愚者の楽園-ディストピア-②

******


「なんだよ、甲冑以外もあるなら先に言え!」


 開口一番吐き出した俺に、アルヴィアが苦笑した。


 やって来たのは大型のテントだ。


 入口には見張りの甲冑がふたり立っていて、アルヴィアを確認すると布を持ち上げて中に通してくれた。


 薄暗いなかには物資の入った木箱が積まれ、武器と防具も並んでいる。


 どうやら交換用の予備らしい。


「戦場では私の部隊が先陣を切るので突撃に有効な甲冑が採用されました。斥候や弓兵は一部に金属板を縫い付け強度を上げた革鎧なのです。動きやすさと静音性に優れたものが採用されたというわけですね」


「なるほどな。……ちょっと見てもいいか」


「はい。本来手続きが必要ですが、今回はもうここで着てください。手伝います」


「バリスを待たせて怒らせてもいいんだがさっさと魔族を狩りたいからな。……さてどれにするか」


 俺は並べられた鎧をざっと見回し、そのひとつ――黒い革鎧を手に取る。


 重さはそこそこだが甲冑に比べりゃはるかに軽い。話のとおり金属で補強されたもので、胴体から太もも付近までを守れそうだ。


 腕と足を守る部分は正直金属でもいいんだが……あまり仰々しいと動きが阻害されそうだからな――このあたりか。


「よし、これでいいぞ」


「えっ、もう決まったんですか⁉」


「なんだよ」


「いえ、早いですね……」


 アルヴィアは俺が並べた装備を見ると頷いた。


「機動性は高そうです。ただ少し……脇腹への攻撃には弱い。あとでアガートラーに合わせて調整と補強をしましょう」


 そられからアルヴィアは鎧の下に着る服とベルトを箱から引っ張り出してきて俺に手渡す。


「後ろを向いています。着替えてください」


「別にいまさら人前で着替えることに抵抗はないけどな」


「抵抗があるのは私ですッ!」


「ハッ、そりゃ悪かった」


 俺はけらけらと笑ってさっさと服を脱ぎ、渡された服と鎧を纏う。


 腕と足の防具も……まぁこんなもんだろ。


「いいぞ」


「では失礼して」


 アルヴィアはくるりと身を翻し、俺の装備を上から下までじろじろと見詰めた。


「腕の装備はもう少し上げましょう――さぁ、このほうが動きやすいはずです。それから腿の部分はもう少し絞れるように調整が必要ですね。今日は我慢してください。胴は……うん、やはり金属板は少し増やしましょう」


「おう、助かる。それとアルヴィア。ついでに頼みがある」


「はい?」


「剣は二本だ。長いのと短いの」


「貴公が使っていたのと同じ――ということですね。それはすでに用意しています」


「なに?」


「慣れた武器がいいことは必然でしょう。しかし貴公の使っていたものはボロボロでした。ろくに手入れもできていなかったでしょうから――特別に用意させているところでした。模擬戦はおそらく真剣などということはありませんが、念のため携帯しておいてください。いまから取りにいきましょう」


「なんだよ、準備してるんだったら先に言え。両手剣で戦わせるやつがあるかってな話さ」


 アルヴィアは俺が肩をすくめるとそこで初めて小さな笑みを浮かべた。


「両手剣もさまになっていたじゃないですか?」


「ふん……」


 俺は不満たっぷりに鼻を鳴らしてからアルヴィアに続く。


 さて、お手並み拝見といこうじゃないか――バリス。


******


「遅い!」


 ゆったりとした足取りで近寄るとバリスは額に筋を浮かべて怒鳴った。


 俺の後ろにはアルヴィアがいて、近くにいた黒い革鎧の男女が彼女に頭を垂れている。


「まぁそう言うな。お前のために着飾ってやったんだ、感謝してもいいぞ」


「気持ちの悪いことを――」


 バリスたち斥候のテントは黒塗りだった。


 その前が広場になっていて、それを囲むように仰々しい黒い旗が何本も立っているが――斥候がこんなに目立っていいもんか?


