第12話 いざ、モンスターハンティング
シモンとジーナは二人して依頼に驚愕した。
「か…怪物退治?」
あまりにも衝撃的だったのかシモンはマイケルが提示した依頼内容を復唱してしまった。シモンは便利屋としての自分にそれなりに誇りを持っているつもりであった。時には誰も立ち入れない巨大な昆虫が蠢く密林に出向かなければならないこともあれば、密猟者が使用してた薬物によって狂暴化した獣を排除するのに死にかけた事もある。この仕事を始めてからもそれなりに死線を潜り抜けてきたとは思っていたが、そんな自分の武勇伝に怪物退治が加わるかもしれないとは夢にも思っていなかった。
マイケルは二人が何も言えなくなっているのを見て、しまったと考えた。いきなりこんな事を言うのはやはり無茶すぎたかと薄々感じていたのだ。
「詳しい話を聞かせてくれ…この下水道とその…怪物とやらがどう関係するんだ?」
断られると思いきやシモンが少し興味深そうに聞いてきたせいか、マイケルは嬉々とした表情で解説を始めた。
「ああ、分かった。最近この街の衛生環境の悪さが問題になっているのは新聞かなんかで見たことあるだろ?下水道の設備の老朽化が進んで故障が増えてきたんだ。おまけに以前よりも工場が増えちまったせいで今ある設備だけじゃ対処が出来ない。このままじゃ、処理できない臭くて汚い水を川や海に垂れ流してしまう事になってしまう。だから行政も設備の修復と思い切った改築を行う事にしたんだが…そんな折に恐ろしい事件が起きるようになった」
マイケルはそこまで言い切ると身震いをした。二人はそれを少し大袈裟な素振りだとは感じたが、彼が嘘をついているようには見えなかった。
「事件っていうのは一体?」
ジーナはマイケルに尋ねた。
「失踪、そして殺人事件だ。最初はてっきり水路になれていない新入りが迷子になっているものかと思ってた。だが、違ったんだ。一人…また一人とこの下水道に入って行った奴らが忽然と姿を消した。遂には警察によって捜索も行われたが、なんと捜索のために突入した十五人のうち半数が…その日のうちに下水道でいなくなってしまったんだ!」
段々とマイケルの身振り手振りが大きくなっていたが、二人はさほど気にも留めずに話を聞いた。
「だが腑に落ちないな。それで怪物の噂が立ったのか?ただの…ただのと言っていいか分からんが、殺人鬼が潜伏しているってだけじゃないのか?」
シモンは自身が感じていた疑問をマイケルにぶつけたが、マイケルは最初から分かっていたとでも言うように胸ポケットから1枚の写真を取り出し、それをテーブルに伏せた。
「ああ、俺達も最初はそうだった。この街の下水道には今もまだ卑怯で狡猾な殺人犯が我々の命を狙っているんだと…むしろそうであって欲しかった。こいつを見てくれ…ただし、覚悟をした上で見るんだ」
マイケルの苦々しい表情に嫌な予感がしたジーナは、伏せられた写真をシモンの方に押しやった。シモンが恐る恐る写真を表向きに直すと、そこには阿鼻叫喚しつつ絶命したのであろう惨たらしい老人の死体が写し出されていた。シモンは一瞬目を背けたが呼吸を整えてマジマジと見る。
「一か月程前だろうか、肝試しと称して馬鹿な悪ガキ達が下水道に行ったんだ。3人いたが、戻ってきたのはたったの1人。そいつが握りしめていたカメラのフィルムを現像した所、こいつが入っていたんだ」
しげしげと眺めていた2人にマイケルは写真の出所を語った。
「なるほどな…腹の部分を噛みつかれて、根こそぎ持っていかれたんだ…本物だとすれば凄まじい顎のサイズと力だ。全部食い切らなかったのを見るに、あまり大食いではないらしい…それか口に合わなかったかだ」
シモンは写真に写されている死体から出来る限り怪物の正体を特定しようと考察していたが、思い当たる節が無かったのか写真を置いて溜息をついた。マイケルは恐怖心や不安からか、酒場のマスターにお代わりを注文しながら話を続けた。
「とにかく分かるだろう?間違いなく人間業じゃない。あの下水道には確かに何かがいるんだ!おかげで役場の方も怖気づいちまって思う様に作業が進められなくなってるらしい」
「だが、原因が分からない。あの辺りは生物が入り込んだりするのか?」
落ち着きのないマイケルにシモンは聞いた。
