第27話 騒乱の始まり

 連邦政府に見せられた資料に記されていた汎用型生物兵器「ゴリアテ」と酷似しているその巨人は見境なしに周囲にあるものを壊し、邪魔する者達を薙ぎ倒していく。巨体に似合わぬ俊敏さは確かに以前の戦いを彷彿とさせるが、ジーナが遭遇した物と比べて知性を感じない粗暴な動きが目立った。


「やっぱり俺達の見たヤツとは違うな」

「ええ、あんなになりふり構わない行動をする程間抜けじゃなかった」


 咄嗟に建物の陰に隠れると、シモンとジーナは改めて自分達の知っている巨人よりも遥かに質が劣っている事を確認する。


 その二人と共に隠れていたセラムはゴリアテの様子を見ながら二人の話に耳を傾けていた。


「兵器として運用するつもりだとするなら、既に量産されている可能性もある。まさかとは思うが…急に歓楽街が出来始めた事や行方不明者達と何か関係しているかもしれないな。いずれにせよすぐに行動をするべきだ」


 セラムの憶測に二人は頷くと、意を決してゴリアテの目につくように街の通りへと躍り出た。


 暴れていたゴリアテは自身に近づいてい来る気配に気づいたのか、警戒するようにゆっくりと振り返った。両手に刀を携えたザーリッド族の男、両拳を鳴らしながらこちらを不愉快そうに睨む大柄なノイル族の女、そして小馬鹿にするような笑みと共にライフルを握りしめているムンハ族の男で構成された三人組の姿が目に飛び込んでくる。


 初めて敵と呼ぶに値する程の闘気と佇まいを兼ね備えている人物たちを前にゴリアテは唾液を撒き散らしながら野太い咆哮を発した。


「俺がキッチリ沈めてやるから、二人で動きを止めてくれないか?」


 そう言うと、シモンはアルタイルをしまっているホルスターを手で叩きながら二人を見た。


「いや、その前に終わるさ」

 セラムは二本の刀を肩で担ぎながら言い返す。


「じゃあ、こうしよう。早い者勝ち」

 二人を見たジーナは、軽くウォーミングアップをしながら二人に向けて言い放った。


「それで行こう」

「ああ、決まりだ」

 ジーナの言葉にすぐさま二人が相槌をする。


 一瞬だけ間を置いた直後、ジーナとセラムがほぼ同時に駆け出す。シモンはライフルを構え、ゴリアテの頭部に狙いを定めた。どちらに狙いを定めているのかは分からないが、ゴリアテは拳を振り下ろす。セラムは横へと回避し、ジーナは籠手を纏った自身の拳でそれを迎え撃った。互いの拳がかち合った後、耐えられなかったゴリアテは怯みながら僅かにのけぞった。その瞬間を狙ってセラムが拳を握っている巨人の左手首を切り落とした。


 さらにシモンが追い打ちをかけるように発砲する。二発が頭部にさらにもう一発が胸部に命中すると、ゴリアテは悲鳴と思われる唸り声を上げた。


「レイチェル…感謝してもしきれないわね」


 自身の攻撃が通用した事に安堵したジーナは籠手を少し眺めてから、友人への礼と称賛を口にする。そんな高揚感も束の間、ゴリアテはすぐに体勢を整え始める。切断された腕を補強するように黒い触手で断面を覆い、さらには全身も同じように背中から噴き出した触手と思わしきもので肉体をカバーしていく。


 セラムはすぐに切りかかり、ゴリアテの背中へ刃を滑らせた。しかし、密接に絡み合った触手達によって致命傷には至ってない様で後ろ回し蹴りで反撃されてしまう。急いで後方に避けたものの、僅かに掠った口元がヒリヒリと痛んだ。ジーナもすぐさま打ち合いを行おうと間合いへと踏み込む。回避や防御をしながら攻撃を見極めつつ、腹部や顎へと攻撃を叩きこんでいく。怯みはするものの致命傷には至って無いと判断し、すぐにゴリアテから距離を取った。


 セラムも彼女の近くに近づき、互いに分かった事を手短に述べていった。


「再生をしているわけじゃないようだ。触手はあくまで応急処置だろう」

「私が遭ったヤツに比べて攻撃自体はそんなに厄介じゃない…致命傷にならないのが問題ね」

「触手の性質がシモンと同じなら長時間は使えない筈だ…持久戦に持ち込もう」


 二人で結論づけるとシモンへと合図を送る。二人の意図がすぐに分かったらしく片手でアルタイルを見せつけながら合図を送り返した。


 再びゴリアテに立ち向かう二人は先ほど以上に積極的に攻撃を仕掛けていった。シモンもライフルを使い援護射撃を行っていく。しばらくするとライフルの弾薬が尽きたのか、拳銃に持ち替えて近距離から援護を再開した。ゴリアテは目障りだと感じたのか標的をシモンに変えて襲い掛かる。シモンは咄嗟に付近にある街灯へ触手を巻き付けて、自身の体を引っ張らせる事によって緊急的な離脱を行った。すぐに受け身を取りながら反撃をしようと拳銃の引き金を数回弾く。大した有効打にはならなかったが、隙を作る事には成功した。


