「はい……というか、貴公は
あぁ、そういやこの話は革命軍総司令官らしいあの爺さんに聞いた話だったな。
俺は「まぁな」と短く返してから腕を組んで考えた。
――龍とやらが来たとして、俺たちはエルフ族の魔法を頼りにする必要があるってことか。
そのデカ物の首を刎ねられるだけの武器があるとも思えない……一体どんな策があるんだかな。
「とにかく私たちは早急にリザード族の町を奪還し、魔族との戦いに備えなければなりません。そこでアガートラー、貴公は私と一緒に革命軍総司令官に会っていただきます」
「ん? なんで会う必要がある?」
「オーク族の町やゴブリン族の町での貴公の活躍は素晴らしいものでした。私は今回の作戦において貴公とともにリザードの町へと攻め入るつもりでいます。……というわけで、その推薦ですよ」
「あ? どういう意味だ?」
「そのままですよ。どうせ置いていっても貴公は勝手に攻め入ってしまうでしょう? それなら正式な手続きを踏んで一緒に……と思ったのです」
俺はよくわからずに鼻を鳴らした。
「ふん。お前の部隊のほかの奴らは攻め入らない予定だったってのか? なんだそりゃ、援軍が聞いて呆れる」
「まあそう言わないでください。私の部隊は敵陣を包囲する役目があるのですが……私だけは前線に出なければならない。そういうことです」
俺はそれを聞いて無意識に眉を跳ねさせる。
「……。それは星としてってことか?」
聞くと、アルヴィアは前を見据えたまま静かに頷いた。
「――はい。それが星の役目ですから。――とはいえ、貴公がおとなしく包囲の任務に就いてくれるならそれでいいのですけど」
「ハッ、馬鹿言うな。トカゲどもを一掃するのを指を咥えて見ていろってか? ふざけんなって話さ」
「ふ、あははっ。そう言うと思いました!」
アルヴィアはなぜか盛大に笑うと、星空を見上げて付け足した。
「私も貴公のように強く在らねばなりませんね――」
俺は再びふんと鼻を鳴らして言ってやる。
「俺は生きるためなら退くことに抵抗はないからな。お前ほど気張る必要がないってだけだろ」
******
それから二日後の夜には篝火が煌々と火の粉を巻き上げる革命軍の陣地に到着した。
……革命軍総司令官とやらに会いにいくために俺たちは陣の中を進んでいるが、篝火はいくつも準備されていて、陣の向こうには町を囲んでいるらしい巨大な外壁が見えている。
厚い雲が垂れ込める暗い空の下……外壁の上には等間隔に松明が燃えていて、あそこから弓を引くことができそうだ。
なるほど――落としたい町ってのがよくわかるってもんさ。
ずいぶんとしっかりした要塞じゃないか。
「ここを拠点にすりゃ防衛もしやすいってことか」
俺が言うとアルヴィアは深々と頷いて外壁を指さした。
「あの外壁の向こう側は町を挟んで大きな川なのです。川には巨大な橋を架けて敵の侵入を防いでいました。理想的な要塞都市ですね」
「…………」
俺はそれを聞いてふと首を傾げた。
敵の侵入ってのはどういうことだ? ――もともと人族の王がいたのはもっと北の城だろ。
勇者とやらはそこで四肢を分かたれたって話だからな。
「――なんでここで敵に備える必要がある? いまでこそ役に立つだろうが、王はもっと北にいたんだろう?」
口にするとアルヴィアは一瞬驚いた顔をしてから再び深々と頷いた。
「貴公、学もあるとは……さすがです。実はこの町はもっと古い時代に王がいた場所なのですよ。人族は肥沃な土地が広がる川の北側へと領地を広げ、潤う土のもとで新しい王都を築き上げたのです」
「……領地を広げた……攻めたってことか?」
「ん、どうでしょうか……その頃はまだどの種族の領地でもなかったと習いましたが」
「もう何百年前の話だからのう、
「……!」
俺は突然後ろから発せられた声に、咄嗟に飛び退いて剣の柄を握る。
アルヴィアも刃を浮かせかけたが――すぐに顔を顰めて体勢を整えた。
「総司令官! 驚かさないでください」
