第16話 爆殺
下水道から現れた怪物は立ち塞がるものを破壊し、喰らいながら無我夢中で街中を闊歩する。シモンはどうにか追いかけながら怪物に向けてライフルを乱射し続けた。空の薬莢や弾切れで排出されたクリップが甲高い金属音を立ててあちこちに散らばった。撃ち尽くせばすぐにポケットから予備のクリップを挿し込み、再び射撃を行い続けたが、怪物は意に介さず歩き続けていた。
それならばとシモンは左手の手袋を脱ぎ、触手達を体内から呼び出した。そして触手達を怪物の尻尾に巻き付かせ、どうにか引っ張ってみようとはしたが止められる筈も無く、しまいには自分が引っ張られた。慌てて触手を戻し、今度はアルタイルを取り出す。左手で構えながら発砲すると流石に今度は聞いたのか足を止め、少し体を震わせながら地面が震えるような鳴き声を上げた。
怪物は周囲にある物を壊し、なぎ倒しながらゆっくりとシモンの方へと向きを変えた。シモンはアルタイルに残っている銃弾をすべて打ち込んだ後に走り出した。走りながら無線を取り出し、瓦礫から身を守りながら他の者達と連絡を取り始める。
「このままじゃこいつを倒す前に武器の弾薬が底をついてしまう!誰でも良い、どうにか爆弾のような…デカい威力と範囲を持っている物を用意できないか?!」
シモンからの連絡を聞いたセラムとジーナは顔を見合わせる。そんな物を持っているわけも無く、ましてや今更探し出す訳にも行かなかった。
レイチェル達もその連絡を聞いていたが、しばらく悩んだ後にある考えを閃いた。大急ぎでネスト・ムーバーを動かし、クロードの店に向かう。一方でジーナとセラムはそのままシモンがいると思われていた。精錬所があるという通りへ辿り着くと、シモンがこちらへ走ってくるのが目に入った。しかし、その後ろから得たいのしれない怪物が道を破壊しながら向かってくるのが目に入ると血相を変えた。
2人はシモンの呼びかけにも答えず、背を向けて走り出した。通りの突き当りに資材置き場があるのを見つけた二人はそのままその中に駆け込んだ。鋼鉄製の重い扉の側にジーナが立つと、セラムは無線を繋いだ。
「シモン、そのまま正面の倉庫に飛び込め!」
無線を聞いたシモンは触手を再び生み出しながら資材置き場に滑り込むと、突進してくる怪物に向かって触手で形成した塊を放つ。触手の塊をぶつけられた怪物は大きく怯んだ。その隙にジーナは急いで扉を閉め、かんぬきで施錠をした。怪物が体をぶつけて、扉を破ろうとしているらしく三人で押さえつけた。
シモンは触手を扉と、扉のある壁全体に張り巡らせながら、2人に状況を伝える。
「とりあずあの野郎は、どういう原理か知らないが食った物を糧に自分の体を成長させていってる…恐らくだが、まだデカくなるぜ!」
そう説明している間にも最大限に張り巡らせ、端にある触手を建物の両側にある柱の四隅を掴ませると、触手による巨大な網が完成した。ジーナ達が手を離すと、怪物の体当たりによる振動はあるものの、当分は耐えられそうであった。
これからどうするべきか考えていた時に無線から連絡が入って来る。レイチェルからだった。
「皆聞こえる?クロードに頼んで面白いものを借りて来たわ。どうにかして今から言う場所まで怪物をおびき寄せて!」
レイチェルはそう言うと、目的地を彼らに伝え始めた。
無線からの連絡が終わるとシモンは触手で抑えながら今後の役割について考えていく。
「向こうの準備が終わるまで時間を稼ぐ!そして準備が終わり次第、誘導をする!つまり…」
「ここでどうにか足止めをしないとな」
セラムとシモンが話し合っていると、大量の丸太杭や鉄骨をジーナが運んでいた。
「使えそうだから持って来た」
