幕間 竜装騎士、1001匹バレンタインデー

 二月十四日――この日のエルムの朝は早い。

 まだ日が昇らない時間に起きて、とある行事の準備を始める。


「さてと、今日は1000匹分のチョコを作るんだ。忙しくなるぞ」


「ボクも入れて1001匹分だよ、エルムぅ~」


「あはは、そうだったな」


 その行事とは、バレンタインデーである。

 この世界には存在しないのだが、バハさん経由で異界の知識としてエルムに伝わった。

 それからというもの毎年、召喚可能な竜軍団たちにチョコレートを作っているのだ。

 竜はチョコを食べられるのか? と疑問が浮かぶかもしれないが、それは平気である。

 エルムが使うカカオは『ドラステロ種』というもので、竜も人も美味しく食べられる物だ。

 南方のチョコ好き龍神から送られたもので、普通のカカオと違って栽培がしやすくなっており、ボリス村でもスクスクと育っている。


 しかし、ただカカオの樹があるだけですぐにチョコレートは作れない。

 そのため、すでにカカオの実を収穫して、発酵と乾燥を終わらせてある。


「よし、まずはカカオ豆を水で洗おう」


 エルムの家の外には、大量のカカオ豆が用意されていた。

 さすがに1001匹分ともなると、野外で作らなければスペースが足りない。

 それともう一つの理由があった。


「それじゃあ、機械水龍。水洗いを頼んだ」


「は~い」


 ――手伝いに来ていた“機械水龍”がデカすぎて、家の中に入らないからだ。

 機械水龍は、バハムート十三世との間柄も古く、竜軍団の上位に位置する一機だ。

 ブルーメタリックの身体を輝かせながら、華麗に水魔法を操ってカカオの汚れを落としていく。

 エルムがやろうとすると威力を調節できないですべて吹き飛ばしてしまうため、手伝いに来てもらっている。


「助かったよ、ありがとう」


「いや~、いいってことですよ、邪竜マスターご主人様マスター。それより、私もチョコをあげたい恋人がいるので、あとで手伝ってくださいよ」


「ああ、わかってる」


 大きく硬質な身体だが、機械水龍は乙女の心を持っていた。


「次は焙煎だな。バハさん、頼んだ」


「よし来た! ボク、頑張っちゃうよ!」


「……なんか、いつもより張り切ってるな」


 バハムート十三世は鼻息を荒くして、巨大な姿に変化した。

 機械水龍はそれを見て、自分への焼き餅だな~と察したが、言ったら殺されそうなので止めておいた。


「それじゃあ、メチャクチャ加減して、そ~っと炎のブレス~……」


 バハムート十三世は、巨大フライパンの下に向かって火を吐く。

 エルムがこれまた大きなフライ返しを使って、カラカラとカカオ豆をかき混ぜていく。


「次は余分な部分を取り除いてっと……」


 豆の焙煎が終わったら、手作業で地道に殻を剥いでいく。

 機械水龍は大きな身体を丸めて、チマチマとカカオ豆と格闘している。

 バハムート十三世が子竜に戻って作業しているのを見て、機械水龍も金髪碧眼ポニテ少女の人間形態になって作業をし始めた。

 エルムはそれを横目に、物凄い速度で作業をしていく。

 やはり、この辺りは料理の熟練度の差だろう。


「これをすり潰すと、少しチョコっぽくなってくる」


 エルムは“赤”モードにチェンジして身体能力を上げて、柱ほどもあるすりこぎ棒を持った。

 それを使って、ちょっとしたプールのようなすり鉢の中に入っているカカオ豆をすり潰していく。

 その速度は巨大フードプロセッサーのようだった。


「よし、ここからは細かく作業だ。一つ一つ、好みに合わせないとな」


「ボクはビターなのがいいな~」


「あ、私用のは甘めでお願いします」


「了解」


 すり潰してドロッとしてきたカカオを湯煎しながら、味付けを決めていく。

 バハムート十三世や、機械水龍がリクエストしてきたように、竜たちにはそれぞれ好みがある。

 標準的なものだと、ここに砂糖やココアバター入れる。

 フルーツのフレーバーなどを入れても一風変わっていいかもしれない。


「うおぉおおわ!?」


「どうした、機械水龍? そんなに驚いて?」


「お、お砂糖がすっご~~~~~い入ってますよ……」


「菓子はこんなものだ」


