弁当七番勝負! 強制カップル組の最高級バハムート十三世弁当!③

 冒険者エドワードは、またいつものように酒場の扉の前に立っていた。

 しかし、さすがに三日目なので慣れてきている。

 既にウリコの店の従業員たちは大体知ってるし、滞在している百人程度の冒険者とも、全員とまではいかないが徐々に顔を覚え、覚えられたりしている関係だ。


「……そういえば、噂では勇者様がいらっしゃるとか。是非、とも会ってみたいですね」


 古くから伝説に語られる勇者。

 凜々しく、たくましく、賢く、絶対的なリーダーシップで人類を導く存在。

 きっと、この村にいるという現代の勇者も、全てを併せ持つ森の賢人ゴリラのような頑健な肉体を持った男性なのだろう。


「拙僧はヒーラーですが、男なら憧れてしまいますね。筋肉」


 エドワードはまだ見ぬ勇者に思いを馳せながら、酒場の扉を開いた。


「い、いらっひゃいませぇ~……」


 今日も弁当販売しているようなのだが、突然カウンターから気の抜けてしまうような女性の声が聞こえてきた。

 視線を向けるとそこには、フリフリのメイド服。

 十八歳くらいの少女だろうか。

 薄く紅をさす程度のナチュラルメイクをしていて、大きなリボンを髪に巻いている。

 顔を真っ赤にして、震えながら無理やりに笑顔を作っていた。


「……可憐だ」


 エドワードは、少女に目を奪われた。

 黄金の林檎のように輝くブロンドの髪、聖母のように美しく整った顔、均整の取れたしなやかな身体。

 過度な欲を抑えている僧侶ですら、男性なら間違いなく魅了されてしまう。

 実際にカウンターの周りには、男性冒険者が遠巻きながら眺めていた。

 誰も少女を見たことが無いので、距離感を掴みかねているのだ。

 だが、エドワードは村に来たばかり。

 全員が初めての人間に近いので、高鳴る胸の鼓動に踊らされるのも抵抗はない。


「あの、お嬢さん。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


「いったー! 新人エドワードの野郎、行きやがったー!」


 周りの冒険者たちは歯がみするも、謎の少女の名前を知りたいので静かに耳を傾ける。


「わ、わたしですか……?」


「はい、美しい貴女です」


「う、美し……。えと、あの……アリシア……です……」


 少女――アリシアは、火照る頬を抑えるように両手で半分隠しながら、小動物のように上目遣い。

 その仕草一つで、酒場の男性客はハートを射貫かれた。

 アリシアは躊躇した仕草を見せた後に、意を決したように言葉を発する。


「あ、あの! お弁当を買って頂けると嬉しいのですが……! (バハ殿へ)愛情を込めて、(バハ殿のために)一生懸命作ったものなんです……!」


「はい、アリシアさんのお売りしている物なら、是非!」


「お、俺も俺も!」


「もちろん買うに決まってらぁ!」


 美しい少女の愛情入り手作り弁当と聞いて、男性冒険者たちは血管が切れそうなくらいのテンションの高まりを見せていた。

 それを見たアリシアはホッとした表情で、例の黒い箱を取りだした。

 中身は見たことの無いような宮廷料理と、ケチャップで可愛い竜が描かれたオムライス。


「こちらが“最高級バハムート十三世弁当”となっております。それで、お値段はこちらです」


 弾けるような笑顔のアリシア。

 少女の手のひらで指し示された先――張り紙に値段が書いてあった。


「な……なぁっ!?」


 その超高級なお値段に、冒険者達の目が飛び出た。

 普通に性能の良い装備一式が買えるくらいである。

 冒険者たちの心に“美人局のボッタクリ”という言葉が浮かびまくった。

 だが、実際はブラックミスリルと、詰められている宮廷料理を考えれば原価以下である。


