弁当七番勝負! 元冒険者組の三位一体弁当!
ついに始まってしまった、弁当売り上げによる謎の勝負。
一番手はガイ、オルガ、マシューによる“元冒険者組”による弁当だ。
今日は酒場の厨房を貸し切って、三人が中に詰める料理を作り――弁当監察官を任されたエルムが衛生面の指摘などをする事になっている。
「オルガはともかく、ガイとマシューは料理作れるのか?」
エルムは広めの厨房を見回しながら、何か嫌な予感がしていた。
ガイとマシューのいざこざのようなものが起きて、今からここが破損するとか、いつものメチャクチャになるパターン。
「心配すんなよ、エルム! この村で得たコンビネーションにかかれば、弁当の一つや二つは軽いぜ!」
どうやら、ガイも村で働いて成長しているようだ。
「そうですよ、エルムのアニキ。ガイさんはともかく、僕とオルガさんなら無事にお弁当を作りきってみせますって!」
「あらあらぁ~。言うようになったじゃない、マシュー。ま、ガイのダメっぷりはアタシがフォローしてあげるわぁ。お弁当自体は不慣れだけどぉ」
マシューとオルガから余り頼りにされていない発言を受けて、ガイはしょんぼりしながらも、持ち前の強気で立ち直った。
「と、とにかく、やってみようぜ! 弁当作り!」
三人は関係性も、気合いも十分のようだ。
エルムはホッと一安心してから、注意事項を告げることにした。
「俺は基本的に料理に対してのアドバイスは禁止されているが、それはオルガがやってくれるから平気だろう。弁当の衛生面や弁当箱、食材調達に関しての手助けなど、調理に関係ないところで協力することになっている」
「おう、よろしく頼むぜ。ダンジョンでの数少ない楽しみの食事で、腹ぁ壊しちゃやってらんねーからな!」
「一応、弁当箱のミスリルには抗菌作用があるが、それにも限度がある。まずは基本をしっかりと。石けんで手洗いだ」
「手洗いかぁ……。水が冷たいから、あんまり洗いたくねぇな……寒いし」
意外と繊細なところもあるガイを、エルムは叱りつける。
「我慢しろ。調理前の基本だ。石けんを使ってしっかりと、爪や指の隙間にも泡を浸透させる」
「わ、わかったよ……やりゃいいんだろ、やりゃ……」
水道を使って、冷たい水に何度も躊躇しながら手を濡らすガイ。
乙女か! と突っ込みたくなるが抑える。
誰でも冬場の手洗いはこたえるものだ。
「肘の辺りまで洗うから、そこも濡らしておくんだぞ」
「マジか! 料理する奴ってすげぇんだな……」
「まぁ、家庭料理の場合はそこまで気を遣わなくてもいいけどねぇ」
オルガが手慣れた様子で手洗いを終え、調理の準備に入った。
「ガイは何を作るのぉ?」
「ちべてぇ、ちべてぇぇ……って、オレか? オレは冒険者がいっぱい戦って、腹ぁ減らした時に食いたいものを考えた。そう、それは肉だ! 肉こそ力!」
手洗いの寒さで赤くなってしまった手をスリスリしていたガイは、奥に行ってブロック肉の塊を取りだしてきた。
肉さえあれば何とかなるという、とても脳筋らしいガイの発想だ。
「ほんとに事前に言っていた通りなのねぇ……。それじゃあ、バランス的に私が野菜で――」
「僕がデザートですね」
それぞれ、三人が料理を作り始めた。
ガイは大雑把に肉を切って、ステーキを作るらしい。
大きさがバラバラで火の通りが不安なので、エルムが止めに入った。
「いくら何でもレアすぎる部分が出てくるぞ、それ」
「ったく、しょーがねーなぁ。男なら生肉でもガブッといけるもんだろう?」
「村には女冒険者もいるし、それにモンスターでも無い限り腹を壊すぞ。ガイはガサツすぎる」
図星を突かれたガイは、渋々メニューを変更。
キチンとサイズを測って包丁を入れて、ステーキから焼き肉の薄さにした。
ショートソードの扱いに長けていたことが、包丁捌きで役だったのかも知れない。
「ふん、防御しながら相手を小さく斬りつけるのなら任せておけ。このオレ様に隙はないぜ!」
その後にフライパンに獣脂を引いて、薄切りにした肉をスライスニンニクと共にジュウジュウと焼いていく。
温度管理などはまだまだ甘いが、肉を焼くだけならそこまで酷くはならない。
「ガイ、塩コショウもした方がいいわよぉ?」
「おっと、そうだったな! それと味付けとして、スパイシーなタレをかける!」
塩コショウのあとに、ドバッとかけられる茶色いソース。
それが暖まってきた頃に、フライパンから直接弁当箱に流し込んだ。
「あ……」
エルムは思わず止めそうになったが、料理の事で口を出してはいけないルールだ。
必死に堪えた。
持ち運び、戦闘でシェイクされる弁当に汁気タップリのおかず……どうなるか先が若干見えてきた。
