幕間 竜装騎士、村からいなくなる
その日、エルムがボリス村を離れた。
村人たちは寂しがったが、すぐに戻ってくる予定だ。
今日もボリス村の日常は続いていく。
ウリコの店の一階部分にある酒場。
いつものように沢山の冒険者たちで賑わい、メイド姿のジ・オーバーは給仕で大忙しだ。
「ジオちゃん、エール一杯よろしく~!」
「了解なのであるーッ!」
「あ、こっちのテーブルにもエールと、それから最近また入るようになってきた魚介類のオススメがほしい~」
「オススメ……たしかまだゲソが残っていたのであるな。それを焼いたのでよいか?」
「うん、ありがとう~」
お昼時の仕事をテキパキとこなし、ジ・オーバーは小さな身体で元気に働く。
そんな時間が続き、そろそろ昼食も兼ねた休憩時間だ。
ウリコに『休憩に入るのである~』と一言告げて、店の裏口から静かな外へと出た。
丁度、座れる高さの樽が置かれていたので、そこにピョンっと腰掛ける。
「ふ~、やれやれ。今日も盛況なのであるな~。しかし、働き過ぎはよくないとエルムに教えられた……。お昼くらいはゆっくり食べてから、また仕事に戻るのである」
どこでなにを食べるかな~と、空に浮かんでいる雲をボーッと眺めながら、珍しく気を緩めた顔で思案した。
「一度、家に帰ってエルムになにか作ってもらうとか良いのであるな~。たしか畑で野菜が収穫できるとか言ってたから、それを使って――……あっ」
ジ・オーバーはそこまで言葉に出してから、村にエルムがいないのだと気が付いた。
「ま、まぁオルガにまかないでも作ってもらうのである……。そっちも美味しいし、別に……少しくらいエルムがいなくたって……大丈夫だし……」
ションボリした表情をしてから、座っていた樽から下りて、店の厨房の方へと向かった。
ジ・オーバーが厨房でオルガのまかない料理を食べていると、人々が次から次へとエルムを探しにやってきていた。
「エルムさーん、ちょっとダンジョンで欲しい素材があって~……。あ、いないんでしたね……」
肩を落として帰っていくウリコ。
「エルムいるかー? スケルトンとの戦い方を教えてほしくて……。って、いねぇんだったな……」
不機嫌そうに引き返していくガイ。
その他にも、武器の伝承を聞きに来たマシューや、茶を誘いに来たショーグン、普段からエルムを頼りにしている村人たちが代わる代わるやってきていた。
大半はエルムが出かけることを聞いていたはずなのに、やはり村に欠かせない存在であるために、何の気なしに探してしまうのだろう。
「まったく、エルムのやつは罪深いのであるな……」
ジ・オーバーは寂しそうでもありながら、嬉しそうに笑った。
***
夜になって仕事も終わり、家に帰ってきたジ・オーバー。
本来はエルムと一緒に住んでいるので、今日はひとりぼっちである。
「普段と違って静かなのであるな……」
エルムが作り置きしておいた食事を発見して、それをモグモグと食べている。
味と量は申し分ないのだが、なぜか今日は食が進まない。
いつもなら『エルムの手料理を食べるのはボクの特権なのに~!』と子竜がやかましく言ってくるのだが、今日はそれもない。
食べ終わっても、なにか満たされないモノがあった。
周囲はしんと静まりかえり、聞こえてくるのは虫の声だけだ。
「美味しかった……けど、すごく久しぶりに一人の食事をしたのであるな……」
ジ・オーバーは幼い頃から両親の愛にも恵まれていたし、魔王軍以前もそれなりに友達もいた。
そのため、こういうのには慣れていない。
ふと寂しい気持ちになって、まだ数歳の頃を思い出してしまう。
――この異世界に召喚されてきた直後、知らない場所でひとりぼっちになっていたことを。
心細い思いで魔物の国を孤独に彷徨い、そこで初めて静かで寂しい食事をした。
そのときに思った。
「一人の食事は嫌だよ……」
記憶がフラッシュバックしていた。
魔王らしさを取り繕うための口調も剥がれ、孤独という誰もが直面する恐怖に包まれた。
とてつもなく広大な暗闇が迫ってくるような錯覚を感じる。
「エルムも……魔王軍のみんなも……どう、してるかなぁ……」
エルムの優しい微笑み、副官のいかついスマイル、海魔将軍のグニャグニャした笑顔。
楽しいことが次々と浮かんでくるのだが、逆にそれが寂しさを際立たせてゆく。
