第6章

第41話 帰郷

 翌日、目を覚ましたルーサーは汗だくになったシャツを触りながらベッドから起き上がった。夢から覚めてないようなおぼつかない足取りで部屋を出ると、レイチェルの使っている作業場から物音がする。いきなり入るのは失礼かもしれないと小窓から中を覗いてみると、何やら作業をしている様子だった。


 恐らくアルタイルに使っている物であろう非常に大きな薬莢に雷管を詰める。いくつかの火薬と思われる複数の粉の分量を慎重に測りながら、それを薬莢の中に流し込んでいた。そして何やら大がかりな装置の台に薬莢を固定し、その上部にセットされている鈍い光を放つ弾頭を、レバーを押し下げて取り付けた。どうやらそれなりに長い時間を作業に費やしていたらしく、テーブルには既に大量の弾丸が並べられている。


「あっ、起きたんだ」


 レイチェルはドアを開けて入って来たルーサーに気づくと、作業をしている手を止める。


「何をしてるの?」


 周りに散らばっている薬莢を入れている箱やら道具を見ながらルーサーがそんなことを聞いた。


「銃弾作り。シモンのアルタイルに使っている物って市販じゃ売ってないのよ。業者に頼むとお金掛かるし、作っちゃった方が早いでしょ?」

「へぇ~…」


 どうやらセラムやジーナの装備についてもチェックをしていたのか、彼らが使っている武器がテーブルの傍らに置かれていた。


「そのまま眠っちゃってたでしょ?シャワー浴びてきなよ」


 レイチェルからそう言われると、自分の体が汗で気持ち悪くなっている事をルーサーは思いだして、返事をしてから部屋を出て行く。途中で部屋に寄ってから着替えを持ってシャワールームへと入って行った。シャワーは二つ設置されており、体を隠せる仕切りが間に設置してあった。裸になったルーサーがタオルで陰部を隠しながら向かっていると、先客がいる事に気づいた。


 一方で、浴室にいたジーナはシャワーに濡れながら壁に手をついて何かを考えている様子だった。隣から物音がすると、誰かが体を洗い始めたことが分かる。既に仕度をしているシモンやセラムではない事は明らかであり、作業中のレイチェルだとも思わなかった。


「おはよう」

「え…お、おはよう」


 いきなり挨拶が飛び出すと、まさかジーナだとは思っていなかったのか、ルーサーは慌ててそう返した。暫し会話も無く、シャワーから出た水が床に打ち付けられる音と体をこする音だけが続いていたが、ジーナが不意に話を切り出した。


「具合は大丈夫 ?」

「…うん、問題ない」


 子供といえど、ルーサーも男であった。壁一枚隔てた先に裸の女性がいるという慣れない状況が、声や話し方に妙なぎこちなさを生む。口数の少ないルーサーに対して、ジーナは特に何か意識するわけでも無く話を続けて来る。


「あの後、すぐに街を出たの。今は私の実家のある場所に着いてる。色々調べるために…とりあえず、先に出るわね」

「分かった…」


 ジーナがその場を後にすると、ルーサーは気分を落ち着かせようと大きく息を吐いた。


 服を着終わったジーナがリビングへ向かうと、シモンが呑気に山盛りのスクランブルエッグを作っていた。皿に乗せてからジーナにも席に着くように促したシモンは、ケチャップと料理をテーブルに運んだ。


「セラムは ?」

「下見だとよ。こんな見通しのいい田舎だってのに、わざわざ必要無さそうな気もするけどな」

「…悪かったわね、私の地元よ」


 シモンがセラムの同行を伝えながら、田舎という土地柄を少々からかった。ジーナはそれを良く思わなかったらしく不快そうに見ながら言い返す。


「だが、出て行ったきり全く帰ってないんだろ ?どうしてだ?」


 シモンは少々焦げたパンにスクランブルエッグを乗せ、ケチャップをかけて齧りつく。そして咀嚼をしながら彼女に尋ねた。何も言わずに牛乳を飲んでいたジーナは、コップを静かに置くと、躊躇いがちにシモンの方を見た。


「会いたくない人がいるから…ほとんど私のせいだけど」


 そう切り出したジーナの顔は曇っていた。ジーナが続けざまに何か言おうとした直後、レイチェルやルーサー、セラムが続々とリビングに集まって来る。結局言えずじまいだったジーナは、食事を手短に済ませて仕度をするため席を立った。


