第34話 次の一手

 少年が息を切らしながら街を走っていると、見慣れた人影とすれ違ったが、急いでいるらしくそのまま走り去って行った。刀を背中に背負ったザーリッド族の男は微笑ましそうにそれを見つめ、再びのんびりとした様子で歩きだそうすると、歓楽街で出会った女性が紙袋を抱えてこちらに向かってきた。


「元気そうに走って行ったよ。ちゃんと謝れたみたいだな」


 セラムがそう言うと、女性は嬉しそうに笑った。


「ええ、再会した後二人で大泣きして…お互いに謝り続けていたの。近くの酒場で人手が欲しいって話が来た。あの子も学校に行きたいなんて言い出しちゃって…これからは二人で頑張って行こうと思ってる」

「それが良い。無責任かもしれんが、あんた達ならきっと幸せになれるさ」


 セラムがそんな事を言っていると、先ほどの少年が駆け足で戻ってきた。待ちくたびれたと言わんばかりに文句を言う少年を女性は宥めると、改めてセラムに向き直る。


「言われなくてもそのつもりよ。なんにせよこの恩は一生忘れない」

「困ってる人間の手助けをしたまでだ。覚えてもらう程の事をしたつもりは無い…仲間が待っているから俺も行くとするよ。達者でな」

「さようなら…本当にありがとう」


 そうして二人はそれぞれの行先へ向かうために歩き出した。去り際にすれ違った瞬間、セラムは彼女のズボンの後ろポケットに二枚の紙切れを滑り込ませる。不審に思った女性がポケットに手を突っ込み、紙切れを取り出すと「餞別だ」と書かれている長方形の物が一枚、そして五百万ルゲンと記されている小切手がポケットから出てきた。思わず女性は辺りを見回してセラムを探したが、既に彼の姿は消えていた。なぜ彼が自分達の様な者にこんな施しをしたのかは見当がつかなかった。しかし、いつか再び会えた日には必ず恩返しをしてみせると女性は涙ぐみながら決意し、薄汚い路地をはしゃぎながら歩く少年の後を追いかけて行った。


 一方彼らと別れたセラムは、ようやくネスト・ムーバーを停めてある場所へと辿り着く。


「…何回見ても物騒な見た目だな」


 セラムがはそう言って呆れた様に新しい住処を眺めた。本来は軍や危険地域への調査に使われる大型のネスト・ムーバーなのだが、何を間違えたのか流通し、業者の元に流れ着いたらしい。防弾仕様になっている薄汚れた窓が光り、ロケット砲の直撃にさえ耐えるという装甲は所々黒い塗装が剥げていた。却って悪目立ちするからもっと安い物で済ませるべきだとセラムとレイチェルは提案したのだが、肝心のシモンは聞く耳を持たなかった。


 ロバートやジーナが荷物や家具を運び込んでいるのが目に入り、セラムはルーサーの面倒を任せっきりだった事を思い出す。迷惑をかけてしまったと考え、一言礼を言おうと近づこうとした時、背後に気配を感じた。こちらに手を伸ばそうとしており、恐らく身長は自身よりも高い。目的は不明だが、敵意が無いとは言い切れなかった。咄嗟に肘打ちをかまし、自身の首に伸び掛かっていた右腕を掴んで一本背負いをした。情けない声と共に相手が地面に叩きつけられると、セラムは取り押さえようと顔を覗き込む。


「…あ」

「殺す気かお前…」


 驚いたように声を上げたセラムに対して、シモンは地面で悶えながらそう言った。物陰から見ていたらしいレイチェルは大笑いしながら出てくると、シモンに手を貸して彼を起き上がらせた。


「ほら、やっぱりダメだった!」

「はぁ…何をする気だったんだ」

「脅かすだけのつもりだったんだよ…お~痛え…準備も終わりそうだが、もう用事は済んだのか?」


 シモンが起き上がって弁明しつつセラムに確認を取る。セラムは一度レイチェルを見ると、シモンの背後からこちらに笑みを投げかける。「もう大丈夫だ」と言ってシモンの後について行く際にレイチェルの傍に寄ると、セラムは彼女にヒソヒソと語り掛けた。


「ワガママを言って悪いな」

「気にしない気にしない」


 ネスト・ムーバーに近づくと、ルーサーが手を振って近づいてきた。セラムも安心した様に軽くルーサーの頭を撫で、残りの荷物を積み込む手伝いを始める。


「アレ、本当に貰っても良いのか?」


 シモンはネスト・ムーバーの銃座に取り付けられている機関銃を見てロバートに尋ねた。


「あんな恐ろしい奴らに目を付けられてるんなら持って行って損はないだろ。その分、今度来た時に店で金を使ってくれれば良いさ!しかし…お前一体何やらかしたんだ?」

「まあ、色々だな」


 ロバートに聞かれるとシモンははぐらかしながら答えた。ロバートもそれ以上追求しようとはせず、握手をして別れの挨拶をした後に仕事に戻って行った。シモンは仲間達に出発前の最終確認を行う。忘れ物が無さそうと見るや、意気揚々と乗り込んで運転席へ向かって行った。


「俺が運転するから全員休んでてくれ!やっぱりテンション上がるぜ」

「ハイハイ…子供みたいねホント」


  レイチェルに呆れられるのもお構いなしに、シモンはまるでおもちゃを手に入れた子供の様に昂っていた。エンジンを掛けネスト・ムーバーを動かすと、そのまま一行はグリポット社の兵士に告げられた目的地であるサフィライシティに向けて日差しの照り付ける道路を疾走していく。



