竜装騎士、森最強の魔族を倒してしまう

 ニジン伯爵領内から、ボリス村へ続く街道。

 比較的整備されていて平らな地面。治安も良さそうで盗賊などの姿も無い。

 そこを数台の馬車が走っていた。


「必要な物資だけじゃなく、まさか本当に子供二人も連れ帰ることになるとは……」


 馬車に揺られながら、エルムは頭を抱えながら思い出していた。

 屋敷で威厳ある風格を見せるニジン伯爵と、婦人のアビシニが睨み合う図。

 いくら母親であるアビシニが子供達をボリス村に送り出そうとしても、父親であるニジン伯爵が反対すれば中止になるだろうと踏んでいたのだ。

 しかし……ニジン伯爵は尻に敷かれていた。

 エルムの懇願するような視線に気付きながらも、妻に秒で押し切られた。

 ――こうして、交易ルートの確認のために出した第一陣の馬車隊と共に、エルムと子竜は、やんちゃな双子と同席する事になったのだ。


「ねぇ、エルム? ルート確認のために空からじゃなくて、陸を行くのは良しとしよう。ゆっくりとした旅も乙なものだし……人間なんかの小ざかしい乗り物を使うのもまぁ、我慢するよ? でも……」


 馬車に揺られている子竜の少し、いや、かなり不満そうな声が聞こえてきた。


「でもね、何かボク、人間の双子に引き千切られそうなんだけど。左右から超引っ張られてるぅぅぅ……」


 子竜は右のレンにガッシリと手と羽、左のコンに顔面と足を掴まれ綱引きの綱のようになっていた。


「このドラゴンかっけぇー!」


「このドラゴン可愛いわー!」


 子竜の耳にはステレオで双子のボイスが聞こえてきていることだろう。

 身体をビニョーンと若干伸ばしながら、エルムに助けを求める。


「エルム、ヘルプミー! これ、うちの“機械神龍ヤマタノオロチ”の故郷でいうところの、オーオカ裁きってやつみたいになっちゃうよ!? 千切れるぅぅ」


「いや、バハさん頑丈だから千切れないだろう。……あとは任せた!」


「双子の相手をするのが大変だからってボクに押しつけたなエルムぅぅぅぅ!」


 エルムは良い笑顔をしてサムズアップ。




 ――時は経ち、夕方になった。

 バハさんは死んだような目をして転がっていた。多少サイズが薄く伸びている気もする。子供というモンスターに遊ばれた事後である。

 その惨事が痛ましいホロ付き荷台に、馬を操る御者が声をかけてきた。


「おーい、エルム辺境伯様。ここらで馬車を止めてキャンプをしますぜー」


「わかった。少し早い気もするが、馬車を何台も走らせているんだ。安全に行った方がいいな」


「いやー、それだけじゃねぇ。このすぐ先にある森が問題なんだ」


「……森?」


 エルムは前方を確認した。

 荷台から見えたのは、かなり広い範囲に拡がる深緑。

 夕陽のあかね色に染まり始めた木々が生い茂り、向こう側が見えないくらいに視界を遮っている森だ。


「ボリス村へは最短ルートなんですが、最近になってある噂がねぇ……」


「何か危険なのか」


「へい、元々危険な小型モンスターがうろついてるってのはあったんですよ。それもまぁ、護衛をつければ通れなくもないくらいでさぁ。けど、付近の猟師がそれとは別に目撃しちゃって……」


「小型モンスターより脅威の存在か……」


 小型モンスター。

 大抵は知性のない獣と同等のような、体内に魔石を備える害獣である。

 気性が荒く、人間を見たら襲ってくる場合が多い。


「森の中で猟師が狩りをしていたところ、獲物が急に宙に浮いたんですよ。ビックリして良く見ると、何かツタのような物が獲物に巻き付いていて、巨大な口に運ばれていったとか……。ありゃー、やばいですよ。森最強、生態系のトップだ」


