竜装騎士、いきなりの勝負展開に白目

「それじゃあ、弁当箱も量産の目処が立ちそうだし、後は中に詰めるメニューとか販売方法を――」


「エルムさん。私に良い考えがあります」


「絶対に良い考えじゃないよな、ウリコ」


 エルムがいくつかの試作弁当箱を前に話を進めようとしていたところ、ウリコが真顔で何かを提案してきた。

 あのウリコだ、嫌な予感しかしない。


「エルムシャチョー。私が提案するのは――」


「なぜ社長呼び」


「こちらです! ババンッ! ――『勝負! 日替わりダンジョン弁当』です!」


「どうしてそうなる、どうしてそうなる」


「おっと、エルムさんがあまりのインパクトで白目をむいてしまいました。バハちゃんに至っては感心しきりの表情です」


「いや、ウリコ。ボクは胡散臭そうなモノを見る表情をしているだけだからね」


 いつものように十代の発想に置いてけぼりを食らう竜装騎士コンビをよそに、ウリコは拳を握って力説を始めた。


「いいですか! エルムさんにとってはダンジョンでお弁当というのは普通のことかもしれません。しかし、この場所においては革新的なことなのですよ!」


「ウン」


 エルムの無感情で雑な相づち。


「そう、これは滅多にないチャンスです! 物珍しいパンダで金稼ぎ――もとい、みんなで楽しみながらやった方が良いじゃないですか!」


「ソウナンダー」


「そこで私が考えたのは、色々な人に作ってもらってお弁当のバリエーションを増やし、投票方式で火花をバチバチ散らしながら切磋琢磨。食べる側の冒険者さんも楽しく好みに刺さる物が見つかるっていうワケですよ!」


「スゴイネー」


「あとは調理する側に組み分けしてもらって、短所を補い合ったり、長所を伸ばし合ったりする友情タッグマッチです! いける、絶対にいけますって! エルムさん!」


「ウリコ、本音は?」


 エルムは、いつの間にか“灰”モードになって強制的に本音を引き出す言霊を放つ。


「金儲けはもちろん、調理側の人間のファンを煽って煽って冷静さを失ってもらい、熱狂的なお客を獲得するためです。ついでに、私が有能な従業員と組んで、たまには勝負事で勝って優越感を得られます! 私、戦闘じゃ、からっきしですからね!」


