第38話 闇夜の来訪者

 目立つ大通りを避けて街を走り抜けていくジーナ達三人はグルームから無線で報告を聞くと、今の状況を把握しようと少し話し合った。ハッキリ分かっているのは戦力差はさておき、敵の規模自体は決して大きくないという事だけであったが、それでも油断は出来なかった。


「とにかく指揮している奴がどこかにいるはず。見つけ次第ぶっ飛ばしてやれば良いって事でしょ?」

「まあ、それが手っ取り早いよな」


 そう話しながら進もうとした矢先、セラムが二人を掴んで建物の陰に隠れさせる。二人は何事かと思ったが、セラムが指さす方向を見ると、上空を飛んでいる影があった。シモンが以前に遭遇した翼状のミュルメクスの力と似てはいるが流石に別人らしく、警戒するように付近を旋回している。


「俺の出番だな」


 シモンが笑いながらそう言うと肩にかけていたライフルを構えて狙いを定めた。あたりは暗く、兵士がミュルメクスの力に慣れていないのもあってか、こちらを見ていないらしく気づかれてはいなかった。引き金を引くと、耳をつんざく様な破裂音が響く。銃口から飛び出した弾丸は胸に命中し、標的は悶えながら墜落する。三人は付近に敵がいないことを確認しながら落ちて行った敵の元へ近づいていく。


 その頃、街の入り口付近でゲルトルードは集めた死体たちに触れながら集中するかのように目を閉じていた。両目を見開いて力を使おうとしている時、数人程の部下たちが帰還する。


「この辺りの送電線を切断しておきました。付近に駐屯している軍の到着までは時間が掛かるかと」


 そう言われたゲルトルードは、簡単に礼を言いながら作業を続けようとするが、不意に遠くから近づいてくる気配を感じた。


「クイーンクラスだって話は聞いたが、やっぱりてめえか」


 物陰からシモンがそう言いながら現れた。その後ろからジーナ達も出てくると、先程倒した兵士を引き連れており、目の前に突き飛ばす。突き飛ばされた兵士が息も絶え絶えに何とか立ち上がるとシモンはライフルを彼の頭に向けた。


「一度しか言わない、失せろ」

「たった一人の命ごときで脅しているつもり?それに…もう遅い」


 シモンからの警告を嘲笑いゲルトルードが立ち上がると、付近に転がっていた死体達の様子が奇妙な事に三人は気づいた。死体から生えた触手が体を矯正するようにあちこちに巻き付き、包み込むと少しずつ体の骨格が音を立てて変わっていく。やがてすべてが終わると、先程までは確かに人であったはずの何かがこちらを振り向いた。間違いなくビーブックシティで自分達を襲った奇怪な生物群れと同じ姿であったが、今回はかなり図体が逞しく感じた。


「こうやってあの化け物の群れを作ってたのか…」

「あの雑魚共とは話が違うわよ。何もかもが」


 ゲルトルードがそう言った直後、化け物の一体が恐ろしい速さで飛び掛かってくる。ジーナはどうにか堪えようとしたがそのまま押し倒された。喉仏に噛みつこうとする化け物をどうにか抑えるジーナを助けようとシモン達も動こうとしたが、すぐに別の個体や兵士達に阻まれてしまった。


(こいつ…思ってたより力が強い !)


 唾液を撒き散らしながら、喰らいつこうと必死になっている化け物に抵抗しながらジーナは思った。体当たりを食らって吹き飛ばされたシモンは、左手の力を使おうとするがそれより早く化け物が追い打ちをかけて来る。咄嗟にライフルを突き出して噛みつかせるが、噛みつかれた銃身がへし曲がりつつあるのを見ると、長くは持ちそうにないと悟った。


 セラムを二人の兵士が取り囲むと、両腕から触手を出す。それを変形させて先端部分を尖らせると、一気に襲い掛かって来た。どうにか躱そうとするが、流石に同時に迫って来る突きの速さに翻弄されていると、脇腹に攻撃が届きそうになる。寸前で刀を使って弾くが、その直後に顔の左側部に回し蹴りが入った。壁に叩きつけられると、自身の頭部から血が流れている事にセラムは気づく。


 ゲルトルードはシモン達によって瀕死へと追いやられた兵士に近づき、何かを与えた。兵士がそれを服用すると、呻き声を上げながら再び立ち上がる。翼を生やした背中だけでなく全身から触手が溢れ、一気に体に纏わりつく。全身を覆い尽くされた兵士は叫び、少しづつ戦いを始めている騒ぎの渦中へと向かって歩き始める。