「森の中にそんなモノがいるのか。それは確かに問題だな」


「ええ。なので、ここで一晩明かして、明日森に調査に入って、交易ルートに組み込めるかどうか決めようと思いまして……」


「なるほど、賢明だ。この暗くなりそうな時間、森の中は危険だからな」


 そのエルムと御者のやり取りを聞いていた双子は、それぞれがやかましく声をあげた。


「そんな化け物、今すぐ倒しちまえばいいじゃん!」


「そうよ、すぐに魔術でカチンコチンに凍らせてあげる!」


「レン、コン。暗い森というのは、とても危険なんだ。個人の単純な強さだけじゃなく、その場の空気が道行く人間全員を惑わすんだ」


 双子を諫めようとするエルムだったが、小さな子供にはそんな正論は通じず。


「はっ、やっぱエルムって弱いんだな! 今度、剣術でも教えてやろうか?」


「どうしてこんな意気地無しがママの初恋相手なの……。信じられないわ……!」


 大声でわめく双子の文句を聞きながら、エルムたち馬車隊はキャンプを張って一夜を過ごした。




 ――翌朝。


「エルムぅ。あの双子、いなくなってるよ?」


「マジか……」


 エルムは溜め息を吐いて、森へと向かうことにした。

 昨日あれだけ馬鹿にされても、人の良いエルムとしては放っておくワケにはいかない存在なのだ。


「たぶん間に合わないと思うよ~。……ボク達じゃあね」




* * * * * * * *




 森の中を歩く小さな二つの影。


「ま、待ってよ……コン」


「怖いのか? レン」


「そ、そんなワケないじゃない!」


 レンとコンは、昔からいつも二人一緒だった。

 生まれた時も一緒で、歩けるようになったのも一緒だ。

 物心ついたすぐ後も、二人揃って街で遊んでいた。


 ずっと昔、もうその姿すら思い出せないのだが、街の通りすがりの人間がポツリポツリと呟いていたのを覚えている。

 ――猫獣人か。

 それまでレンとコンは、自分の存在というものを強く意識したことはなかった。

 この近辺で耳と尻尾が付いているのも、よく見たら母親と双子たちだけだ。

 王国があるナムゥ大陸とは違い、帝国のあるノガード大陸は比較的差別が少ない。

 しかし、自らの身体の作りが違う存在は、悪意がなくても気になってしまうのが人間だ。


 特別な存在。

 伯爵の子供であるのも特別だし、猫獣人というのも特別。双子というのも珍しい。

 それをどう受け取るかは自分たち次第である。

 特別に目立つダメな存在か、特別に突出した良い存在か。


 どちらになりたいか? そんなの決まっている――やってやろう! と決めた双子の行動は早かった。

 女の子で筋力が弱いレンは、猫獣人の伝説だった魔法使いブレイスを目指した。

 男の子のコンは、それを守るべく剣を手に取る。

 幸いな事に、ニジン伯爵の書庫や武器庫などに必要なものは揃っていた。

 密かに双子は修練を積んだ。


 大っぴらにしたら止められるので教師や師匠はいないが、鏡写しの同志がいる。

 お互いがお互いを高め合い、信じられない程の速度で才能を開花させていった。

 レンは十歳までに基本的な氷魔術を使えるようになり、コンは一通りの剣の型を修得した。

 それからは街で年上とケンカをしても負け無し。

 双子は自らの力で、特別な存在を勝ち取ってきたのだ。

 そして今度も、それを当然のようにしようとしているだけ。


「森の化け物を倒して、いつものようにコンが特別な存在になってやる!」


「レンもブレイス様に負けない特別な魔法使いになる! ……でも、なんか朝なのに森の中が暗くない……?」


「うん……。天井みたいになってる木々と、すっごい霧で前があんまり見えないね……」


