第54話 牙を剥く孤狼

 ジーナ達が遺跡へと突入していた頃、山脈の火口に出現した巨大生物への攻撃を行うためにグリポット社が管理している爆撃機が周囲を旋回して様子を見ていた。怪物の動向を観察していたパイロットたちは、辺りの動植物を喰らいながら土地を侵食していくその不気味な光景に息を呑んだが、このままではマズいとルーサーの搭乗している航空機へ連絡を寄越す。


「了解。よし…坊ちゃん!出番だぜ!」


 操縦しているパイロットから催促が来ると、ルーサーは神経を研ぎ澄ませて三体の兵器達に呼びかける。全員を同時に出すということもあってか頭痛を始めとした肉体への負担はこれまでの比ではなく、何度も意識が遠のこうとしていた。少しすると、辺りに暗雲が立ち込めやがてその場にいた者達は遠雷を目撃した。直後、周囲を眩ますような雷の閃光と共に、彼らは顕現した。


 暗雲を突き抜けてロキが飛来し、木々を薙ぎ倒しながら疾風の如くフェンリルが火口へと姿を現して遠吠えをする。そしてどこに隠れていたのかと思わせてしまう巨体を持つオーズの駆け寄って来る姿が、地平線の彼方から見えた。三体が火山へと辿り着くと、威嚇をするためであろう三体の巨大な咆哮が耳をつんざく。怪物も兵器の存在に気が付いたらしく、唸りながら彼らを睨む。


「報告にあった三体の古代兵器を確認。援護に回る」


 通信によって周りの機体からそのような報告が聞こえてくる中、ルーサーはいつ倒れてもおかしくない様な締め付けられる鈍痛と格闘しながら、フェンリル達に短期決戦を呼びかける。機体の燃料や怪物の進撃を見るに一刻の猶予も無い事は、子供の目線からでも明らかであった。


 ルーサーからの精神的感応にオーズが動いた。地鳴りのような鳴き声と共に、緩やかな駆け足で火口へと飛び込もうとする。怪物は夥しい触手を駆使してそれを妨げようとするが、オーズは力づくで押しのけて火口へ飛び込んだ。足を何とか着けながら怪物に近づくと、怪力と体格を生かした剛腕を用いて全力で殴りつけていく。


 大きく怯んだ怪物は周囲の生命を捕食するのを一時的に打ち止め、オーズを何とかしようと何本かの触手を引き戻して攻撃を加えようとする。迫りくる怪物からの攻撃をオーズは耐え凌ぎ、挙句何本かの触手を掴んで引きちぎるなどといった荒業までやってのける。


 流石に堪えたのか、逆上した怪物は丘一つが収まりそうな程に巨大な口を開け、捕食しようとオーズへ圧し掛かる。鋭い牙が刺さる事をものともせずにオーズは口を押さえつけ、全力でアッパーを決めるとその勢いで何本か牙がへし折れた。甲高い怪物の慟哭が押し倒された木々の葉を揺らし、周囲を飛び交いながら機銃による攻撃を行う兵士たちの耳を痛めさせる。


 フェンリル達もオーズに続けと次々に行動を開始する。周囲に張り巡らされている触手を爪によって切断するだけでなく、怪物に向かって光線を発射し焼き焦がそうとするフェンリルの妨害や、分身を行ったロキが群れを成して襲い掛かって怪物の肉体を引き裂いた。さらにロキは、攻撃を行った際に幻覚を見せるための仕掛けをしたらしく、怪物はしばらくすると潰された目を触手で抑えて苦しみ始める。


 ロキの幻覚によって怪物が味わったのは、これまで自身が喰らってきた命の悲鳴と苦痛であった。周囲を巻き込まないようにと効果は限定的且つ持続力が無いものであったが、隙を作る事は出来た。オーズは怪物を殴ってよろめかせると、そのまま口の中へ手を突っ込み、無理やり舌を引っこ抜いた。悶える怪物の背後に回って備えていたフェンリルは、これまでのものとは比べ物にならない様な威力の光線を一気に発射する。その時点における限界の火力を持つ光線は、怪物の顔を貫いて風穴を開けた。怪物がまともに戦えなくなりつつあった頃、三体の兵器達はルーサーに限界が来ている事を感じ取ったのか、再び起きた落雷の閃光と共に姿を消した。