既に覚悟が出来ている様で鉄骨を一本掴み、それを担ぐ。
セラムも刀を2本とも両手に携えてシモンを見た。シモンは触手をほどき、後ろへ下がると銃を構える。そうこうしている内に鉄の扉をひしゃげさせながら、怪物は建物の内部へ押し寄せて来た。
シモンとセラムは怪物の突進を躱すと、それぞれ横に回り込みつつ様子を見た。ジーナは持っていた鉄骨を怪物に向かってぶん投げると、すぐさま次の物を用意する。鉄骨は怪物に当たると怒らせる事に成功したらしく、すぐさま怪物はジーナに突撃していった。
口を開けて迫り来る怪物の猛進をジーナは避けると、持っていた鉄骨を下水道にいた小さい個体の時と同じように全力で怪物にぶつけた。流石に多少は効いたらしく、怪物は少しよろけた。その隙にリロードを行ったアルタイルをシモンは構え、怪物の顔に向けて撃った。よほど分厚い皮膚や脂肪を持っているのか貫通はしなかったらしい。痛そうに叫ぶものの、致命傷には至っていなさそうだった。
セラムが背中へと登り、怪物の背中を切りつけるがやはり頑丈だったらしく皮膚を切り裂く程度に留まった。怪物が背中にある違和感を振り払おうと暴れだし始めたので、刀を刺してしがみつこうとしたが、深くは刺さらなかった。
結局すぐに刀を回収し、怪物の背中から飛び降りたセラムはそのまま積まれた資材の影に隠れる。怪物は背中を僅かに血で滲ませながら狂ったように周囲の壁や積まれた荷物に体を叩きつける。流石にここまでするとは予想外だったのか、セラムは慌てて崩れ落ちる荷物の間を掻い潜り退避した。
ジーナは丸太杭を持つと、怪物の隙をついて近づき背中に飛び乗る。そしてセラムが付けたと思われる傷口を発見し、持っていた丸太杭をその傷口へと突き立てた。するとようやく怪物の口から悲鳴らしい悲鳴が上がった。シモンは遠くから援護射撃をしながらジーナがその場を離れるのをサポートする。しかし、今まで以上に暴れ狂う怪物の尻尾がジーナに叩きつけられてしまった。ジーナは壁に叩きつけられはしたが、無事なようで何とか立ち上がった。
しばらくするとようやく無線から連絡が届いた。「いつでも来て」というレイチェルからの報せを耳にした三人はすぐに動き出す。暴れだす怪物を余所に、全員で出口まで辿り着くとシモンは近くに残っていた資材やらを触手で絡めとり、怪物に向かってぶん投げた。資材の雨あられが怪物に降りかかると、怪物は猛りながら3人めがけて駆けてきた。
どうやらすべて打ち尽くして邪魔になってしまったらしく、シモンはライフルを投げ捨て、そのまま三人で目的の場所まで一目散に走り抜ける。怪物もまた、彼らを追いかけるために四本の足で着実に距離を詰めてくる。幸いだったのは、散らばった瓦礫や崩れてしまった建物がしばしば怪物の足止めをしてくれた事だった。3人はなるべくそういった障害物の多い場所や、すぐには入って来れ無さそうな狭い道を選びつつ走って行った。
その頃、レイチェル達はクロードやマイケル達と共に罠の準備に勤しんでいた。3人が通ってくれるであろう道に大量の爆薬を積み、さらには燃料を入れたタンクや火炎瓶まで用意していた。
「もし、シモン達と怪物の距離がそんなに離れてなかったらどうするの?」
ルーサーは爆薬運びを手伝いながらレイチェルに聞いた。
「まあ、どうにかするわよ。あいつらだし」
信頼しているのか、或いは特に何も考えていないのかレイチェルの答えは非常に曖昧であった。
ある程度爆薬を積み終わると、マイケルはそれを眺めながら最後の確認をする。
「三人が怪物を連れて来たら、火炎瓶を燃料の近くに投げて火が上がった所で燃料を撃つ…か。この辺りは木っ端微塵になるな…」
