弁当七番勝負! 魔王軍組の魔王の弁当!

 ――元冒険者組の合計BPが出た瞬間の酒場。

 その結果に、後続の面々は戦慄した。

 ただの料理勝負だと思っていたのに、その内容は過酷。

 汁による惨事、シェイクされて大惨事。

 この弁当勝負、一筋縄ではいかない。


 しかし、ひとり不敵な笑みを浮かべるメイド幼女がいた。


「次は我の番であるか。よかろう、見せてやるのである。この魔王の弁当を!」


 自信満々なジ・オーバーに、横で寝ていた子竜はある世界で流行の食べ物を連想した。


「魔王の弁当……。もしかして、“悪魔のナントカ”みたいな、めんつゆとか天かすを使ったモノの上位版かい? 悪魔と魔王って似てるし」


「めんつゆ? 天かす? なにそれ、知らないのである……」


「違うか~。それじゃあ、魔王モドキのキミはどんな弁当を作るのさ?」


 ジ・オーバーは待ってましたと、両手を腰に当て、ふんぞり返りながら呵々大笑かかたいしょう


「わははー! 我の冷静な分析によると、あやつらは無駄におかずの種類を増やしたのが敗因よ!」


「いや、ジ・オーバー様。汁気が一番の問題だったと思われますけどね」


 脇に控えていた副官が指摘するも、ジ・オーバーは話を進める。


「つまり、おかずを厳選した一種類にすればいいのである!」


「さすがです! ワタクシの話は聞いていないけど、さすがです! ……それで、どのような食材をご用意いたしましょうか? この手に掛かれば、血の滴るような肉でも、泳ぎ出しそうな鮮度の魚でも――」


