第53話 自暴自棄

「俺達さあ!ひょっとしてハズレ引いたか?!」


 時は、ジーナ達と別れた直後にまで遡る。彼女達と違うルートで施設を探索していたシモンとセラムは、鉢合わせた兵士との戦闘に身を投じていた。銃撃から身を隠していたシモンは、同じく付近に隠れているセラムに呼びかける。


「文句を言ったって仕方ないだろう!」

「それもそうか…よし、セラム!後ろを見ろ!」


 嘆いても仕方ないと諭すセラムからの励ましに、シモンは気持ちを切り替えると周囲に使えそうな物が無いか探した。ふと、積まれた箱に隠れているセラムの背後に通気口があるのを目にする。そしてセラムに呼びかけると、煙幕を取り出した後に銃で通気口がある事を指し示す。


「持ちこたえてくれよ」

「当然」


 セラムがシモンに応じると、シモンもまた彼に余裕を見せた。セラムが動き出した瞬間を狙って、シモンは煙幕を敵に向かって放り投げた。辺りに白煙が立ち込めている内にセラムは、通気口へよじ登って刀で口を切り裂いて中へ這って行く。セラムが移動している最中、シモンは敵を引き付けようと弾丸を兵士達に向かってばら撒いた。


「クソッ何で入り込んでんだよ!」

「逃げる邪魔すんじゃねえよネズミ共!」


 早いうちに逃げたかった兵士達は、自分達を阻む敵が隠れているであろう障害物へ罵声を発しながら撃ち続け、頭上の通気口に注意を向けるのを忘れていた。シモンが撃ち返して来た際に慌てて曲がり角へ身を隠した直後、壁の上部から現れたセラムの奇襲を許してしまった。


 一人は飛び降りて来たセラムの刀によって頭を串刺しにされ、そのまま押し倒された。異変に気付いた他の者達が反応しようとするが、セラムはそれよりも早く近くにいた兵士にナイフを投げて怯ませると、彼を盾にして銃による射撃から身を隠す。


 兵士達が気を取られている間にシモンも距離を詰めて、左手の触手を使って何人かを吹き飛ばした。そのままトドメを刺すために、引き金を二回ずつ引いたシモンは周囲に敵がいない事を確かめて、セラムと共に先へ向かう。しばらくすると、何やら怪しい坑道のような場所へと入り込んでしまう。


「勝手に資源の採掘までやっていたのか…?大犯罪だぜ」

「何を今更」


 シモンは倉庫へと向かう途中で訪れる事になった迷路のようなトンネルに目を気を配りながら言った。あちこちに採掘に使うための重機が置かれ、地面に散らばっている装備などを見るに作業員たちは逃げ出したらしい。


「シモン、見てみろ」


 ふと自分達が向かうつもりだった出口らしき場所から誰かがやって来る。アタッシュケース片手に長髪を乱してこちらへ向かって来た男に、シモンは思わずライフルを構えるが、男は空いている手をかざして敵では無い事をアピールする。


「グリポット社?」

「当たらずとも遠からず…お前は?」

「情報提供者だよ。あまり時間が無い、ノーマンは格納庫へ向かってる。この先にある倉庫の昇降機から行けるはずだ。出来る限り集めた犯罪に関する証拠もここにある。ただ――」


 二人に対して素性を明かすベンだったが、背後から重い足音と陰鬱な気配を感じた。ベンを追っていたのかは分からないが、随分と冷めきった表情をしている男がトンネルの出口から姿を現して来た。全身が触手に包まれ、それによって隆々とした肉体が殺意を露にしており、どこか悲観や恨みを醸し出している彼の顔は落ち込んでいるようにも見えた。


「ダニエル、元気無さそうだね」


 ベンは変わり果てた自分の仮初の上司に対して辛辣に言った。それに対してダニエルは何を言うわけでも無く、静かに歩き始めてこちらへ向かって来る。


「先に言ってろ。崖に出れるハッチがあるだろ?そこから崖下にいる仲間と合流できるはずだ。フックの射出装置も岩陰に隠してあるからそれを使え」


 ベンを後ろに追いやったセラムはコッソリ耳打ちをして彼を逃がすと、シモンと合わせて遮るようにして立ちはだかった。


「…なあ、俺に何の恨みがあるんだ」


 不意にダニエルは二人に物悲しく言い出した。


「使い捨てられてばっかりなんだよ、俺の人生は。騙されて故郷も奪われ、何もかも失い、ようやく復讐に協力してくれた奴がいたと思ったら、そいつも結局は俺の事を消耗品としか思っていなかった。挙句、お前達のようなゴロツキのせいで全て狂わされた、仲間も失った…俺はどこで間違えたんだと思う?」


 ダニエルはひたすら自分の不幸を嘆き続けたが、それがシモンを苛立たせた。


「その間違った選択肢を選んだのはお前自身だ。期待通りに行かなかった恨みをぶつけられる筋合いは無い。散々好き勝手しておいて、今更慰めてもらえると思うか?」


 シモンは銃を握りしめながら、彼をそう言って彼を突き放した。


「…やっぱり分かって貰えるわけ無いよな。もういいさ」

「そう思ってるのなら黙ってろ」


 諦めた様にダニエルが答えてから構えを取ると、セラムは彼に追い討ちをかけるように煽った。一気に踏み出してこちらへ突進してくるダニエルに向かって、シモンは銃を撃ちづけるが攻撃が来ると分かり、すぐに触手で即席の盾を形成してそれを防いだ。セラムはすぐに煙幕を放って目潰しをすると、シモンを引っ張って出口まで連れて来た。


