第28話 漆黒の兵隊

 刃物や銃器など、多くの武器を持った者達がジーナ達に挑みかかって行ったが、気が付けばへたり込みながら後ずさりしている男を残して片っ端からねじ伏せられていった。


「オイ、街で暴れてたデカブツについて知ってることは?」


 シモンは最後の一人の胸倉を触手で掴み、建物の壁に叩きつけながら乱暴に聞き出そうとする。


「てめえらに言う事なんざ何もねえ、すぐ後悔する事になるぞ!」


 男から返ってきた答えが望むものでは無かったせいか、シモンは一度溜息をついてから、今度は窓ガラスに叩きつけた。


 ガラスによるものなのか、男の額が少し裂けて血が流れ落ちる。


「あぐぁ…ううっ…」


 男は情けない呻きを漏らしたが、抵抗する気力はとうに無くしていたようだった。


「最後だ…あそこにいる連中の後を追いたくないのなら、知っている事を全部吐け。」


 シモンはそう言いながら自分達が築いた死屍累々の有様を男に見せつけた。中には重傷ではあるが生存している者達もいたようだった。しかし、その蠢く死にぞこない達が却って男の脳裏に不安や絶望を募らせていく。このままでは…少なくとも無事で済む保証は無いと悟った男のズボンに深い色をした染みが広がった。


 男は震える両手を上げ、恐怖で震える口を必死に動かそうとする。


「こ…工場だよ。ああいうバケモンを作ってる場所があるんだ…此処はそれを隠すためのカモフラージュに過ぎない…ホントさ。ここから先にあるデカいレストランの地下に…い、入口がある…街に出たっていうヤツはそこから脱走したって話らしい…う、嘘は言ってない…!」


 精一杯出せる声を出しながら男は早口に語ると、温情や赦しを求めているかのような目でジーナとセラムを見た。二人は肩を竦めてシモンに目配せをした。それに気づいたシモンは触手を解き、男を背中を軽く突き飛ばした。男はふためきながら無様にその場を走り去って行く。


 男が走り去った後、三人は男の言っていたように道なりに歩き出す。しばらくすると、周辺の建物とは不釣り合いな雰囲気を持つ施設が遠くに見えた。小型の双眼鏡越しに見てみると四階建てであり、細かい装飾が施された真っ白な建物と周囲の照明が豪勢さを演出している事が分かる。意味の良く分からない様々なレリーフが壁や柱に彫られており、無茶振りをされたのであろう職人の苦労も伺えた。


「人気は無しで入口が壊されてる…ひとまず行ってみるか」


 双眼鏡を仕舞いながらシモンは言った。歩きながら歓楽街に入る前にレイチェルから補給した弾薬をライフルに込め、先端に銃剣を取り付けると周囲を見渡した。


 ジーナはネオンや街灯がチラついているにも拘らず生き物の動く気配を感じない静寂に胸騒ぎを覚えた。付近に転がっている死体も生きたまま齧り殺されたという具合であり、ゴリアテによるものでは無い事が分かる。セラムも同様に、妙な違和感が邪魔をしているらしい。異変が無いか周囲を睨みながら、落ち着かない様子で刀を握り直していた。


「…あれで全部って事は無いわよね?」

「まずあり得ないな」


 静まり返った空気に辟易したジーナとセラムは共通の話題で気分を和ませようとしたが、シモンが不意に足を止めたのをキッカケに前方を見た。道を塞ぐように一人のスーツ姿の女性が軽い足取りでこちらに向かってきているのが分かる。


 女性の顔の本来目があったと思われる場所には、吸い込まれそうな程の深い闇に染まっていた。その虚空な眼差しを向けられてしまった三人の背中を妙な悪寒がくすぐる。顔の目元から顎にかけてビッシリと青筋が立ち、おおよそ正常では無さそうだった。


 そんな自分の姿を何とも思って無いのか、或いは誇りにさえ思っている様に女性は角の立たない笑顔と共に三人を見るばかりであった。


「あんたは?」


 三人の中でも比較的早く狼狽が収まったシモンが尋ねた。


「ゲルトルード・バートレー、冥途の土産に覚えておいて」


 嫌な顔一つせずに答える女性のオーラは、淑女としての気品と強者としての余裕を感じられるものであった。


「出迎えにしては寂しいな。求人でもしたらどうだ?」


 シモンは小馬鹿にしながらゲルトルードに向かって煽りたてた。


「必要ないの…この力があれば、いくらでも集められる。」


 そんな彼の挑発をものともせずにゲルトルードは言い返すと、腕を突き上げて指を鳴らした。


 彼女の後方からザワザワと物音が立ち始めた。次第に地面や壁を爪で小突いてるような乾いた音が連続的に響く。わずかな地鳴りが起きている気さえしていた。気が付けば彼女の周りを取り囲んでいたのは、四足歩行をする軟体動物と形容するのが相応しそうな奇怪な何かの大群であった。