「もやし」


「……は?」


「もやし」


 副官の目からハイライトが消えた。




 また厨房に、弁当監察官としてやってきたエルム。

 最初に目に入ったのが、大量のもやしだった。

 後は米――以上。


「え……、これ以外の材料は?」


「わははー! そんなもの、必要ないのである!」


 エルムの呆然とした呟きに答える、自信満々のジ・オーバー。

 横に立っている副官の目が死んでいる理由が何となくわかった。

 一種類でも肉や魚なら、まだ何とかなっただろう。

 だが、選ばれた食材――もやしオンリーというのは、美味しくてヘルシーでも弁当一箱分はきついところがある。


「ジ・オーバー様。なぜ、もやしをお選びになったのですか……?」


「副官よ、そのようなこともわからぬのか?」


「……はい、偉い人の考えはわからんのですよ」


「よかろう、下々の者に理解できるよう、努力して程度を下げるのも魔王の務め。理由、それはな――」


「それは……?」


 副官はゴクリとツバを飲み込んだ。


「――我々が魔王城で慣れ親しんだ“魔界ゴケ”に似ているからだ! 良い具合に増えて、手に入りやすいところとか! シンパシーを感じる!」


 以前、数十年にわたって魔王城を支えてきた魔界ゴケ。

 瘴気渦巻く魔王城で唯一育つ食料。

 その繁殖力は、魔王城が食われるか、魔界ゴケを食うかという具合だった。


 一方、帝国領土でも、栽培しやすい食材としてもやしが根付いていた。

 元からお求めになりやすい価格で、庶民に親しまれてきた台所の強い味方。

 それが今回、隣領から原料となる豆がボリス村に輸入され、エルム印の魔力調整水を与えたところ大繁殖。

 こうして、さらにお求めになりやすい価格になったのだ。


「あれ? もしかして、間接的に俺のせい……?」


 エルムを恨めしそうに見つめる、副官の目が怖い。


「どうしちゃってくれるんだるぉ、エルムさん。おォん!?」


「ま、待て、副官。言葉遣いが乱れている。話し合おうじゃないか」


「待つも何も、もやし一種類の弁当なんて負け確定でございますですよ!?」


「い、いや……でも、ジ・オーバーのファンは多いし、一生懸命手作りしたのなら、冒険者たちも購入してくれるのでは……?」


 そのエルムの言葉に、副官はハッと気付いた。

 確かに冒険者の中にはロリコ……紳士と、可愛いもの好きの女子もかなりいる。

 酒場の中ではジ・オーバーが一番人気というのが有力だ。ちなみに最下位はウリコ。

 それならば、幼女が一生懸命手作りした弁当とすれば、エルムの言うとおり活路はある。


「それだ! ジ・オーバー様が手作りしたというアピールを前面に押し出せば!」


「うわーん、副官ー! 油が跳ねて怖いのであるー! もう料理やめるー!」


「えっ」


「ま、魔王は雑事などしない、料理は副官に任せたのである!」


 ミカン木箱の踏み台でキッチンに立っていた魔王は逃げ出した。


「魔王からは逃げられないのに、魔王は逃げるんだな……」


「魔王様ー!?」


 一瞬にして、ジ・オーバーの手作り作戦の道は断たれた。

 だが、副官は苦渋の決断として、このタイミングでムダに幼女力を発揮する魔王を叱ってでも、料理させなければいけない立場だ。

 そうしなければ、過酷な弁当勝負で生き残れない。


「ま、魔王様……!! りょ、料理を、料理を――」


「うぅぅ、怖かったのである……」


 普段は尋常ではない戦闘力を持っているのに、慣れない料理で今だけ涙目になっている可愛い幼女。

 頬は紅潮し、大きな眼は普段よりもっとキラキラしていて、仔猫のようにか弱い声と表情。

 副官は――。


「全てお任せください。このワタクシ、副官めに!」


 ついつい幼女を甘えさせてしまうダメなアークデーモンであった。

 これにより、もう尋常ではない覚悟が決まってしまった。

 死んだような目から、何かをキメてしまったかのようにグルングルンした目にクラスアップ。なぜかメガネにヒビも入っている。


「う、うへへ……エルムよぉ……ちょっといいかぁ……?」


「副官、もう完全にキャラが変わってるぞ」


「オメェの仕事は、衛生面が平気かどうかを見るだけだよなぁ……?」


 副官はガラの悪い不良のように、エルムの肩に手をやって、引き寄せてコソコソ声。


「あ、ああ……」


「それならさぁ……。誰が料理を作ったか――ってぇのは、秘密にしておいてくんねぇかなぁ……」


「ま、まさか副官……BP獲得のために……」


「お、おれだって、誰かのせいでもやしが増えすぎなければ、こんな苦労は……!!」


 そこを突かれると若干痛いエルムは、仕方なく“誰が作ったか”は黙認してやることにした。

 ルール上、組の中であれば誰が作っても問題はない。

 後は……もやしだけで戦わなければいけないという、ひのきの棒でラスボスに挑むくらい無謀な状態に同情したというのもある。


「了承したということだな? それでは……ふふ……フハハハ! クケカカクコカッ!! 副官としての無茶ぶりに答える力、ご覧に入れましょうか!」


 それから副官は狂ったようにもやしを炒め続けた。

 メインの味付けは醤油。

 ちょっとでも見栄えを変化させるために、もやしを飴色に染め上げる。

 塩、砂糖、コショウで味を調え、汁気には細心の注意を払う。