 ――――ダニエルが壊してしまうかのような勢いでドアを開け、会議室に押しかけてくる。申し訳なさそうな顔をするネビーザとそれを見て気分の良さそうなサッチが席についている。どうやらベンは来ていないらしく、代わりにシェイが来ていた。


「誰だったっけなぁ~?『飛んで火にいる夏の虫』だなんて偉そうな事言ってたのはよぉ。大事な製造拠点の一つと稼ぎ頭がいっぺんに潰されちまったぜ?どうやって責任取るつもりだろうなぁ」


 邪悪な笑みを浮かべながら、サッチはわざとらしく言った。


「…ソドムを解き放った。奴らでは太刀打ちも出来まい」

「ダメだったら?それにガキが死んだら色々と面倒だぜ?」

「…」


 ネビーザが黙りこくってしまうと、サッチはつまんなそうに首を振ってシェイを見た。


「なあ、そういやベンはどこだ?」

「ああ、何か用事があるとかで遅れると連絡がありました。もう来る頃だとは思うんですが…」


 シェイからそんな話を聞くと、「そうか」と言ってサッチは座ったまま軽く背伸びをする。


「まあいい…ネビーザ、情報が盗まれたっていうのはどういう事だ?」


 ダニエルは場が落ち着いた頃合いを見て、ネビーザに話題を振った。ネビーザの話では既にいくつかのミュルメクスのサンプル、そしてマハトシリーズやそれらに用いる装備に関する資料が持ち出されていたらしかった。試作段階にあった量産型のゴリアテの内、一体が街に脱走したのも、場を混乱させるために犯人が仕組んだ可能性があるとネビーザはありのままに伝えた。


「…分かった。ありがとう」


 頭を抱えながらダニエルは礼をすると、一言も喋らず何かを考えている様子だった。その時、再び入り口のドアが開く。少し息を荒らげながら入ってきたベンは、特に何を言うわけでも無くダニエルの手元に資料を置いた。


「ちょっとマズい事になってきた…子供も含めて連中は生きてる。ビーブックシティから離れた地点、サフィライシティ方面の給油所でそれらしい人物が目撃された。それと…」


 そう言いながらベンは新聞をテーブルに広げる。ビーブックシティにおける謎の怪物の出現やそれと同時に起こった怪奇現象などが怪物の死体と共に記事になっていた。案の定、ディバイダ―ズの仕業という線で捜査が進められているという文章が添えられており、尚更一同に緊迫感をもたらした。


「奴らが…これをやったのか?」

「その可能性は否定できない」


 ダニエルが少し驚いたように聞くと、ベンは気まずそうに答えた。


「失敗作とはいえ、またぶっ倒されちまったってわけか…やるなあ」


 対照的にサッチは惚れ惚れしているかのように唸った。ネビーザはそんな彼を睨み、いいい加減にしろと怒鳴りつける。


「貴様、黙って聞いていれば… ! 敵に対して賛辞を贈る奴がいるか ! まさかとは思うが、連中とグルなのか? わしの部下は内部の事を良く知る者による犯行だと言っていた。確かにお前なら、わしへの嫌がらせを口実にやりかねんな !」

「うるせえよ、更年期障害か?こっちだって節度ぐらいは弁えてるぜ」


 いつも通り二人の言い合いが始まると、ダニエルは苛つきを隠しながらそれを窘めた。


「ネビーザ…兵士達や部下全員に適性があるかを調べろ。ある者には片っ端からミュルメクスを投与してくれ。残るマハトシリーズも本格的に実戦に投入し、奴らに差し向けていく」

「既に手遅れかもしれんが、あまり大胆に動きすぎると政府にも気づかれる。適合した兵士達やマハトを使うとなると、基本は少数での行動になるがそれでもか?」

「構わない。それに他の拠点で証拠を握られない限りは、この場所を特定することも出来ない筈だ」

「…すぐに取り掛からせよう」


 静かに理由も述べながら指示を出すダニエルに対して、ネビーザはそれに従う意向を見せた。正直な話、彼からどんな罰を受けてもおかしくはないと腹を括っていたが、特に責め立てる事もせずに次の一手を考えようとする彼が少々無機質な存在に感じられた。


 そんなことを知る由もないダニエルは、ノーマンが呼んでいるという報せを部屋に入ってきた兵士の一人から耳にし、神妙な面持ちで静かに部屋を出て行った。間もなくすると、一人また一人と部屋から消える。最後に残ったベンとシェイは整理をしてから二人同時に部屋を出て行った。


「何か、ダニエルさんって不思議じゃないですか?」

「どうした?急に」


 唐突に口を開いたシェイにベンは疑問で返した。


「いえ、あれだけの事態になっているんですから、ネビーザさんに何か嫌味でも言ったりするんじゃないかと思ってたものなんで…サッチさんの時もそうですけど、あんまりミスを責めたりしないですよね。無頓着というかなんというか」

「次から次へと状況が変わっていくんだ。悪気があったわけじゃないし、いちいち目くじらを立てる暇なんか無いって事じゃないかな? ただ、あまり度が過ぎると爆発した時が怖いよ。ああいう生真面目な人は特に」

「…そういえばこの組織のリーダーってダニエルさんですよね?自治権とかバビロンからの独立とかって言いますけど、何でそういう事を思う様になったんですかね?」


 シェイはふとそんな事を話していると、ベンがこちらを見ている事に気づいた。もしかして何か不味い事を言ってしまったかと思い、焦りながら彼に謝罪をした。


「怒ってなんか無いよ…今は忙しいからそのうちゆっくり話そう」


 すぐに笑顔でベンはそう返してから、急ぎ足で歩いていく。シェイはホッとした様に胸を撫で下ろすがすぐに仕事を思い出し、慌てて彼の後を追いかけた。

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