「とんでもない!あるとしても鉄格子が掛かっている川への出口だ。無理やり侵入すれば確実に痕跡が残る。ましてや逃げ出したペットが住み着いてデカくなるなんて事も起こるわけが無いだろうしな…」
「そうなると、誰かが故意に放ったって事になるわね…でもなぜ?」
マイケルから語られる情報からジーナも推理をしようとするが、何か思い浮かぶわけでも無く、行き詰ってしまった。
すると酒場のドアが勢いよく開き、恰幅の良い警察官が入ってきた。警察官はマイケルを見かけると、ドタドタと足音を立てながら歩いてくる。
「マイケル、遅くなって済まなかった!女房を説得するのに戸惑ってしまってな!」
警察官は笑いながらそう言うとマイケルと抱擁をする。
「巡査部長!そうだ紹介するよ、シモンさんとジーナさんだ。便利屋で今回の仕事を引き受けてくれることになった」
「フォレストだ。よろしく頼む」
フォレスト巡査部長は2人と握手を交わすとマイケルから現在までの状況を聞いた。そしてフンと勢いよく鼻息をすると、二人の前に座った。
「ふむ、ではここからの話は私に任せていただこう。ジーナ殿の推理通りに考えるとするなら心当たりがある」
「心当たり?」
シモンはフォレストに尋ねた。
「ええ、実は最近になって…それこそ失踪事件が急増するようになってから下水道に繋がる入り口や街のマンホール付近で不審な人影を見たという証言が入っているのです。二人組で、どちらも茶髪。歳はそれほど食ってないそうで」
フォレストは目撃証言の書かれた資料をテーブルに置きながら説明をした。
シモンはそれを聞きながらどのように行動するべきかを考える。
「じゃあ、下水道に入り込んで調査をする人間とその不審者を見つける人間とで分けなきゃいけないか…」
シモンはフォレストやマイケルに対してそう言った。
「不審者の捜索は出来る限りしますが、それほど大きい規模では動かせない。あまり人員を割くと上が五月蠅いらしくてね…役場からも何人か遣わしてくれるそうですが、あまり期待はしない方が良いでしょう」
二杯目のジョッキを空にしたマイケルは再び二人に向き直ると礼を言い出した。
「正直、あんた達が手伝ってくれると分かった時は安心したんだよ。人探しならまだしも化け物の相手なんて出来ないからな。これまで他の便利屋達にも事情を説明したんだが、最終的には断られてばっかりで…不甲斐ないよ、自分の街なのに自分で守ることも出来ないんだ」
マイケルは恥ずかしそうにそう言いながら後ろを向いた。フォレストも彼の気持ちを察したのか、軽く背中を叩く。
すると、シモンは立ち上がって背伸びをした。どう反応していいのか分からず、誤魔化そうと思ったのだろうか。そのままマイケルに語り掛ける。
「そういう事を言われると断れなくなっちゃうんだよな…俺は。報酬はしっかり用意しておいてくれ。まあ、どんな額だろうとお釣りが返ってくる程度には働いてやるぜ」
シモンはそう言いながらジーナに目配せをする。何か気が利いた事を言おうとはしたものの、何も思いつかなかったジーナは縦に首を振った。
二人はその後、日程を聞きだしてから酒場を出て、ネスト・ムーバーへと戻っていった。中に入ると三人の姿が無く、彼らの身に何か危険が迫っているのかと焦ったのだが、すぐに紙袋を抱えたセラムを筆頭に威勢よく戻ってきた。
「ふぅ、何かあったのかと思ってびっくりしたぜ。どこ行ってたんだ?」
シモンはソファで寛ぎながら言った。
「買い出しついでにセラムが街を見たいって言ったんだ。地形を把握しておきたかったんだって」
ルーサーはそう言いながら、2人にソーダ瓶を渡した。
「それで依頼はどうなった?」
セラムは上着をハンガーに掛けながら尋ねた。シモンがこれまでのいきさつを語り、今後の予定を伝えると呆気に取られた様な顔をしながら2人を見た。
「下水道で怪物退治か…あまり聞かない話だな」
「なんにせよ、仕事が始まるのは三日後の朝6時だ。入念に準備しておいたほうが良い」
セラムにひとしきり伝えたシモンは欠伸をしながら言った。その後は特に変わった様子も無く、シャワーを浴び、食事を取った後に全員で床に就いた。強いて挙げるとするならば、シモンとジーナは昨日の残り物のステーキを食う気にならないと言ってルーサーに押し付けていた。
