弁当七番勝負! 強制カップル組の最高級バハムート十三世弁当!①

「あの魔王の弁当、確かに対象への強い信仰が込められていたのは認めよう。……しかし、このわたしの愛にはかなうまい!」


「いや、キミの愛はどうでもいいんだけど、なんでこんなところまで来ちゃってるの……? というか、ここどこ……?」


 勇者と子竜の強制カップル組がやってきたのは、村の外――さらには帝国領土を離れた“法国”の鉱山ダンジョン前だった。


 荒れ果てた地形に、ポツンと寂しげに鉱山の入り口が見える。

 どうやって移動してきたかというと、勇者が指示して、バハムート十三世の背中に乗って飛んできたのだ。


「わたしが作る弁当は、バハ殿への愛を形にしたもの。他の組が使ったミスリルの弁当箱では納得がいかない。そこで、さらに高価なブラックミスリルの弁当箱にしようと思い立ったのです!」


「ツッコミを入れたいところは多すぎるけど、つまり、この鉱山ダンジョンとやらでブラックミスリルを採掘できるんだね……?」


「その通り! さすがバハ殿! 可愛くて賢くて強い!」


「ぐぇぇぇ……抱き締めるなぁぁぁ……」


 ブラックミスリルとは、ミスリルより希少性が高い金属だ。

 例えるのなら、ダイヤモンドとブラックダイヤのような関係性になっている。

 ミスリル自体の色を変化させる方法はあるのだが、天然のブラックミスリルで作られた品物というのは珍しい。

 それを弁当箱にしようという発想はさらに珍しい。


「さぁ、レッツダンジョンです、バハ殿!」


「い、いやいや。ちょっと待ってよ勇者。村の外、しかもダンジョン内で子竜の姿だと、ボクが他の冒険者に攻撃されるかもしれない」


「なんと!? そうなったら、その冒険者を切り捨てねばなりません」


「こわっ!? 同じ種族へ配慮してあげなよ!? 調子狂うな……。ええと、そういうキミの脳筋具合を避けるために、ボクが人化して穏便に済ませようって話をだね……」


 勇者は子竜を抱き締めながら、前回の人化のことを思い出していた。

 ブレザーを着た、可愛い少女なバハムート十三世だったはずだ。


「うふふ、あの姿も可憐でしたね」


「可憐……? ああ、人間のメスに変化した姿のことを言っているのかい? 今回は違うよ」


「え?」


 子竜は、身体を構成していたエーテルを組み替えて、人間の身体に変化した。

 ――勇者に抱き締められたまま。


「な、ななっ!? バハ殿!? おっ、おとっ、おとこ!?」


 しかし、人化したのは女性体ではなく、男性体。

 少し長めのサラサラ黒髪に、炎のように赤い切れ長の眼。

 スラリとした手脚に、二メートル程の長身。

 筋肉はあまりついてなく、詩人のような体付きだ。


 顔は小さく、調いすぎていて人外ともいえる神々しさ。

 触れると消えてしまいそうな儚げな表情と同時に、どこか世界が滅びても関係ないという達観した笑みを浮かべている。

 一言で表すのなら、作り物めいている最上級の美青年だ。


「ぎゃわー!? 顔が良すぎるー!?」


 それを抱き締める形になっていた勇者は大声で叫びながら、バッと跳んで後ずさった。

 外からは見えないが、全身鎧の中では顔が真っ赤だ。


「ん? どうしたんだい? 以前はあんなにスキンシップを図ってきたのに」


 勇者の抱擁から解放されたバハムート十三世。

 黒いスーツの上にロングコートを羽織っていて、それが風によって翼のようにはためいている。

 格好と共に、声も男らしく爽やかなものに変化していた。


「い、いえ……バハ殿。なんでもないんです……はい……」


