第5話

 女の人に連れられてやってきた場所は、森の中の小屋のようなものだ。

 木でできた小屋は、どこか温かさがあった。

「ほら、入って。暖かいココアを作ってあげる」

 女の人は俺の頭を優しく撫でると、ドアを優しく開けた。

 俺はゆっくりと中に入る。同じ木の家でも、さっきのような血塗れの部屋とは正反対だ。黄色と赤のラグが敷かれたメープル色の床に、同じ色の壁。周りには火のついていない煉瓦造りの暖炉と、クリーム色のソファー。そして木でできた机がある。

「好きに寛いでね。」

 女の人はそう言うと、籠を持ったままキッチンに向かった。

 俺は自分の腰よりも少し低い位置にあるソファーに登るようにして座った。


 ソファーはふかふかしていて、柔らかい。ずっと外の硬い地面に座っていたし、ソファーに座ったのなんて、あの日以来初めてだ。ソファーはこんなにも柔らかかったのか。


 しばらくすると、女の人が白いマグカップを両手に持って戻ってきた。

「熱いから気を付けて持ってね。」

 女の人はそう言って、右手に持っている方を俺に渡してきた。俺はそれを両手で受け取ると、暖かいマグカップによって手が温められる。

「あったかい…」

 女の人はニコリと笑うと、俺の隣に腰を下ろした。ソファの左側が沈んで、少しよろめく。

「ねぇ、坊や。お名前は?」

 女の人はこちらを見て、優しく微笑む。

「アル…」

 俺は、親に付けられた名前を言った。その瞬間、先程の記憶が蘇る。何故、泣いてしまったのだろうか…あの人達が死んでも、俺には関係ない筈だったのに…

「そう、アルって言うの。私はマリア。これからよろしくね。」

 女の人…マリアは優しく俺の頭を撫でた。何故だろう。頭を撫でられると、心が温かくなって、ポカポカする。

 でも、何だか恥ずかしくて、手に持っているココアを1口飲んだ。

「おいし…」

 口の中に広がる甘さが、この人の優しさを表しているようだ。こんなに優しい人がいるなんて…

 そう考えて、ハッとした。

 この人は、俺に魔法がないことを知らない。もし、魔法が無いことを知ったら、俺を軽蔑して、追い出すんだ。

 そんなこと、耐えられない。俺にとって、俺に優しくしてくれた人はこの人以外に居ないのだから。この人に嫌われたら、俺は…

「どうしたの?」

 マリアはずっと固まっている俺に気付いたのか、首を傾げて微笑みながら聞いてくる。マリアは俺の背中に手を乗せて、優しく撫でた。その手は、安心してと言っているようで、思わず口に出てしまう。

「俺、魔法が無くて…魔法が無いってマリアが知ったら、嫌われるんじゃないかって…」

 必死にそう言うと、マリアは俺のその一言で何があったのか悟ったようで、ココアをテーブルに置くと、ギュッと俺を抱きしめた。

「アル、安心して、アルに何があっても、私がアルのことを嫌いになることなんてありえないの。」

 マリアはそのまま優しく俺のことを撫でる。

「だって、アルがここに来た時から、アルは私の家族なんだから…」

 家族…そうか、家族はこんなにも優しいものだったのか。でも、こんなに優しくされた事がないから、どう受け止めたらいいのかわからない。渡される優しさが俺には大き過ぎで、心が苦しい。目尻が熱くなる。温かい。抱き締められる力強さも、柔らかさも、暖かさも、知らなかった。

 嗚咽が漏れる。マリアに抱き締められながら、俺は泣いていた。

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