 さらに気に入らないのは嫌な笑みを浮かべた野次馬が多いってことさ。


 まるでアガートでもしようって雰囲気だな。


 まさか賭け事ってんじゃないだろうが――俺がいたぶられるのを見たいってんならいい趣味だ。


 バリスはきょろきょろしている俺に持っていた木刀を向け、その切っ先を横に滑らせた。


「……そこに立ててある木刀が得物代わりだ。好きなのを取れ」


「二本でもいいか?」


「勝手にしろ」


「それと俺が勝ったら子供のアガートラーの代わりに俺がゴブリンどもの巣に潜入する。これは譲れない。いいんだな?」


「勝てる前提の話はやめておけ、惨めになるぞ」


「さあどうかな」


 俺は大袈裟に肩を竦めてから立てられた木刀を順番に眺める。


 新しい剣も試し斬りしてみたかったが……魔族相手にすりゃいいってもんさ。


「こいつと……こいつでいいだろ。よし、やるかバリス」


 カンカン、と木刀を打ち合わせ感触を確かめる。


 重さはそれなりだが……振り心地は軽すぎる。


 一撃にさほどの威力は出せそうにないが――甲冑相手にどう戦うか。


 そこで俺はふと首を傾げた。


「……なあバリス。あんたなんで甲冑なんだ? ほかの奴らは革鎧だってのに」


「ふん。俺は革命軍の星のひとり。いわば斥候部隊の隊長だからな。自らが斥候として先陣を切るわけではない」


「……はーん。なるほどな」


 つまり斥候たちはバリスの指示で動く駒ってことか。


 こんな無謀な作戦をこれからも練るってんなら斥候の数は今後は減るだろうさ。


「それで? 勝敗はどうやって決める?」


「どちらかが降参するまで。降参を口にするまで好きなだけやっていいというわけだ」


「ハッ、いいぜ乗った」


 俺はつま先でトントンと地面を確かめる。


 最近雨は降っていなかったはずだ。


 乾いた土は固く、表面が砂のようになっていて滑りやすい。


 ――使えそうだな。


 俺は右手の長剣を前、左手の短剣を後ろに、左足を引いて腰を落とした。


「来い」


「――いくぞ、アガートラー」


 対するバリスは両手剣型の木刀。


 バリスは近くにいた黒い革鎧から兜を受け取って被り、剣を体の前に掲げてから自分の身右斜め下に引くと――一気に踏み切った。


 ……速い。


 甲冑を着ているにも関わらず急速に迫る切っ先に俺は舌を巻いた。


 バリスの右下、俺の左下から斜め上へと閃く剣。


 さすが星――とでも言ってやるべきか?


 俺は右足を踏み込みながら長剣をバリスの剣に打ち付け、踏み込んだ足を軸に左回りに旋回し重心を移動しながらバリスの脇腹に短剣を叩き込もうとした。


 しかし――回りきらないうちに地面を蹴って離脱を選ぶ。


 右手に異様な重みを感じたからだ。


 ――なんだ?


