幕間 幼女魔王、お家で過ごす
「わははー! 今日も最凶のメイド、ジ・オーバー様が労働をそつなくこなすのであるー! ……って、あれ?」
いつものようにウリコの店で働いていたジ・オーバーだったが、今日は酒場のお客さんが少ないことに気が付いた。
「ウリコよ、また災害級の何かをやらかしたのであるか?」
「いきなり何てことを言うんですか。……あ~、お客が少ないってことですね。雨期ですからね」
かなり突飛な言葉に対して、横にいたウリコはエスパーの如き返しを見せていた。
ジ・オーバーとは一日中一緒にいるので、相手の言いたい事は大体わかってくるのだ。
「ほう、雨期とな?」
「そうです。雨期に入ったので、大ぶりになる前に皆さんは家に帰ってしまったんです。残っているお客さんは宿に泊まってる方だけなので、そろそろ酒場も閉める準備をしちゃいましょうか」
「は~い」
ジ・オーバーは働くことに夢中で気が付かなかったが、外はどんよりと曇ってきていて、軽い雨音が鳴り始めていた。
残っていた客もいなくなり、一階の酒場部分はジ・オーバーとウリコだけになった。
閉店の準備も終わろうとしていたそのとき――
「むむむ……雨音ではなく、二階の宿の方から音がするような。何なのであるか……」
「この上の部屋の位置だと~……勇者さんですね」
「ほほ~う、勇者の奴か。拾い食いでもして、腹痛に悶え苦しんで転がっている音かもしれぬな。どれ、その惨めな顔でも見に行ってやるのである!」
ジ・オーバーは笑顔で二階に上がった。
そこの廊下の先にある勇者の部屋をノックした。
一応、勇者と魔王という宿命の前に、客と従業員という立場があるので扉をぶち破るのは自重している。
「ん? 誰だ? 何か用があるなら勝手に入ってくれ。今、手が離せないんだ」
「お邪魔するのである~……って、お主、何をやっておるのだ!?」
「何だ、魔王か。見てわからないか?」
ジ・オーバーが部屋の中で見たモノ。
それは、薄着の勇者が物凄いスピードでスクワットを繰り返しているところだった。
風圧が発生して、残像が見えている。
身体から出る湯気と、雨期の湿気でサウナ状態だ。
宿の床がギシギシと悲鳴を上げている。
「あ、新手の宿破壊工作であるか……!?」
「なぜそうなる。外が雨だから室内で筋トレをしているんだ」
そう言うと、勇者は寝そべって腹筋運動をし始めた。
先ほどと同じように超高速で音がうるさい。
「随分とハードな筋トレなのであるな……。って、そうではなくて、もう少し静かにするのである。一階の酒場にも響いて聞こえていたのだぞ!」
「ああ、そうか。すまない、つい筋肉をいじめ抜くのに夢中になってしまった。〆は静かにプランクを1000回やったら終わりにしよう。今度、エルム殿に防音マットでも作ってもらわなければな」
勇者は苦しげながらも、汗だくの良い笑顔をしていた。
何か知らない世界を覗いてしまったようで、ジ・オーバーはソッとドアを閉めて一階へ戻った。
そこにはウリコが興味津々の表情で待っていた。
「ロリオバちゃん、どうだったー?」
「勇者の奴、汗まみれでハァハァしてた……」
「ほ、ほほぅ……? 汗まみれでハァハァ……」
「筋トレというモノはあそこまで人を変貌させるのだな」
「あ、筋トレですか! 私はてっきり――」
「てっきり?」
ウリコはしばし無言になったあと、咳払いをコホンと一つ。
「雨の日って、個性が出ますよね! お家での過ごし方!」
「何か急に話題が変わったような気がするのであるが」
「気のせいです。ちなみにロリオバちゃんは雨の日はお部屋で何をします?」
「我は~……そうであるな~。魔王城のときの過ごし方なら」
ジ・オーバーは魔王城を思い出していた。
その巨大な壁は血に塗れているかのような光沢であり、城郭には天をつくかの如き悪魔の巻き角が生え、何者をも寄せ付けない雰囲気を放っていた。
そこには大量の魔王軍のモンスターと、頂点であるジ・オーバーが――
「雨の日はバケツを持って外に出て、みんなニコニコ笑顔で雨水を確保していたのである!」
「えぇ……」
「ついでに髪と身体も洗えるシャワー! 雨の日は嬉しかったのであるな」
「そ、そういえば、極貧生活でしたね……」
魔王城に張ってある認識阻害魔法の外に行けば川もあるのだが、人間に見つからないように生活していたため、真水の入手方法が少なかったのだ。
やってくる商人から買うにしても金がない。
「あ、これは部屋ではなく、雨の中での過ごし方なのであるな……。えーっと、部屋では……ずっと造花を作って……」
「魔王が内職」
思わず突っ込んでしまった。
最近はウリコの方が奇行を突っ込まれることが多かったので新鮮だ。
「そういうウリコは、雨の日はどうしているのだ?」
「フッフッフ。では、私の雨の日の過ごし方をお見せいたしましょう!」
ジ・オーバーは嫌な予感しかしなかった。