 シモンに気を取られていたゴリアテはジーナによる真横からの飛び蹴りを見事に食らう。衝撃のあまり大きくよろけた瞬間、よろけた先にいたセラムは、両手で握りしめていた刀をゴリアテの脇腹に深く突き刺した。想定していなかった不意打ちによってわき腹からは鮮血と呼ぶには相応しくないコールタールの様な液体が溢れ出てくる。セラムは慌てて手を放して退避を行う。かなり堪えているらしく、その場から動けずに藻掻き始めた。


 シモンはこの機を逃さずにはいられないと、アルタイルを取り出した。左腕を触手で包み込み、アルタイルを握りしめて狙いを定める。


「じゃあな」


 そう言うと、強烈な反動に耐えながら引き金を何度も引き続ける。幾重にも渡る爆音が終わると、ゴリアテの肉体には六つほどの穴が開いていた。呻き声一つ上げずにゴリアテは倒れると、水っぽい音を立てて爆散した。辺りに汚らしい肉片が飛び散り、後に残ったのは潰れたトマトを思い起こさせる程に赤い臓物や肉と、付近を流れる真っ黒な体液のみであった。


 三人が近づいて様子を見ていると、ロバートが仲間達を引き連れてようやく到着した。


「オイオイ、もう終わっちまったぜ」

「すまないな…というか何だこれ!?」


 シモンにどやされたロバートは詫びを入れると形容しがたい生物の残骸に驚愕した。付近にいた仲間達も付近に充満する鉄の様な臭いやおぞましい光景によって吐き気や不快感を催したらしく、顔を歪めている。


「仲間を手伝いに寄越すから一緒に後始末をしてくれ。俺達は色々と調べたいことがある」


 ロバートにそう伝えるとシモン達はレイチェル達に無線で事情を説明する。そして目と鼻の先にある怪しげな光を放ち続ける歓楽街を背に、仲間達の到着を待ち続けた。



 ――――街のとある建物の中、警備兵達がネビーザによって杖で殴られ続けていた。彼らは顔から血を流し、必死に許しを請うたが聞く耳すら持ってくれない。


「被検体が脱走しただと⁉これだけの人数で見張っておきながら何も出来なかったのか間抜けどもめ!」


 血走った目で頑丈な杖を振りかざし、立ち竦んでいる警備兵達を殴りつけていく。


「と、突然の出来事だったんです…!休憩室にいた者達は通気口から入り込んだガスで意識を失っていました。警備に当たっていた者達も大半は死亡…明らかに我々の内情を知っている者による攻撃で…」


 警備兵の1人が言い分を語り終える前に再び杖で殴られた。


 するとネビーザの後ろにいた四人のボディーガードの内、一人の女性が近づく。そして杖を握る彼の手をそっと抑えた。妖艶な仕草を垣間見せ、泣きボクロと緑色の瞳が特徴的な顔を近づけて彼を諭し始めた。


「いつまでも責め立ててたら、出来る仕事も出来なくなっちゃうわよ?大事な人材なんだから」


 甘く、優しい囁きと少し過剰とも言える彼女のスキンシップと合わさってか、次第にネビーザも何も言わずに彼女に従った。


 突然、彼らのいた部屋のドアが開いた。一人の屈強そうな兵士が入ってくると、慌てるように標的にしている五人の内の三人が歓楽街に侵入してきた事を伝えた。


「街に潜伏させていた者達で対処に当たっていますが、長くは持たないと思われます。この場所がバレるのも時間の問題でしょう」


 そういった部下の報告を聞いたネビーザは頭を抱える。この歓楽街へとおびき寄せて一網打尽にするはずだった当初の予定が大幅に狂ってしまったためであった。ネビーザは悩んだ末に警備兵達に施設の各地に爆薬を設置するように指示をした。そしてボディガードである四人の元へ歩み寄っていく。


「ゲルトルード、今から街にある戦力の指揮はお前とその部下達に任せよう。証拠を隠滅するまでの間、時間を稼いでくれ。そしてあわよくば…子供を確保し、それ以外の連中を抹殺しろ」

「すぐに取り掛かるわ。楽しみにしてて頂戴」


 ネビーザからの指示にも飄々とした態度で答えると、女性は三人の部下達を引き連れて部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る