「大丈夫か?」


 フェンリル達が姿を消した瞬間、強烈な疲労がルーサーを襲う。滝のような汗が体を伝い、よほど負荷が掛かっていたのか鼻血が出ていた。


「…大丈夫です!そ、それより倒すなら今のうちに!」

「そうか!…よし、総員直ちに爆撃を開始しろ」


 顔を修復しようとしていた怪物だったが、そんな余裕は与えまいと次々に爆弾が雨あられの様に投下される。既に瀕死であった怪物にそれを止める術などありはしなかった。体のあちこちが爆炎に包まれ、生命の吸収による再生も行えなくなっていた怪物は倒れ伏すと、何かが溶けるような音と共にその身をを蒸発させていく。


”終わりだよ、全て…終わった。もう奴が目覚める事は無い”


 ルーサーはターシテルドから怪物の終焉を告げられ、安堵した様に外を見た。萎んでしまった巨大な枯れ木の様な遺体が、火口から山の斜面へ這いつくばっているその有様は、まるで悪い夢でも見ているかのようだった。


「本部へ連絡、対象の沈黙を確認。引き続き交代をしながら警戒を行う……っと。やったな坊ちゃん!!大金星だぜ!」


 肩を掴んで揺さぶりながら喜ぶパイロットに愛想笑いをしていたルーサーだったが、頭の中は既に他の仲間達の安否で一杯一杯であった。無事でいて欲しいと思いつつも、パイロットの兵士に余計な心配をさせない様にルーサーは出来る限り歓喜している風に装った。




 ――――昇降機が格納庫へと辿り着くと、周囲にライフルを向けながらシモンが先頭に立って格納庫へと侵入した。ジーナとセラムもその後に続いていくと、先に停めてあるネスト・ムーバーの付近で何者かがノーマンによって首を絞められている。口を切って血を滲ませており、顔には既にいくつかの打撲が出来ていた。


「グルーム!」


 シモンが叫びながら一発銃弾を放つと、ノーマンはグルームを突き飛ばした後に一歩退くことでそれを回避する。銃弾が放たれた後に動き出したと思える程に俊敏であった。


「次から次へと…」


 面倒くさそうにノーマンは言いながら首を鳴らす。直後、シモン達の無線に連絡が入り火口に現れた怪物の無力化に成功したという報せが入った。


「素敵なお知らせだ。可愛いペットがバーベキュー状態だとさ…これでお前の計画は全部白紙だ」


 シモンはノーマンに計画の失敗を告げると、無線を切って彼の胴体へと照準を定めた。


「…裏切った被検体に、それについて回る金魚の糞、科学者一人まともに取り押さえられない傭兵に…くたばり損ないのゴロツキか。こんな連中にさえ出し抜かれるとは、つくづく役立たずばかりらしい。私の取り巻きは」

「その役立たずと同じ場所に送ってやるわよ、今から」


 自分の事を棚に上げて協力者の無能さを嘆くノーマンに、ジーナは無慈悲に死刑宣告を下す。しかしノーマンは鼻で笑って一蹴すると、彼らから背を向けて煙の上がっている火山の方へと目をやった。


「馬鹿な事をしたな。これで外来の脅威への対抗手段は実質失われた。あの小僧が操れる兵器があろうと、攻め入られてはどうなるか分かったものではない。目の前の犠牲を嫌がった結果、お前たちは世界全体の寿命を縮めたに等しい」

「お前が縋っていた怪物は、この世界を私物化しようとしていたに過ぎない。お前は最初から良いように利用されていただけだ」


 ノーマンはシモン達が下した判断の愚かさを非難し、肩を落としながら憐れむように言った。セラムは、ルーサーがターシテルドから聞いたという話を彼に伝えたが、それに対する返答は意外な物であった。