 黒くテカテカとした皮膚は触手によって構成されている物であり、継承によって生まれた産物であることは一目瞭然だった。瞼の無い目はアーモンド大のサイズであり、白目をむいている。そして彼らは、動きの悪いブリキのおもちゃを連想させる動作や痙攣を見せつけながら待機し続けていた。


「ほら、ね?」


 悪意しか感じられない発言を前にシモンは、なぜさっさとあの女を撃ってしまわなかったんだろうかと自分を責めた。


「どうにか振り切って中に入るしか無いわね…あの数を相手にするのは流石に無理」

「俺もそれに賛成だ」


 背後ではジーナが勝手に提案をし、セラムが勝手に賛同していた。しかし、突破口も無い現状では否定する理由があるはずも無い。


 シモンは少し深呼吸をして、左腕から触手を出す準備をする。そして逃げられそうな場所を見つけると、二人の方を少しだけ見た。


「後で合流しよう、ひとまず全員散らばるんだ…行くぞ!」


 シモンからの合図とともに、三人は散り散りになりつつ逃走を始めた。


「追いかけて」


 ゲルトルードからの号令に呼応したのか、金切声を上げて化け物達が我先にと関節の無い体をくねらせながら駆け出す。見た目とは裏腹にかなりの速度で地面や壁を走り、迫ってくる彼らに三人は戦慄した。


 路地裏へと逃げ込んでいったジーナやセラムと比較した場合、体力に自信の無かったシモンは触手を使って建物の上へと避難する。


「ノイルとザーリッドの連中ってこういう時は楽だよな」


 そう言って一息つこうとしたものの、そんな猶予が与えられる筈も無かった。煙突の中から化け物が溢れ出し、壁際などからも歯を剥き出しにして押し寄せてくるのが見えると、シモンは勘弁してくれと愚痴を言いながら、触手を使って屋根から屋根へと飛び移って行った。


 距離を取ってから担いでいたライフルをすぐさま構えて群れに向けて放った。一匹に命中して転ぶと、芋づる式に次々と後がつっかえていく。撃たれた個体は倒れてから起き上がる様子を見せなかった。少なくともライフルならば一発で動けなくなる程度の強靭さである事が分かると、シモンは少々安堵した。だが波の様に押し寄せる化け物達を見て無駄な努力であると悟り、銃を担いで再び逃げ出した。


 ここまでする以上、もはやディバイダ―ズは街で行っている悪事を隠すつもりが毛頭無いのであろうという考えにシモンは辿り着く。となれば、この化け物達は目的地にある何か…例えるなら証拠隠滅などの工作から気を逸らさせるためであると考えれば合点が行った。シモンは走りながら無線を取り出し、肩で息をしながら連絡を始めた。


「レイチェル聞こえるか⁉クソッタレなテロリスト連中と奴らのペットに襲われている!目的はたぶん証拠隠滅のための時間稼ぎ…!頼む、俺達が囮になるから今から言う場所へこっそり入って情報を集めて欲しい!歓楽街の奥にある四階建てのレストラン!そこの地下だ!こいつらを何とかしたら俺達も後で――!」


 その言葉を最後に途切れてしまった無線を、レイチェルは動悸に押し殺されそうになりながら握りしめていた。周辺の警戒をしていたロバートやルーサーも不安を隠そうともせずレイチェルが口を開くのを待った。


「すぐに行かなきゃ」


 そう呟いたレイチェルは大急ぎでネスト・ムーバーに乗り込もうとルーサーを連れて行った。


「待ってくれ!俺も行こう。人手が必要だろ?」


 ロバートは慌てて呼び止め、レイチェルに同行を申し出る。一刻の猶予も無いと感じていたレイチェルは、当然二つ返事で乗り込むように彼に伝えた。ロバートが仲間たちに引き続き警戒するように促して飛び乗ると、ネスト・ムーバーは豪快なエンジン音と共に歓楽街へと飛び込んで行った。

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