第50話 出陣

「ニール山脈中腹の火口で訳の分からん化け物が出たという報告があったんだ。しかもあの辺りの土地一帯を侵食し始めているらしい。だが悪い話ばかりじゃない。ヨーゼフ・ノーマンとそのお仲間達の居所も分かった」


 サフィライシティで合流したグルーム達は状況を説明しつつ、他の兵士達が何やら慌ただしく出兵の準備を進めている基地へと案内する。


「どうやって知ったんだ?」

「捕虜からだよ。坊主が呼び出した化け物のせいで廃人になった連中がいただろ?あいつらと会わせた後に『今からでも坊主に頼み込んで同じ目に遭わせてやろうか』って脅したら、ベラベラと喋ってくれたぜ」


 セラムからの質問にグルームが返答をした。鳥の姿をした怪物が引き起こした出来事を目撃していたジーナ達はその時の惨状を思い出す。確かに同じ立場にあれば自分達も喜んで白状するだろうと、揃いも揃って捕虜を哀れに思った。多くのネスト・ムーバーや軍用の車両、そして航空機までもが発着している格納庫へと誘われた一同は、グリポット社が展開しようとしている作戦を知らされた。


「叩くなら今の内だってのが上の判断でね。このままじゃ政府が動くのを待っている内に手遅れになる。或いは動いてくれないかもしれん…だから火山にいる化け物を何とかするチームと、奴らの拠点に突入して一網打尽にするチームとで別れて今から活動する。それがプランだ」

「グルームさん、その化け物なんですけど…僕の力を使えませんか?」


 解説をするグルームが全員を引き連れて、爆撃を行うための航空機の準備をしている整備班の間をすり抜けている時、ルーサーが唐突に提案をした。


「何だと?」

「サフィライシティで俺達を助けてくれたあのデカブツ達を、こいつは今なら全部呼び出せて従えさせる事が出来る。爆弾落として何とかできる相手とは限らないだろ?」

「だが…」


 驚くグルームにシモンは使える物は使っておくべきだと主張するが、それでも彼の迷いを振り払うには至らなかった。護衛をしなければならないはずの相手をわざわざ危険に晒すリスクと、現存の戦力で太刀打ちできるのかという不安による葛藤が、彼の頭の中でせめぎ合っていた。


「…仕方ない、すぐに準備するぞ。飛行機は平気か?」

「はい!」


 幾ばくか黙り続けた後、グルームはルーサーに対して躊躇いがちに言った。そして近くにいたパイロットと整備班を呼びつけ、なるべく頑強な機体に搭乗させるよう指示をする。


「お前達はどうする…と聞くつもりだったが、もう答えは出てるみたいだな」


 グルームは察してくれと言わんばかりに真剣で、凛々しい眼光をしている三人を見てそう言った。


「政府からの助けに期待できないなら人手は多いに越した事は無いでしょ?」

「だな。すぐに準備だ…ところで、まさかそんな恰好で行く気か?」


 ジーナの見解に賛同したグルームはすぐにでも仕度に取り掛かろうとした時、彼らが私服姿である事に気づいた。今までがそうだからとはいえ、敵の本拠地に乗り込む以上は相応に危険も伴ってくる。グリポット社で使用している戦闘服を貸し出してやると伝えて、三人からサイズを聞いた後にグルームは部下にそれを持って来させた。


「レイチェル、準備できたか?」


 オリーブ色を基調とした戦闘服に身を包んだ三人がネスト・ムーバーに戻ってからレイチェルに聞くと工房から彼女が装備を抱えて戻って来た。


「どうぞ、刀は研いでおいた。それとこれはシモン用の銃と弾丸…あとジーナにはこれ!」


 各々にメンテナンスを終えた武器を渡していくが、ジーナに渡された籠手であるタウラスには何やら新しい機構が備わっているらしかった。


「これが専用のカートリッジ。爆薬を仕込んでるから、拳の指の付け根部分に装着してぶん殴れば爆発を引き起こせる」

「…それって私もマズくない?」

「安全に不備は無いから大丈夫」


 使い手も無事じゃ済まなそうなギミックを前にしたジーナは苦情を呈したが、自信ありげに言い切られてしまう。そうこうしている内に出発する事を伝えられた一同は、他の車両に追従して目的地を目指すこととなった。




 ――――ノーマンは基地の一角にある研究室で何やら書類をまとめていた。目的の一つであるルーサーを捕らえる事は出来なかったものの、もう一つの目標であった怪物の復活は成功した。あれほどの力では既存の兵器で太刀打ちできるはずはないと確信し、その他の古代兵器の復活も必要無いと判断していたのである。最もその決断については、度重なる失態により捕まえられなかった部下達に対して諦念を抱いていた節もあっての事だが。


「俺を呼んだか?」

「ああ…無事に復活が終わったよ。もうすぐで私の目的も完全に達成できる。それを言っておこうと思った」


 現れたダニエルに対してメモや書類、研究で開発した寄生体のサンプルなどを整理しながらノーマンは言った。


「子供を捕まえられなかった点でいえば失望も良いとこだが、それなりに時間稼ぎにはなった。すべて終わった後は、お前が殺したいと言っていた連中の情報を渡そう。そして村があった場所の土地と報酬もやるから好きに余生を送ると良い…どうした?」


 確かに望み通りの物ではあるが、ダニエルの内側では何か妙な胸騒ぎが起こっていた。怪物の詳細が送られて来た際に感じた一抹の不安や、ここまで失態続きだった自分に報酬を渡すのは話が上手すぎるのではないかという疑念によるものである。いつもの彼ならば使えない奴は要らないと切り捨てて、報酬など払うつもりは無いとまで言ってのけそうなものである。そのせいでノーマンの対応が酷く不気味に感じられた。


 火口で目覚めたという怪物についても、それが大陸を守ろうとする理由がイマイチ理解できなかった。ノーマンは外来の敵から世界を守るためと言っていたが、外来の敵とやらが何なのかも分からない。仮にそんなものが存在していたとして、今まで目覚めようとしなかったのはなぜなのか、そんな回りくどい方法でも無ければ復活できない仕組みにしておく必要性はあるのかと感じていた。しかし変に機嫌を損ねて文句を言われ続けるのも堪えるので、何も言わずに従い続けていたのである。


 突然、施設内に警報が響き渡った。外からも忙しない足音や話し声が聞こえてくると、研究室に一人の兵士が入って来て敵の接近を知らせた。


「まあいい、仕事だぞ」

「…分かってる」


 用件を済ませたノーマンが無愛想に促すと、ダニエルはどうしていいのか分からなくなった脳内の乱雑な思考を落ち着けて現場へと向かって行った。

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