 ウリコは早口で白状してしまったあと、ハッとした表情になった。


「エルムさん、その能力を使うのひどくないですか!? 花も恥じらう乙女の本音を曝け出すなんて!」


「いや、何かお前相手だと罪悪感がゼロだから……」


 やれやれと溜め息を吐くエルムだったが、ウリコの案も一理あるとは思った。

 本音はともかく、楽しそうというのは重要だ。

 いくら美味しいお弁当を作ろうとも、届きにくい別の方向性の満足感。

 日々がんばる冒険者の腹だけではなく、楽しさも満たせるのなら乗ってやっても良いという結論に至った。


「わかった。その話に協力してやる」


「ほ、本当ですか!?」


「ただし、弁当の衛生面が不安だから、調理場には立ち会わせてもらうぞ。安全の確保だけで、調理自体は手伝わないが」


「はい! それならエルムさんは、“弁当監察官”という事で!」


「何か仰々しい役職名を与えられてしまったぞ……」


 内心ウリコはほくそ笑んで、こう考えていた。

 エルムに協力してもらえた事も嬉しいのだが、エルムに役職を与えて勝負に参加させない事に成功した。

 これで自分は、料理ができるオルガ辺りの従業員たちと“ウリコの店メンバー”として組めば勝利は確実だ――と。


「勝ったな……」


 右側を向いてキメ顔のウリコ。


「ああ……」


 左側を向いてキメ顔のウリコ。


「一人で何やってるんだ、お前」




* * * * * * * *




 その後の酒場。

 ルールと組み分けが決まった。


 ルールは、各組が作った弁当を日替わりで販売。

 売れた弁当一個につき2BPベントウ・ポイント、投票で評価点を10BPまで入れられる。

 つまり冒険者一人につき最高、合計で12BPまで。

 百人が満点を入れたら1200BPとなる。

 シンプルにBPが多い組の優勝だ。


 それを争うのは各組――まずはガイ、オルガ、マシューの元冒険者組。


「オレ達の勝利は確実だな! なんたって、冒険者の気持ちが一番わかる! 肉汁がたっぷり染み出る肉料理さえありゃ、いいんだよ!」


「うーん、お野菜もなきゃ肌が荒れちゃうわぁ」


「あ、じゃあ僕はデザートを考えますね。甘い物も冒険の癒やしですから」


 意外とバランスが良い組かも知れない。

 それにガイの言うとおり、弁当というのは食べる側の気持ちが大事だ。

 一番手ということもあって、健闘が期待される。





「わははー! 人間共が魔族に勝とうとは片腹が痛いのじゃー!」


「その通りでございます、ジ・オーバー様」


 いつものメイド服に、テーブルクロスをマントっぽく羽織って登場してきたジ・オーバーと、横で跪く副官の魔王軍組。

 モロに魔王軍とか組名が出てしまっているが、悪魔的な旨さならぬ、魔王的な旨さというので誤魔化すのだろう。

 お祭り騒ぎの参加者の頭は緩い。


「魔王城で培った食のセンスで、目に物を見せてやるのじゃ!」


「(魔王城……あっ、まずい。ワタクシがフォローをしなければ……)」


 波乱の展開必至の二番手である。




 荘厳そうごんなる足取りでやってきた、青と金の全身甲冑に身を包む勇者。

 美術品のような高貴さと神聖さを併せ持つ佇まい、顔はヘルムによってミステリアスに隠されている。

 しかし、その御手には――。


「ぐええ、助けてエルムぅぅぅ」


 ガッシリと鋼鉄の腕に抱き締められて、ジタバタしている子竜の姿があった。


「何でボクが勇者と組まないといけないんだー!」


「バハ殿への愛が光の速度を越えた」


 誰よりも早く組み分けという意味を嗅ぎ取り、最速で一方的に組を作った勇者。

 何よりも好きな可愛いドラゴンと合法的に一緒になれる機会なのだ。

 この機会を逃さないために、勇者として秘められていた強大な資質をフルに発揮した結果である。勇者的な最高時速を記録。


「さぁ、バハ殿への愛妻弁当を共同作業にゅうとうしようではないか!」


「ワケがわからないよ!? ボクじゃなくて、冒険者に作るんだろう!?」


 勇者とバハムート十三世の強制カップル組。

 果たして無事、弁当は完成するのか。





「やれやれ、料理を作るだけだというのに騒がしいものだな」


「おぉ、さすがおじいちゃん。落ちついている……」


 他の組を遠目に眺めながら、テーブルで静かに緑茶を飲むショーグンとコンの爺孫組。

 いつの間にかコンは、影響されて和風の剣道着に着替えていた。少しだけ凜々しい。


「でも、おじいちゃん。コン、負けたくはないよ」


「そうだな。勝負は勝負。真剣勝負として、他の全員を斬り殺すという気迫で挑まねばならん……」


 ショーグンは猛者達との戦いという連想から、かつての合戦場を思い出していたのかも知れない。

 敵の血飛沫を浴びて喜ぶような、鬼ですら裸足で逃げ出しそうな鬼武者の表情が浮かんできた。


「クカカ……ッ」


「やろうぜ、おじいちゃん!」


「応ッ!! まだまだ若いもんには負けん! 弁当の本場の切れ味を味わわせてやろうぞォ!」


 酒場で日本刀を抜いて掲げる二人。

 弁当以前に色々と危ない。





「みんな甘い、甘すぎるわ。料理とは知識で作るモノ。すなわち、全体的に頭の良さそうなイメージがある魔術師が最強だわ!」


「レン、キミは料理経験あるんですか?」


「いいえ、ブレイス様。特別な存在であるレンは、料理なんて作った事がありません」


ぼくも無い」


 無言になるブレイスとレンの後衛組。

 ちなみにレンも、ショーグンの家にあった和風の巫女服に着替えている。杖はそのままなので若干、アンバランスだ。後ろからピョコンと出ている尻尾が可愛い。


「しかし、お兄さんの手前、不戦敗というわけにもいきません。……まぁ、魔術的に濃度の高い材料を鍋で煮れば何とかなりますよね、たぶん」


「なります! なりますよ! さすが伝説のブレイス様だわ! 伝説っぽいモンスターとかぶち込めばエキスとかで魔力倍増!」


 弁当で死人が出るかも知れない。





「ふふふ……のんきな奴らですね」


 達観したような笑い声。


「ああ、この私を敵に回して、まだ勝つ気でいられるとは」


 王者の貫禄。


「せいぜい、踏み台になってもらいましょうかねぇ……」


 村のヌシ。


「アーッハッハッハッハ!」


 常人には出来ない高笑い。

 そこでやっと、ツッコミを入れる者が現れた。


「ウリコ、なに一人でまたブツブツ言ってるんだ?」


「あ、エルムさん……。組み分けにあぶれて寂しいので、一人四役をやってみました。ボッチですよ、ボッチ。ナチュラルボッチ」


 エルムの心底同情する眼が、ウリコには辛かった。

 計算がハズレて、ウリコ組はウリコだけ。もはや組ではない。

 涙の味の程よい塩加減の弁当が期待される。





「うぉぉ~!! 組み分けにするなんて誰が決めたんだ、こっのやろーっ!! お前ら、どんな手を使ってでも勝ってやるからなー!」


 ウリコの自業自得な叫びがボリス村にこだました。

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