第11話 真意

 試合が終わり、静かになった倉庫から大勢の観客達が帰路に就こうと溢れ出してきた。しかしその大半は、興奮冷めやらぬ恍惚とした表情をしながら隣にいる見知らぬはずの他人と語り合う。それもそのはず、誰も予想が出来なかったのである。あの不動の王者ギルフォードが…同種といえどあろうことか女性に手も足も出なかったとは!


「それにしても最後の畳みかけは強烈だった!前からギルフォードの野郎が気に食わなかった無かった分、胸がスカッとしたよ!」

「確かに凄まじいものだったな!まあ、あの野郎もこれでしばらくは大人しくしてくれるといいが。」

「全くだ。本人には言えんが、ざまあ見ろって気分だ」

「やっぱりあの子に賭けておけば良かった…」


 観客達は口々に言いながら、倉庫を後にした。それから少ししてからジーナ達も倉庫から出てきた。まだ付近に試合の内容を知っている者達が残っていたのか、或いは噂が広まってしまったのだろうか…人々は一行を見かけるや否や「チャンピオンのお通りだ!」「次の試合はいつやるんだ?」などと彼女を称え、すっかり虜になってしまったという心情を吐露した。


「…早くこの街から出たい」


 愛想笑いを作りつつ、一応は手を振り返していたジーナだったがすぐに疲れと不快感を口から漏らした。


 「オイオイ、どうしたんだ”チャンピオン”?もっと嬉しそうに歩いていいんだぜ」

シモンは笑いながら冷やかしつつ、ジーナの背中を叩いた。


「…それ以上言い続けるなら、あいつと同じ目に合わせるわよ」

「おお~怖い怖い」


 流石にカチンときたのかジーナは軽くシモンを脅したが、当の本人は一切気にも留めず、逆に煽り返されてしまった。


「でも…凄くかっこよかったよジーナ!」


 ルーサーは2人の間に割って入るとジーナに向かって笑顔で言った。子供から面と向かって言われたのが恥ずかしかったのかジーナはぶっきらぼうに反応したが、それがシモンの煽りをさらに増長させてしまった


 レイチェルはそんな三人の騒ぎ声を前を歩きながらセラムと聞いていた。


「子供があんな物見せられたらもっと怯えるかと思ってたけど…結構やんちゃなのね」


 レイチェルは目を輝かせながらジーナを褒めるルーサーを意外だという風に見ながら言った。


「男の子っていうのは基本的に強さに惹かれるものさ。どうやらあの子も例外では無かったみたいだ」

そんなレイチェルに対してセラムは知っていたかのように解説をした。


 ネスト・ムーバーに辿り着いた5人はシャワーを浴びた後に夕飯を貪った。賭けで得た金を奮発して買った肉や酒と共に酔った勢いで様々な事を語り合い始める。


「そういえば戦い方を見て思ったが、ずいぶんと手馴れていたな。構え方も素人のそれとはだいぶ違っていたが…どこかで習ったのか?」


 ギルフォードと自分の因縁についてシモン達に話していたジーナに、セラムはふと聞いてみた。ジーナは少し躊躇ったが、酔っていた勢いもあって白状することにした。


「私の母さんがね…兵士だったの、ノイル族側の。体が強靭だからとか言って基本的にノイル族って武器を使わないでしょ?だから母さんが色んな事を教えてくれた。銃火器や刃物相手にどう立ち回るかとかそういうのをね」

「女性なのに戦ったの…?」

ジーナの話にルーサーは少し驚いていた様子だった。


「珍しい事じゃないさ。今はそうでも無いが、戦時中のノイル族の間では「一族の柱となる男性を女性が支えなければならない」という考えがまだ根強く残ってた。だから稼ぎとなる仕事なんかを女性が行う傍ら、男性は後の一族を担う子供たちを鍛え、家を守るという役割を持っていた。子供たちへの教育と家の警備が男性にとって使命だったんだ。まあ、時代の流れや他の種族の文化が流入した事によって廃れてしまったがな」


 ルーサーに対してセラムはノイル族における家庭の文化を軽く説明する。ジーナは説明をしてくれたセラムに対して礼代わりに頷くと、話を再開した。


「まあそういう事。それで私の母さんは前線で戦ってたらしいの。そしてまあ…色々あって結婚して、私が生まれた」

 ジーナはそこまで言うと、酒瓶を手に取り一口飲んだ。溜息をついていると、シモンが彼女に質問をした。


「だが待ってくれよ。そうなると本来教えるべきなのは、父親だろ?なんでお袋さんがあんたに?」

「あぁ…その、まあ…母さんは結構型破りな人だったから…あまり伝統とかにこだわらない人でさ」


 シモンからの問いにジーナはしどろもどろになりながら答えた。レイチェルとルーサーは素敵な母親だと言って会話が弾んでいた様子だった。しかし、セラムだけは何の反応をすることも無く黙ってジーナの方を見ていた。



 ―――次の日の早朝、ジーナはネスト・ムーバーから出ると頭痛のする頭を押さえながら海を眺めていた。後ろから足音が聞こえたかと思うと、それは彼女の隣で止まる。左方を見ると、フード付きのジャケットを羽織ったセラムが少し眠そうにしながら立っていた。


「今日は早いんだな」

 

