第36話 複雑な関係

 ジーナは困惑した。なぜコーマックまでここにいるのか、そもそも何の連絡もしてこなかった癖になぜ今になって現れたのか。聞きたいことが多すぎて整理がつかなかった。


「まあ、まずは座ってくれ」


 デュークにそう言われ、五人は空いている椅子に座った。シモンはわざとコーマックの隣に座り、彼を不愉快そうに見ていた。コーマックもどこか気まずそうにしている。


「これはこれは…奇遇だな」

「奇遇などではありません。最初から予定通りです」


 皮肉たっぷりに話しかけるシモンにコーマックはそう答えた。一方で、ルーサーを除く人数分のグラスにワインを注いだデュークは、それぞれの近くに置いていくと、改めて席に座り直す。


「さて…色々と話すことが多いが、せっかくだ。お前達の質問に答える形で教えよう。何か聞きたい事は?」

「聞いた話じゃ、あなたは私達の敵だったはずだけど?」


 デュークの提案に対して、ジーナは真っ先にそう聞いた。シモンがハト婆から貰った情報では他の勢力、つまりグリポット社も自分達を狙っているという話だった。にも拘らず、すぐにでも殺せたはずの自分達に対してこの場所へ来るように伝言を残した理由が分からなかったのである。


「なるほど…ミス・クリーガァ、君はこんな言葉を知っているか?『敵を欺くにはまず味方から』だ。可笑しいと思わなかったのかね?有力な情報屋の手助けがあるとはいえ、簡単に仕事が見つかり、こんな場所までやって来れたのはなぜか…私だよ。こう見えて顔は広いのでね、便利屋を探している連中を見つけては君たちを紹介させていたんだ。結果として我々の目に届きやすい場所へと誘導が出来た」

「つまり、俺達を殺す気は無かったと?助けもしてくれなかったのはなぜだ?」


 シモンは少々を気を荒くしながら反論するが、デュークは「その事か」と言いたげな様子で笑った。


「婆さんが実力試しをするのと同じ、私だって組む相手は選びたいからな。どこかでで死ぬようだったら、俺は今でもヨーゼフ・ノーマンのスポンサーで居続けただろうさ。表向きは手を組んでいるんだから、下手に動くとバレちまうしな」


 ハト婆を見ながらデュークはそう言った。ノーマンと関わりがあると公言したことが一同に動揺をもたらし、ジーナに至っては僅かに顔付きや気配が変わった。


「あいつが作っている兵器の存在についてあんたは知っていたの?」

「勿論。協力する代わり、完成したものをこちらにも提供してくれるという約束に漕ぎつけていた。だが、きっとあいつは大人しく渡してくれるようなタマじゃない。奴が子飼いにしているディバイダ―ズでさえ、ただの消耗品としか考えていない様な男だ。怪しいとは思っていたが、こいつは間違いなく裏切られると確信したよ」


 妙に気が張っているジーナは、彼がどの様に関係しているのかを問いただすと、デュークは洗いざらい彼女たちに話した。そこまで話し終えたデュークは、料理や酒に一切手が付けられてない事に気づき、冷めてしまうからと他の者達を急かした。不安ではあったが、渋々口に運びつつ一同は話を続けていく。


「あんた達は何をやっていたんだ?スパイか?」


 セラムからそんな発言が飛び出ると、デュークはニンマリと笑って紙の束を取り出す。何かの資料であった。


「ビーブックシティでの一件…街に現れたゴリアテは、連中が開発を進めていた量産型だ。私の協力者が逃げるまでの時間稼ぎに解き放ったらしくてね。まさか街で暴れるとは思わなかったが…だが、全てはこれを手に入れるためだった」