「うぅ……手持ちが足りない……」


 悲しいかな、少女の気を引くために弁当を買おうとしても、懐具合で手が出せない者が多い。

 装備を質に入れて購入した者も笑顔を引きつらせて、高額品を買ったとき特有の動悸、息切れ、喉の渇き、手脚の震えが止まらない状態異常を患った。


「拙僧も……手持ちが足りない……」


 エドワードは、もちろん購入できない側だった。

 ここでアリシアの手料理が食べたくても食べられない敗北者。


「拙僧は……またもや敗北者となるのか……」


 そのとき、酒場の扉が勢いよく開かれた。

 そこにいたのは金髪碧眼の剣士シャルマ。

 鋭い笑みを浮かべて、カウンターへと歩いてきた。


「貴様が敗北者? 今の言葉は取り消せ、エドワード」


 シャルマは革袋の中に手をやり、一掴みの金貨をカウンターに置いた。


「余とコイツで弁当を二つだ」


「シャルマさん、いいのですか……?」


「フッ、どうせまた同じパーティーになるのだろう。貴様と弁当を語り合うのも楽しいのでな」


 シャルマの施しに、パァッと表情を輝かせるエドワード。

 その二人の友情のやり取りとは対照的に、アリシアは思考停止でフリーズしていた。


「お、お、お、お……」


「どうした、我が妹よ?」


「ォお兄様~ッ!? 何でここにいらっシャルマですか!?」


「妹よ、混ざっているぞ」


「ひぅぅ……」


 アリシアは我に返って、強調された胸元部分と、フリルのスカートから生えている太股を手で必死に隠した。

 そのうち隠しきれないと気が付いて、頭から蒸気を出しながら、しゃがんでプルプルと震える置物のようになった。

 素性は隠していても、御皇妹の恥じらう仕草は民草の心を奪った。

 結果、謎の少女アリシアのファンクラブが発足した。




 ――ダンジョン三層。

 今日もエドワードのパーティーは迷宮探索を続けていた。

 お弁当タイムが待ち遠しい。


「そういえば……シャルマさんって、アリシアさんとご兄妹なのですか?」


「ああ、さすがの余でも見違えたがな」


 エドワードは弁当が楽しみすぎて、落とさないように大事に懐にしまいながら歩く。

 その先を前衛のシャルマが警戒しながら進む。


「アリシアさんは、昔はどんな方でしたか? さぞ、おしとやかで、まるで小鳥のような――」


「そうだな……ひいき目に見ても、ゴリラのような行動をする可愛い妹だった」


「ご、ゴリラ……」


 アリシアは勇者になるために、色々と無茶な修行や討伐依頼を繰り返していた。

 モンスター複数を相手にして途中で剣が折れたら、そこらへんに落ちている物を投げる。動物の糞でも投げる。

 丸太があれば振り回して、相手をミンチにするまで打ち付ける。

 そのままモンスターの砦の門を、破城槌のように丸太アタックして壊滅させるというエピソードもあった。

 どんな相手でも殴り続ければ殺せる。

 そのような脳筋思考だったから、眉唾にも等しかったボリス村のダンジョンにも足を踏み入れたのだ。

 もっとも、ボリス村で兄以外の格上の相手を知ってしまったために、最近は自重をしている。


「ほ、ほほぅ……」


「ククク……それがあのようなヒラヒラした格好をしていた。アリシアを変えたボリス村、やはり面白い所だ」


「そうですね、ここは面白い村です。様々な場所を見てきましたが、とても個性豊かな人が多くて楽しいです。ああ、このお弁当も待ち遠しい」


「フッ。ご馳走を目の前にしている時が一番スキだらけになる。気を抜くなよ」


「はは、食べる前にモンスターに殺されるなんてオチだけはゴメンですね。けど、三層が攻略情報通りなら、前衛には無敵のシャルマさんがいるので、後衛にいる拙僧は安全ですよ」