 馬車が通れるような道はあるのだが、その左右から高さ数メートルはある大きな樹木が並び、長い枝葉が重なって空を覆い隠しているのだ。

 まるでスモークのかれた緑のトンネルである。

 その中を朝霧の寒さと暗さ、恐怖で震えながら歩く。


「森とかダンジョンは、異界へと通じる事があるって……ブレイス様の本に書かれていたわ……」


「異界……。そ、そんなの迷信だろ……。たぶん、実体のあるモンスターが敵だよ……!」


「そ、そうよね……」


 そう言いつつも、双子はお互いに離れ離れになるのが怖くなり、ギュッと手を繋いだ。

 このまま霧が濃くなれば顔すら見えなくなるかもしれないが、こうしていれば手の温もりで安心できる。

 その時、微かに草むらが揺れた。


「……何かいる」


 猫獣人の本能で、敵の気配を感じ取っていた双子。


「いつもみたいに、まず遠距離から一撃いくわ」


「オーケー」


 レンは杖の先端を振りかざし、呪文を唱える。

 コンは繋いでいた手を離して、両手で剣を構えた。


「――飛べ! “氷の破片アイス・シャード”!」


 杖の先端から、つぶてのような氷が飛んでいく。

 一つ一つは投石のような威力だが、それがいくつもとなれば、けん制には十分だ。

 草むらの影に潜んでいた正体不明の存在にボコボコと当たる音が聞こえた。

 たまらず飛びだしてきたのは、角の生えた黒い狼のようなモンスター――“ブラックビースト”だった。


「隙ありッ!」


 コンは跳躍しながら、剣の重さを乗せた一撃を着地と同時に放つ。


「ギャンッ!?」


 呆気なく倒れるブラックビースト。

 まだ十歳の双子は見事な連携によって、危なげもなく倒してしまった。


「へんっ、どうだ!」


「エルムなんて頼りにしなくても、もうレンもコンも特別な存在だわ! またそれを証明しちゃった!」


 二人はフンスと鼻息を荒げ、武器を掲げて勝利のポーズを決めた。

 ――しかし、まだ戦闘は終わっていなかった。


「……えっ!?」


「グルル……!!」


 ブラックビーストがいた草むらから、次々と同族が湧き出てきたのだ。

 一匹、二匹、三匹、四匹、五匹――群れである。

 血の気が引いた。

 双子の連携は基本的に相手が単体の時に有効な手段だ。

 レンが魔術で遠くからけん制して、その隙をコンが剣で一閃する。

 だが、今は複数の獣が双子を囲んでグルグルと様子見しているところだ。

 震える獲物が足をすくませて疲弊したり、下手に攻撃しようとして隙を見せた瞬間にブラックビーストが群がってくるだろう。


「ど、どうしよう……」


「ま、ママ……パパ……」


 容赦なく子供の柔肌を引き裂く爪、首元に突き立てられる長い牙を想像してしまう双子。

 死に直面したことのない双子は、背中合わせに身を寄せ合って震えるしかできなかった。

 その時、さらなる異変が起こる。

 地鳴りが響き、暗かった森が何かの巨大な影でさらに暗くなる。


「こ、今度は……なに……!?」


「キュウン……」


 ブラックビースト達が、仔犬のように怯え始めた。

 群れよりさらに恐ろしい何か――。


「ギャワッ!?」


 ブラックビースト達が、次々と太い触手に絡め取られて空中へと連れ去られていく。

 先ほどまで死を覚悟するような強敵が、軽く安っぽいオモチャを扱うかの如く。

 捕食者が、捕食者だったものを食べる。

 大いなる自然の生態系。

 怯える双子の視線の先に、巨大すぎるそれがあった。


「な、なにアレ……」


「わからないよ……わからないけど……」


 あまりに巨大すぎて、最初はそれが何なのか認識できなかった。

 見上げてようやく、脳が理解した。


「森で最強……木のバケモノだ……」


 巨大すぎる樹木が動いていた。