「なんか余所余所しいなぁ。ボクのこの男性体の全裸だって、お風呂場で見てるよね?」


「あ、あの時は……湯煙でシルエットしか……」


「人間って、そういうものなのか~。面倒くさいから、早くダンジョンの中でブラックミスリルを手に入れようよ。すぐ終わらせてエルムの所に帰りたいからね~」


「は、はい……」


 勇者は緊張でぎこちなく、バハムート十三世は優雅に、鉱山ダンジョンへ向かった。




 ゴツゴツした岩肌のダンジョンを進む二人だったが、勇者の方は明らかに挙動不審になっていた。

 理由としては、可愛い子竜と、人化の美青年っぷりのギャップが辛い。

 ただでさえ外見関係なく愛していたのに、キュートだけじゃなく、格好良くなってしまったのだ。


「ば、バハ殿を直視できない……――あっ!?」


 ギクシャクした動きで前方を進んでいた勇者は、ダンジョン内に空いた穴に落下。

 その穴は幅広く、途中で斜め下へと続いていたために、勇者はズザザザと滑り落ちるような形になっていた。

 先は薄暗く、恐怖で想像力が働いてしまう。

 暗闇で魔物が口を開けているか、針山で串刺しになるか――。


「まったく、これだから人間は」


 その瞬間――。

 バハムート十三世は小さな竜翼を出して自分も飛び込み、勇者を抱きかかえる形でかばった。

 幸い、穴はそこまで深くなく、フワッと華麗なる着地に成功。


「す、すすすすすみませんバハ殿!? 下ろしてください!!」


「うん、怪我は無いようだね」


 お姫様抱っこのような形から、逃げるように抜け出た勇者。

 ドキドキしてしまって、奥のすぼまった行き止まりへと後ずさる。


「あのさぁ勇者……」


「ひゃいっ!?」


 勇者は声をかけられただけでビクッとして跳び上がり、低い天井にズガンと頭突きをしてしまう。

 呆れ果てるバハムート十三世。


「エルムと密着した時も心拍数が上昇していたけど、もしかして勇者って男性に耐性がないのかい?」


「き、気付いておられたのですか!?」


「前回、ボクの背中の上だったからね……」


 帝国へ向かう時の思い出……。

 バハムート十三世としては、酔ってゲロをぶっかけられた印象が強い。


「えと、その……何というか、エルム殿とバハ殿は特別なんです……。竜に関わる者と、竜ご自身ですから……」


「なんで勇者は、そんなに竜にこだわるんだい? いくら帝国で竜が神聖視されてるからって、他の人間の反応はそこまでじゃないしさ」


「理由……それは……」


 勇者は迷った。

 理由を包み隠さず話せば、今まで隠してきた素性も自然と明かされてしまう。

 とても大きな立場から逃げ出した、卑しい女だと思われてしまうかもしれない。

 今も失敗と逃避を繰り返している。

 身体を鍛え、鎧で“女”を隠しても、心は少女のままなのだ。


「もしかして、ボクに理由を話したら嫌われるとか思っているのかい?」


「違う! そんなことは……そんなことは……」


 否定しようとした――。

 否定しようとしたのだが、言い切ることができない。

 嫌われたくないという、勇者とは思えない弱い部分が表に出てしまう。


「キミは馬鹿だなぁ。馬鹿で愚かで、心底矮小な奴だ」


 バハムート十三世は、青年の姿でもケタケタと邪気たっぷりで笑った。

 勇者は反論せずに、伏し目がちに黙るしかなかった。

 自分でも否定できないと思っていたからだ。

 しかし、竜は種族の価値観によって否定した。


「いいかい? この最強の邪竜からすれば、エルム以外の人間なんて最初っから無価値なゴミだ。どうやって消滅させたら楽しいか、その程度の存在なんだよ――キミも含めてね」