どうせ、また頭のおかしい行動をするのだろうとしか思えない。
今までも、伝説の竜装騎士、勇者、魔王と様々な存在を振り回してきた安心の実績があるためだ。
「さぁ、こちらです」
連れてこられたのは、酒場横にある防具店部分だ。
ウリコはいつものカウンター後ろの椅子に座ると、置いてあった防具を丁寧に持ち上げた。
「そ、それをどうするのだ……!?」
「これを――」
ウリコは謎のドロドロ液体が入った瓶や、尖った針などを用意した。
その異様なモノをどうするのか。
ジ・オーバーは思わず『ひっ』と小さな悲鳴をあげる。
「――メンテします!」
「……メンテ?」
「そうです。防具は日々のお手入れが大事ですからね。お客さんから持ち込まれた子たちを新品同様にするのは勿論、今お店に飾っているのも丁寧に磨き上げます」
職人の表情になったウリコは、メンテ用の油と布で防具をピカピカに磨いていく。革の張り替えなどは針で縫い、錆はヤスリで落としたりと本格的だ。
「もうちょっと大がかりな修復などは、あとでまとめて裏手の工房で行います。店番ついでにここでやるのは、軽めの作業だけですね」
「ま、まともだ……ウリコがまとも……」
ジ・オーバーは驚愕の表情を見せていた。
勇者の部屋での過ごし方がアレだったために、ギャップでなおさらだ。
「え……普段、私ってどんなイメージなんですか?」
ジ・オーバーは『もしかしたら、我の部屋の過ごし方もアレなのでは……』と再認識をしてしまい、ショックを受けつつも無言で帰宅するのであった。
***
「我もまともな部屋の過ごし方をしてみたい! というわけでバハムート十三世よ、お主は雨の日にどう過ごすのであるか?」
「キミから話しかけてくるとは珍しいね、自称魔王」
エルムの家で寝転がっている子竜は面倒くさそうに答えた。
「これだよ、これ」
「本?」
床に置いて、竜の前足で器用にページをめくっている。
パラパラと結構なスピードで読んでいるようだ。
「読書は人間の機微を学ぶのには有効な手段だからね~」
「なるほど。我の求めていたまともな過ごし方なのである。何かオススメの本を教えてくれぬか?」
「そうだね~……」
子竜は本棚を眺めつつ、いくつか選んできた。
「この『実録! 犯人が語る完全犯罪!』は、人間社会での行動の参考になったかな。自ら手を下さず、間接的に実行するというのが良かったね」
「犯罪臭が凄いのである……」
「こっちは『神話集 ~神殺し特大号~』だよ。人間にもセンスの良いのがいて嬉しいよ~。テンポ良く古今東西で神殺しをしていて素晴らしい。神を名乗るモノは、やっぱりこうなるべきだよね~」
「趣味が闇深い……」
ジ・オーバーは、子竜の本の方向性が黒すぎるのに引いていた。
読書という線は良いと思ったのだが、その本の内容は自分には合わないと感じてしまう。
と、そこへエルムがやってきた。
「おぉ、オススメの本を紹介してるのか? だったら俺は――」
エルムは本棚の奥から、一冊の古い本を取りだした。
その本は丁寧に扱われているのか汚れはなく、表紙には竜と甲冑姿の人間が描かれている。
「タイトルは『竜装騎士と優しいドラゴン』……。俺が大好きな一冊で、竜装騎士になるキッカケでもあったんだ」
「懐かしい本だね、エルム~」
「そうだな、懐かしい。バハさんの名前もここから取ったんだよな」
どうやら二人にとって大切な本らしい。
ジ・オーバーも中身に興味が湧き、その本を読みたくなってきた。
「読書をしたいので借りていいのであるか? エルム」
「ああ、もちろん」
ジ・オーバーは部屋に持っていき、夢中で読んだ。
そこに書かれていた竜装騎士と優しいドラゴンの絆に心が温かくなり、大冒険に胸を躍らせた。
雨の日でも、本の世界で色々なことを体験できる。
読み終わる頃には、部屋の中で過ごすのも悪くないと思えていた。
それからエルムやウリコ、ショーグンや元村長などの村人たちからもオススメの本を借りてきては、何日も読みふけっていた。
そして――
「あれ、いつの間にか晴れているのであるな」
雨はいつか止む。
幼女魔王は本に栞を挟んで、また外へ出かけていくのであった。
――――――
あとがき
ちなみに私は読書以外だと、ゲーム、アニメ、映画、リングなフィットで筋トレ、トレーディングカードゲームを一人二役で遊んだりしています。
竜装騎士に☆をポチッと入れるという遊びをしてもいいんですよ……ぐへへ……。
あ、告知です。
丸智之先生によるコミカライズの単行本一巻が、5月12日発売予定です!
電子書籍もあるらしいので、お好きな方法でご購入ください。
特典などはガンガンONLINEのHPに載っていますね。
また色々話せるようになったら、追加で活動報告の方に。
それと新連載始めました!
こちらも見に来て頂けると嬉しいです!
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