 現在進んでいる三層は一本道なので、後方に位置するヒーラーが警戒する必要もなく、負担が少ない。

 こういうマップ把握も、エルムの攻略情報が役に立っている。


「余の友の情報に間違いはないと思うが、何か嫌な予感がする」


「拙僧が危険になるとしたら、誰もいるはずのない後ろに――」


 エドワードは何の気なしに、後ろを振り返った。

 血の気が引いた。

 ――いた。


「え……?」


 そこにモンスターがいたのだ。

 三層の情報には載っていない、巨大なゴブリンチャンプが息の掛かる距離に立っていた。

 手にはショートソード。

 呆然としているエドワードの心臓の位置に刃が埋まっていた。


「あ、あれ……? なん……で……?」


「エドワード!!」


 異変に気が付いたシャルマはふり返りざまに斬鉄剣を投げ放つ。

 ゴブリンチャンプの頭部を竹のように割いた。

 痙攣しながら倒れる巨体。


「大丈夫かエドワード!? クソッ、ショートソードに血がベットリと……」


 心臓の位置に刃が突き刺されば、間違いなく助からないだろう。

 横たわるエドワードも観念して、静かに目をつぶる。


「すみません、やっぱりシャルマさんの勘が正しかったですね……。ああ、もう痛みも感じない……死ぬ前にアリシアさんのお弁当食べたかったなぁ……」


「エドワード、おい、エドワード! しっかりしろ! 余より先に逝く名誉など許さんぞ! 共に弁当を食すのだろう!?」


「……食べたかったですね、せっかく奢ってもらいましたし。でも、もう身体が動かない……――って、あれ? 痛みを感じないというか、痛くないし、それに普通に動けますよ。これは拙僧、アンデッドにでもなったのですかな?」


 スクッと立ち上がるエドワード。

 シャルマはそれを呆然と見つめる。


「……そういえば、血の臭いがしないな。トマトの匂いだ……」


 シャルマは落ちていたショートソードに付いていた赤い液体をペロリ。


「モンスターの剣って汚くないですか?」


「舐めた後に言うな。……これはケチャップだな」


 エドワードの胸の位置には、大事に持っていた黒い弁当箱があった。

 どうやら奇跡的にブラックミスリルが、ゴブリンチャンプの強烈な刺突を防いだらしい。

 この薄さで半分貫通していたので、普通のミスリル板だったら心臓まで達していただろう。


「ククク……。ブラックミスリルをこんな事に使う妹が心配だったが、どうやら幸運の女神というやつになったか」


「はい、アリシアさんは命の恩人ですね。まぁ、ダンジョン内では蘇生ができるので、そこまで心配する事では無いのですが」


「……そういえば、そうであったな。ダンジョン探索の経験が浅いため失念していた」


「いや~、拙僧もついつい、シャルマさんの必死さに釣られてしまって~。意外と厳しそうな見た目と違って人情家ですよね、ハハハ」


「ハハハ……本当に殺してやろうか?」


「ヒエッ」


 二人は和やかな会話をした後に、どうしてこの階層にいないはずのモンスターが、しかも一本道の後ろから来るのかという事を考えていた。


「よく見ると、下方向に穴が空いていますね」


「攻略情報によると、そんなものはなかったはずだ。……最近空いた穴か」


「となると……。いや、まさか、そんなはずはない……」


 エドワードは何か知っているのか困惑気味だったが、空いていた穴はダンジョンの不思議な力で塞がっていった。


 ――気を取り直してその後、弁当を食べようとしたら中でケチャップが散乱していた。

 可愛く描かれていたはずの子竜は、まるで血まみれのドラゴンゾンビの様な邪悪さを醸し出していた。

 見た目はともかく、宮廷料理の味に慣れ親しんでいたシャルマは10BP、エドワードは8BPを投票しておいた。




 強制カップル組。

 最高級バハムート十三世弁当。

 販売28BP。

 評価121BP。

 ――合計149BP。


 評価点と防御力は高かったが、価格も高すぎて販売点が最低を記録。購入した者は、のちに伝説のファン14人衆と呼ばれるようになった。

 暫定最下位。

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