「後はご飯に合うらしい、海苔という食材がありましたね……」


「あ、ああ……。東の国の特産品がある……」


「ならば、それでジ・オーバー様への忠誠心を形にしましょう!」


「ま、まさか!?」


 副官は爪を刃物のようにニュッと伸ばし、海苔を器用にカットして、それを白米の上に乗せ始めた。

 最初は何をしているのかわからないのだが、徐々にそれが絵になっていく。

 ご飯の白と、海苔の黒だけで彩られたモノクロアート。


「この副官、ジ・オーバー様の激可愛らしいお顔を再現致しました!」


 それは俗に言うキャラ弁だった。

 大きな目、柔らかそうなほっぺた、長いまつげに長い角、それにシルバーグレーの髪の光沢まで見事に表現している。

 もはやキャラ弁という領域を逸脱している。


「何だこの芸術品。……だがしかし、待て副官。……それ一つならいいが、弁当は量産しなければいけないんだぞ……?」


「それくらい覚悟の上で御座います。今から休憩無しで作り続けます。それが副官の忠誠心というもの――」


「無茶しやがって……」




* * * * * * * *




 酒場の扉を前に、冒険者エドワードは悩んでいた。

 前回のパーティーの方は上手くいったのだが、問題は弁当の方だ。

 試食の時はあんなに美味しかった焼き肉も、実際にダンジョンで食べるとトラウマになりそうなくらいの攪拌物かくはんぶつが出来ていた。

 アレは酷く後悔した。


 張り紙によると、日替わり弁当のイベントは七日間続くらしい。

 まだ見ぬ何かに期待して、本日の日替わり弁当も購入するか、はたまた再び後悔するのを避けるために購入を控えるべきか。

 物質的な問題としても、弁当というのは少しお高い。

 一番高いのはミスリルの弁当箱で、これに詰め直してもらったり、返却で差額をもらえたりもするのだが、それでもやはり三位一体弁当は中身も少し高かったのだ。


「また拙僧は後悔してしまうのでしょうか……。もういっそのこと、後悔僧とでも名乗りましょうか……。嗚呼、神よ……どちらを選べば後悔しないのですか……」


 長々と悩むエドワードだったが、背後から走ってきた巨漢の冒険者の慌てた叫びが聞こえてきた。


「うおぉー! 今日はジ・オーバーちゃんの手作り弁当だぁぁッ!! 食える分だけ買うッ! 食える分だけ買うッ!!」


「ジ・オーバー……?」


「んん? この酒場の天使を知らないなんてお前、ボリス村に来たばかりだな? あの完成されたお姿、まさに神が使わした存在としか思えねぇぜ……」


 エドワードに説明した巨漢の冒険者は、扉を突き破らん勢いで酒場の中に入っていった。

 取り残されたエドワードは、ポツリと呟く。


「神の使い……。拙僧と同門の方でしょうか?」


 少しだけ興味が沸いて、エドワードも酒場の中に入っていく。

 広い店内のテーブルが、なぜか今日は空いている。

 ガヤガヤと騒がしい方に眼を向けると、弁当売り場となっているカウンターに人だかりができていると気が付いた。


「ジ・オーバーちゃん! 魔王の弁当一つくれ!」


「毎度ありなのである~」


「うおぉぉおおお!! 触れた! 受け渡しで手が物理的に触れた! 合法的に幼女と接触してしまった! 本当にここは現世なのか!?」


 何やら騒がしいが、とにかくそんな男性冒険者の声が聞こえてくる。

 次に聞こえてきたのは女性冒険者の声。


「ふんっ、まったく。男共は気持ちが悪いねぇ!」


「な、なんだと!? 偶然、偶然に純粋無垢な幼女と手が触れてしまった奇跡が起きただけだ!」


「はいはい……。あ、私にもお弁当一個くださーい。はぁ~……。毎日毎日冒険で疲れちゃって、これくらいの楽しみは必要だわ~」


「うむ、この魔王の弁当を食べて元気になるのである。お主ら冒険者はよくやっている。すごいぞ。褒美にナデナデしてやろう」


「ふにゃ~ん……。可愛いジ・オーバーちゃんにナデナデしてもらって、お姉さん元気百倍!」


 女性冒険者は蕩けるような声を出して、うっとりした表情で、メイド幼女に頭を撫でられていた。

 どうやら可愛い者というのは男女問わず大正義らしい。


「なるほど……。角のようなアクセサリーを付けているが、それ以外は天使のようにも見える」


 うんうんと納得するエドワード。

 魔王だが、絵画に描かれている天使よりも可愛いので仕方がないのかもしれない。

 修道院で世話をしていた子供達を思い出して、それと似た小さな手で健気に作られたであろう弁当に興味が沸いてきた。

 子供や老人、病人などには優しくするというのが修道院での習わし。

 売り上げに協力するのもやぶさかではない。

 人の隙間をくぐり抜けて、何とかカウンターの売り場まで辿り着いた。


「ジ・オーバーとやら。拙僧はその弁当に興味があるのですが、中身は何が入っているのでしょうか?」


「わははー! よくぞ聞いてくれた! お主も前回の三位一体弁当の惨状を経験したのだな。その疑い深き目を見ればわかる、わかるのじゃ!」


 前回の被害者が多いのか、周りの冒険者もゴクリとツバを飲んだ。


「今回のおかずは一品に絞っておる! もやしなのである!」


「もやし……」


 反応は様々だった。

 食い応えがなさそうと落ち込む食べ盛りの冒険者、ヘルシーでいいじゃないというダイエット中の冒険者、ジ・オーバーちゃんの手作りなら何だって美味いという紳士淑女。