 横幅や長さは塔のようであり、見上げきれない天辺には緑色の葉がさんざめいていた。

 表面はレンガのように分厚く硬そうな樹皮に包まれ、根っこは足のように地面を這い回る。

 ウネウネと蠢く太い触手がブラックビーストの群れを掴み上げ、干からびるまで魔力を吸い尽くしていた。

 カラカラになった死体も無駄にせず、中程にある口のような器官で食べる。


「勝てるはずない……こんなの無理だ……」


 双子の前に現れた自分たちより強い存在――。

 ある意味で特別な存在――。

 しかし目の当たりにした時、それは恐怖であり――。


「助けて……誰でもいいから……エルム……ブレイス様……!!」


「おや? ぼくを呼びましたか?」


 ――憧れだった。


「え……?」


 突然現れた紫の衣服を纏った存在は、赤い毛の猫耳と尻尾をなびかせ、地獄からの紅い炎を呼び出していた。

 一瞬にして炭化する触手。


ぼくの名前はブレイス・バート。修行をすっぽかしたエルムっていうお兄さんを探しに来たんだけど――何やら大変な場に出くわしちゃったみたいですね」


「ぶ、ブレイス・バート!? 本物の!?」


「ええ、正真正銘の本物。でも――」


 焼かれた触手に怒ったのか、巨大樹木は追加の触手を繰り出してきた。

 その数は百を超える。


「魔法使いの苦手な射程に飛び込んでしまって、呪文を唱える隙もなく一巻の終わりになりそうですねー。うわー、ピンチですー」


 音速の鞭のようなしなりで、若干棒読み気味のブレイスと双子に襲いかかろうとしていた。


「そ、そんな!? ブレイス様!?」


「なーんてね」


 震える双子とは対照的に、余裕のある笑みを浮かべていたブレイス。

 その予想通り、最も信頼すべき者の神槍によって触手は切り払われていた。


「ブレイス……なんでここに……」


「やぁ、お兄さん」


「というか、俺が助けるまで棒立ちだったのはどうしてだ?」


「昔みたいに助けられるのも乙かなって思いまして、えへへ」


 白銀の鎧をきらめかせて神槍を振るったのは、森の外から駆け付けてきたエルムだった。

 その気配に気付いていて、ブレイスは余裕を見せていたのだ。


「……はぁ、ブレイス。お前は昔から不真面目なところがあるよな」


「いいじゃないですか、お兄さん。――それより懐かしの連携をしましょうよ」


「しょうがないな、やるか」


 ブレイスは世界樹トネリコの杖を構えて、意識を集中。

 詠唱を開始する。

 同時にエルムも息を合わせて、敵の動きや、攻撃地点までの弾道をシミュレート。

 二人の魔力、エーテルが同期したとき、それは放たれた。


「いくよ、お兄さん!」


「最初は任せたぞ、ブレイス!」


「任されました――“煉獄”!」


 緻密な操作をされた極大炎魔法のカーテンが現れた。

 それは視界を奪うと同時に、前進してジャマな触手を焼き払っていく。

 次にエルムが動いた。

 神槍を構えて高速飛翔――その炎のカーテンを纏いながら自身を銀弾丸のように撃ち放つ。


「貫け――! 零式神槍グングニル!」


 耳をつんざく轟音。

 巨大な樹木の中心を潜り抜け――炎の竜装騎士が穿ちきる。

 穴が空き、巨大な樹木は動きを止めた。


「――どうやら、薪に困ることはなさそうだな」


 着地して神槍を収めたエルムの背後、ビキビキと木のひび割れの心地良い音が徐々に大きくなる。

 ワンテンポ遅れて凄まじい衝撃が余波となって、巨大樹木は中心から弾け飛び、真っ二つに折れて大地に転がった。


「すごいわ……」


「アレが本当の特別な存在……」


 双子は興奮しながら、眼をキラキラと輝かせていた。

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