「うん、ガイの料理は完成したようね。それじゃあ、アタシはサラダを作りましょうか」
オルガは塩漬けしてあったクラゲをまな板の上に乗せた。
これは近くの海で最近、捕れるようになった物。
その海域は以前、モンスターが暴れて危険だったが、放流した魔王軍の海魔将軍が倒してくれていたのだ。
海の恵みならぬ、海魔将軍のめぐみであるクラゲを細切りにして、水にさらす。
あとはキュウリ、もやし、春雨など、隣領からの食材も使う。
「これをこうしてっと……最後に醤油、酢、油、砂糖、胡麻を混ぜたドレッシングをかけて完成。酒場で出せばおつまみにもなるかもしれないわねぇ」
いわゆる中華風サラダというやつだ。
単体で見れば、甘酸っぱい味で、コリコリした歯ごたえのクラゲ、シャキシャキの野菜と箸休めにピッタリだ。
弁当箱の中で詰められた位置は、ガイの汁タップリ焼き肉の隣。
弁当のなんたるかを知っているエルムは冷や汗が止まらない。
しかし、まだこれだけなら大惨事には至らないだろう。
大丈夫だ、ワンチャンある。
「それじゃあ、僕はクリームたっぷり、デザートのケーキを作りますね」
ワンチャンなかった。
マシューは、修行の成果からか泡立て器を武器として掴み、物凄い勢いでクリームを泡立て始めた。
今のマシューは武器のプロであり、泡立て器のプロ、つまりお菓子職人のような動きを擬似的に再現しているのだ。
それを用意してあった、弁当用のミニスポンジケーキに塗りつけていく。
「ふぅ、お菓子作りも体力がいりますね。完成しました。冒険者が求める甘味、クリームたっぷりミニケーキです!」
配置場所は、肉汁ソースタップリ焼き肉と、甘酸っぱいサラダの隣である。
エルムは震えながら目を泳がせるしか無い。
これは非情な勝負なのだ。
「最後に飯を詰めて――完成! これがオレ達、元冒険者組の“
* * * * * * * *
ボリス村はダンジョンによって少しずつ、夢を追い求める者達が集まってきていた。
彼らは――名も無き冒険者。
しかし、彼らも本当に名前が無いわけではない。
名前が知られていないだけだ。
ここにも一人、存在感が薄く、名前も平凡なエドワードという青年僧侶がいた。
「はぁ……。見聞を広めるために辺境までやってきましたが、ここでなら拙僧でも上手く冒険者として務めを果たせるでしょうか……」
僧侶というのは二つのタイプが存在する。
冒険者の職としてのヒーラーと、教会などに所属している宗教的な意味の僧侶である。
このエドワードというのは、どちらも当てはまる珍しいタイプだ。
以前は修道院に住んでいたが、見聞を広めるために冒険者になった。
しかし、その格好――大きすぎてずり落ちそうな帽子や、気弱そうな糸目からして、あまり冒険者には向いていない。
現に、前の町では失敗を繰り返して、逃げるようにボリス村にやってきたのだ。
「いつも後悔の連続です。今回もまた後悔するのでしょうか……」
エドワードはパーティーを探すのと、冒険者携帯食を購入するために酒場にやってきた。
パーティーの方は、ヒーラーの需要が高いので問題ないだろう。
しかし、冒険者携帯食の事を考えると憂鬱になる。
味的にまずい……というのは諦めが付くのだが、彼は聖職者である。
宗教的に『肉は弱き者に与える』というルールがあり、前のパーティーではパンだけを食べていた。
同じ物を食べないというのは、数人規模の行動をしている際は、かなり悪い印象を与えるらしい。
険悪なムード……同調圧力というのだろうか、それをパーティーメンバーから受けて、抜けてきた。
――そんな悪夢のような記憶を思い出しながら、店の奥にあるカウンターまで進んだ。
適当にパンと水を購入して、どこかのパーティーに入ってダンジョンに潜りたい。
しかしそこで、何か良い匂いがしてきた。
クンクンと鼻が反応してしまう。
「これは……肉の匂い?」
カウンターの上に置かれていたのは肉を焼いた物、サラダ、小さなケーキ、それと白米だった。
張り紙があり、そこには催し物の内容が書かれていた。
「へぇ……この村は面白い事をやっていますね。このミスリルの箱に食事を詰めるのですか。聖遺物を収める箱のように厳かに見えます。このような品物を作れる外の世界、やはり知見を得られますね」
「おう、僧侶のあんちゃん、この村は初めてかい?」
エドワードに話しかけてきたのは、売り子をしていたガイだった。
「え、ええ……。今さっき到着したところです」
「それじゃあ、この弁当を買っていくといい! 冒険者に必要なものが全て揃ってるぜ!」
「ぼ、冒険者に必要なものが……」
「なんたって、伝説の冒険者だったオレ様が作ったんだからな! この焼き肉、試食していけよ、な!」
