第9話 金稼ぎのアイデア

 トゥーノステシティは、バビロンでも最大規模の工業地帯を管理している街である。海岸沿いに設立している工場たちは金属を始めとした素材の加工や、それを利用した様々な製品の生産を担っており、バビロンの産業を支える重要な場所とされている事から「バビロンの背骨」という異名で知られている。近隣にある鉱山を始めとした資源の採掘地や火薬製造を行う業者が非常に多いこともあって一部の界隈ではバビロンの武器庫とまで言われているこの街だが、近年は街の劣悪な衛生環境や労働者達と自治体の対立といった問題を抱えており、新聞で取沙汰される事も多い場所になりつつある。


 そんな街にネスト・ムーバーを停めた後、車内でカレーライスを食べていたジーナ達は、通りを歩いている人々を眺めていた。労働者なのだろうか、彼らは皆灰色や緑色の作業服を身に纏っている。仲間達と馬鹿笑いしながら歩く者、気分が良くないのか仏頂面をピクリとも動かさず歩く者、寝坊でもしたのかボサボサな髪型をそのままに大急ぎで駆け抜ける者などその動きや表情は千差万別であった。


 シモンはカレーを搔き込み、牛乳を一気に飲み干すと豪快にゲップをかました。


「オイ、はしたないぞ。」

「出したくなるもんは仕方ないだろ。」


 セラムの注意に言い訳がましく答えたシモンは皿とコップを流しに運んで行った。そして戻ってくると、メモらしきものを取り出し何かを書き始める。


「えーと…ライフル用の弾薬に拳銃用…それから替えの砥石と…ああ、そうだ依頼探しだな。」 


 そう呟きながら、メモに走り書きを残していく。そうしてこの街で手に入れておきたい物のリストを書き終えると、それをズボンのポケットへと滑り込ませた。


 ちょうど他の全員も食事を終え、セラムが皿を洗っていた。スポンジを泡立てながら食器たちを綺麗にすると、それを洗い流してから水切り用のラックに置いた。


「この後はどうするんだ?」


 セラムは手を拭きながらシモンに聞く。シモンはコートを羽織りながら、彼の方を振り向いた。


「とりあえずはペーブシティで買えなかった物資を集める。それから、依頼探しだ。本格的に生活費を稼いでいくぜ。」


 シモンはそう言いながらいつもと同じように銃を用意する。気が付けばジーナ達も支度を終えており、セラムもまた急いで準備に取り掛かった。


 レイチェルがネスト・ムーバーの鍵を閉めいている間、ジーナ達は特にすることも無かったので4人で海に向かって石投げ大会をしていたが、レイチェルが戻ってくるとそれを中断した。


「バッチリ閉めたわよ。」

「今回はあなたも行くの?」

戻ってきたレイチェルにジーナは気になっていた事を尋ねてみた。


「ええ…私もちょっと用事があるしね。それに此処は監視員もいるから留守番も必要無いわ。」


 レイチェルはそう言いながら区域の入り口のプレハブを指差した。中では恰幅の良いノイル族の青年やムンハ族の老人などが数人ほど集まっておりドーナツを食べながら談笑していた。


 全員で入り口を出る時プレハブにいる監視員たちと挨拶を交わす。全員非常に愛想がよく、よほどでもない限りは大丈夫だろうと思いつつその場を後にした。

街中に張り巡らされているパイプは所々に錆があり、年季の入った雰囲気を醸し出していた。周囲を見れば工場に関連した施設からパイプが伸びていることが分かり、施設の敷地には何に使っているのかよく分からないタンクなどが佇んでいた。右を見ても左を見ても無機質かつ冷たい金属色をした建物ばかりが目に入り、おおよそ民間人には縁の無さそうな場所であった。


 交差点に差し掛かった時、シモンは立ち止まって仲間達の方へ向きなると予定について語り始めた。


「さて、とりあえずここからは別行動を取ろう。俺とセラムは依頼を探す。この辺りには顔なじみも多いしな。そんで買い物についてだが…」

セラムはポケットから先程のメモを取り出し、ジーナに渡す。


「3人で買い出しに行ってくれないか?ちょうどレイチェルもそれ絡みの用事があるしな。」

「分かったわ、雑用はこっちで終わらせとく。」

ジーナがメモをポケットに入れている間にレイチェルはシモンにそう返事をした。そのまま横断歩道を渡り、向こうへと歩き去って行くセラムとシモンを見送った3人は顔を見合わせる。ジーナはメモを確認すると、それをレイチェルに渡した。


「これを買える場所がどこかにあるの?」

「私の目的地でならまとめて買えそうね…よし、じゃあ二人ともついてきて!」


 意気揚々と歩き出すレイチェルの後をジーナとルーサーはついて行った。ルーサーはよほど珍しいのか街の建物や人々の営みを感嘆とした表情で眺めながら歩いている。


 しばらく歩くと、レイチェルに導かれるままに商店街へと入り込んだ。明かりのついていないネオンで彩られた店々には休憩中なのであろう作業着姿の人々だけでなく、スーツを着たデスクワーカーや武器を携えた物騒な風貌の者まで幅広く出入りしている。