「怪物とやらに全部ぶっ壊されるよりはマシだろう。それより頼んだぞ」
気が滅入りそうになっているマイケルに対してクロードは雑な諭し方をしつつ、その場を任せる。
ある程度設置が終わった頃、遠くの曲がり角から3人の人影が死に物狂いで怪物から逃げてくるのが見えると、その場にいた者達は爆薬からなるべく離れている頑丈そうな建物やネスト・ムーバーの陰に隠れた。マイケルはクロードから借りた防護服を身に纏い、爆薬に比較的近い位置に作った即席のバリケードの陰に入ると、ライフルと火炎瓶を準備した。
「あれ、クストスの甲羅で作ってたっていう防弾チョッキじゃない。貸したりして良かったの?」
「これで何かあれば耐久テストの手間が省けるだろ」
レイチェルに対してクロードは自信ありげに言う。素材が素材だから壊れる事は無いだろうという信頼性の賜物であった。
三人を追いかける怪物は無垢な目で獲物を見据えながら、地震と間違えそうな程に地鳴りを起こしながら迫っていた。三人はようやく爆薬が準備されている地点へ到着すると、マイケルが隠れている付近のバリケードにその身を隠した。3人が来ると、マイケルは火炎瓶を燃料タンクの近くへとバリケード越しに放り込んだ。火炎瓶が割れ、辺りに炎が燃え盛り始めると同時に、怪物も爆薬の山を崩しながらこちらへ向かって来ようとしていた。マイケルはライフルを構え燃料に狙いを定めると、息を吐き出してから弾丸を発射した。
数発の弾丸が燃料タンクを貫き、燃料タンクに出来た穴から液体が溢れ出してきた。その燃料に焚きつけられた火は、風に煽られ勢いを増していく。そして引火させるためにわざと剥き出しのまま置いていた爆薬さえもを飲み込んだ。それから間もなく、周囲にいた者達は嵐の中にいるかのような強風と熱に晒され、連鎖して響き続ける轟音に耳を痛めた。一部の者達は水気のある何かが周りに降ってきている音も耳にしていた。
音が止み、辺りに静けさが漂うようになると、吹き飛ばされそうになったバリケードを触手で抑えていたシモンは慎重に怪物の様子を伺った。土煙が立ち込める中、巨大な影は生気も無くうずくまっているだけだった。ようやく全貌が明らかになると、爆発によって体の大部分が抉られ、辺りに肉塊が飛び散っているという光景が先ほど聞いた謎の音の正体を人々に伝えていた。口や背中など体の一部は今なお燃え続けており、全身余すところなく火傷を負っている。
マイケルはこっそりと近づきながら怪物の生死を確認しようと、口元を銃床で軽く小突いた。微かに息があったようで、少しづつ動き始める。慌てて下がろうとした直後、息も絶え絶えな状態に陥っている怪物から振り絞ったような小さい鳴き声が発せられる。驚いて地面にへたり込んでしまったマイケルを前に、怪物が前足で藻掻こうとした直後、口の中でまた爆発が起きた。上顎の半分を吹き飛ばされてしまった怪物は今度こそ倒された。
マイケルがふと振り返ると、拳銃を持ったルーサーが腰を抜かしている自身の後方に立っていた。銃口からは煙が上がっている。
「…口の中に火薬樽が引っかかっているのが見えて…な、なにかしなきゃと思って、つい」
ルーサーは悪びれながらそう言った。それに対してマイケルは「ありがとう」と一安心した様に感謝を述べる。
それからというもの、街は怪物の話題で持ちきりになった。市民たちは跡片付けに追われる傍らで、怪物の討伐に携わった者達に当時の様子を話してくれと老若男女がせがみ続けていたという。少なくとも、怪物を恐れいている者はもう誰一人とさえいなかった。
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