第40話 秘密

 グルームが立ち上がって煙草に火をつけていると、ジーナ達がようやく戻って来た。全員が無事なのを確認した後、無線でレイチェルに連絡を取ると彼女は少し慌てた様子で応答した。


「ごめん 、ちょっと手が離せなかったものだから !どこにいる?」

「街の中心につながる一本道の手前。大量に装甲車両が止まっているから分かるはずだ」


 了解の合図をしたレイチェルに無線を切られると、シモンは先程自分達が目撃した光景をどう説明しようか悩んだ。グルームも同じく、自身の見た物をどうすれば狂言と思われないで信じてもらえるかを考え続けていたが、結局正直に話そうという結論に到達する。


「…思ったより早かったが、何があった?」

「訳の分からん化け物のおかげで命拾いした。そっちは?」

「奇遇だな、俺もだ」


 全員で揃って溜息をつき、両者が詳細を伝えた。情報交換が終わると、グルームは仲間たちに確認に向かわせてジーナ達へ向き直った。


「まさかとは思うが、あのガキの仕業なのか ? 俺や…お前らが見たっていう化け物は」

「少なくともそれ以外に心当たりがない」


 まだ信じられないと言うグルームに、ジーナがそう答える。その場でたむろしている内にレイチェルの運転するネスト・ムーバーが到着したが、乗り込むとルーサーがいない事に気づく。レイチェルに連れられて彼の部屋に案内されると、再び気を失ったらしくベッドの上に寝かせられていた。


「これからどうするんだ ?」


 戻って来た三人にグルームが声をかける。


「ヘブラス・エンフィールドを探すしかないだろ ? すぐに街を出るつもりだ」

「探すと言ったってどうする ?」

「うちのが一人…手がかりを知ってそうなんでな」


 グルームから今後の動きについて聞かれたシモンは、ジーナを見ながら彼に伝えた。セラムを始めとした他の者達も、アメリア・クリーガァという女性の名前を出された際にジーナの様子が変であったことを思い出す。


「アメリア・クリーガァの事、でしょ ?私の母親よ…もう死んでるけど。でも父さんが生きている。もしかすれば何か知ってるかもしれない」


 ジーナからの発言に、その場にいた全員が何も言えずに固まった。シモンは話を切り出した事に対して少し申し訳なく感じつつも、これが答えだとグルームを見た。


「いいだろう、俺は戻って状況を報告する。念のためにこれを…無線の周波数だ。俺やうちのボスに直接繋げられる」


 グルームにメモを手渡されたジーナ達は礼を言ってすぐにネスト・ムーバーを動かした。遠のいていく車両の影を見送ったグルームは、見栄を張っていた表情を解く。座り込んで休みたい気分で一杯な心を落ち着かせつつ、ようやく確認から帰って来た生気の無い顔をした仲間たちと共に報告をしに戻って行った。


「…何かあったか?」


 装甲車両に乗り込んでから、グルームは仲間の一人に尋ねる。


「襲撃の主犯やその仲間らしき連中を捕まえたが…まあ、後で分かる」


 仲間は目を合わせることなく、震える声でそう返した。



 ――――誰もいない部屋にて、レコードを使ってクラシック音楽を流しながら、ノーマンは椅子にもたれて黄昏ていた。不意に立ち上がって部屋を出ると、少々薄暗くなっている廊下を一人で歩いていく。鉄製の分厚い扉を開け、ホルマリンや培養液に漬け込まれている生物の死体やミュルメクスのサンプルを眺めつつ、一番奥にある小部屋の鍵を開けた。そこには一つのポッドがあり、培養液の中で眠っている何かがいた。ノーマンが現れたことに気づくと、体を動かして両腕と思わしき部位でポッドのガラスを触る。赤黒い触手の集合体とも言えるその生物は、まるで彼が訪れた事を喜んでいるかのようだった。


「もうすぐだ…ようやく君の目的が叶えられる」


 そう言いながらノーマンは、その生物の手と重ねるように自身の手の平をガラスに当てる。その顔はとても穏やかで、いつもの機械か何かと見紛う冷徹さは消え失せていた。


”ありがとう”


 愛らしく、優しげな声がノーマンの頭の中に届いた。謎の生物はガラスをこする様に内側から擦っていたが、その動きはどこか赤ん坊を彷彿とさせるぎこちなさがあった。


「礼など言わなくて良いさ。全ては…この世界を守るためだ。君が教えてくれたからだよ、ローズ」


 ノーマンは微笑みながら謎の生物相手に語り掛けていたが、「良い報せがあったらまた来る」と告げて静かにその部屋を後にする。明かりが消えて暗くなった部屋を前に、ローズと名付けられていたその生物は、再び目を開けたまま深い眠りについた。

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