弁当七番勝負! 爺孫組の東の国弁当!①
それは四日前の勝負開始まで遡る――
組み分けが発表され、熱気に包まれる酒場。
「よし、おじいちゃん! さっそく作ろうぜ! 特別にすげぇ弁当を!」
「ん、むぅ……」
張り切るコンと、なぜか言葉を濁しだしたショーグン。
そのテーブルにエルムがやってきた。
「あれ、どうしたんだショーグン? さっきまで合戦場で切り結ぶ鬼武者のような表情だったのに」
「小僧か……。少し考え事をな……。しかし、丁度良いところにきた。一つ頼まれてくれんか?」
「俺にか? 他の参加者の面倒を見ているタイミングと被らないのならいいけど……」
エルムは首を傾げながらも、ショーグンの頼みを聞いたのであった。
* * * * * * * *
次の日――
エルムはコンを連れて、酒場にやってきていた。
外見の年齢差から二人は親子か、年の離れた兄弟のようにも見えた。
エルムは酒場の端の方の席に座り、コンに視線を向けた。
「えーっと、コン。ショーグンからの頼みが――」
「おじいちゃんからの頼み?」
「……いや、修行と言った方が燃えるよな。そう、修行だ!」
「修行!」
コンは、その男子特有の魅力溢れるキーワードで目をキラキラと輝かせ、猫の耳と尻尾を動かしていた。
エルムも子どもの頃はそうだったため、少し懐かしい気持ちになった。
「それで修行内容は、この酒場にいる冒険者のリサーチだ」
「リサーチ……?」
「ほら、あれだ。弁当を食べるのは冒険者だろう? まず勝利のために敵……じゃなくて相手を知るのは兵法の初歩だ。相手を知って、売れる弁当を狙って作る」
「なるほど! おじいちゃんの修行、考えられてるな!」
うんうんと頷いて納得したコン。
エルムは、言うことを聞いてくれたかとホッとした。
「任せろよ! エルムやおじいちゃん、ブレイス様みたいな特別な存在ならともかく、フツーの冒険者の奴らなんて、ちょちょいのちょいだぜ!」
「あー……、うん。がんばれよ」
コンの悪びれることのない純粋で横柄な態度に、エルムは修行の目的などを色々と察したのであった。
ここからのエルムは直接の手出しを控えて、なるべくコンの意思に任せる方針だ。
行き詰まったときに少しアドバイスはするかもしれない程度。
……その程度で済んで欲しいとエルムは願った。
「エルム、なに不安そうな顔をしてるんだよ。コンなら大丈夫だって!」
「あ、ああ……そうだな、コン」
たぶんショーグン本人がこの役をやらなかったのは、孫可愛がりで過保護になってしまうからだろう。
危うくエルムまで心配しすぎて過保護になってしまうところだった。
いくらコンでも、早々にトラブルを起こせはしないはずだ。
エルムは安心して見守りながら、自身の魔法の修行――体内での極大炎氷対消滅を実行することにした。
外から見てもわからないが、最近ずっと続けているのだ。
また少しずつ魔法のコントロールが上手くなってきている。
コンはというと、三人の冒険者が座るテーブルにスタスタと近付き、立ち止まってふんぞり返っていた。
「よう、うだつの上がらない冒険者ども! 弱そうなお前らに、このコンが話しかけてやったぞ!」
「は?」
その突拍子もない開口一番の言葉に、エルムは対消滅の修行を失敗しそうになるも、焦りながら集中力を持ち直した。
体内からの爆死は免れた。
「あぁん? なんだこのお子様は?」
三人の冒険者は当たり前の反応をした。
ここだけ切り取るとガラの悪い悪党の台詞だが、すでに失礼なことをコンに言われた後である。特に冒険者たちは悪くない。
「ん? だから、コンはコンだぞ?」
「い、いや……名前じゃなく……。それでいきなりケンカを売ってくるような話し方で、どうしたんだボウズ?」
冒険者たちはこめかみをピクピクさせるも、比較的大人の対応をしている。
それを見守るエルムは胸をなで下ろしていた。
もし、冒険者たちが逆上して手を上げていたら、コンが悪くても仲裁に入らなければならなかった。
