双子、和風家屋に大喜び
「すごいわ、すごいわ! 陶器で作られた屋根に、紙の扉、草の床!」
「お話で聞いてたサムライの基地だ! かっけぇー!」
初日の修行も終わって、双子はショーグンの家にやってきていた。
スギを使った木造建築。
屋根には瓦が敷き詰められていて、部屋を仕切っているのは和紙を使った障子。
床はフローリングではなく、
「おっと、レン、コン。靴を脱いであがるのだ」
『はーい!』
意外と物わかりが良い双子の声が同時に響いて、ポイポイと靴が履き捨てられた。
ショーグンは苦笑しながら、それを拾って、キチンと揃えてから部屋へとあがる。
室内は綺麗に掃除されていて、わびさびのある壺や掛け軸が飾られていた。
「おじいちゃん、草の良い香りがするわ!」
「うむ、畳は落ちつく」
「でもよー、他の家とは違うような? おじいちゃんの家だけだろう?」
コンが疑問に思うのも当然だった。
周りの民家は頑丈なレンガ造りの建物ばかりだ。
ショーグンの家だけ、和風家屋になっている。
「それはな、村の家々が壊れてしまった時に、エルムの小僧が特別に和風家屋にしてくれたのよ。この歳になって、また畳の香りをかげるとは思わなかったわい」
「こ、これエルムが建てたのかよ!? でも……どうして村の家がそんなに壊れたんだ?」
「魔王軍がやってきて、村を襲ったのだ」
「ま、魔王軍!? そんな!? 数百年前にいなくなったんじゃ……。そ、それじゃあ、その後はどうなったんだよ!? 魔王軍になんて勝てるはずないだろう!?」
この世界の普通に知られている歴史としては、六体の魔王が倒され、そこで魔王という名前は聞かなくなっていた。
双子にとってそれは、おとぎ話のような存在なのだ。
「ああ、確かに魔王軍は強かった。一匹一匹なら拙者だけで何とかなったかもしれぬが、相手は千匹。雪崩のように押し寄せてきていた」
「せ、千匹……ですって……」
双子は森で出会った恐ろしい魔族を思い出していた。
あれが初めて出会った知性ある魔族――魔王軍が率いる兵隊としての基準。
身震いする双子、それを見てショーグンは寒くなったのかと思い、お茶を用意し始めた。
お湯を沸かして、茶葉を急須にサラサラ落として、緑茶を煎れる。
ティーカップではなく、取っ手のない白磁の湯呑みだ。
それを、畳の上でペタンと座っている双子に差し出した。
「そ、その後はどうなったの!? おじいちゃん!?」
「ここから先は……村の外には秘密にできるか?」
「うん! できる!」
「できるわ!」
「では、いいだろう。まぁ、小僧から双子には話して良いと言われておったしな」
エルムは既に樹魔将軍と戦うところを見られていたし、ショーグンに双子の世話を頼むときに色々と話し合っていたのだ。
「小僧――エルムが一人で魔王軍を全滅させおった。魔族の同士討ちとか言っておったが、さすがに拙者にはわかる。アレはエルムの功績だ」
「え、エルムが魔王軍を……一人で……」
「嘘ですわ……いくらなんでも……」
「いんや、証拠として今も村には、改心した魔王ジ・オーバーと副官が働いている」
「あの二人が魔王と、その副官!?」
双子は耳と尻尾をピーンと伸ばして、前のめりで顔を寄せてきていた。
ショーグンは落ちついた感じで、茶をズズッと飲む。
「うむ、副官はともかく、魔王は凄まじい強さよ。それを一刀にて力の差をわからせ、無血降伏させた小僧の実力。アレはまさに……ククク」
「ど、どうしよう……レンもコンもエルムに色々失礼な事をしちゃってた……」
「ハハハハ! 心配には及ばん! 小僧はなかなかに度量のある男だ。全滅させた魔王軍すらも、蘇生させてやったしな!」
ショーグンの目は眼帯によって片方しか見えないが、それでも深いシワをクシャリと潰して愛嬌ある笑顔を見せていた。
エルムは石化病から救ってくれた恩人であり、戦友であり、息子のようなものでもあるのだ。
「小僧は本当に良い戦いをする。老い先短い拙者も、もう一度くらいはツワモノと死合ってから逝きたいものだ」
その武士道独特の死生観に、双子は心配そうな顔をしていた。
「おじいちゃん、死んじゃうの……?」
「なに、モノの例えというやつだ。老体だが、そんなにすぐ寿命でポックリ逝くわけでもないしな。ただ、お主たち孫のような者を救うために命を賭ける場でもあれば、幕引きには相応しそうだわい」
「もー、びっくりさせないでよ! おじいちゃん、嫌い!」
「うっ!?」
急に子供特有の嫌い発言、おじいちゃんは精神的なダメージを受けた。