 エドワードとしては――。


「なるほど、一つ頂きましょう。もやしなら、拙僧も修道院で食べ慣れています。あの白米という物とも合いそうで楽しみです」


「毎度ありなのである! もやしは良いぞぉ、いっぱい手に入って安いとかサイコーなのである!」


 確かに前回の弁当より、かなり安い値段だ。

 エドワードは懐的にも満足しながら、パーティーを組み、弁当を楽しみにダンジョン二層へと潜っていった。




 ――ダンジョン二層の探索も順調で、安全地帯で食事休憩に入った。

 また一緒に組む事になった剣士シャルマが、弁当を開けようとしていたエドワードに話しかけてくる。


「貴様のメイス捌き、見事であったぞ」


「あ、シャルマさん。もしかして、拙僧の方に一匹だけスケルトンを逃がしたのは、腕を見るためですか?」


「ククク……。余裕がある時に仲間の腕を把握しておきたいからな。して、その流血を避けるメイス術、法国の出か?」


「よくわかりますね……」


「余は立場上、他国の事も多少は知っているのだ。確か王子はアルビノで――」


 まるで国を預かる立場の物言いだな、とエドワードは感じた。

 しかし、それでもグゥ~と鳴った腹が優先された。

 シャルマもそれに気付いたのか、いつもの刃のように鋭い表情を崩さずに弁当を取り出す。


「余も弁当を購入したぞ。魔王の弁当という禍々しい名前ではあったが、何やらちっこいのが一生懸命に売っていた。不意に小さな頃の妹を思い出してな、愛らしく思えて買ってしまった」


「ロリコンではなく、シスコンなのですね」


「ふむ? 意味はわからぬが、そういう新しい言葉も俗世にはあるのか……。覚えておこう、シスコン。余はシスコン」


 ブツブツと呟くシャルマを放置して、エドワードは弁当箱をカパッと開けた。


「おぉ……」


 それは前回のショッキングな攪拌物とは違い、感嘆を漏らしてしまう中身。

 弁当箱の中には、一枚の肖像画が出来上がっていた。

 教会で飾られている神々の姿のように、どこか神性であり、愛らしいあの幼女が居た。


「弁当が彼女に……。い、いや、違う。これは白米にジ・オーバーさんが描かれているのか!?」


 あまりの出来映えに、自分がちょっと危ない幻覚を見ていたと気付いた。

 角度を変えて見ると、凹凸やテカリなどから、実在性幼女ではないと理解した。

 これは非実在性幼女だ。


「弁当に入っているのだから、この黒い紙のような物も食べられるのでしょうか。それにしても、これを作った者――ジ・オーバーさんは本当に天からの使いかもしれないですね。まるで修道士が深い信仰から生涯をかけて作る、芸術品のそれです」


 エドワードは目で楽しんだ後、一緒に入っていたもやし炒めを一口。

 シャキシャキしていて、程よい醤油の加減。

 これはおかず一品でもご飯が進む。

 新たに知った肉の旨さも捨てがたいが、この慣れ親しんだ味もまた美味。


「ほう……。国中探しても、これ程の情熱が込められた絵は少ないだろう。褒めて使わす。どれ、余も弁当を楽しんでやろう」


 シャルマは、楽しんでやろうという上から目線の言葉だが、どこか遠足を待ちわびた子供のような表情になりかけていた。

 フタを開ける直前になると、威厳はもう崩れ果てて、満面の笑みとしか言いようがない。

 しかし――開けて中身を見た後、真顔になっていた。


「どうしました、シャルマさん?」


「余の……余の弁当が……違う。これではない……」


 そこにあったのは、海苔がところどころ消失している無残なジ・オーバー。

 エドワードの方の芸術品とはかけ離れていた。

 シャルマは探した。

 弁当箱の中を必死に探した。

 またシェイクされて、どこかに海苔が移動したのではないかと。

 しかし――。


「ない……どこにもない……。どこに消えたのだ!? 黒い紙、神妙に姿を現せ!!」


 かなり頭のおかしい人にしか見えなくなっているシャルマに対して、エドワードは一点を指差した。


「フタの裏に付いてますよ」


「……」


 その後、シャルマは自分だけ海苔がフタに付いてしまっていた事がよほど悔しかったのか、ダンジョンのボスに八つ当たりをしていた。

 まさかの一撃即死の斬鉄剣だった。




 酒場に戻ると騒ぎが起きていた。


「我の手作り? いや、副官が作ってくれたのである」


 ――と、大人の事情を知らないジ・オーバーがバラしてしまい、手作り目的で購入していた冒険者たちが嘆き悲しんでいた。


「さすが我の副官。とっても一生懸命やってくれて、嬉しかったのである!」


 その可愛い笑顔には冒険者たちも何も言えなくなり、八つ裂きにされる寸前の副官だったが、評価点の低下を招く程度で抑えられた。

 ちなみにムスッとしていたシャルマは、フタに付いた海苔のために評価点1BP。

 エドワードとしては、誰が作ったとか関係なく、普通にもやしがおいしかったので評価点7BPを入れておいた。




 魔王軍組。

 魔王の弁当。

 販売214BP。

 評価337BP。

 ――合計551BP。


 暫定一位。ほぼ全ての冒険者が購入したが、評価点がいまいち伸び悩んだ。

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