弁当七番勝負! 魔法猫組の魔剤弁当!⑤

 いつものように酒場の扉の前に立つ、僧侶エドワード。

 毎回、意表を突いてくる弁当カウンター部分だが、五回目となるとさすがに覚悟が決まっている。

 連日の弁当のおかげで精神的に余裕ができてミスがなくなり、冒険者として順調に稼ぎが大きくなってきたので、お財布的にも余裕がある。

 それに度胸も鍛えられてきたので、どんな恐ろしい人物が売り子をしていても問題はない。


「さぁ、今日はどんな弁当なんですか……!? もう拙僧は驚きませんよ!」


 エドワードはゴクリとツバを飲み込んでから、酒場の扉を開けた。

 最初に視線を向けたのは、弁当カウンター部分だ。

 そこには――


「いらっしゃいませ~。今日も日替わりダンジョン弁当を販売していますよ~」


 ブレイスと、レンが普通に弁当を手売りしていた。


「……普通」


 猫獣人が二人並ぶというのは都市部なら珍しいのだが、ここはボリス村である。

 最近はレンの双子であるコンが頻繁に酒場に来ていたのもあるし、他の住人も個性が強いので、もはや猫獣人という程度では普通なのだ。


 エドワードは内心、ほっ……としつつも、心のどこかでは残念がっていた。

 いつもの工夫を凝らした弁当や、ちょっとどこかおかしい売り子たちの刺激に慣れてしまっていたためだろうか。

 気を取り直して、弁当を買うことにした。


「お弁当を一個購入します。ええと……魔剤弁当……? 魔剤とは何ですか?」


「魔術的な効果がある薬膳料理のようなものですよ」


「魔術的……」


 ブレイスの純粋な笑顔に困惑しながらも、エドワードは色々と気になる用語を聞かされたためにもう少し質問を続けた。


「な、なるほど……。それで食材は何が使われているのですか?」


「そうですね~、分量が多いという意味でのメインはカニですね」


「ほう、カニですか! 新鮮なものは港町でしか食べられないという高級食材ですね!」


 エドワードの表情がパァッと明るくなった。

 高級海産物の中でも絶品と名高いカニを、このボリス村でも食べられるというのだ。喜ばないはずがない。

 酒場の他の冒険者たちも、興味を示したのか視線を向けてくる。


「それで、どんな味なのですか!?」


「……え? 味ですか? 知らないです、味見なんてしてないですよ。この弁当」


「んんん……?」


「あれ、ぼくなんかおかしなことを言いましたか……? ああ、そうか!」


 ブレイスは笑顔のまま、手をポンと叩いて気が付いたのジェスチャー。


「普通、弁当ってそういう味を気にする嗜好品の解釈なんですね! でも、ぼくからしたら、ちょっと違うんですよね」


「な、なにが違うんです……?」


「効率よく活動のためのエネルギーを摂取する携帯食。つまり重視されるのは、どれくらい弁当で強くなれるかというか、ということなんですよ。解釈違いってやつですね!」


「あぁ~……今日は、売り子も弁当もどっちもやばいタイプでしたか~」


 つい漏れ出したエドワードの本音に、酒場の冒険者のほとんどが頷いた。


「味見はしてませんけど、弁当の強化効果バフについては説明できますよ。どうしますか? 割とどの職業でも使えるようにしておいたので、食べてからのお楽しみというのもよさそうですけどね」