 バリスの剣が両手剣とはいえ、有り得ない感触だった。


「……おい、お前……」


 その瞬間、バリスが再び踏み込んできて頭上から木刀を振り下ろす。


 俺は長剣と短剣を交差してそれを受けたが――。


 ガツッ


「……ッ」


 ――その重みに左膝を突く。


 間違いない。バリスの木刀は金属の芯でも入れてやがるんじゃないかってなくらいに重くなっている。


 ちくしょう――やってくれるな。


「はは。どうした?」


 そう言って笑うバリスの醜悪な顔が兜越しに俺を見下ろした。


 自分が優位に立っていることを如実に描き出した表情に反吐が出る。


 ――ああ、そうかよ。あんたがその気ならいいさ。


 俺は歯を食い縛って鬩ぎ合いながら立ち上がり、思い切りバリスの剣を弾き返して一歩下がった。


 俺の木刀はみしみしと軋み、そう何度も攻撃を受けられないだろうと容易に想像がつく。


「――おいおいバリス。まさか人族にあんたみたいなのがいると思わないってもんさ」


「……アガートラー?」


 異変に気付いたのかアルヴィアが呼ぶ。


 俺はそれを無視して再び身構えた。


「豚面のオークどもと同じ……酷ぇ顔しやがって!」


 甲冑越しでもわかるほどにはっきりとバリスの手が跳ね、切っ先がぶれる。


「――あんたにはわからないだろうさ。俺たちアガートラーがどんな思いで戦場に立っていたのか。それをこんなやり方で貶そうなんてのは醜いったらないな――」


「それ以上言ってみろ、二度と立ち上がれないようにしてやる」


 バリスの声は憤怒に燃えて俺への敵意に満ちていた。


 だけどな……俺が味わってきたのはそんなもんじゃない。


 必ず命を狩ろうってな『殺気』だ。


 身も竦むような死への恐怖なんだよ。


「ハッ! その言葉、覚えておけよバリス!」


 俺は一気に踏み切った。


 バリスは俺の長剣を弾き返し、短剣を振るう左手を狙って木刀を振り下ろす。


 俺は左半身を引いてそれを躱したあとで前へと踏み込み長剣を振りかぶった。


 振り下ろされたバリスの剣が返されて俺の剣を跳ね上げようとするその瞬間、俺は剣を振らずに弧を描いて体の右側に引き戻してバリスの剣をくぐり抜け、足を『足ですくった』。


「……ッ!」


 重心を掛けたバリスの左足は乾いた土でよく滑る。


 俺が体勢を崩すバリスの胸元に短剣を突き出し、上半身が引かれたことでそれは加速した。


 ガシャアッ!


 無様にひっくり返った甲冑越し、喉元に長剣を突き付けてやる。


 耳が痛いほどの静寂が一瞬だけあたりを包み込み、誰かの息を呑む音ですらよく聞こえそうなほどだ。


「ちっ……本来ならここでお前の首はないぞバリス。その汚い顔を俺に見せるな。反吐が出る」


 そのときだ。


 俺にだけ聞こえるような声で囁かれた言葉に……俺は目を瞠った。


「……勝てると思うなよ。子供のアガートラーがどうなってもいいんだな?」


 バリスの目線を辿れば、黒いテントのひとつ――その入口が揺れて銀色の光がちらつく。


 ――ナイフだ。


 それを持つ大きな影が押さえているのは子供のアガートラーか。


 おいおい、馬鹿言うなってんだ。


 人質を取るのか? 真っ向勝負で?


 いや……いや違う。


 そうさ、こいつはあの豚どもと同じなんだ。


 わかっていたずだ。俺の鼻は最初からそう告げていた。


「おっと油断したな? まだ終わっていないぞ!」


 瞬間、バリスががばりと身を起こし俺の足を掴んで引き倒した。


「っぐ!」


 ひっくり返る俺の腹を甲冑が容赦なく踏み付ける。


「俺はまだ降参していないはずだアガートラー!」


 うおおぉっ!


 吠えるバリスに呼応して野次馬たちが歓声を上げた。


 キャンキャンとうるさいその声が頭の奥に響いてイライラする。


 振り下ろされるバリスの木刀を長剣でなんとか逸らし、短剣で足を打ち据えてやろうとしたが――効果はないだろう。


「さあ、降参しろ!」


「……ッ!」


 ガツッ!


 その短剣を持つ左手が打たれて骨が軋み痺れが奔る。


 バリスは再び足を浮かせて思い切り俺の腹へと突き下ろす。


「がはっ……」


 肺が絞られ空気がこぼれた。


 けれど。


「あ……アガートラー! バリスッ……そのような行為は……!」


 割って入る凛とした声が耳に触れた瞬間、俺は――我慢できずにキレた。


「うるせぇぞアルヴィア! ほかにやることがあるだろうがッ!」


「――!」


 俺が視線を向けたテントの幕は下りていたが……アルヴィアなら気付く。どうしてかそう思った。


 のこのこ付いてきてなにしてやがるんだって話さ。


 しかし俺の台詞を聞いたバリスは醜悪な笑みを浮かべる。


「よく言った! が、余所見する暇はないだろう?」


「うぐっ……! は……はは……く、くくっ……」


 さらに踏み付けられた俺は込み上げる痛みと激しい憎悪に、堪らず『笑っちまった』。


 ああ――そうだ。余所見する暇はないってもんさ。


 ここは戦場。そうなんだろ?