「はい……」


 勇者もわかっていた。

 上位の竜は人など歯牙にもかけぬほど、生き物として別格の種だ。

 いくら一方的に焦がれているとはいえ、否定されるだろうし、近くにいるだけでも、おこがましいと思われても仕方がない。

 ジメジメした穴蔵の中、涙が出そうになってきたが、その無様な表情は鎧のおかげで見せなくて済んでいる。

 それでも、声は聞こえてしまう。

 勇者と呼ばれている、本当は弱い女子の震え声。


「わたしは……わたしは……ごめんなさい……」


「はぁ……何を勘違いしているんだい? 別に責めてるわけじゃないし、意図的に見下してるわけでもない」


「え……?」


 バハムート十三世は二メートルの長身。

 自分より背の低い勇者を、愉悦に塗れた赤い眼で見下していた。

 しかし、それは意識して見下してるのではなく、存在の大きさから自然と見下した形になってしまうのだ。

 本性が強大な竜であるのなら、それは尚更である。


「元から竜であるボクと、キミ達人間の関係はそんなものなんだ。だから、今さら勇者のちっぽけな理由程度聞いても、ボクが態度を変えることは無いよ」


「き、嫌いになりませんか……?」


「こう見えてボクは本来、世界スケールの竜だ。小さな人間の悩み一つくらい、受け止めてあげるさ。何でも話してごらん」


「バハ殿……」


 勇者は感極まって、密かに泣いていた。

 話を聞いてくれて、秘密を、心の内を受け止めてくれる存在。

 たったそれだけの事なのに、胸が締め付けられるような喜びがあった。

 バハムート十三世は無意識の優しさなのかもしれないが、エルムと一緒にいることで、どこかその優しさが似た性質になってきていたのかもしれない。


「わたしの本名は……アリシア・ジーオ」


「ジーオ。ああ、やっぱりね。つまり勇者は皇帝シャルマ・ジーオの妹」


「気付いておられたのですか……?」


「シャルマと知り合いみたいだったし、二人の関係や、行方知れずの皇帝の妹とかで何となくね」


 シャルマと勇者。

 性別は違えど、美しい顔立ちに金髪碧眼――兄妹の外見的特徴が似ていたというのもある。


「皇帝は代々、その嫡男が強い力を受け継ぎます」


「ハンスが仕込んだ、極小の魔道具の特性だね」


「魔道具……?」


「ああ、こっちの話だよ。続けて」


 六百年前、エルムの戦友であるハンスが作った対魔王用の人造人間。

 それが皇帝の血筋の正体だ。

 しかし、人間では受け止めきれない事実だろう。

 ゆえに、話す必要は無い。


「わたしは幼い頃から力に憧れていました。父や、兄のように強い力に。そのため力の象徴である竜にも憧れたのかもしれません」


「ま、ボク達は強いからね」


「……やっぱり、女が強くなりたいというのは……英雄ヒーローに憧れるのは……おかしいでしょうか……? 自分でもわかっているのです。女としての魅力を磨いて、政略結婚にでも使われた方が帝国に貢献できると……」


「そうだね、その通りかもしれない。人間の国っていうのは、そういうこすからいのが大好きだからね」


「そう、ですよね……。バハ殿に言われるのなら、これで旅に諦めが――」


 バハムート十三世は、勇者の唇の部分に人差し指を触れさせた。

 ヘルメットの上からだが、不思議と勇者――アリシアの弱気な言葉が止まった。


「だけどエルムなら、きっとこう言うだろうね。――そんな事はない。強さに憧れるのなら、最強を目指せばいい」


「最強を……」


「もちろん、政略結婚を抜きにしても、女性が魅力的になるというのも否定はしないだろうね。エルムの少年時代は悲惨なもので、戦う以外の選択肢が選べなかったから。悩めて羨ましいとすら思うだろう」


 その言葉を聞いて、アリシアの胸の中に何か暖かなモノが灯った気がした。

 どちらかだけを選ばなければいけないと思っていた思考を、優しく解きほぐしてくれた、“ふたり”の言葉。

 やはり、アシリアはふたりの事が好きで、ボリス村で出会えた事を感謝した。


「まったく、そんなちっぽけな事で悩めるキミ達人間が羨ましいよ。ボクはもっと大きな事で悩んでるっていうのに」


「バハ殿も悩むのですか……?」


「ああ、悩んでるさ。エルムの前で無様に最下位にだけはなりたくない。ほら、キミの理想の弁当を作るんだろう? 早くブラックミスリルを手に入れようよ」


 アリシアは、その酷くちっぽけな悩みにクスッと笑った。

 そして気を取り直して、いつもの調子で勇者らしく穴から這い出し、前を向いてズンズン歩いて行く。


「バハ殿、ここのモンスターはサンドワームです。ダンジョン内に潜って、鉱石を食べているらしいです」


「へ~」


「でも、ダンジョンと外を遮る壁まで食べたりしないんですかね……」


「この世界用に調整されたダンジョンなら、この世界のモンスターには壊せないようになってるから大丈夫だよ。もし、壊せるとしたら――それは異界の存在かな」


「……異界の……ですか……」


 その後、バハムート十三世と勇者は順調に奥に進み、ブラックミスリル鉱を大量に手に入れた。

 道中、サンドワームとも交戦したが、勇者が圧倒的な力で切り倒していった。

 その力は皮肉にも、魔王と一緒に居ることによって高められた勇者の加護であり、そして心の迷いが吹っ切れたためでもある。

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