第6話
「落ち着いた?」
マリアは俺が泣いている間、ずっと抱き締めていてくれた。そのお陰で涙が枯れるくらい俺は泣く事が出来た。
「うん…」
冷めたココアを飲み干すと、マリアが空になったコップを受け取って立ち上がった。
「ご飯作っちゃうから、待っててね」
マリアは優しく俺にそう言うと、またキッチンに向かっていった。そう言えば、マリアはどうしてこんな森の中に住んでいるんだろう。一緒に住んでいる人は居ないのだろうか。
「アル、考え込んでどうしたの?聞きたいことがあるなら、聞いていいのよ。」
途端、見透かされたようにマリアが言った。そんなに顔に出ていたなんて…
「ねぇ、マリア。マリアはここに一人で住んでるの?」
俺は躊躇なく聞いた。マリアが聞いていいと言うなら、俺も従うべきだ。マリアは何かを包丁で刻みながら、口を開いた。
「ええ、そうよ。一人なの…ちょっと事情があって……いえ、そうね、逃げてきたの。」
トントントンと、まな板と包丁が一定のリズムで合わさり、音が鳴る。
「逃げる…?」
俺は声に出して復唱する。逃げるという言葉が、まるで俺とマリアを繋ぐ糸のような感じがしたのだ。俺も村から逃げてきた。というか、出て行かされたのだが…
「ええ、逃げてきたのよ。意地悪なお母様から。」
そう言って、くすりと笑った。マリアはまな板の上に乗っている食材を鍋に入れている。
「そうなんだ…」
なんとなく、これ以上は詮索してはいけない気がして受け流す。こんなに優しいマリアにも、事情という物があるんだ。
「ねぇアル、アルはどこから来たの?」
マリアは鍋をかきまぜている。そうだ。俺はマリアになんの情報も与えていなかった。どうしよう。正直に言ってしまって良いのだろうか。でも、マリアも質問に答えてくれたし…
「言いたくないなら、言わなくていいのよ。」
マリアはこちらをみてにこりと笑った。どうしてだろう。どうしてこの人はこんなに優しくできるんだろう。
「ごめんなさい…俺は、まだ何にもわからなくて…」
悔しい。何も分からないのが、この世界で当たり前の魔法という存在が俺には何もわからないことが…何故、俺が迫害されなければいけなかったのか…
「いいのよ。思い出したくないことは、思い出さなくていいの。」
マリアは鍋をかき混ぜながら言う。その瞳にはなんの澱みもない、美しい瞳だった。
「その代わり、一緒に思い出作りましょう?」
マリアはこちらを見た。その瞳はまるで…あの時見た、教会に描かれている天使がしていた瞳のようだ。慈愛に満ちた表情。母の愛。どうして、この人はこんなに…
「ほら、カレー出来たよ。」
コトっと目の前の机に湯気のたったカレーが置かれた。
「ほんとは、もっと煮込みたかったんだけど…お腹すいてるでしょ?」
「うん…」
ご飯か、食べた記憶がないな…下手したら初めて食べるかもしれない。みんなが食べているのは見ていたけど、俺の分はもちろん用意されなかったし…
「いただきます。」
マリアは手を合わせて何かを言った。
「なにそれ?」
思わず聞いてしまう。マリアはこちらを向いてにこっと笑って、俺の両手をその白い綺麗な手で握った。そして、俺の手を合わせる。
「こうして、手をくっつけて…‘いただきます’って言うの。命を頂いている感謝の気持ちを込めてね。」
「感謝の気持ち…」
感謝って、凄くいい気持ちがする。そうか、ご飯を食べる時は、命を…
「いただきます」
俺は手を合わせて言った。そして、置かれているスプーンを掴んだ。
カレーは美味しかった。まろやかで、具材はゴロゴロとしていた。みんなが食事していた理由がわかった気がした。
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