 ドバドバと投入される砂糖。

 機械水龍の頭に体重というパラメーターがよぎる。


「重量過多になる前に……余分なパーツ……外そうかな……」


「体重なんかが気になるのか?」


「はぁ~、エルムは乙女心が本当にわからないんだね~」


 バハムート十三世のツッコミは、朴念仁のエルムには理解できなかった。

 エルムは気にせず、丁寧にかき混ぜ続ける。


「もう少しで完成だな。ここが山場だ、テンパリング」


 テンパリングとは、チョコレートを湯煎で溶かして数回の温度調節する作業のことである。

 一見無駄に見えるが、こうすることによってチョコレートの成分が変化して、美味しい口溶けになるのだ。

 かなり繊細な作業なので、お湯は機械水龍に任せることにした。


「水のことならお任せくださいですよ!」


 基本的に高い温度から低い温度へ、そしてまた高い温度で湯煎していく。

 この温度はビター、ホワイト、ミルクなどのチョコによって適正値が変化するので注意だ。

 さすがに回数と量をこなすので、“緑”モードのエプロンの力で超高速作業をしていく。

 時間魔法を使ったりと、もう何でもありだ。


「ふぅ、1001匹と村に配る分が完成した。この周辺にはチョコが流通していないみたいだから、ウリコたちの口にも合えばいいけど」


 うずたかく積み上げられたチョコレート。

 キレイにラッピングまでしてあった。


「口に合わなかったら、ボクが全部もらっちゃう~。エルムのチョコは美味しいから、先に強奪してもいいくらい!」


「ははは、バハさんのはちゃんと用意してあるから他のを取っちゃダメだぞ」


「わーい、やったー! 一番最初にもらうー!」


 子竜は小箱を受け取ると、大事そうに抱えた。

 機嫌が良さそうに笑っている。


「食べるのが勿体ないな~。とりあえず、今日は一日飾っておこう」


「どうぞ、ご自由に。――さてと、手伝ってくれた機械水龍にはチョコを二つ……本当にこれだけでいいのか?」


 少女の姿をした機械水龍は、ブンブンと頭を上下に振って肯定した。


「わ、私、人間の食べ物を作るってやったことなくて……。大切な人間のために……この手で作れたってことが大事で……その……ありがとうございました!」


「そうか、それはよかった」


「竜が人間を好きになるって、それは大変で、それはステキなことだなって気づき始めました。まぁ、尊敬できないところが多い……えーっと、今はバハムート十三世と名乗っている邪竜様にも、少しだけ共感と好感が持てるようになりました」


 少女は竜でも機械でもない、人間らしい満面の笑みを浮かべていた。


「まったく、感情が希薄だったキミも変わったねぇ」


「人間の相棒を得て、一番変わった邪竜様には言われたくないで~す」


 誰かが誰かを愛するということは、人も竜も違わないのかもしれない。

 今日は親愛の証としてチョコレートを渡す日――バレンタインデー。

 作る方は大変だが、それなりに楽しんでいるエルムであった。




 その様子をコッソリと覗いている、一人の少女がいた。


「ククク……これは店で売り出せるかもしれませんねぇ……」


 来年のバレンタインデーに続く?



――――――


あとがき

 というわけで、今日は2月14日バレンタインデー!

 読者の皆様へチョコ代わりに届けられたのなら幸いです。


 ちなみに、バハさんが炎で協力しているのはコミカライズリスペクトです。

 ガンガンONLINEで連載中なので、そちらも読んで頂けると嬉しいです。

 もう少しあとに機械水龍さんも絵付きで登場するかも……?(現時点では本当に知らない立場)

 あ、もちろん、半分くらいが書き下ろしの書籍版一巻二巻もよろしくおねがいします!


 それとチョコ作り描写はテンポなどを重視しているので、実際に作る工程は省き気味になっています。

 特にカカオ豆から作るのは人力ではメッッッッッチャクチャ困難です。

 竜がいないご家庭はご注意ください。

(このあとがきは、なろう連載当時のものです。バレンタインデーはもう過ぎてしまってますね……! チョコの代わりに☆を頂けたら嬉しいです)

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