再び周りの者が、急に手の届かない場所へ行ってしまうような予感がしてしまう。
「たぶん、今日は寝られそうにないや……」
言い知れない不安が、まだ精神的に幼いジ・オーバーの目元に涙を浮かべさせた。
どんな偉い立場にあった者でも、どんなに強い力を持っていても、心の弱さだけは克服のしようもないのだ。
精神に大部分依存する上級存在なら、下手をするとこのまま消えてしまう可能性もあるだろう。
椅子の上で小さく体育座りをして、寒くないのに凍えそうになっていた。
「全然……寂しくなんて……ないよ……」
そんなジ・オーバーの消え入りそうな声だったが――
「おっじゃましまーす!!」
突然、扉をバンッと開けて無遠慮に入ってきたウリコによって遮られた。
「ふえっ!? な、なに?」
ジ・オーバーはビクッとしてから、泣きそうになっているのを見られたくないために目元を拭い、いつもの魔王っぽい口調で調子を戻した。
「う、ウリコか……いつものように突然なのであるな」
「えっへっへー、来ちゃいました! なんか、エルムさんがいないのが寂しくて!」
「な、なぜそれで我のところに来るのであるか!?」
「ロリオバちゃんもきっと寂しいかな~って……」
ウリコは、まるで母親が見せるような慈愛に満ち溢れた笑顔を見せてから、ジ・オーバーを静かに抱き締めた。
「わ、我は子どもでは……ないのだぞ……」
「うん、知ってます。だから、私も寂しいのです。それで私がそれを紛らわすために、勝手に抱き締めているだけなんです」
「……そうか。それなら仕方がないのであるな。偉大なる者として付き合ってやろう」
ジ・オーバーは、ウリコに見えないように泣いた。
ただし、それは寂しいから泣いたのではなく、嬉しいから泣いたのだ。
どこにでもいるような村娘の、誰にでもできるようなたった一つの行動。
それだけで心動かされた。
涙は止めどなく溢れてきて、ただゆっくりと時間が流れていった。
***
次の日、ジ・オーバーはいつものように酒場で仕事をしていた。
「ジオちゃ~ん、こっちにお代わり~」
「了解なのである~!」
彼女の顔は、もうすっかり普段通りの和やかで元気な表情に戻っていた。
今日も冒険者で賑わう酒場は大忙しで、猫の手も借りたいという状況が続いていた。
――と、そこへウリコが大急ぎで走ってきた。
「聞いてください! エルムさんが村に帰ってくるみたいですよっ!」
「まことか!」
「はい、一緒に迎えに……って、今はお店で手が離せないですよね……」
「う……たしかにそうなのであるな……」
ただでさえ手が足りない状態なので、ここで一番の働き者のジ・オーバーが離れるわけにはいかない。
残念そうな表情を見せながらも、エルムの出迎えを諦めようとしたのだが――
「行って来なよ、ジオちゃん!」
「おう、俺たち客はセルフでやっておくぜ!」
「お、お主ら……」
エールのジョッキを豪快に掲げたり、ニカッと歯を見せて笑う客たちがいた。
実は客たちも、前日のジ・オーバーの寂しそうな様子に気が付いていたのだ。
それに再び泣きそうになってしまうジ・オーバーなのだが、グッと堪えてお辞儀をした。
「よし、ウリコよ! エルムの出迎えに行くのであるー!」
「ふふ、行きましょうか。あ、お客さんたち。ちょろまかしたら出禁にしますからね♪ ――では、エルムさんの元へレッツゴー!」
今日も元気に、防具店の娘と元魔王のコンビは村を走るのであった。
――――――
あとがき
たぶん賢明な読者さんは、この話がどの部分の時間軸かわかってしまうのではないでしょうか!
作者的なオススメは、二巻を読み終わってから、もう一度この幕間を読むとわかりやすくていいと思います。
さて、今日は竜装騎士の二巻の発売日です!
すでに在庫がない場所もかなりあるようなので、その場合は本屋さんでお取り寄せや、ネット通販で購入などして頂けるとありがたいです(よくある定型文ではなく、本当に在庫切れで店頭に置いてあるかどうかが……)。
無事、ご購入できた方は7万字近くも大幅書き下ろしされた、エルムたちの新たな冒険楽しんでもらえると幸いです!
(このあとがきは、なろう連載当時のものです)
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