「ま、孫からもよく言われていたな……」
「おじいちゃんの孫ってどんな子なの?」
「力が有り余る、元気すぎる子でなぁ。最後に東の国で会ったときは『くノ一になりたい』と駄々をこねて可愛かったぞぉ……。危険だから止めなさいと言ったら『嫌い』と言われたが……」
ショーグンは急に弱々しくなり、寂しそうに遠くを見つめた。
きっと故郷の東の国を見ているのだろう。
「おじいちゃん、その子に会いたい?」
「ま、まぁ……多少は……な……。多少は……」
「それじゃあ、会えるまでレンとコンが孫になってあげるよ!」
「なぬぉ!?」
十歳の愛らしい猫耳双子の笑顔と優しさに、おじいちゃんの眼がビカッと光った。
思わず変な声まで出てしまっている。
「レンとコンはね、本当のおじいちゃんがいないんだ」
二人の祖父である、ニジンの父親。
彼は領内で貴族にあるまじきやりたい放題を重ねて、ニジンに処刑されたのだ。
母親アビシニの両親も、王国で災害級モンスターに殺されている。
つまり双子が生まれる前から、“おじいちゃん”は存在していなかったのだ。
「だから、レンとコンのおじいちゃんになってよ! ショーグン!」
「おぉぉ……。なってやる、なってやるとも! 拙者がレンとコンのおじいちゃんだ! 命がけで守ってやる!」
「うわわっ、急に抱きついてきた!?」
「拙者が! おじいちゃんだッ!」
「あと、おじいちゃん……臭いわ」
「ブフォオッ!?」
ショーグンはショックによって背後に吹き飛ばされ、きりもみ回転しながら障子を頭から突き破っていた。
おじいちゃんは死んでしまったのかもしれない。
* * * * * * * *
死んでいなかった。
大きなヒノキのお風呂に、早速できた新しい孫二人と浸かっていた。
タップリと入っていたお湯が、裸の三人の体積によって勢いよく溢れていく。
「はふぅ~……。これも小僧の特注品だ。魔石の装置と水道を使って、いつでも家でヒノキの風呂に入れるとは。贅沢すぎてたまらんわい」
「木のお風呂って初めてだわ!」
「うん、良い匂いだね! 森を思い出す!」
ショーグンが湯船に浸かり、その上に双子が乗っているような格好になっている。
一見、重そうに見えるが、鍛え上げられた古傷だらけの筋肉のショーグンはビクともしない。
さすが歴戦のサムライである。
年老いても、なお戦人の身体だ。
「おじいちゃんの身体、傷だらけでカッコイイ!」
「え~、レンは見ていて心配になるわ~……」
「ハッハッハ! まだ未熟だった若造のときに、囚われの姫に一目惚れして、城を一人で落としてな! その時に傷付けられたが、もう遠い昔のものだから痛みは無いのだ!」
「すっげぇ~! 城を一人で!」
「すごいわ! お姫様に一目惚れ!? その後どうなったの!?」
双子は十歳でも、既に興味が武勇と恋物語の二つに分かれていた。
レンはお姫様というキーワードに眼を輝かせる。
「見事、傍若無人な天下人から奪い、姫を
「……ステキ! 略奪愛、ロマンティックだわ! でも、そうするとおじいちゃんも貴族……?」
「貴族というか、一国一城の主にはなったが……。窮屈だったから息子に譲り渡して、着の身着のままボリス村までやってきたのだ」
「と――」
「と?」
レンとコンは、その話で鼻息荒く興奮し始めた。
『特別な存在!』
「どわっ、急にどうしたというのだ!?」
「おじいちゃんも特別な存在!」
「ボリス村にいる魔王も特別な存在! エルムやブレイス様だけじゃなく、何人も特別な存在がいるわ!」
「なるほど……そういう事か」
武勇伝を持つショーグンも、伝説の存在であった魔王も、双子からすれば特別な存在なのだろう。
しかし、その概念にこだわる双子に対して、それでいいのかとショーグンは考えてしまう。
そして、なぜエルムが双子をボリス村に連れて来たのか。
「レン、コン。本当の特別な存在を、拙者は知っているぞ?」
「あ、エルムの事だね! いっぱい、すごいことをやってるもん!」
「さてな、それは村で生活している内に、自ずと知ることになるはずだ」
「え~!? 教えてくれないの~!?」
「ハハハ! さぁて、のぼせる前にあがるとしよう!」
ショーグンは、軽々と双子を持ち上げながら、ザバッと湯から出たのであった。
普段は厳しく鋭い顔だが、家の中では優しいおじいちゃんの表情をしていた。
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