 強化効果はブレイスの専門分野なので、とても活き活きとしていた。

 冒険者たちは、それを聞いてこぞって弁当を購入しはじめたのであった。

 本来であれば強化効果のある薬は、そのほとんどが希少で手に入らないため、ブレイスが売る安価な弁当で実現されているのは奇跡に近い。

 すぐに弁当は売り切れてしまった。

 その横でレンは嬉しそうに微笑んでいる。


「ん? どうしました、レン。弁当が売れてそんなに嬉しいですか?」


「ん~ん。それもありますけど、ブレイス様が楽しそうで嬉しいんです。ブレイス様、たまに寂しそうな目をしていたから」


「なるほど。それでレンが、ぼくを励ますためにコンビとして誘ってくれたんですね」


「えへへ」


 ブレイスもニッコリと微笑み返した。


「やはりレンたちを弟子にして正解でした。きっとエルムにとっても、ぼくにとっても――大事な役割を果たすことになるでしょう」


「役割?」


「そのときがくれば、わかりますよ」


 少しだけ含みのあるブレイスの声音に、レンは首を傾げた。




***




 エドワードと、シャルマが所属するパーティーはダンジョンの五階層目までやってきていた。

 さすがにここまでくると雑魚モンスターも手強くなってきている。

 モンスターがやってこない中間地点で、いつものように食事休憩に入った。


「ふぅ……この階層から出てきた巨大蜘蛛のモンスター、手強いですね……」


「そうか? 余は他の雑魚と変わらぬと思うが……」


 シャルマは腰を下ろしながら、いつも崩さない険しい表情で弁当の包みを開け始め、エドワードも同じように弁当を取り出しながら溜め息を吐いた。


「シャルマさん以外のパーティーメンバーの攻撃、当たり所が悪ければ結構弾かれてますよ。吐いてくる糸は後衛まで届きますし……」


「ほう、お前はよく観察しているのだな」


「まぁ、後衛ですから……。しかし、巨大蜘蛛というのは見てるだけで鳥肌が立ちますね。毛がびっしり生えていて気色が悪い。ここのダンジョンは特殊で、倒した直後に消えてしまって確認できませんが、きっと硬い外骨格に包まれた中身もおぞましいのでしょう……」