「勘違いをしているな…そんなものは既に知っていた。知ったうえで私は協力を申し出た。君たちは知らんだろう。この世界の物差しでは及ばぬ宇宙に眠る存在…或いはそんな枠組みには捕らわれない別の空間…次元から訪れる恐怖を。私は全てを知らされた。それらに対して何も出来ずに蹂躙されるくらいならば、犠牲の下で生き永らえる事に何の抵抗があろうか」


 そんなノーマンの言葉に対して、一同はどんな顔をすれば良いか分からなかった。


「妄想も大概にしとけよ気狂い野郎」


 最初に言葉を発したのはジーナだった。こんな戯言が原因で恩人や家族が殺されたという事実が虫唾を走らせるには十分すぎたのである。


「まあいい…”境界線”を呼び起こせない以上は兵器を流通させ、発達させるだけだ。時間はかかるが、戦える力を備えさせなければならない」

「そんな物、お前を殺してしまえば机上の空論で終わるさ」

「私という人間が分かってないなアホが。既に実験のデータや資料、そしてサンプルを裏の市場や要人の下へ流出させている。後は時間が勝手に解決してくれるだろう」


 淡々と対策を打っていた事を告げられ、シモン達はそれを唖然とした様子で聞いていた。一方で話し終えたらしいノーマンは再び彼の下へ向き直る。


「私が本気だという事が分かって貰えたかな?今回はどちらにせよ手痛い損失だ…私も非常に後悔している。もっと早く…貴様らを始末していれば良かったとな」


 ノーマンが言い終えた直後、肉体へのダメージによってへたり込んでいたグルームが、隠し持っていた拳銃で撃とうと構えた。それに気づいたノーマンは弾丸が放たれた瞬間にそれを躱し、人間業では無い速さで彼に接近する。胸倉を掴んで無理やり引き摺り上げられたグルームが苦しそうにしていると、状況への理解が追い付いたシモンがライフルで射撃をするが、再び躱されて次なる標的に選ばれた。


 シモンは連射をして近づけないようにするが、まるで馬鹿にされているかのように躱され、蹴りが腹に向かって放たれそうになる。咄嗟にライフルを盾にしようとするが、彼はあろうことかライフルの銃身ごとへし折ってシモンの腹に蹴りを命中させた。


 吹き飛ばされ、地面を転がるシモンを庇う様にジーナとセラムが立ちはだかると、ノーマンは二人を同時に挑発する。二対一での白兵戦が始まるが、赤子の様に扱われながら二人はゆっくり、そして確実に痛めつけられた。セラムは刀捌きを躱されながらジャブやフックで殴られ、ジーナがパンチや蹴りを繰り出そうが体を掴まれては薙ぎ倒されるか殴り返された。


 そんな中でようやくセラムの刀がノーマンの手の平を突き刺す。怯むかと思いきや、ノーマンはそのまま滑らせるように手を柄の方へ近づけ、握りしめているセラムの手を掴んだ。逃げられなくなったと悟るセラムの顔に拳が入り、反動で仰け反ろうとすれば無理やり引き戻された。そのまま腹にパンチを入れられて跪くセラムに、ノーマンは引っこ抜いた刀でトドメを刺そうとしたが、すんでの所でジーナが蹴りを入れて叩き落とす。そのままタックルをかましてセラムから距離を離そうとするが、あっさりと踏ん張られてしまい、挙句に背中へ肘打ちを叩きこまれる。そのまま僅かに体が沈みそうになった瞬間、今度は腹への膝蹴りで迎え入れられた。


 ノーマンはそのまま彼女の首を掴んで、軽装甲車の方へ恐ろしい力で突き飛ばす。車体を凹ます勢いで叩きつけられたジーナは、そのまま地面にうつ伏せになった。


「久々に心の中で熱いものを感じるよ。早めに逃げたいところだが…お前達だけは、楽に死なせてはつまらんのでな」


 ノーマンは蛆虫のように這いつくばる一同を見下し、いつになく憎たらしいという具合に感情を込めながら言った。

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