「ふぉっ、なんじゃ迎えにきてやったのに」
「ハッ、なにが迎えだ。相変わらず食えない爺さんだな――戦況はどうなんだ?」
俺が聞くと爺さんは前髪ごと後ろに撫でつけた白髪を手櫛で整えるような素振りをみせてくるりと踵を返す。
今日も黒い軽装で、腰には長剣が一本だけ下がっていた。
「そう焦るでない。お前も変わらずせっかちだの。とりあえず儂のテントに移動するぞ、付いてこい」
……余裕綽々に見えるがどうだかな。まだ外壁も越えられていないってことだろ。
俺は鼻を鳴らして迷わず右足を踏み出す。
すると顔を顰めたアルヴィアがかぶりを振って言った。
「ちょ、ちょっと待ってください。ふたりは初対面のはずでは? どうして旧知の仲のような会話を……⁉」
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革命軍総司令官の爺さんのテントに移動して初対面ではないと説明するとアルヴィアは絶句して唇を尖らせた。
「私の気苦労を返してください――貴公のことをなんと説明するかでこの数日頭を悩ませてきたというのに」
「ハッ、そんなこと知るかよ。文句があるなら爺さんに言え」
「ふぉっ⁉ 儂に振るでない! まったく、魔族に対抗する方法を教えてやったというのに恩知らずだのう」
「あれだけでか? 正直まだなにも感じないってもんさ!」
「魔族に対抗する方法⁉ 総司令官……そ、それは一体……! 私にもご教授を――!」
「あぁクソッ、うるせぇよ! おい爺さん、さっさと戦況の説明しやがれ!」
面倒臭くなって話をぶった切り、俺はその場に胡坐を掻く。
座り心地は悪くない。
さすが革命軍総司令官のテントだけあって上等な厚手の生地で作られているようだ。
ランプも数個置かれていて申し分ない明るさがある。
置かれている木箱の数もアルヴィアのテントよりはるかに多いが、蓋が斜めに立て掛けられた箱の中に植物を乾燥させた水筒がいくつも入っているのが見えた。
――ハッ、ありゃ酒だな。
「総司令官……確かにいまは戦況が大事ですから――魔族に対抗する方法の話はのちほど」
「ふぉ……まぁ気が向いたらの。見てのとおり外壁内にはこれから踏み込むところだ。門を破るために
爺さんはそう言うと箱のひとつから地図を引っ張りだし、ついでに別の箱から水筒をふたつ掴み上げて俺とアルヴィアに放った。
俺は右手でその水筒を掴むとさっさと蓋を開けて聞き返す。
「はじょうつい?」
「扉や門を破る大きな丸太のような兵器です。……けれど
応えたアルヴィアに、爺さんは自分の水筒を開けて中身を口に流し込んで笑った。
「ふぉふぉ、ちょっとした調整のためにわざと門を破っておらぬのよ。――もう少しすれば理由がわかる」
俺はアルヴィアと目配せして酒を口に含んだ。
甘く濃厚な果物の香りと一緒に爽やかな酸味が感じられ、疲れた体によく沁みる。
「美味い」
「少量でしたらこれは滋養強壮薬ですが……飲み過ぎはいけませんよアガートラー」
アルヴィアが苦笑したが、そういう自分も嬉しそうに呑んでいるあたり好きなんだろうさ。
俺たちは爺さんの言う『理由』とやらを待つことにした。
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そして。
しばらく時間が過ぎた頃、誰かがテントに近付く気配に俺は顔を上げた。
テントの入口には見張りがいたはずだが垂れ幕はすぐに跳ね上がり、銀の髪がランプの灯りを表面に散らす。
冷めた蒼い眼は俺を映すと驚愕に丸くなった。
「な、なぜお前がここにいる――⁉」
俺よりも背が高い男。以前は甲冑だったが今日は黒い軽装備。
俺は酒を煽って笑ってやった。
「よおバリス。もうお許しが出たのか? よかったよかった」
俺を嵌めようとした星のひとり。
斥候部隊を率いているはずのバリスがそこにいた。
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