 全員の支度が済んで外へ繰り出すと、平日ということもあってか淋しさが漂っていた。婦人たちがそこらで雑談交じりに笑い、どんな目的があって歩いているのか分からない老人が杖を突きながら歩道をウロウロしている。街並み自体も長い事改築らしい事をしてないのか、古ぼけた雰囲気があった。


「皆…ここからは私一人で動きたいの。目処が付いたら戻るから時間を潰しててくれない?」


 ジーナからの突然の提案に、全員が目を丸くした。


「潰すったってどこで?」

「私の知り合いの店がある…そこに行こう」


 そう言うと、ジーナは率先して街を歩き始めた。通りを右に曲がった先に存在する商店街へとジーナは案内する。商店街の通りをしばらく歩いて中央付近に差し掛かると、特に目立っていた壁に絵が描かれている店へと入って行った。中にはカウンターで仕込みをしているらしい、年を取ったノイル族の男性が立っている。その近くではテーブルなどを拭いているノイル族の青年が一行を見た。


「ああ、お客さん。今はまだ準備中でして…ん?」

「…ジーナか⁉」


 店主らしき老人が反応する前に、青年が目を輝かせながら彼女に詰め寄った。


「もしかして、フィリップ?」

「良かった、忘れないでいてくれたんだな!」

「一体いつ以来だ…?元気そうでよかった」


 ジーナが名前を確認すると、青年は嬉しそうに彼女の肩を叩いた。老人も彼女の無事を喜び、笑みが顔からこぼれていた。


「ジーナの友人か。私はウィリー、この店のオーナーだ。で、そいつは私の孫のフィリップ」


 老人はシモン達に対して自分達の紹介をした。


「マスター、頼みがあるんだけど…用事を済ませるまでの間、皆をここに置いておけないかな ?出来る限り早めに戻る」


 シモン達が挨拶をしていた傍からジーナがウィリーに対してそう聞くと、彼は快くそれを承諾する。ジーナは彼に一言礼を言ってから店を出ようとした。


「ねえ、フィリップ…父さんを最近見た?」


 店を出ようとした直前、ジーナはフィリップにいきなり問いかける。


「ああ、見たよ…まあ、相変わらず元気ではなさそうだったけど」

「そっか…」


 そう言ってジーナは口を噤むと、重そうな足取りで店を出て行った。


「何だよアイツ、妙にそわそわして」


 シモンは愚痴をこぼしながら、遠慮する様子も見せずにカウンターに腰を下ろした。


「押しかけてしまって申し訳ない。しかし本当に居ても良いのか ?」

「なあに、ジーナの事は子供の頃から知っているんだ、気にしないでくれ…まあ、あの子は随分と変わった様だがな」


 セラムが謝罪すると、ウィリーは気にしていない様子で一同に語り掛けた。彼女が変わったという部分がどうにも引っかかったらしく、全員が少し不思議そうにする。


「変わったって事は、昔はあんな感じじゃなかったの?」


 グラスを拭いているウィリーに対して、レイチェルは思い切って疑問をぶつけてみる。


「ああ。明るくて、誰にでも気さくで…おまけに強い。子供たちの間じゃ、『苛められたらジーナを頼れ』なんて言われてたくらいだ。ガキ大将ってやつだな」


 フィリップの語る今とは全く正反対な彼女の人物像に、シモン達は呆然とした。


「あんた達、見た所じゃあの子から過去の事を何も聞かされてないんだろ ? 知っている限りだが、私が話そう…」





 ――――商店街を後にしたジーナは、一度通りに戻ってから今度は真っすぐ街の奥へと歩き出した。立ち並んでいた店や工場が消え、寂れた住宅が並んでいる地区へと差し掛かる。誰も手入れをしてないせいか、所々にある地面の割れ目からは雑草が生え、クルドサックの中央には大きめの木が植えられていたが、その周りにも草が生い茂っていた。


 ふと誰かに見られている様な気がして後ろを振り返るが、道に迷ったらしい老人が辺りを見回しているだけだった。なぜか肩透かしを食らったような気がしたジーナは、そのまま目的地である茶色い外壁が特徴的な民家の玄関に立つ。


「…」


 無言ではあったが、不安や迷いだけは隠せなかった。足が竦みそうになり、引き返したい気分になりそうではあったものの、意を決して彼女は玄関の扉を強く叩いた。

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