 俺は木刀を投げ捨てて踏み付ける足を掴み、声を張り上げた。


「ハッ! おいバリス! お前らは人の命を奪ったことはあるのか? まだ反撃にすら出られないようなクソガキをいたぶる趣味があるのか? なあ『アガートラー』! お前もお前だ! てめぇで責任取れなきゃ死ぬんだよ! なんのつもりで志願したか知らないが俺は助けない! 自分で抗えってんだ!」


 俺は渾身の力でバリスの足を跳ね上げて離脱する。


 土まみれだろうが砂まみれだろうが体中が痛かろうが関係ない。


 そのまま跳び起きた俺は右腕で土まみれの頬を拭い、ぺっと唾を吐いた。


「なにが星だ。汚ぇ屑が――てめぇからは肥溜めですらマシに思えるほどのクソより酷い臭いがしやがる!」


 俺は思いっ切り右手を振りかぶって地面を蹴り抜いた。


「死にたくない、死にたくない、死にたくない――そうやって生き抜いてきた俺たち『隷属』の気持ちをわかれとは言わない! けどな! お前の『隷属』になった覚えはないってもんさ!」


「……なッ! うぐぉっ」


 兜に叩きつけた拳が痛もうが止まれば死ぬ。


 腕が折られようが諦めたら死ぬ。


 罠に嵌められようが知ったことか!


 俺は生きてきた。そうやって生きてきたんだ!


「降参なんて温いこと言わせないぞ。ハッ! 先に汚ぇことしたんだ、それくらいの覚悟はあるんだろ? なあバリス!」


 二発、三発。


 立て続けに拳を振るう俺にバリスが後退る。


 手袋越しとはいえ武器を持たない相手に殴られるのは予想外――そもそも反撃があることさえ想像していなかったろうさ!