そうなったら冒険者たちへのリサーチどころではない。
あとはコンが素直に理由を話して、意外と心が広そうな冒険者たちが協力をしてくれれば問題ない。
「はぁ? コンに向かってボウズとか!? 弱っちい冒険者風情が! もう怒ったぞ!」
「……え?」
それ以前の問題だった。
突然のコンの逆上に、周囲は“なぜそうなる”という表情。
エルムだけは、なぜ母親のアビシニがお手上げでボリス村に送り出したのか察した。
問題児のコンは自分より強い者への敬意は払うらしいが、逆に弱い者への沸点が異常に低い。
そもそも冒険者が弱いかはわからないが、コンは横にあった椅子を持ち上げて、冒険者たちに豪快に叩き付けようとしていた。
十歳の割にかなりの力らしく、そのまま叩き付けたら椅子とともに冒険者たちの骨の一本くらいはヒビが入るかもしれない。
エルムはため息を吐いて、対消滅の修行を中断。
小指の先程度の氷弾を魔法で作り、それをコンが持ち上げている椅子に打ち込んだ。
「なっ!?」
小気味良い破壊音。
椅子が木片となって砕け散り、辺りに落下した。
エルムの氷弾が早すぎて誰も視認できなかったのか、冒険者たちとコンは呆然としていた。
「や、やるじゃないか。冒険者風情と思っていたけど……どうやって椅子をバラバラにしたんだよ? そうか、目に見えない攻撃なんだな……!?」
コンは何かを勘違いして、冒険者の誰かがやったのだと思ったらしい。
冒険者たちの方も意味がわからず、とりあえずコンを押さえ付けて地面に押し倒した。
コンが怪力を発揮して暴れるために、大のオトナが三人がかりだ。
それでもギリギリ抑えている。
「ったく、何なんだよ。コン……だっけか? この酒場で荒事は御法度だ。ウリコの嬢ちゃんや、ジ・オーバーちゃんに見つかったら叩き出される……」
「ジ・オーバーだって!? それは……マズイかも……。わかった、もう暴れないよ」
コンは魔王の名前を聞いて、すぐに冷静さを取り戻した。
子どもは、おとぎ話の存在に弱い。
冒険者たちも大人しくなったコンの拘束を解いた。
「それで、オレたち冒険者に聞きたいことがあるんじゃないのか?」
「うん! 実は――」
「じ、実は……?」
冒険者たちからすれば、いきなりケンカを売ってきて椅子で攻撃してきたヤンチャすぎる猫獣人の子ども。
実は――と切り出され、何かやむにやまれぬ事情があるのではゴクリとツバを飲み込み、緊張してしまう。
「好きなものをコンに教えてくれ!」
「……は? 好きなもの?」
「そう、好きなものだ!」
「そ、そんなことを聞くためにあんな……おま……」
冒険者たちは怪訝な顔をして、顔を見合わせた。
コンの行動が何もかも唐突すぎたためだ。
しかし、子どもなんて行動は突拍子もないものだ、と観念した一人が答え始めた。
実はかなり人のいい冒険者たちらしい。
「好きなものって言えばアレだな。みんな大好き、お金だ」
「えー、違う! 好きは好きでも食べ物だよ!」
指でワッカを作って金のジェスチャーをする冒険者に対して、コンはブーたれた。
「食べ物か。それなら……肉、かなぁ?」
「肉! わかった、肉だな!」
答えを聞いたコンは満足して、お礼も言わずにエルムの元へ戻ってきた。
ドヤ顔で報告する。
「エルム! コンたちは肉のお弁当を作れば大勝利だぞ!」
「コン。とりあえず、冒険者さんにお礼を言ってきなさい」
「はーい!」
コンは再び冒険者たちのテーブルに向かい、警戒される中でお辞儀をぺこり。
すぐにまたエルムの元に戻ってきた。
「よし、偉いぞ」
「えへへ、エルムに褒められた! これで修行は終了だろう?」
「んー、大好物だけの一品弁当か。それはどうなんだろうなぁ」
コンが冒険者と話せたことは成長と呼べるのだが、それで得た答えがリサーチの最善手とは言えない。
一品だけの弁当というのは扱いが難しい。
エルムはそれを、子どもにもわかるように伝えなければならない。