 エドワードはゲンナリとした様子でまくし立てる。

 一般的な感覚としては、やはり巨大な虫というのは嫌悪感があるのだろう。

 普通の小さいサイズの虫ならまだしも、それを何十倍も大きくした虫モンスターは嫌われ者だ。


「おっと、せっかくのカニ弁当を前に、思い出すだけで嫌になる巨大蜘蛛の話題は無粋でしたね! カニですよ、カニ! どんな味がするのか楽しみですよ~!」


「クク……、エドワード。初めて出会ったときより、随分と明るくなったな」


「ダンジョンにはあまり良い思い出がなかったのですが、楽しいダンジョン弁当と、それに――素晴らしい冒険者たちに出会えましたからね」


「そうか、ボリス村の酒場で馬が合う冒険者と出会ったか」


「それもありますが今、拙僧の目の前にいる冒険者がキッカケを与えてくれたのです。さぁ、今日のお弁当を食べましょうか!」


 エドワードは恥ずかしげもなく、そんなことを言いながら弁当のフタをカパッと開けた。

 シャルマも少しだけ口角を上げたあと、弁当のフタを開ける。


「ほう……これ……は?」


「ご飯のようなものと、葉っぱと、それに赤と白の身はカニでしょうか……」


 入っていたのは形容しがたい、白い煮こごりのようなものになっているご飯。

 続いて、葉っぱ。

 それと、カニといえばカニのようなモノ。


「前回の東の国弁当と比べると……何か個性的ですね……」


「ふっ、あれほど外見だけで判断するなという教訓を得たであろう? 食べてみなければわからぬぞ。どれ、余が一番槍でパクッとな」


「あ、ご飯っぽいものをいきましたね。では、拙僧は葉っぱを……パクッと」


 食べた直後、二人は数秒間固まった。


「「う……」」


 目をカッと見開き言葉を発する。


「「美味くないぞー!!」」


 眉間に深いシワを寄せて、表情で不味さを表現していた。


「ここは意外にも『美味い!』というパターンかと思いましたが、これは素直に草です。いえ、葉っぱです。本当にただの味のしない葉っぱです」


「こちらはご飯だが、変な臭いが強いし、食感も最悪だ。あとは薬のような味もする」


 あまりのメシマズに食べる手は止まってしまったのだが、まだメインのカニのような物体が残っている。

 エドワードは何とか自分を奮い立たせる。


「でも、きっとカニなら美味しいはずですよ! カニですよ、カニ!」


「……よく見ると、余が知ってるカニと若干違うような」


「きっと珍しいカニなんですよ! ……ではパクッと」


 エドワードが食べたそれ――巨大蜘蛛の身は、食感、味ともにカニそのものだった。

 実は巨大蜘蛛モンスターは、巨大カニモンスターの親戚なので、中身はそんなに変わらないのだ。

 外見からして食べる人間がいないだけで。


「ん、これはいけますね。旨みが濃厚です。でも、ちょっと塩をかけたくなりますね」


「そうか、美味いか。よし、余のもやろう」


「え!? 本当にいいんですか!?」


「ああ、何か嫌な予感が……ではなくて、日頃の労いだ」


「やったー! ありがとうございます!」


 エドワードは触媒用の粗塩を取りだして、自ら味付けをしながら魔剤弁当をバクバクと勢いよく食べ終えた。

 すると――


「ぬおぅ!? なにやら身体の底から力が沸いてきました。拙僧、身体が軽い! 魔力が高まっている!」


 急に立ち上がり興奮した様子のエドワードを見て、シャルマが面白そうに分析をする。


「なるほど、これが魔剤弁当の真の力か。余が思うに……、前衛で戦えるくらいには強化されているな」


「いやいや、そんな冗談を……身体も鍛えていない僧侶の拙僧が前衛なんて……」


「なに、死んだら蘇生代くらいは出してやろう。早速、試すぞ」


「ちょ、本気ですか!?」


 シャルマはエドワードの手を引っ張り、休憩地点からモンスターのいるエリアへと移動した。

 そこには獲物を待ちわびていた巨大蜘蛛がいて、エドワードと目が合ってしまう。


「た、戦うにしても、どうやって!?」


「見たところ、表皮に硬質化の効果がかかっている。それに増強された魔力で筋力強化すれば徒手空拳で撃破できるだろう」


「それって、素手で殴って巨大蜘蛛を倒せということですか!?」


「その通りだ」


 シャルマに背中を押されて、エドワードは巨大蜘蛛の前に押し出された。

 そんな無茶な、と思いつつも、勢い的にやるしかないと覚悟を決めた。


「わ、わかりましたよ! 何か身体の底から熱くなってきて、なんでもやれそうな気がします! うおりゃーッ!!」


 エドワードは魔力で拳を強化して、金属のような硬度を得た。

 それを巨大蜘蛛に目掛けて一直線に叩き付ける。

 巨大蜘蛛は足でガードするも、エドワードの拳が鉄球のような豪快なパワーのために耐えきれない。


「ピギィッ!?」


 巨大蜘蛛はそのプリプリの身が詰まった足をへし折られながら、壁まで吹き飛ばされて、消滅して魔力へと還っていった。


「す、すごい……これが魔剤弁当の力……。これなら毎日食べたいです。酒場に戻ったら最高評価点をつけますよ!」


「なるほど。余にはあまり効果がないかもしれぬが、誰でもそれなりに強化してくれる薬剤が混入していたのか。これを作ったのは天才だな、余の近衛隊にも導入したいところだ。……もっとも副作用がなければの話だが」


 エドワードはシャルマの分析に感心しながらも、一つの言葉が引っかかった。


「副作用?」


「これだけ便利で強力な薬剤が、副作用なしで作れるはずがないだろう」


「あはは……そんなまさかー……」


 本日のボリス村ダンジョンは、冒険者たちが超強化されて無双状態だった。

 しかし、その夜に全員が副作用である地獄の筋肉痛に苦しんだ。

 そして、ブレイスが悪びれないでカニの正体を明かしてしまい、精神的にも苦しんだのであった。

 美味い弁当は歓迎だが、上手い話には気を付けようと教訓を得た。




 魔法猫組。

 魔剤弁当。

 販売222BP。

 評価1010BP。

 ――合計1232BP。


 味や素材もひどいが、冒険者たちが喉から手が出るほどに欲しい強化効果がある弁当。

 口コミで情報が広がり、これも前回と同じくほぼ全員の冒険者が買い求めた。

 副作用などを加味しても、その強化効果が凄まじいために、評価点の高いものとなった。

 これは弁当ではなく、良薬口に苦しという薬剤基準で考えれば正しいのかもしれない。


***


 現在の順位。

 一位――魔法猫組、魔剤弁当。1232BP。

 二位――爺孫組、東の国弁当。1121BP。

 三位――魔王軍組、魔王の弁当。551BP。

 四位――元冒険者組、三位一体弁当。163BP。

 五位――強制カップル組、最高級バハムート十三世弁当。149BP。

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