「や、やめろ! このっ! 来るな!」


「……ぐっ、う……」


 混乱に任せて振り抜かれたバリスの木刀に左脇腹を思い切り打たれて息が詰まる。


 みしみしと骨が鳴ったがそれだけだ。俺は動ける。


 俺の喉の奥から「くくっ」と忍び笑いがこぼれたのを聞き取ったのか、バリスは首を振ってさらに後退った。


「……刃のない剣ってのは骨を折れなきゃただの棒きれってもんさ――歯ぁ食い縛れ!」


 俺はバリスに掴みかかってがっちりと固め、体重を載せて地面に叩きつけた。


「がッ!」


 後頭部を打ったバリスに馬乗りになり、その兜越しに執拗に頭を殴る。


 何度も、何度も、何度も。


「おい、どうしたバリス? なんとか言えよ。兜越しだろ、痛くはねぇだろうさ! なあ!」


「や、やめろ……なんだお前は……! おい、誰か……誰かやめさせろッ!」


 悲鳴に近い声が聞こえたが、誰も寄ってはこない。


「――やめろ! おいッ! やめてくれ!」


 堪らず木刀を放したバリスが両腕で頭を守ろうとする。


 いつしかその声は悲鳴から泣き声に変わっていた。


 俺は振りかぶった右腕を振り下ろそうとして――感じた熱に息を吸う。


「――子供のアガートラーはもう大丈夫です。だから拳を下ろしてくださいアガートラー。バリスはもう戦えません」


 ゆっくりと顔を巡らせれば――アルヴィアが両手でしっかりと俺の右手を握っている。


 冷めた蒼色の瞳はどういうわけか濡れていて、それでも真っ直ぐに俺を見詰めていた。


 滾る憎悪は急速に萎み、どくんどくんと脈打つ鼓動が緩やかになっていく。


 いつの間にか野次馬たちは静まり返り――俺は拳を緩めて息を深く吐きだした


 ぐるりと見回せばどいつもこいつも目を逸らすんで……俺は舌打ちするしかない。


「ちっ……助けたくてやったわけじゃない」


 俺は立ち上がってアルヴィアの手を振り払い、バリスが放した木刀を拾った。


 ずしりと重い剣をアルヴィアに放ってやると彼女はそれを両手で受け取り……双眸を眇め項垂れる。


 銀の髪がその肩を滑り落ち、はらりと甲冑の表面を撫でた。


「……申し訳ありませんでした、アガートラー。……バリス、わかっていますね?」


 俺はまだ頭を庇ったままのバリスに一瞥をくれてから踵を返す。


 こんなところにいられるかって話さ。


 ただ視線の先、泣きそうな顔のクソガキだけは目を逸らすことなく俺を見ていた。


「――おいクソガキ」


「は、はい……ッ」


「お前、なんで志願した」


「……皆の仇を……取りたかったから……」


 答えてから唇が白くなるほどキツく噛み締め、それでも飴色の大きな目は俺を捉えて放さない。


「……ふん。ならせめて補給兵からにしやがれってんだ。お前の尻拭いのせいでこんなクソみたいなことさせられたんだぞ」


 俺は吐き捨てて足を踏み出し、地面の固さをじっくり感じることなく次の一歩へと重心を移す。


 クソガキと擦れ違うときには憂さ晴らしにと思いっ切りデコピンを喰らわせてやって、とりあえず寝泊まりしているテントへと戻ることに決めた。


 ……正直なことを言えば左脇腹が相当な痛みを訴え熱を帯びているってな状況だ。


 ヒビくらいは覚悟しないとならないか。


 ちっ、しくじったな。


 バレたら作戦を外されるかもしれない……これだけやったってのにそれはないだろって話さ!


 そうして額に滲む脂汗に耐え抜きなんとかテントに戻った俺は、そのまま寝袋にひっくり返ってひと眠りと決め込んだ。


 こういうときは寝るに限る。


******


「補給品をお届けにきましたー!」


 やたら威勢のいい声に起こされたのは眠ってからどれくらい経ってからか……。


 瞼を持ち上げるとすぐ近くにドカンと木箱が下ろされた。


「なんだよ……人が寝てるってのに……」


 体を起こそうとした瞬間、左脇腹に鈍い痛みを感じて顔を顰めると……苦笑が耳朶を打った。


「アガートラー……貴公やはり痛むのですね」


「…………」


 俺はぐっと喉を詰まらせ、声の主に目を向ける。


 アルヴィアは装備を外した状態で近くに座っていた。


 隣にいるのは――おい、どういうことだ?


「クソガキ……お前なにしてやがる?」


 思わずこぼすと子供のアガートラーはいっちょ前ににやりと笑ってみせた。


「俺、アルヴィア様の部隊の補給兵になりました! 言いましたよね、補給兵からにしろって!」


「……は? お前馬鹿か?」


 嫌味を真面目に捉えるやつがどこにいる。


 上半身を起こし額に手を当てると……アルヴィアは木箱から包帯を取り出しながら口元を緩めた。


「そのような憎まれ口を叩かずとも、彼を助けるために貴公がしてきたことは伝えてありますよアガートラー。賞賛に値する行動です、恥じることではありません」


「……はあ。なあ、その勘違い脳をどうにかできないのかあんたは」


 ぼやくとクソガキはアルヴィアを手伝って薬を出し始め、じっと俺を見てから口を開いた。


「左脇腹は肋骨にヒビかもしれません。左手首と……腹部には打撲がありそうです」


「――なに?」


 こいつ……見るだけでわかるってのか?


 それとも当てずっぽうか?


 俺が眉をひそめると……クソガキは続けてとんでもないことを言った。


「あの。助けてくれてありがとうございました。俺がハイオークに殴りかかったときも、今回も。……俺、兄さんみたいに強くなります」


「おい待て。なんだその兄さんってのは!」


「私が提案しました。鳶色の髪、飴色の瞳。ふたりは似ていますよアガートラー。とても素敵なことです」


 アルヴィアが心底微笑ましそうな表情を浮かべて包帯をシュルシュルっと引き伸ばすので……俺は唸るしかない。


「どんな理由だよ……」


「さあ、まず手当てをしましょう! ゴブリン族の国に行きたいなら素直に受けてくださいねアガートラー!」


「ちっ……勝手にしろ! ただし作戦から俺を外すようなことするなよアルヴィア。そのときは勝手に乗り込んでやるからな!」 


 吐き捨てて視線を逸らすと……アルヴィアはクソガキと顔を見合わせてから頷いた。


「ええ。約束しますアガートラー」

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