VSダークスティール
片や重量、片や発勁。
共に矛であり持ち味である特性を以て地を砕き、拳で互いを穿ち合う。
ともすればそれは子供の喧嘩にも似たような殴り合い。作戦も
「は、ァ…ッ!!」
「―――」
眉間に沈む黒鉄の拳が、堅悟の頭部に留まらず後方の監獄棟の一角を粉砕するほどの衝撃を放つ。
しかし一歩も退かず、お返しとばかりに唸る剛力。腹部にあたる鉄板が数枚剥がれ落ち爛々と灯る朱き光芒が揺らぐ。
「オラどしたぁ!!」
その間隙を見逃さず連撃を叩き込む。それは本来の我流武術に通ずるものではなく、まるで流派を重んじないただのラッシュ。
打ち合いから間もなく気付いた。だからこそ堅悟はその土俵に合わせてやることを決めた。
こいつは、
「―――…!」
我武者羅に打ち込む連打をものともせず、指を手を模した鉄板の連なりが五指を揃え堅悟の胸板へ捻じ込まれる。
ドリルのような螺旋を加えた地獄突き。並の人間の肉体ならば容易にミンチに出来るであろう一撃を交差させた腕で防ぎ、それでもなお体が浮くほどの威力に飛ばされる。
沸かせるべき外野もいないリングの上で、それでもレスラーはその本意気を忘れない。
プロレスラーは攻撃を避けない。受けて受けて、受け続けて。その上で敵を叩き潰す。
舐められているとは思わない。それこそが四角い戦場の中で熱に浮かせるエンターテイナーの真髄なのだから。
どういう事情かどういう経緯か。そんなものに興味は無い。
ただ一つ、敵の矜持に乗ってやる理由があるならば。
「くくッ!」
怒りに震えるわけでもなしに頬が紅潮する。歳経た男とて胸躍るものはある。それは幾度もの死線を越えた石動堅悟とて同じ。
プロレスは、嫌いじゃない。
「はぁ!!」
箭疾歩で即座に飛ばされた距離を埋める。勁による絶招歩琺は初速から弾丸にも劣らぬ速度を叩き出す。これを用いて繰り出すは横握りの打突。
だが、これを見越していたかのように高速で迫る堅悟を迎え撃つは折り曲げられた肘の鉄。
速度をそのままカウンターの威力に乗算され、人中をクリーンヒットする渾身のアックスボンバーが炸裂。勢いそのままに地面に後頭部を打ち付けた。
「やろっ!」
揺らぐ脳と視界をものともせずに両腕を地面に押し当て、爪先を真上の鉄塊目掛けて突き出す。
顎を打ち抜いた
「ぬぉっ!?」
自らの撃力が今ばかりは恨めしい。自分の体重ごと鉄塊を空中二十メートル程まで蹴り上げて、そこからの数撃はいいように打たれた。一撃一撃が凶悪なまでに重い。ガードの上から効かされる。
さらに背面に回り込まれ手足を固められ身動きを封じられる。加えて体勢は上下逆の状態。
何をされるかは容易に想像がついた。慌てて振り払おうとするが空中では勁を生み出すことが出来ない。ぎっちりと鉄の塊に取りつかれた状態から逃れることは不可能だった。
結果的に堅悟の頭部は地上に落ちた鉄塊が生み出したクレーターの真ん中に深々と突き刺さる形となった。変則だが
上半身丸ごと地盤に埋まった敵の姿に一瞥もくれず、黒鉄はズンズンと重量を鳴らしてクレーターから離れる。
「…オイ」
メキャ、と。
今度こそ腹部の装甲が完全に砕け散った。再び眼孔の朱が揺れる。
「死ぬかと、思ったろうが」
たっぷりと勁を溜め込んだ六大開・頂肘が低い姿勢から鉄塊の胴を貫き、頭部から流れる血で真っ赤に染まる表情がゆっくりと嗤う。
刹那に解放した聖邪同体兵装の防御が間に合わなければ頭蓋から脊椎まで粉微塵になるほどの威力だった。展開した上で充分過ぎるほどのダメージを負う羽目にはなったが。
存命のカラクリを知らない鉄塊は考えることを棄て、今再びの会敵に腕を伸ばす…が、穿たれた胴が思ったように駆動しない。跳び上がる堅悟の挙動を捉えられなかった。
中空で身を捻り鉄塊の肩に両脚を絡ませ、一呼吸。肩車の体勢から一息で後方に全体重と勢いを乗せる。
数百キロに及ぶであろう超重の塊を締め上げた足で強引に引き倒し振り回す。困難なのは浮かせるまで。遠心力に任せて回転に巻き込めればあとは流れるまま。
バク宙の要領で黒鉄の鉄塊を一回転させ、先程のお返しとばかりにその頭部を固い地面に勢いよく落とした。
さっきの堅悟とは状況が違う。自身の重量と遠心力、硬化も防御の術も持たない鉄の人型は、あっけなく自重によって頭部をバラバラの鉄屑に変えた。
「は、はぁ……―――ふうっ」
絡ませた足を解いて転がりながら立ち上がる。息を整え血に塗れた黒髪を掻き上げて、ようやく堅悟は決着に安堵する。
頭部破壊により動きを停止した鉄塊を指差し、堅悟は叫ぶ。
「もうちょい、遊んでやっても……よかったけどなッ!!」
もちろん
決め手はリバース・フランケンシュタイナー。異種格闘技戦にして決定打をプロレス技で締められたのはレスラーの魂を持つ鉄塊にとって、果たして屈辱だったのか否か。
答えは地に散らばる鉄片しか知らないだろう。
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