 レイチェルはレイチェルはその商店街の端にある大きな店舗、「バレットジャンキーズ」と書かれている看板が飾られている店の扉を開いた。店内は弾丸や銃火器などを飾っている陳列棚が部屋中に設置されており、そのどれもが分厚そうなガラスに護られていた。奥の受付では豪快な髭を生やしたムンハ族の男が新聞を読んでいる。男はレイチェル達に気づいたのか、新聞を畳んで大声で呼びかけた。


「もしかしてレイチェルか!?久しぶりだな!」

「ヤッホ~、相変わらず元気そうねクロード」

レイチェルはそう言いながら受付で男と握手を交わす。


「ところでシモンとセラムの野郎は?てかあいつらは?」


 クロードはレイチェルにそう聞きながら商品を物珍しそうに見ているジーナとルーサーを見た。


「まあ、新入りってとこかな?シモンとセラムは別の用事があるからそっちに行ってる」


 レイチェルはジーナ達の説明をしつつ、自分達の近況を話せる範囲で語った。ただ、ルーサーやジーナの素性については流石に警戒しているのか偶然会って意気投合したなどと適当に誤魔化して話した。


「なるほどな、そんで食い扶持が増えたもんだから急いで金を稼がにゃならんと」

「ご名答。…って事で弾薬をちょっとまけて貰えないかな?勿論、目途が立ったらちゃんと後で返すからさ」

「美人さんの頼みとあっちゃあ断っちまったら男が廃るってもんよ!今日の所は半額で構わんぜ。いつもの…7.62ミリと9ミリで良かったか?」

「ええ、恩に着るわ。それと…いつものアレもいいかしら?そっちは定価で構わない」


 クロードはレイチェルからの頼みを一通り伺った後、のそのそと店の裏側へと消えていった。一通り店内を見終わったジーナとルーサーはそのままレイチェルの元へとやって来る。


「この店との付き合いは長いの?」

ジーナはレイチェルに尋ねた。


「ええ、近くまで来ることがあればいつもここで弾薬と素材を調達するの。品揃えも良いしね」


 そんな会話をしているとクロードが両腕に商品を抱えながら戻ってきた。彼はひとまずそれらを受付に置き、順番に確認していく。


「こいつが拳銃用、これがライフル用。それと砥石に鉛と合金と…いつもの火薬一式だな。値引きも含めて全部でざっと四十万ルゲンだ」


 クロードから値段を聞いたレイチェルはお釣りが出ないように札束を彼に渡す。荷物は勿論ジーナが持つことになった。


 クロードと軽い挨拶を再び交わして店を出ると、近くの時計塔の針が正午を指し示していた。腹の虫が騒ぎ始めたのを感じた3人は近場に合った食堂に立ち寄った。そんな時、レイチェルの持っていた無線機が着信音を鳴らし始める。レイチェルはポケットから取り出すと誰かと会話を始めた。


「…えぇ?そっか…分かった一応こっちでも探してみるわね」

「何かあったの?」

「シモン達から。後で話はするけどこっちでも金が稼げそうな仕事を探してってさ」


 店のテーブルに着きながらレイチェルは2人に説明をした。頷きながら話を聞くルーサーとは対照的にジーナはウェイターを呼ぶと、メニューから適当な物を選び注文していた。


料理が運ばれて来ると3人は食べながら、今後の予定について話し合っていく。


「とりあえず、仕事を探すとしても情報が集めないと。レイチェル、何か知らないの?」

「私もこの街にはそれほど詳しいわけじゃないからね~…、それにしても何か向こうが騒がしいわね」


 ジーナ達はフライドポテトを齧りながら店の端にある広いテーブルへ目をやった。テーブルでは大柄なノイル族の男が特大のジョッキに注がれたビールを飲んでいる。どうやら取り巻き達とのどんちゃん騒ぎの真っただ中らしく、周囲にいる客達も苦笑いや呆れたような表情をしていた。


ジーナは一瞬驚いたような顔をした後、近くにいた若いウェイターを呼びつけた。

「ねえ、あいつらは誰なの?」

「ん、お客さんもしかしてこの辺りに来るのは初めてかい?この街じゃ最近ベアナックル・ボクシングを使った賭けが流行りでね…と言ってもそれは名目上。実際の所、公には出来ない何でもありなルールさ。場合によっちゃ武器の使用まで認められてるんだぜ?そして、あの真ん中にいるデカいノイル族の男はこの街のチャンピオンってわけだ」


 ウェイターも嫌いでは無いのか、もしくは関係者なのかは分からないが得意げに解説をしてくれた。


 一瞬レイチェルは、ジーナが鼻で笑ったような素振りを見せたように感じたが、特に気にすることなく続けて質問をした。


「それで、強いの?」

「そりゃあもう!同じノイル族の連中は勿論、武器を持たせた他の種族の連中もてんでダメだったよ。あのマフィアやギャング蔓延るフォグレイズシティで磨いた腕っぷしに成す術も無かったんだ!あいつが倒されるなんて事になっちまったら挑戦者もそれに賭けた奴らも当分食うには困らねえだろうな。ま、出来ればの話だがね」


 ジーナは興奮するウェイターから話を聞き終えるとレイチェルを見た。レイチェルもジーナと目を合わせた。どうやらジーナが何を考えているのかを察したらしく、ニヤリと笑っている。一方で状況が呑み込めないルーサーは、二人を交互に見ながら戸惑いを露にした。3人はウェイターにボクシングが行われている場所を聞き出すと、代金を払い食堂を後にした。

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