「煙幕は使い切ったか…とにかく時間を潰してる場合じゃない」


 シモンもそれに咳き込みながら頷いて二人で静かにその場から立ち去ろうとするが、直後にシモンが触手に掴まれて煙の中へ引き摺り込まれそうになる。拳銃を抜いて何発か撃ってみるが怯む様子はなかった。「クソ」とセラムは呟いてからすぐに走り出して行くが、煙が晴れるとダニエルもこちらへ向かってくる敵の存在を察知した。背後で蠢いている触手を繰り出して、セラムを串刺しにしてやろうと襲い掛からせるが、セラムは凌ぎつつもシモンの様子を見た。近くの重機に触手を使ってしがみ付いているシモンだったが、諦めた様に触手を放して引き摺られていく。


 しかしダニエルの足元まで引きずられた直後、腕に触手を纏わせてアルタイルを構えると、彼に向かってがむしゃらに撃ち続けた。硬質化させた触手がある程度は防いだものの、二発が胸部を貫通する。変な声を上げて一瞬ではあるがダニエルの攻撃が止まった。それを好機と見たセラムは触手達を薙ぎ斬り、一気に距離を詰めると顔に目掛けて突きを放つ。それに気づいたダニエルはすぐに回避のために動こうとするが、シモンによって足を撃たれてしまった。衝撃によってバランスを崩したダニエルに隙が生まれ、セラムの突きが決まったかに思えたが辛うじて触手の硬質化によって致命傷には至らなかった。


 そのままダニエルは刀を掴み、セラムに目掛けてパンチを放つもののすんでの所でシモンが割って入った。シモンは左腕に触手を纏わせて彼に張り合うようにパンチを放つと、辺りに衝撃と爆風が軽く吹き荒れたが僅かにダニエルが上回っていたのか、シモンとセラムは二人して吹き飛ばされる。その際にどちらも持っていた武器を落としてしまった。


 立ち直るためにシモンが触手を使おうとしたが、左腕に鋭い痛みが走る。ダニエルの背中から生えていた触手が、数本ほど彼の左腕に突き刺さっていたのである。


「ぐああああっ!!」


 項垂れるように叫び声をあげたシモンを、引っ張り上げるようにしてダニエルは持ち上げる。トドメを刺そうと拳を振りかぶった直後、地面に転がっていたライフルをセラムが掴み、そのままダニエルの顔面へと狙いを付けて引き金を引いた。弾丸が片目を潰すことに成功すると、激痛に悶えたダニエルはたまらずシモンを放してしまう。


 セラムは先ほど暴れていた拍子に重機が故障し、そこからガソリンが漏れている事に気づいた。シモンも臭いで気づいたらしく、急いで拳銃を拾ってから漏れているガソリンに向かって銃弾を放つと爆発が起きた。爆発によってダニエルがよろけた直後、衝撃に耐えられなかった通路の岩が音を立てて崩れ落ち、動きが止まっていた彼の体に圧し掛かって来る。


「ぐぅっ…クソがッ…」


 瓦礫や岩をどけようと藻掻くダニエルに対して、左腕の修復が終わったシモンは急いで拾ったアルタイルに弾を込め直して近づくと、間髪入れずにアルタイルを構えて全てを叩きこんだ。


「お前を捨て駒にしてる奴も、すぐに後を追わせてやるよ」


 ダニエルの亡骸を尻目にシモンはそう言うと、崩れそうな坑道をセラムと共に抜け出して他の仲間達との合流を急いだ。




 ――――動き出した大型の昇降機に乗り込んでいた三人は、持っている装備の状況を確認しながら格納庫への到着を待ち続けた。


「グルームか…大丈夫だろうな」


 セラムは刀同士を軽く擦り合わせながらそんな事を口走る。


「まあ、あいつもプロだ。おまけに標的は一人、ヘマをしたりってのは流石にないだろ」


 シモンは持ち込んでいた弾丸が少なくなっている事に顔をしかめつつ答えた。


「ここまで来たら出来る事をやってくれてればいい」

「だな」


 とにかくベストを尽くしてるなら良しとジーナは考え、セラムもそれを肯定した。そうして一行が着実に向かっている頃、ノーマンは外にあった火山を見て呆気に取られていた。


「なぜだ…?」


 目覚めた古代の生物が根を張っていたはずの火山には大量の航空機が飛び交い、その周辺一帯はクレーターや焼野原と化して荒廃していた。そして彼がいる角度からは見えないものの、巨大なその生物はボロ雑巾の様にされており、生命活動を完全に停止している。状況は分からずとも、周囲に異変が生じていない事から計画が暗礁に乗り上げている事をノーマンはこの時に悟った。自分が諦めた古代兵器による影響かもしれいないという憶測が、彼の頭の中をよぎる。そして思考の中に占めるその割合は次第に大きくなっていき、「しくじった」という結論にたどり着いた。


 ノーマンはすぐさま付近の倉庫に停めてある飛行型ネスト・ムーバーの元へ戻ろうとする。周囲には大量の兵士や作業員の屍が散らばっており、それらの中には枯れ枝の様な体と化している程に衰弱している物さえあった。


「動くな」


 ネスト・ムーバーに乗り込もうとした直後、車体の陰から銃を構えたグルームが姿を見せる。彼の方へ向いたノーマンは、赤黒く染まった目を彼に見せると首を横に振り、含み笑いを顔に浮かべていた。


「…その目は、一体…?」


 写真やデータで知っていたヨーゼフ・ノーマンという人物からは考えられない異様な表情を前に、グルームは自分の取ろうとしている行動が合っているのか心の奥底で一抹の不安を抱え、それに呼応するように心臓の鼓動が速まるのを感じていた。

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