「えー、まだ何かあるのかよー?」
「たとえば、コンは母親――アビシニに大好物を作ってもらえたら嬉しいか?」
「もちろん嬉しい! ママの人参料理大好き!」
「それじゃあ、アビシニがコンのことをたくさん考えて、人参料理以外を作ってくれたらどうだ?」
「それもすっごくすっごく嬉しい! ……あ、わかった! つまり、冒険者たちにも、そういう大好物だけじゃないお弁当を、たくさん考えて作ってあげればいいんだね!」
「そんなところかな。でも、それにはもうちょっと相手をリサーチしなきゃいけない」
「さすが修行……奥が深いぞ!」
* * * * * * * *
それから二日間、コンは酒場で冒険者とひたすら話す事にした。
まずは相手の顔と名前を覚えた。
「よう、勇猛なるヴィル!」
「おう、よく来たなコン」
「よう、膝に矢の刺さったオットー!」
「こんにちは、コン」
「よう、後悔ばかりのエドワード!」
「あはは……そのあだ名はどうかと思いますが……」
冒険者の顔と名前を覚えたら、相手もコンのことを覚えてくれていた。
それからお互いに、村に来るまでのことを話したりした。
ヴィルは小さい頃から、勇猛果敢で様々なことに挑戦するが高確率で失敗している。
オットーは三兄弟で、お家騒動の最中に膝に矢を受けてそのまま一年間を過ごした。
エドワードは法国出身の僧侶で、どこか貴族のような立ち振る舞い。
コンから見たらどこにでもいる冒険者という認識だったが、少しずつ人間としての特色が見えてきた。
特に普通の冒険者と違って、わざわざ辺境の村に興味を持ってやってきたためか、知り合いになると誰も彼もが個性的だ。
「ヴィルは故郷で、いつもどんな物を食べてたんだ?」
「俺か? 俺は……お袋がいっつもジャガイモを煮たやつを出していたな。これがもう毎日飽きちまうくらいでな。味もそんなに美味くないんだ」
「ジャガイモか~。もう食べたくないの?」
「いや、何でだろうな。そんなに美味い記憶はないんだが、ふと食べたくなるときがある。不思議だよな」
優しい目をするヴィルの横で、オットーも同意した。
「そうだな。オレも遠く離れた国出身だけど、今でもかーちゃんが作ってくれた塩だけの握り飯が懐かしい」
「そういうものか~。エドワードはどうなの? 法国で何を食べていたの?」
コンから話を振られたエドワードは、昔の事を思い出した。
「そうですね。法国で懐かしい料理といえば、母の故郷の小さな村で食べた、根菜の煮物ですかね。とても質素でしたが、二度と食べる事のできない懐かしい味です」
「二度と食べる事のできない?」
「ダンジョンの壁をやぶって出てきたモンスターが村を襲ったのです。法国騎士団の総力をあげて早急に倒したのですが、漏れ出たダンジョンの魔力によって村は人が住めない土地になりました」
「ご、ごめん……何か聞いちゃいけないことだったかも……」
「いえ、いいんですよ。様々なモノを失いましたが、人の命だけは無事でしたから。それにしても拙僧、コンが謝るところを初めて見ましたよ」
「そ、そうだっけ?」
「名前や顔を覚え、ようやく拙僧たち冒険者を人間として見てくれるようになったということですかな。ハハハ」
その言葉にコンは気が付いた。
小さな頃から人の目を気にして、それをキッカケに特別な存在になろうとしていたはずなのに、いつの間にか自分たちが相手を見下す眼になっていたことを。
まだ何か大事なことに気づけそうなのだが、同時にまた何かモヤッとしたものが胸に引っかかる。
自分はこのままでいいのか――という思いが湧き上がってくる。
「ヴィル、オットー、エドワード、それに冒険者のみんな……。コンは、お前らのために美味しいお弁当を――絶対に作ってやるぞ!」
それを見守っていたエルムは、もう大丈夫だなと優しい笑みを見せた。
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