竜装騎士、森の支配者となる

「こら。レン、コン。森は危ないと言ったじゃないか。もう勝手にどこか行くのは――」


「エルム、強いすごい!」


「エルム、伝説のブレイス様とも知り合い!」


 双子のケガ一つ無い姿を確認してホッとしたエルムに対して、レンがピョンと跳びはね、コンが興奮して鎧をバシバシと叩いてくる。

 エルムは子供特有のテンションの高さに、今度は溜め息を吐いてしまう。

 しかし、幼心にトラウマが残ってしまうよりは良いので、認められた後で危ない事はしないようにと説得する方針にした。

 それより今は、目の前のブレイスだ。


「えーっと……ブレイス。こんな所で会うなんて奇遇だな……」


「お兄さん、勝手に修行から逃げだそうとしても、そうはいきませんよ!」


「い、いや……ニジン伯爵からの呼び出しで、急な用事だったし……」


「じゃあ、何でぼくを連れて行かないんですか! 場所関係なく出来る修行とかもいっぱいありますよ! ぼくを置いていくなんてお兄さん酷い! 一緒に観光とかしたい!」


「ブレイス、最後辺りで本音が漏れてるぞ」


 猫獣人の英雄であるブレイスと親しげに話すエルムを見て、双子は尊敬の眼差しを向けてきた。


「エルムはブレイス様の兄弟? お兄さん?」


「いや、お兄さんというのは勝手にコイツが呼んでるだけで……」


「ふふふ、お兄さんはぼくのお兄さんですよ。でも、残念ながら血は繋がっていないので、義理と書く方のお義兄さんみたいなニュアンスです。そして最も尊敬すべき人です」


 からかわれているのかと、突っ込んでいいか迷うエルム。

 ブレイスの顔は得意げなので本気かも知れない。


「伝説の英雄ブレイス様が、最も尊敬すべき人……。つまり伝説の伝説エルムというわけね!」


「うん、そんな感じですね」


「そんな感じじゃないが」


 肯定するブレイスに対して、エルムはさすがにツッコミを入れた。

 双子の表情がさらに輝き、テンションが上がっていく。


「そんな伝説の伝説エルムがいる村にいけるなんてサイコーだ!」


「おや、キミ達は村に来るのですか? それなら丁度いい、私とお兄さんに・・・・・修行をつけてもらうチャンスですよ?」


「え、本当!?」


 思いがけない申し出に喜ぶ双子。

 エルムは、いつの間にか自分の名前が使われている事に気が付いた。


「お、おい、ブレイス。何を言って――」


「ククク……子供も巻き込めば、さすがにお兄さんも修行から逃げられないでしょう……」


「ぬぬ……」


 長い付き合いで性格を完璧に把握されていた。

 小さな子供が目の前にいるのなら、その手本になるような行動を優先してしまうと。


「する! 修行する! レンも、ブレイス様たちみたいなキラキラした特別な存在になりたいわ!」


「コンも、エルムたちみたいにモンスターを倒せる特別な存在になりたいぞ!」


「……特別な存在?」


「レンとコンは生まれとかで特別な存在なの。だから、それに見合った力を得て、本当に特別な存在になりたいの!」


「生まれ……なるほど。キミ達も猫獣人だからか。ま、いいさ。あの村に住めばたぶん“本当に特別な存在”という意味を再定義するだろうからね」


「ほえ……?」


「何でもないですよ。こっちの話です」


 事態は無事解決したかに思えた。

 交易ルートの森に巣くう巨大モンスターを倒したし、双子も素直に言う事を聞くようになった。

 しかし――まだ終わっていなかったのだ。


「……養分。えるむ……良い養分……」


 声が聞こえてきた。

 エルムが巨大な樹木素材を神槍のアイテムボックスで回収しようとしていたところ、その残っていた根の底の方から恨めしそうな女の声が――。


「な、なんだ……!?」


 緑色の人型が生えてきた。

 それは女の姿をしていた。

 髪は微細なツタで、手脚の先は枯れた植物のような硬質さが見える。

 大きな果実のような胸を隠すために葉っぱが張り付いていた。


「えるむ……養……分……」


 エルムは思わず神槍を構えた。