「肉……ですか……」
エドワードは躊躇した。
「ん? 僧侶だから肉は食べられないか?」
「いえ、郷に入れば郷に従えといった感じで、どこでも絶対に食べてはいけないというものではないんです。しかし、修道院暮らしで、どうも肉は苦手になってしまっていて……」
「そっかー。残念だなー。オルガお墨付きの味になったっていうのに。この東の国から取り寄せた、白米に焼き肉がもう合うのなんのって!」
エドワードは想像してゴクリとツバを飲み込んだ。
米は基本的に味を付けて料理するイメージなのだが、この弁当というモノの中に入れるのは味を付けてない白米。
それに焼き肉のタレが……。
「し、試食だけでもしていいですか?」
「おう、今週は特別なイベントだ! 食え食え!」
手渡されるフォーク。
エドワードは苦手だと思っていた肉の一切れを食べてみた。
口に入れた瞬間、少し濃いめのスパイシーなタレが舌に浸透する。
噛んでみると、想像していたよりずっと柔らかく、簡単にバラバラになってしまう。
不思議と咀嚼が止められない。
危うく焼き肉がなくなってしまう前に、白米を口の中に入れる。
「……――美味い」
「へへ、だろ?」
「に、肉が! こんなにも美味いモノだったなんて!」
エドワードは嚥下すると、すぐに次の焼き肉にフォークを伸ばそうとしてしまう。
だが、これは試食だ。
他の人のモノでもある。
いきすぎた欲を持つのは、さすがに宗教的なルールに反する。
ここはグッと堪えなければならない。
……堪えなければならないのだが、もっと食べたい。
そうなると、次の行動は一つだけだ。
「三位一体弁当、買います!」
「毎度ありぃ!」
エドワードは貨幣を支払い、ホクホク顔で弁当を受け取った。
高い食事代となったが、今の期待感はそれを遙かに上回る。
そんな上機嫌なところをパーティーに拾われ、さっそくダンジョンに向かった。
――ダンジョン一層。
パーティー構成は、メイスの僧侶、両手剣の剣士、タワーシールドの聖騎士、バグナウの武闘家の四人だ。
道中は剣士が、ほとんど一人でモンスターをなぎ払っていった。
冒険者になって初パーティーらしいが、明らかに戦い慣れすぎている。
その彼が、食事休憩の時に話しかけてきた。
「エドワードと言ったな。貴様も、その弁当を買ったのか」
「あ、はい。シャルマさん……でしたよね。あなたも弁当を買ってみたのですか」
「なに、戯れだ。せっかく、余がこの村に出向いてやったのだからな」
エドワードは、相手が独特な言葉遣いだと感じたが、あまり気にしないでおいた。
冒険者はどこか頭のおかしい……もとい、個性的な人間が多いのだ。
しかし、そんな人間相手でも、この弁当が会話のきっかけとなってくれた。
あのガイという従業員に感謝すべきだろう。
「さて、弁当を食べるか。余は面白いモノが好きだ。よって、この面白い弁当というモノも、余が好むというのは当然であろう……むむっ!?」
シャルマが弁当のフタをカパッと開けたところ、動きが止まっていた。
エドワードも疑問に思いつつ、自らの弁当のフタを開けた。
……その理由がわかった。
「こ、これは……」
中身がグチャグチャになっていた。
正確には、焼き肉のタレが弁当箱の中を縦横無尽に駆け巡ったのか、甘酸っぱい中華風サラダと、溶け崩れて残骸になりつつあるミニケーキを侵食していた。
「み、見た目はともかく、味は試食でもおいしかったですし。……ええ、大丈夫かもしれませんよ?」
エドワードは引きつった笑顔で、あの焼き肉の味をもう一度という願いを込めて食した。
スパイシーで、酸っぱく、生クリームの甘味の生暖かい何かを頂く事になった。
白米との組み合わせが地獄だった。
「これはひどい。どうしてこうなった。いや……そうか、戦闘で動き回ったからですか」
エドワードは、後衛の自分でこれだったのだから、前衛で活躍していたシャルマはどうなっているのだろうと気が付いてしまった。
そっとシャルマの弁当を覗き込むと、さらに激しくシェイクされた痕跡があった。
フリーズしていたシャルマが一言。
「余は負けるわけにはいかん……」
まるで国の威信を賭けるかの如く、ガツガツと豪快に食べ始めた。
途中、冷や汗が凄くなってきたので、エドワードは水を差しだしてあげたりもした。
ダンジョンから帰還後、二人は酒場で評価点を1BPだけ入れた。
元冒険者組。
三位一体弁当。
販売102BP。
評価61BP。
――合計163BP。
販売数は悪くなかったが、食べた後の評価は1~2ポイントが多く不評だった。
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