 セラムは彼女に言った。二日酔いの頭痛で叩き起こされたなどと言いたくなかった彼女ははにかみながら「まあね」とだけ返した。


 会話が無いまま少し時間が経ち、どう話を切り出すべきかなどとジーナが考え始めた矢先、セラムがある一言を彼女に投げかけた。


「嘘をついただろ」


 さざ波の音しか聞こえない無言の凍り付いた空気が二人の間に存在するのをジーナは感じた。セラムは澄ました顔をしながら海を眺め続けている。


「…バレてた?」

「少なくとも俺にはバレバレだった」

ジーナからの返答にセラムはそう返した。


 また暫しの沈黙が続いたが、次はそう長く続かなかった。


「ノイル族の伝統はそう簡単に破れるほど浅いものではなかったはずだ。母親だけの手で育てるなんて事はよほどの事情が無い限りあり得ない。父親と何かあったんだろう?」

セラムは再び彼女に尋ねた。


「何かあったとしてもあなたに話す筋合いは無いわよ」


 ジーナは少し不機嫌になりながらセラムに切り返す。どこか落ち込んでいる様子でその話はこれ以上やめてくれと圧を掛けているようにも感じた。


「そうだな、野暮だった。誰しも思い出したくない事の一つや二つ抱えん込んでいるものだろう…俺もそうさ」

「え?」


 セラムからの思いもよらない告白にジーナは面食らった。だが、ネスト・ムーバーの中が妙に騒がしいの聞きつけると「この話はまた今度だ」とセラムに言われてしまい、結局騒ぎの原因を確かめに行くこととなった。


 室内ではシモンがトイレに籠りながら、嘔吐と格闘しているらしく呻き声やあまり想像したくない様な声と共に何かが便器にぶちまけられている音が聞こえた。レイチェルが付き添っているらしく、ルーサーが戻ってきた二人に起きてからずっとこんな状態なのだと伝えた。しばらくするとシモンもトイレから出てきた。そのまま洗面所で身だしなみや…口の中を整えたらしく、倦怠感が抜けてはいないものの少しスッキリしている様子であった。


「あー…頭がまだ痛い…灰皿でぶん殴られた気分ってのが少し分かったかもしれん」

「…しばらく酒は禁止ね」

頭痛を訴えるシモンにレイチェルはそう言った。


 結局以来の確認に向かったのは、その次の日だった。シモンとジーナは二人で掲示板に書かれていたという依頼の詳細を聞きに行くために、残りの三人に留守番を任せて役場に向かった。少々立派な門のある小奇麗な建物が目に入ると、それが役場なのだと分かった。しかし、妙に門前が騒がしかった。よく見ると人だかりが出来ており、その大半は労働者達であるということが分かる。門の前にいた役場の職員と思われる者達も警備員と共に彼らを落ち着かせようと必死だが、焼け石に水であった。


「ですから!我々で調査に取り掛かりますので、しばしご理解とご協力を…」

眼鏡をかけた気弱そうな職員が大きな声で彼らに叫ぶ。


「ふざけるな!もう1か月も経つんだぞ?俺達に飢え死にしろってのか!」

「そうだそうだ!元はといえば後先考えずに工場を増やしたてめえらに責任があるだろ!」


 妙に殺気立った労働者達は職員や警備員達に詰め寄っており、罵声や怒号を浴びせていた。その騒々しい光景を横目に歩いていた二人は、不意に大声で自分達を呼びながら手招きをしている人物を見つけた。自分達を呼んでいた老け顔のノイル族の男は役場の付近の路地に立っていた。


「ああ良かった、気づいてくれたか。兄さんは昨日掲示板を見てた便利屋さんだよな?もしかして手伝ってくれるのか?」

「内容次第だ。まあ、やる気はあるぜ」


 老け顔のノイル族はその答えを聞くと嬉しそうに握手を求めた。シモンもそれに応じる。


「そうか!じゃあひとまず場所を変えよう。俺はマイケル!あんた達は?」

「シモンだ。それから、こっちはジーナ」


 シモンは指をさしながら紹介をする。ジーナもまたマイケルと握手を交わし、彼に連れられてとある酒場に入って行った。


 酒場に入ると、幅広い世代の人々が飲み物を片手に資料を眺め合ったり、談笑をしたりしていた。


「悪いね、本当はちゃんと役場で話をしたかったんだが…おーい皆!便利屋が来てくれたぞ。この人達も手伝ってくれるそうだ。」


 マイケルが二人の事を紹介すると全員が歓迎するようかのように二人に注目した。二人は一番広いテーブルへと案内されると、そこに広がっている巨大な紙に気づいた。


「よく来てくれたな。しかし、ギルフォードを倒したって話は聞いていたが、まさかあんたが便利屋の仲間だったとは…」


 酒場のマスターは2人から注文を取りながら話しかけた。「すっかり有名人だな」と小声で茶化すシモンにジーナは呆れたように肩をすくめて紙に書かれている迷路のような何かを見た。


「見たところ…下水道ね。大掃除か何か?」


 シモンと二人で地図を見ながら首をかしげているとマイケルがジョッキを片手に歩いてきた。よく見ると氷とウイスキーが入っている。


「まさか!そんな事のために便利屋なんか雇わないよ!」


 マイケルはウイスキーをがぶ飲みすると豪快に一息入れた。顔色一つ変えない彼に2人は少々仰天したが、すぐに詳細を聞き出す事にした。


「じゃあ、なんだって私達が必要になっているの?」

「そこなんだよ!ところで便利屋ってのは危険な生物の退治も請け負ってくれるんだろ?」


 ジーナからの問いによくぞ聞いてくれたとマイケルは目を輝かせた。そして本題に入る前に便利屋の仕事の範疇について確認を入れてきた。


「まあ…相手によるが、金さえ出るのなら基本は引き受ける。それがどうしたんだ?」


 シモンは自身の便利屋としての基本的な方針を彼に語った。マイケルはそれを聞くとホッとしたように安堵する。


「良かった、なら都合がいいや。あんた達に頼みたかったのは他でもない…怪物退治さ!」

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