 人間を襲い、養分を吸い取るモンスターの本体だと警戒したためだ。

 そこへ、遅れてやってきた子竜と馬車隊。

 近くまでガラガラと走ってきて、エルムの姿を見つけて停車した。


「おーい、エルム~。何やってるの?」


「バハさんか。人間を襲う巨大な樹木を倒して、その中からコイツが……」


「コイツ? 樹魔将軍のドライアドがどうかしたの?」


「……あ」


 エルムは思い出した。

 樹魔将軍とは、ジ・オーバーの配下である十二の魔将軍の内の……一体である。

 全滅した哀れな魔王軍を蘇生した時に、緑色の女性がなんかいた気がする。

 すっかりと忘れていた。


「えるむ……養分……枯れちゃう……」


 少し舌っ足らずな樹魔将軍は滝のような涙を流していたので、エルムは献血感覚で仕方なく腕を差し出した。





「おいしい、魔力おいしい……」


 チューチュー吸いながら樹魔将軍は説明をしてくれた。

 魔王軍が解散してから、この人間が通らない森に住み着いたと。

 日々、小型モンスターだけをチューチュー吸い取って、少しずつ成長していった。

 今日も小型モンスターをチューチューしてたら、何か足元が燃えてて、エルムまでやってきて成長した樹木部分をぶっ壊していった。


「なるほど、大きくなりすぎて人間の子供が見えなかったのか」


木木木キキキ、怖がらせちゃった……」


「何その笑い方」


「魔将軍たるもの、キャラ立ちさせなきゃいけないって魔王様が……」


「副官も伊達メガネだし、あいつらコメディアンか。いや、そんな事より、攻撃してしまってすまなかった。子供達の安全を優先してしまった」


 きちんと謝るエルムに対して、唇を付けてチュパチュパしていた樹魔将軍はフニャリと笑った。


「だいじょーぶ……人間でいえば伸びた髪とか爪みたいな部分……」


「そ、そうか」


 そうこうしている内に、交易ルートとして使えるか調べていた馬車隊の数人が戻ってきた。

 彼らは少し困り顔で報告を始めた。


「エルム辺境伯、道としては十分に使えますぜ。ただ……」


「ただ?」


「道は良いんですが、小型モンスターが結構いますね。今回は戦える者もいるんで平気でしたが、毎回となると護衛代がかさむルートになりそうでさぁ……」


「なるほど……」


 馬車が通れても、それを襲うモンスターがいるのなら多くの護衛が必要だ。

 余分に金がかかるため、森を迂回する遠くのルートを模索した方がいいかもしれない。


「えるむ……わたしがどうにかしてあげようか……?」


「樹魔将軍が?」


「うん……。わたし一人じゃむりかもだけど~……。元部下も呼んじゃう……」


「なるほど。確かに小型モンスターを養分としていた樹魔将軍と、その部下達が集まれば一掃が可能かも知れない。しかし、小型モンスターを取り尽くしたら、その後はどうするんだ?」


 樹魔将軍一人なら、餌である小型モンスターの繁殖速度のバランスが取れていたかもしれないのだが、それを取り尽くしてしまえば餓死してしまうだろう。


「いや~……。実は土と水とお日様だけでも平気……。おいしいからパクついてただけで……」


「エコだな……」


木木木キキキ……。エコだぞ~……」


 SSSランクモンスターであるドライアドと、平然と喋るエルム。

 それを見て馬車隊がどよめいた。


「な、何者なんだエルム辺境伯……」


「えるむはね~……。わたしを二度倒したし、救ってもくれたから~……」


「お、おい。ちょっと待て、俺は普通の――」


「森の支配者だよ~……」


 樹魔将軍のおっとりとしたような口調と反比例の発言。

 エルムは噴き出しそうになった。


「も、森の支配者!? エルム辺境伯……ただ者じゃなかったな……」


「また俺に変な肩書きがついたぞ、おい……」


 こうして辺境のボリス村は、長年封鎖されていた森を交易ルートとして使えるようになった。

 もはや辺境とは言われない、立地の良い村へと生まれ変わっていくだろう。

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