 そう言いながらデュークは資料の束を擦った。


「これで判明したのは現在の奴らの戦力。ゴリアテを始めとしたマハトシリーズと称される生物兵器や兵士達に投与することで様々な力を発揮させる寄生体「ミュルメクス」…組織の規模自体は決してでかくは無いものの、厄介なのはこれらの兵器が既に量産体制にあるという事だ。特にゴリアテが量産できれば、人手なんざどうとでもなる。素体に使う死体さえ調達できれば良いんだからな」


 デュークは彼らの状況を説明しつつ、資料をジーナ達に渡した。とうとうグラスでは飽き足らないのかボトルでラッパ飲みを始めると、いよいよ話は本題へと移っていく。


「それらの資料を基に、今俺の会社は奴らへの対抗策を模索中だ。婆さんや政府の方へ適度に情報も流しつつな。そしてその一方で、政府やお前達に関する情報も奴らに渡している。そんなことをしている内にようやく生み出せた物がある」


 デュークがアレを持ってこいと誰かに連絡をした。少しすると、ビーブックシティであった銀髪の兵士が厳重そうなアタッシュケースと共に現れ、テーブルの空いている場所へそれを置く。中に入っていたのは二発ほどの弾丸とそれを発射するためのデリンジャーだった。


「解毒剤の試作品だ…厳密にいえば肉体に寄生したミュルメクスや、それに類似した細胞を殺せる。分かりやすく言えば無力化できるんだ。今はまだ大量には作れないが、目途が立ち次第計画していく。これはお前達にやろう…効果の程を確かめたいんでな。好きに使ってくれ」


 デュークがそう言い終えると、兵士はケースを閉じて近くに座っていたレイチェルに差し出した。レイチェルが慎重に受け取るのを見たセラムは、デュークの方へ向き直った。


「お前達の組織がスポンサーだったのなら、奴らと手を切れば大幅に戦力を削げるだろう。なぜ金や人材の流れを止めようとしないんだ?」

「それについては私達からお話ししましょう」


 セラムの疑問に反応したコーマックがここへきてようやく口を開いた。


「バビロンという連邦が誕生したのは表向きこそ穏便に進んでいるようでしたが、実際はこれを良く思わない者もいたんです…特に戦前まで国を統治していた者達にとっては」

「まあ、当然だろうねえ。それまでなら最高権力者として好きに出来ていたのに、自分たちの上に連邦政府が出来て、大量の税金を納めないといけなくなったんだから」


 コーマックとハト婆はそう言ってノーマンに協力している者達が何者なのかを示唆する。ジーナ達はそこまで聞き終えると、なぜ自分達がここへ呼ばれたのかが良く分からないままだったのを思い出す。どうやら向こう側もそれに気づいているらしく、デュークが話を切り出して来た。


「つまりこうだ。俺達グリポット社は協力者を装う傍らで戦力や兵器を整え、この二人とその部下達は情報収集に当たっている。そしてお前達はガキのお守りをやりながら連中の相手をしているっていうのが今現在の役割って事だ」

「情報をもし持っているとするなら聞きたいんだが、なぜ奴らはそこまでしてルーサーを欲しがる?政府のお偉いさんの子息ってだけであんなムキになるわけがない」


 現状の役割分担についてデュークが喋っていると、シモンが尋ねてきた。


「それについては敵側の協力者から情報が来てるよ。ビーブックシティで戦ってたそうだが、何かとんでもない怪物が助けてくれたらしいじゃないか」


 ハト婆がルーサーを見ながらそう言うと、ルーサーは心当たりがあるかのように目を背けた。


「それがノーマンが欲している物だそうだよ。あの怪物たちを従えさせる力…おおよそ戦力として利用したいって所だろうね。政府の大物の子息だからなんていうのは目的に気づかせないためのカモフラージュさ」



 ――――その頃、とあるネスト・ムーバーではゲルトルードが数人の部下と共に、作戦の開始を待っていた。「次はしくじるな」というダニエルとネビーザからの忠告を頭の中で繰り返し思い出しつつも、標的がいるという町へ近づいているのが分かると、気持ちを切り替えて任務に臨む準備を始めた。

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