―――三日後、役場の付近にある河川はちょっとした見物人達がたむろしていた。レイチェルが河川の岸にネスト・ムーバーを停めると、シモン、ジーナ、セラムの3人は身支度を急いだ。
「よし、いつでも行ける。」
セラムは準備を済ませると2人に確認を取った。残りの2人も準備を終えた様で依頼人達との集合場所へ向かう。汚したくなかったのか、セラム以外の二人は上着を着ていかなかった。
「皆、無事に終わるといいけど…」
ルーサーは3人を窓から見送りながら呟いた。
「あいつらなら大丈夫よ。それより、最悪の場合に備えてこれ渡しとくわね」
レイチェルはそう言いながらゴトリとテーブルに何かを置いた。それは拳銃であった。
「使い方分かる?」
彼女は挑発するような笑みを浮かべながら言った。
ジーナ達3人は集団をまとめているマイケル達の元へ向かう。昨日来てたワイシャツ姿とは違い作業服とゴーグルを身に付け、猟銃を抱える彼の姿があった。フォレストもまた、制服姿ではなく非常に動きやすそうな服に着替えていたが、腰には拳銃を備えている。
「シモンさん!ジーナさん!こっちだこっち!…そこにいる人は?」
マイケルはセラムを見ながらシモンに聞いた。
「俺達の仕事仲間だよ。一緒に協力してくれる」
「セラム・ビキラだ」
シモンが答えた後、セラムが握手を求めながら自己紹介をする。勿論マイケルも快くそれに応じた。
予定通りに人が集まったのを確認した一行は地図を取り出しながら、今後の動きについて話し合いを始めた。
「この辺り一帯は、既に他の警官達が目立たないように張り込みをしています。不審者が現れたとしてもすぐに何とかなるでしょう」
フォレストは警察側の動きを仲間たちに伝えた。
「よし…役場の職員の方は来ているのか?」
「ハイ、ここにいます!」
マイケルに声に反応して駆け寄ってきたのは、三日前に労働者達に詰め寄られていた眼鏡の職員だった。彼の後ろからさらに数人ほど職員らしき関係者らしき者達もついて来ている。
彼らも地図の近くに集まったのを確認したマイケルは彼らも交えてシモン達に解説を始めた。
「よし、これが地図だ。調べないといけない箇所はこの3つ。広い場所ではあるが、大勢の人間で進むには少しキツイ…だから、その…」
「出来る限り少人数で行くしか無いって事でしょ?」
ジーナはマイケルが申し訳なさそうにした意味をすぐに理解すると、その後に言うつもりであった言葉を代弁した。どうやら正解だった様で、マイケルは静かに頷いた。
「ああ…一応巡査部長とこちらの市役所の職員の方々、そして俺が後をついて行く。彼らは何度か業者と視察に来ていたらしくてある程度は内部の構造に詳しいそうだからな」
「わざわざ来ているのにこういう事を言うのも悪いと思っているが、怖いんなら無理せずに、来る必要は無いんだぜ?」
説明をしているマイケルの手が強張りながら銃を握っているのを見たシモンは彼に言った。
指摘されたマイケルは、ハッとした様子ですぐに切り返す。
「と、とんでもない!この街の一般人の代表として俺も行かせてもらうさ。やられっぱなしは大嫌いなんだ!」
それが自身を鼓舞するための吹かしである事は誰の目にも明らかだった。何でもかんでも他人に頼りきりだという事に負い目を感じたくなかったのだろうとシモンは考えた。
「どうなっても責任は取れない。だが、それでも来るって言うんなら俺達も出来る限りは手助けする。良いな?」
シモンはいつもの姿からは想像が出来ない様な真剣な表情でマイケルに問いかけた。マイケル自身も覚悟を決めたのか威勢よく返事をする。そして最終的には三手に分かれて調査を行う事が決まり、シモン、ジーナそしてセラムがそれぞれ音頭を取ることとなった。
「さて…じゃあ街の安全のために一仕事しますか!」
シモンのその言葉を皮切りに入口へ向かうと慎重に下水道へと入って行った。
一方彼らが突入する少し前の時刻、下水道のとある通路には外に続く梯子から降りてきた二人の人物がいた。
「ウェイド!ちょっと待ってよ!」
「オービル、さっさと来い!早くあいつらを探して起こさないと…」
ヒソヒソとした声で会話を続ける2人の人影は軽い足音を響かせながら、下水道の奥深くの暗闇へと消えていった。
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