第52話 リベンジ

 グルームとジーナの二人は、途方もなく続いている殺風景な通路を走りながらノーマンがいる可能性があるという格納庫へ続く搬入口を目指していた。彼に気づかれているのは承知であり、逃走用の移動手段を用意している可能性が高い格納庫へ向かおうという考えが理由である。途中で施設に残っていた兵士達と幾度か遭遇したものの、既に自分達の敵では無かった。


「次は?」

「そこを曲がった先だ!」


 最後と思われる兵士を殴り倒したジーナは少しだけ息を荒げながらグルームに問いかけた。グルームは指で示しながら順路を伝え我先にと向かう彼女の後を追いかける。搬入口が存在する巨大な倉庫は照明が所々途絶えて人気が無く、薄気味悪い雰囲気を漂わせる暗がりへと成り果てていた。


「…あそこだな」


 グルームは搬入口の奥に存在している大型の昇降機へ目をやる。斜行式であり、かなり使い古されている様子であった。昇降機を起動して格納庫へ向かおうとした直後、自分達が使った入り口とは別の場所にあるシャッターが大きな音を立てて揺れた。そのままシャッターを拳が突き破り、その穴を引き裂いて現れたのはゴリアテであった。明らかに通常の量産型とは違うという事を、剥き出しの上半身と赤黒くゴツゴツと隆起している皮膚が物語っている。そしてその顔の傷が見えた瞬間、ジーナはこんな時に再会したくなかったと舌打ちをした。


「おい!何してる!?」

「あんな奴に追いかけられたらノーマンの始末どころじゃなくなる。先に行ってて」


 動き出した昇降機の柵を飛び越えようとしたジーナに驚くグルームだったが、彼の制止を振り切ってジーナは昇降機から降りた。そのまま暗い搬入路へと消えていくグルームの無事を申し訳程度に願い、ジーナはゴリアテを方を睨む。向こうもこちらに気づいたらしく、ゆっくりと肩を回しながら歩き始めていた。


「しぶといわよね、お互い」


 試しにそんな事を話しかけてみるが、返事などある筈も無かった。段々と歩幅が広がり、走る速度が上がって来るゴリアテに合わせてジーナも駆け出す。二人の距離が縮まり、十分な間合いに踏み込めたと判断したのであろうゴリアテが先に仕掛けて来た。


 右拳が自分に向かって放たれたのを察知したジーナは、ゴリアテの足の間を滑り込んで背後に回り込んだ。決してそんな芸当が出来る程小柄だとは言えない自分の体格であったが、ゴリアテ程の巨体であれば話は別である。自身の先制が空振りに終わったゴリアテは、背後に回り込まれたことを気配で悟る。振り向いた瞬間、ジーナがこちらへ飛び掛かってきているのが目に入った。


 振り向いたゴリアテの顔面に目掛けてジーナが拳を叩きつけると、あらかじめ仕込んでおいた爆薬が炸裂した。ゴリアテは目の前が真っ白になり、強烈な耳鳴りも合わさって周囲の状況を把握できずにいた。反動もあってかその場に倒れこんだジーナは、すぐに起き上って距離を取りつつ敵の様子を窺う。顔が爆炎に包まれていたが、何とか振り払ったゴリアテの顔は、頬から右目にかけて大きく抉れていた。匂いからしてシモンが使っているアルタイルの弾薬と同じ火薬を使っているらしい。しかしどのような素材を、どのように調合すればこんな破壊力の代物を作れるのかてんで見当が付かない。つい疑問符が頭に浮かびそうになった。


「分けわかんない…」


 思わずそう呟いた。何はともあれ変態的なレイチェルの技術力に心の中でお礼を述べつつ、ジーナは専用のポーチから爆薬付きのカートリッジを取り出して交換をすると、ゴリアテを前に再び構える。残った片方の目でこちらを睨みつけながら、ゴリアテは唸り声を上げた。彼の攻撃を手で防ぎつつ、隙を狙おうとするが思うようにいかない。カートリッジをタウロスに取り付けてしまうと、迂闊に拳で攻撃できなくなってしまうため、手のひらや時には頑丈な素材で覆われている前腕で凌ぎ続ける。動体視力や体力、筋力を鍛え続けていた事も功を奏していたのか、今のジーナにとっては不思議と苦ではなかった。


 ゴリアテがこちらの顔に向かって回し蹴りを放った瞬間、待っていたとばかりにジーナは拳を使って迎撃をする。拳が脛に命中すると再び爆発が起きた。反動に耐えたジーナと対照的に、爆発を直接食らったゴリアテは悲鳴を上げながら足を引きずっていた。


 すかさずゴリアテの脇腹へも拳をめり込ませて爆薬を炸裂させると、ゴリアテは怯みながら血だらけになるのもお構いなしで抉れた脇腹を右腕で必死に抑えて後ずさりしていた。カートリッジを交換しながらこちらへ近づいてくるジーナに悪あがきとして、がら空きだった左腕で殴りかかろうとする。しかし再び拳でカウンターを決められ、今度は腕をボロボロにされてしまった。最早どうにでもなれというのを体現しているかのように、ゴリアテは叫び声と共にジーナへ弱弱しく向かって来る。それに対してジーナは全力のテレフォンパンチでゴリアテの顔面を真正面から叩きのめした。


 叩きのめされたゴリアテは、仰向けの状態から何とかうつ伏せになりながらモゾモゾと這っていた。大した生命力だとジーナは呆れながら、近くに置いてあった空のドラム缶を見つける。それを引き摺ってゴリアテの近くへ持ってくると、両腕で掴み全力で頭に振り下ろした。あの時の恨みを晴らしてやるという怨念の籠ったドラム缶が幾度となく、ほとんど面影の無いゴリアテの頭を砕こうとする。そしてドラム缶が原型を留めない程に形を歪ませた頃には、憎き巨体は魂が抜けた様に沈黙していた。


 グシャグシャになったドラム缶を投げ捨て、ジーナは荒くなった呼吸を落ち着けながら昇降機へ向かう。スイッチを押して到着を待っていた矢先、ゴリアテが引き裂いたシャッターの向こうから声が聞こえた。しばらくして現れたのは、少し疲弊した顔色を浮かべつつ周囲を警戒するシモンとセラムの二人であった。


「二人とも!こっち!」


 ジーナの声に気づいた二人は駆け寄って来るが、途中に倒れている大物に少し仰天している様子だった。


「倒せたのか?」

「だと思いたい、というか死んでくれないと困る」

「こっちも何とかなった…この先か?」


 状況を聞いて来たシモンにジーナは何とかなった事を告げた。無事だったことに安心したシモンの隣から、セラムも先程までの自分達の状況を伝えると、改めて進むルートの確認をしてくる。


「ええ、グルームが先に向かってるはず」

「昇降機も到着したか。よし、締まっていこうぜ」


 ジーナがグルームの動向について語ったのと同じタイミングで、昇降機がこちらへ着いたのをシモンは確認した。シモンが改めて残りの二人に発破をかけると、二人もそれに応じて気合を入れ直す。そして、この戦いに決着を付けるために格納庫へと向かって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る