竜装騎士、ダンジョン弁当作りの第一段階に入る
「ドカベンなんてどうかな、エルム」
「なるほど、ドカベンか」
お昼時も終わり、飲み食いする冒険者も減ってきた酒場。
その一角でエルムと子竜が何やら相談をしていた。
そこで突然、テーブルの下からニュッとウリコが生えてきた。
「ようやくお弁当を作るんですね! エルムさん!」
「ああ、そうだ」
意表を突かれるのに慣れてきたエルムは平然と答える。
もはや防具屋をサボっているのにも突っ込まれなくなってきたウリコは、ワクワクした顔で質問を続けた。
「となると、どんな美味しいお弁当を作るんですか? いや~、お弁当って初めてなので、もう楽しみで楽しみで!」
「ん? 弁当を作るとは言ったが、まずは“弁当箱”からだぞ?」
「そこから!?」
つまみ食いが出来ると思っていたウリコはしょんぼりしてしまった。
そんな気も知らず、エルムは真面目に説明を始めるのであった。
「中身も大切だが、弁当箱も専用の物を作らなければならない」
「うーん、パン用のバスケットみたいなものじゃダメなんですか?」
この近辺でも、弁当のようなものは存在していた。
樹皮などで編まれた籠――バスケット。
それにパンや果物を詰めて、ピクニックなどのイメージがある。
「編んで作ったものだと、どうしても液体が漏れ出てしまうからな」
「なるほど……。東の国のお弁当というのは、汁物も入れられるわけですね?」
「限度はあるけど、肉汁程度なら工夫をすれば平気だ。まぁ、実際に見た方が早いか。――これが試作で作った弁当箱だ」
エルムは説明だけでなく、実物の弁当箱を取りだした。
銀色の長方形で、フタを外すと敷居がいくつかあるシンプルな物。
「へ~、金属なんですね」
「これ以外だと木製の物もメジャーだな。漆を塗って使い勝手や外見の良さを向上させたり、それを重ねて三段の“お重”にしたり。あとは珍しいのだと金属の円柱系を重ねた弁当箱で、スープが入る“ダッバー”という物もある」
「い、色々ありますね!」
「それで冒険者ならどれがいいかと考えて、バハさんと話していたのが“ドカベン”だ」
「ドカベン?」
ウリコが聞き慣れない言葉にクエスチョンマークを浮かべた。
バハムート十三世経由の知識は、あまりこの世界には伝わっていない異質なモノのようだ。
「ドカベンとは、この普通の弁当を一回り大きくした物だ。丈夫な金属で作られていて、多少は雑に扱っても壊れにくい」
「ほほ~、つまり冒険者の防御力だけじゃなく、お弁当にも壊れにくいという防御力が必要というわけですね」
「防具屋っぽい反応だな……でも、確かにそうなんだ。食事をダンジョンに持ち運ぶのなら、それ相応の耐久性が必要だ」
「干し肉とパンの場合は、何かホコリとか砂とか付いても、そのまま食べちゃうイメージですね……すっごい雑に」
「なるべくなら、美味しい食事でダンジョン生活を快適なものにしてやりたいからな。そのために、ちゃんとした弁当箱が必要になるということだ」
ウリコは感動した。
ようやく普通の冒険者目線になってきているエルム。
今までぶっ飛んだ行動ばかりしてきた浮世離れの竜装騎士でも、さすがに普通というものを学んだのかと。
「それでエルムさん。ドカベンというものを作る材料は鉄板でいいんですか? 防具屋の方に在庫があるので持ってきま――」
「ミスリルを使う」
「……み、ミスリル? 普通の冒険者が使う弁当箱に?」
「そうだが、何かおかしいか?」
「い、いえ……」
ダンジョンから取れたものを、その場で加工して使うのなら輸送費や中間の手間賃がかからない。
確かにある程度は安く済むのだろう。
しかし、ミスリルは位の高い武具に使われる、神話の聖なる希少金属と言われている。
ゴーレムに使うならまだしも、弁当箱では激しく罰当たりな気もする。
「木製の弁当箱も作っておきたいな。そっちはドライアドの木材を使うか」
「ドライアドって、魔族ですが一応は精霊じゃありませんでしたっけ?」
「何か問題があるのか?」
「い、いえ……」
エルムが非常識なウリコに慣れたのと同時に、ウリコもまたエルムの非常識さに慣れたのかも知れない。
成長に感動した余韻はどこかに流れていっていた。
「……やれやれ、まさかボクが一番常識的な存在になるとはね」
子竜は呆れながら首をすくめた。
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