「くたばり損ないだったらこれぐらいしないと使い道がないもの…悪く思わないで」


 ゲルトルードはそうやってどこかへ歩いて行こうとすると、急に雨が降り始めた。先程までは乾いていた空気に湿気が宿るのを感じた直後、空に違和感を感じた。土砂降りになりつつあるというのに、月が出ているのである。雨が降り、ましてや夜だというのになぜだと不思議に思っていた直後、月に黒い点が出来た。次第にそれが大きくなってくると、点ではなく巨大な翼を持つ生物であることが分かった。しかし、ミュルメクスによって作られたそれなどとは比べ物にならない程に巨大で、優雅であった。


 ――――ルーサーは、再び自分があの時と同じように全裸で暗闇の広がる空間に立っている事に気づく。


「あっ…意外と早かったね、想像以上だ」


 呑気だったのか、飲みかけらしいティーカップを慌てて置きながらターシテルドは言った。よく見ると、テーブルの傍らでかなり小さいサイズに縮んでいるフェンリルが寝息を立てている。ルーサーが近づくと、気配を感じ取ったらしく起き上って軽く伸びをした。


「もしかして、また僕…」

「ああ、気を失っているだろうね。でも今回はたぶんそんなに遅くはならない筈だ。彼が代わりに説明してくれる」


 ターシテルドがそう言うと、フェンリルがルーサーの元へ近づいて来た。小さくなっているとはいえ大型の哺乳類程の大きさはあり、不気味な気配や威圧感が薄れる事は無かった。


"新たな主に対して呼びつけるなど比例極まりない事とは分かっている。だが今回は悠長にしていられなかったのだ"


 フェンリルの物と思わしき声が耳に響いた。


「どうして?何が起きているの?」


 ルーサーはフェンリルに対して問いただすと、フェンリルは少し間をおいて語り出す。


”この大陸に眠る境界線を呼び起こそうとする者がいる…ヨーゼフ・ノーマン。お主も知っているだろう。それを止める者が必要なのだ…出来る事なら我々が阻止せねばなるまい。だが、我らが現世で顕現できる時間は限られている…”


「だから君と君の仲間の力が必要なんだ。切羽詰まっている状況らしくてね…他の二体もようやく動き出せた」


 フェンリルが状況を説明すると、ターシテルドも簡単な補足を付け加えた。


”仲間の事は案ずるな…既に、残る二体が助太刀に向かっている…ひとまずはここまでだ。次に会う時、全てを話そう…”


 フェンリルからの声が聞こえなくなると、再び白い光に当たりが包み込まれる。目が眩んだルーサーは一度だけ瞬きをしたが、次の瞬間にはネスト・ムーバーのソファに寝かされていた。


「ルーサー...良かった」


 起きるや否やレイチェルがいきなり抱き着いた。苦しいと伝えるために肩を軽くタップすると、レイチェルもルーサーから離れる。


「急に倒れたからびっくりしちゃった…じゃあ、気を取り直して三人の所へ向かおう。街の入り口の方に向かうって行ってたから……どうしたの?」


 レイチェルがふと後ろを振り向くと、ルーサーの瞳が青く染まっていた。その直後、車体が揺れる程の大きな振動を感じる。


「何よ、次から次へと…」

「…助けが来た」

「え?」


 ――――二体のゴリアテと対峙していたグルーム達は次第に追い詰められていた。いくら銃弾を浴びせようが倒れる気配も無い二体の巨人は何食わぬ顔でガトリング砲の引き金を引き続けている。一人が弾切れを起こすと、それを庇う様にもう一体が前に立って時間を稼ぐなど、データで得た情報以上に知能も向上している様子だった。


「信じられない…対戦車用だぞ。何発喰らってると思ってるんだ…オイ、どうした?」

「…あれ…」


 か細い声と共に自身の背後を指差す兵士を不思議に思い、グルームは適当に振り返る。広大な畑や草原の広がる彼方から、巨大な黒い何かが歩いてきていた。


 ――――時を同じくしてゲルトルード達も上空からこちらへ向かって来る黒い影の正体をようやく目の当たりにする。巨大な鳥のような姿をしたその怪物の姿がはっきりと見えた瞬間、その場に居合わせた者達は確かな畏怖が体の底から湧き起こる。


「聞いてないわよ…こんなの…」


 ゲルトルードは思わず口走った。全員が戦いを止め、呆気に取られていた直後、空を舞う巨影は耳をつんざく様な雄たけびを上げた。

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